デッサン3

〜君と共に生きる明日〜

第1話 僕らしさ 君らしさ


陽春が退院してきてから一週間。


陽春は通院治療を続けていた。一日2時間程度の点滴と歩行訓練。


長距離を歩くとまだ足らふらついて転びそうになる。


そして日常生活レベルで記憶を失った部分もカウンセラーや夏紀とともに
訓練も始めている。



「・・・でな。携帯はこうやってつかうんだ」


「へぇ・・・。すごいですね。どこからでも電話できる・・・」


新しく買った携帯の使い方を夏紀から教わる陽春。


身の回りの家電製品の使い方なども陽春の記憶からは消えてしまっている。


一つ、一つ・・・夏紀から教わる陽春。素直で前向きに覚えようとしているが・・・。



(・・・兄貴・・・。確かに前向きだけど心中はどうなんだろうか)


兄が弟の世話になる・・・。只でさえ、記憶が無いという不安な中にあるのに苛立ちや戸惑いを
顔にはださずただ、素直に周囲に合せて・・・。


(・・・もっとオレにも甘えてくれてもいいんだぜ・・・)


陽春の心中を夏紀は心配していた。




そんな夏紀の心配は陽春はさらに感じている。



(僕が早く少しでも立ち直らなれば・・・。生きていく力をつけなくては・・・)



夏紀の優しさを感じれば感じるほど・・・焦りが陽春の中に生まれていく・・・。


そんな陽春の和ますのは・・・。


カランッ。



「遅くなってすんませーん!」


水里がパソコンを片手に抱え、店に駆け込んできた。



「水里さん!」


陽春の顔が一片に明るさが灯る。




(・・・来てくれた・・・)



「仕事が長引いちゃって・・・。あ、『夏紀くんのパソコン教室』
まだ終わってないですよね?」



「ええ。今、携帯の使い方教わっていたところなんです」


「そう。よかった!では夏紀先生、授業おねがいします!」





水里と陽春はカウンターの上に2つノートパソコンを置いて、並んで座った。




一昨日から水里と陽春は夏紀にパソコンを習っている。



水里は仕事で使いこなさなければいけない事情が出来、陽春ももっとパソコンを
使いこなしてみたいということで、2名の生徒です。



「今日はちょっと上級編でホームページをつくり方。」




「はーい!」



水里、思い切り手を上げる。



「・・・水里。お前は塾に通う小学生か」


「あ、いやいや。あははは・・・」


「ふふ・・・」



陽春は笑った。




(兄貴・・・)



退院して1週間。


慣れない環境に慣れるまできっと必死だろう。



穏やかに微笑むことはあっても


声をあげて笑う陽春を見るのは初めてだ・・・。




(水里は・・・兄貴と同じ目線で同じ位置で接してる・・・)



「春さん、コピーってここクリックするんでしたっけ?」


「えーと、そこじゃなくて・・・」




兄と弟なのに、今は自分が”兄”的な役割。


(やっぱり・・・。”弟”じゃのLOVEじゃ力不足・・・ってことか。恋のチカラ
にはかなわねぇって話。ふ・・・)



「・・・?何一人でニヒルに笑ってるんでしょうか?夏紀先生は。似合わない」


「生徒は口答えするな。それよりこの間お前に渡したパソコンの本、そろそろ
返せよ」


「あ、ごめん。今、使ってる。いい心地なんだ」



「心地いい?お前・・・まさかそれ、枕につかってんじゃねぇだろうな」



「ピンポーン!いい分厚さなのだ。だからもうすこしお貸しくだされいませ。
夏紀先生〜」



水里、わざとらしく言う。


「はは。水里さん、目元に本のあと、ついてますよ」


「え!??ほ、ほんとだ・・・」



「ふふ・・・」


水里の頬に赤い四角い痕がくっきりついている。


(・・・わざとなのか天然なのか・・・。水里パワーはすごいものだ・・・)



陽春に必要なこと・・・




(屈託の無い微笑みなのかもしれねぇな・・・)



