デッサン
第話 飛行船とバットとグローブ



人の輪の中をくぐる水里。



倒れる夏生に駆け寄った。


「ちょっと・・・!夏生くん!大丈夫!?」



「痛・・・。なんだよ。てめぇか」



怪我の割には口の悪さは弱まっていないらしい。


「どうしたの?この怪我・・・」



「うっせぇな。てめぇにゃ関係ねぇ・・・」


立ち上がろうとするが
どうやら足をやられているらしい・・・。



「関係ない・・・ってね!あたしんちの前で
怪我人がいるのに無視できないでしょ。とにかく手当てするから。人も見てるし。
よっこらしょっと」


(よ、よっこらしょって・・・)


ひょいっと夏生腕を肩にまわして店の中に
夏生を入れた。



パイプ椅子に座らせる。


そして救急箱を二階から持ってきた。



「・・・お前。オレがガキじゃねぇぞ。男をよっこらしょって・・・」



「あたしより2つはガキじゃん。ちょっと凍みるからね」


水里は脱脂綿に消毒液をしみこませる。



「ってことはお前、24!?どっからみても高校生だぞ。痛・・・!」



口の傷口に少し強めに脱脂綿で消毒。



「しみるといったでしょ。怪我してても口の悪さは治ってないね」



「ふん。うっせぇ・・・」



むすっとしながらも水里は丁寧に手の傷にも手当てしていく・・・。



「・・・なんか。お前・・・慣れてるな」



「まぁね」



「・・・」



夏生の腕に静かに包帯を巻いていく・・・。


小柄で童顔で。


おまけに妙に怪力で。



怪我の手当てに慣れている・・・。






(・・・変な女・・・)




きゅっと包帯を縛る水里。



「よし!終わり!もしまだ痛んだり血が出る
ようだったら自分で病院いってね」



救急箱に包帯と消毒液を戻す水里。



「ねぇ。なんか飲む?コーヒーと紅茶しかないけど」



「・・・いらねぇよ」



「そう」



一人、コーヒーを注ぎ飲む水里。


マイペースな水里に夏生はどうも調子がでない・・・。



「・・・おう。ガキンチョ女」



「・・・。コーヒー頭からかけてあげようか?名前で呼べ名前で(怒)」


「ちッ。どうでもいいんだよ。んなことは。お前、聞かねぇのか」



「あ?」



「怪我の理由・・・とか」


夏生は何故かちょっと照れる。



「・・・。どうせ聞いても応えてくれそうにないし。まぁなんとなく
見当はつくけど・・・」



「へッ・・・」



”へッ・・・”


そう言えば夏生の小説の主人公の口癖だ・・・。




主人公は優秀な兄に対して幼い頃から劣等感を抱いていた。

だが兄は弟を可愛がり、弟も心の奥底ではその愛情を感じていた・・・。



(・・・身内をモチーフにしたのバレバレだよね)



「・・・。ねぇ。知ってる・・・?」


「何ガだよ」



「マスターのお店ってね。週刊誌ってほとんどおいてなんだ。
マスターがあんまり好きじゃないみたいで」


芸能人や有名人の下世話な内容ばかりの
週刊誌はほとんど置かない。

変わりに新聞、小説、絵本など、ちょっとした
図書館のように様々なジャンルの書籍を置いてある。



「それがどうかしたのか」




「・・・でも・・・”週間フラッシュ”っていう雑誌だけは
毎週置いてる・・・。どうしてだかわかるよね・・・?」



「・・・」




週間フラッシュ。その週刊誌で夏生はあの小説を連載していた。



「・・・マスター。夏生くんのこと、
ちゃんと見ててくれたんだよ」



「余計なお世話だ。お前に何がわかるんだよ」



「・・・夏生くんたち兄弟で何があるのかしらないけど・・・。
夏生くんはちゃんとマスターに大切に想われてると思うよ・・・」




「・・・ちッ。気色悪りぃこと言うな・・・。オレ、もう行くわ」


夏生は立ち上がり、店を出て行こうとした。


立ち止まり包帯が巻いてある腕をあげてつぶやいた。



「・・・。これ・・・。一応、礼言っとく・・・。んじゃな」




パタン・・・。




”口は悪いけど・・・。根は優しい奴なんです。”



陽春の言葉を思い出す・・・。



陽春と夏生の間にどんな隔たりがあるのかは知らないけど・・・。



たった二人きりの兄弟なら
きっと”きっかけ”さえあれば分かり合える・・・。




”兄弟”というつながり。



血のつながりもあるだろう。



でも一対一の人間。



”きっときっかけ”があればなにか糸口がみつかる・・・。




(・・・赤の他人が首突っ込むのはいけない。でも・・・)





夏生の小説を開く水里・・・。



ラストの章『飛行船とバットとグローブ』



というタイトルの章を改めて読み返した・・・。





(・・・ふむ。これか・・・)