楽しそうにパソコンの画面を見つめる二人の姿に・・・夏紀はそう思ったのだった・・・。











「兄貴。明日、9時から病院、予約いれておいたから」 「あ、はい・・・ありがとうございます。夏紀さん」 寝る前、風呂からあがってきた夏紀に陽春が言った。 「・・・兄貴。その敬語もうやめようぜ。なんか話しづらい」 「・・・でも・・・。なんていうか・・・。僕は・・・色んな人に迷惑をかけて いる気がして・・・」 夏紀は深くため息をついた。 「あのな・・・”迷惑”だなんて言うなよ。兄貴・・・。オレは 兄貴が元気でいてくれたらそれでいい・・・。それだけなんだから」 「・・・はい。ありがとうございます・・・。夏紀さんは僕には勿体無いくらいの 弟です」 「兄貴・・・」 「じゃあ、おやすみなさい」 陽春は深々と夏紀にお辞儀をして部屋に入っていった・・・ 陽春の背中・・・ 広くて大きいのに・・・小さく感じられてしまう・・・。 切ないほどに (・・・遠慮なんかするなよ・・・。弟なんだから・・・) 陽春の部屋のドアが・・・寂しかった・・・。 「・・・ふう・・・」 ベットに座る陽春。 周囲から労わられている 病院でも家族にも・・・ (ありがたいことだし・・・。感謝しなければいけない・・・。 僕は幸せ者だと・・・) けれど・・・ ”労わられるだけの存在” と言われているように思えて・・・。 「・・・」 陽春は記憶がなくなる以前までの日記帳に向かって呟く・・・ 「・・・。前の”僕”。教えてくれよ・・・。僕は今・・・ ”何”が出来るというのか・・・。”何”を目標とすればいいのか・・・」 戸惑い交じりの深いため息を一つついたとき・・・ 〜♪ 机の上のノートパソコンから、メールが届いた着信音が。 「水里さんからだ・・・」 陽春は椅子に座りすぐクリック・・・ 水里のメールの件名は『叱られちゃいました』だった。 『今日、仕入れた品の伝票を間違えて店長さんに渡してしまい、 ”馬鹿野郎!伝票の区別もつかんのか!”って雷が落ちてしまいました。 ちょっと今日は落ち込み気味ですが・・・。大好きな肉まんたらふく食べたら 復活しました!』 「ふふ・・・」 メールの言葉一つ一つから・・・ 水里の心の元気が伝わってくる・・・ 『・・・でも・・・。私は他の店員さんと違って事務的なことには 慣れていなくて・・・。普通の人が簡単にできることも、なかなか・・・。 あいもも変わらず不器用ですが、私、一日一日、頑張ってます! いや、程ほどに・・・。程ほどに頑張ります。じゃあおやすみなさい』 「・・・”程ほど”に・・・か・・・」 水里のメール・・・ 今、陽春の心が求めている言葉が散りばめられている。 (オレは・・・一体”何”のために頑張ればいいのだろう・・・) 自分のため。 家族のため・・・。 (そうなのだろうけど・・・) 目的地の無いゴールを目指すみたいに・・・ 力が沸かない・・・。 (オレは・・・。どんな”オレ”で在ればいいんだ・・・。なればいいんだ・・・) ”きっとこんなわたしでも役に立つことが・・・” 水里のメールが目に留まる・・・ (こんな・・・オレでも・・・。出来ること・・・) 陽春は何かを思い立ったように 本棚からファイルを取り出した。 そのファイルには珈琲豆について、淹れ方、陽春が研究していたデータ が詳細に記されていた。 「・・・。オレに出来ること・・・。今・・・こんなオレでも 誰かのために・・・」 陽春はファイルを熱心に読む・・・ (・・・難しそうだな・・・。温度とか・・・) 夜中、陽春は店に静かに下り・・・ ファイルを見ながら、みようみまねで作っていたのだった・・・ (・・・。一つ・・・。目標をもって一日を生きたい・・・) 人の支えが無ければ生きていきづらいこんな自分でも。 何かできることを見つけて・・・。 だが・・・。 ガッシャアアアアアン!! 