水里はスケッチブックを取り出しなにやらイメージ画を
描き始めた。





「ふむふむ・・・」












次の日の昼。



水里は公園にいた。



「うーん。この辺かな」



なにやら地面の長さをメジャーで測る水里。


さらにスケッチブックを取り出す。




「んじゃおっぱじめますか!」


一本の鉄の棒をもち、なにやら砂利まじりの地面に
描き始めた・・・。



公園で遊んでいた子供達が囲む。



「わぁ・・・!お姉ちゃん何描いてるの?」



「ん・・・?」



「それはできてのお楽しみ。だから消さないように気をつけてね!」


子供達にそういいながら、水里はせっせと
とある乗り物を描いていた・・・。






その日の夕方。


陽春の店の電話が鳴った。



「はい。四季の窓です」



「もしもし・・・あの・・・。水里です」




「み・・・水里さん。どうも・・・」




”あの女にいってやったぜ。あんたは兄貴のトラウマを解消する道具にさえ
なれねぇってな”


夏生が水里にそう忠告してから、水里と会っていない陽春。


ずっと気になっていたのだが・・・。



「あ、あの・・・先日は夏生が失礼なことを言って・・・。本当にすみません」


「・・・気にしてないですから!」



「でも・・・あの・・・水里さん。僕は・・・」



「・・・」




なんともいえない沈黙が一瞬受話器越しに
流れる。



「マスター。ちょっとお願いが在るのですが」


「お願い?」


「はい。今日、お店が終わったら児童公園まで来てください」



「児童公園?」



「はい。ちょっとお話があるので・・・。じゃあお願いします」


「あ、ちょっと・・・」



ツー・・・。




水里は用件だけ言うと切ってしまった・・・。



「・・・やっぱり・・・怒ってるのだろうか・・・」



深いため息をつく陽春・・・。



夕方、店を閉め、言われた通りに児童公園に向かう陽春。



夕食時になり子供達もすでに帰ってしまったのか公園内には誰もいない・・・。



ベンチに腰掛ける陽春。




(・・・水里さん。遅いな・・・)



水里の姿もなく・・・。



(公園か・・・。昔・・・よく夏生を遊びにきたな・・・)



ブランコ・・・。



ゾウの滑り台・・・。



昔遊んだ公園によく似ている・・・。




「あ、兄貴・・・?」



公園に夏生がいた。



「夏生・・・どうしてお前がここに・・・?」



「あの水里って女がここに来い・・・って。もしかして
兄貴もか・・・?」




水里の策略だと、二人は理解する。



(・・・水里さん・・・一体・・・)






「ん?なんだこりゃ」



ベンチの後ろに張り紙が・・・。



『ベンチの下のものをみてください。それからゾウのすべり台
の上から地面をみてください。水里』



陽春がベンチの下を除くと・・・。



「これは・・・。」



グローブ2つとボールが置いてあった。




「なんでこんなところに・・・?」


不思議そうにグローブを手に取る。



「おい、兄貴、こっち来てみろよ・・・!」


陽春がウのすべり台に登ると・・・。





「・・・ひ、飛行船・・・!?」










地面いっぱいに。



白線で、



三角の帆が風になびいている


大きな船が描かれていた・・・。







「・・・この場面ってもしかして・・・」





そう。夏生の小説のラストシーン。


夕暮れの公園で主役の兄弟が和解するシーン。


兄が幼いときに弟に約束したこと。



『空を飛ぶ船の上でキャッチボールしよう』



まさに、小説のラストのシーンと同じ状況が陽春と夏生の目の前に広がっている・・・。






「・・・あの女・・・。余計な真似しやがって・・・」



「・・・ふふふ・・・。はははは・・・」


陽春は大きな声で笑った。



「な、ナンだよ急に・・・」



「いや・・・。水里さんらしいなぁって思ってな・・・。それに
小さな体で一生懸命あの飛行船を書いたのかと想像したらなんだか可笑しくて・・・」



「・・・」


陽春のこんなに腹の底から声を出して笑うなんて・・・。


はじめてみる気がした夏生・・・。





「兄貴・・・。なんか変わったな」



「え?」



「・・・兄貴は昔から誰にでも笑顔だった・・・。でも今みてぇに
ゲラゲラ笑うなんてなんかイメージできねぇよ」



「そうか?結構オレはバライティとか好きなんだ。水里さんに借りたんだ。
”9時だよ全員集合DVD版”腹が割れそうに笑ったよ。今度一緒に
お前もみるか?ふふふ」



(・・・兄貴がドリフを・・・。やっぱりミスマッチすぎ・・・)




「ふふッ。オレは兄貴がドリフ見てる姿が面白いぜ」




「夏生」



陽春はグローブを夏生に投げた。



「久しぶりにするか!」



「・・・ちっ」




(怪我の手当てもあるし・・・乗ってやるか)




陽春と夏生は滑り台から降り、


地面の白い飛行船の上でキャッチボールをはじめる・・・。




「・・・いい男が公園で二人、キャッチボールなんてなんか
虚しい光景だな・・・」




「そうか?いいじゃないか。オレは」