夜中、店から物が割れる音に飛び起きてきた夏紀・・・ 「兄貴・・・」 床に落ち、飛び散ったカップの破片を拾う陽春の背中・・・。 「兄貴・・・何やって・・・」 「・・・。珈琲を・・・淹れて見ようと・・・」 カウンターの上には以前、陽春がまとめていた珈琲についての ファイルや資料が散乱していて・・・ 「・・・でも・・・駄目でした。豆の配合とか分からなくて・・・」 「兄貴・・・。もしかして・・・。水里のために・・・?」 「・・・。メールで・・・とても疲れているみたいだったので・・・。 やっぱり・・・。今の”ボク”では無理のようです・・・」 背中を丸くして・・・カップの欠片を拾う陽春・・・ 「僕は・・・。何もできない・・・。好きな人にさえ・・・。 何も・・・」 (えっ・・・今、兄貴。”好きな人”って・・・?) 「・・・記憶が戻ればいいのに・・・。前の”僕”に戻ればきっと・・・。 今の”僕”では・・・。誰の役にも立たない・・・」 「あ、兄貴・・・」 「・・・僕は・・・。生きていて・・・。何が出来るんでしょうね・・・?」 カップの破片を一枚一枚拾う陽春・・・。 夏紀にはその背中から・・・ とても切なく 寂しく 無力感がヒシヒシと伝わった・・・ その夜・・・夏紀は陽春の様子を水里にそれとなく 電話で伝えた・・・ 「・・・春さんが・・・?」 「ああ・・・。すっかり・・・。自信を失ってるみてぇなんだ・・・。 まぁ仕方ねぇよな・・・。兄貴にとってはまったくしらねぇ街に 無理やりつれてこられたみてぇで・・・」 「・・・。水里。お前、なんとか兄貴・・・。元気付けてやってくれねぇか。 オレじゃ駄目みてぇなんだよ」 「うん。でもどうして私じゃなきゃって・・・」 ”好きな人の・・・” 陽春の言葉をふっと思い浮かべる夏紀。 「・・・。べ、別に深い意味はねぇよ。と、とにかく頼んだからなッ」 ブツッ・・・ 乱暴に切られた・・・ (春さん・・・) 陽春の心の不安。 自分はどれだけ分かってあげられるというのだろう。 上手な励ましの言葉も何も浮ばない・・・。 「・・・」 水里は宝物箱を手に取る。 カサ・・・ 『貴方は弱くなんかない・・・。強いヒトです自信を持ってください。』 いつか陽春が水里を励まそうとして書いてくれたメモ・・・。 (私・・・に何が出来るかわからないけど・・・。私なりに 伝えてみよう・・・。私が思うこと・・・) 水里はメモを見つめながら・・・ 陽春のために何が出来るかいっぱいいっぱい考えた・・・ 休日。 「こんっちはっーーー!!」 水里は相も変わらず元気よい挨拶で陽春を尋ねた。 陽春が店ではなく、裏口のドアをあけると・・・ (・・・。は、花が浮いている・・・(汗)) 「・・・水里さん?どこですか?」 「ここです」 の葉っぱの影からぬっと顔を出す水里。 「水里さん。どうしたんですか・・・。こんなに・・・」 「・・・あの。商店街の花屋のおばちゃんに 売れ残ったから貰ったんです。でもほら・・・。私の部屋には飾りきれない ので・・・。よかったらこちらの花壇にお引越しさせてもらたら・・・と」 「え・・・。あ、ええ。でもあの夏紀さんに許可を・・・」 「もう貰ってあります。春さん、手伝ってもらえますか」 「あ、は、はい・・・」 水里と陽春は白い軍手をはめ、スコップを片手に 裏庭にむかった。 「たくさん貰ったんですね・・・」 ビニール袋の中には、コスモス、フリージア・・・ 色々な色の花。 「・・・。水里さん。この花、貰ったって言ってましたけど・・・。 買ってきたんでしょう?」 「え?」 スーパーの袋の中にレシートが・・・ 「・・・。夏紀さんから頼まれたのですね。僕を元気付けてくれ・・・と」 「春さん・・・。あ、あの・・・」 「すみません・・・。皆さんにご心配おかけして・・・」 しゅんと俯く陽春・・・。 (・・・ど、どうしよう・・・) かける言葉を必死に探す水里・・・ 「・・・。ええい!!」 「!??」 水里、急に声をあげる。 「春さん!ほら、花だってこんなに綺麗に咲いてるんですから 元気出して・・・」 水里、一鉢、陽春に見せるが・・・。 「水里さん、それ、まだ蕾ですが・・・」 「え」 小さな青い花の蕾です。 「・・・(汗)」 「ふふ・・・っ。なんか漫才してるみたい・・・」 「まっ。漫才とはなんですか・・・。ったく・・・」 ぶつぶついいながら水里はスコップを持ち、 土をほじり始めた。 なんだか拗ねているよう・・・ (・・・。本当にそのまんまの人だなぁ・・・。 だから一緒にいるとほっとするのか・・・) 「僕も手伝います」 陽春もスコップで土をほる・・・ 二人並んで・・・ 「水里さん・・・。水里さんは・・・。”自分”のこと・・・。どう思いますか?」 「え?」 スコップの手が止まる。 「・・・。僕は・・・。記憶が無いことだけじゃなくて・・・。 分からないんです・・・。これから生きていくうえでどんな自分を目指せばいいのか・・・」 「・・・」 陽春は小さな青い花の苗木をそっと土に植えながら 話していく・・・ 「・・・元医者・・・で人望があって・・・。誰からも好かれて・・・。前の”僕”になんて 戻れるわけありません・・・」 「・・・。習字のお手本と同じですね」 「え・・・(汗)しゅ、習字?」 「そう・・・。ほら、習字のお手本ってなんかすんごい 上手に思えて・・・。でも、自分の書いた字ってなんか・・・。愛しかったです。ハイ・・・」←かなり自分では説得力ある話だと思っている。 水里、かなり人生観を込めて語る・・・が。 (・・・なんかキャラクターに合わない(笑)) 水里なりの言葉でに自分を励まそうとしているのは分かるのだが・・・ 顔を土だらけにして 語られても・・・ むすっと水里は軍手で鼻の頭をかいた。 (・・・きっと習字のときも顔を隅だらけにしたんだろうな) 陽春はくすくすっとまた噴出す・・・ 「あ、ま、また笑う・・・!笑いすぎですよ!!」 「・・・ふふ。す、すいません。ふふふ・・・」 「もう・・・」 頬と鼻の頭にどろが・・・ 「あー。ほら。ふふ。どろがついてますよ。 じっとして・・・」 (え・・・) 陽春はブラウスの袖口で水里の頬の泥をフキフキ・・・ (・・・(照)) あまりに突然、さわやかーな行動されるもんで 水里、固まる。 「あれ?どうしたんですか?」 「・・・はっ(覚醒)しゅ、春さんッ。ふ、不意打ちはやめてください・・・っ」 「ふ、不意・・・??」 陽春、水里がなぜ照れているのかぴんときてない。 (・・・天然さわやかビームは健在みたいだな・・・) 水里はそんな陽春にかんじて少し嬉しい・・・ 「と、とにかく・・・。しゅ、春さんは今のまんまでいいんですから・・・。元医者だったからとか 珈琲を入れるのが上手いとかそういうの・・・関係ないです」 「水里さん・・・」 「・・・私だって自分らしさなんて分からない・・・。だから毎日なにか一個、 素敵なことを探すんです」 「一個探す?」 「はい。一日の中で・・・?」 「そ・・・。例えば今日は・・・こうして春さんと花を植えられた・・・。それが嬉しい」 青い小花の蕾をつん・・・と人差し指でつつく・・・ 「・・・そうですね・・・。一日に一個・・・素敵なこと・・・か・・・」 「はい!一日一個、です・・・!さ、春さん、全部、植えちゃいましょう!」 水里は懸命に苗木を植えていく・・・ 一つ、一つ・・・ 小さな蕾たち。 この蕾が一つ一つ 開くように 陽春は植えていく・・・ 自分の希望を・・・大地に植えていくように・・・ 「水里さん」 「はい」 「・・・僕も今日一つ・・・。嬉しいことができました。貴方と 笑い合えたこと・・・です」 「・・・(照)そ、それはよ、よろしかったですねっ」 二人は並んでせっせと花を植え・・・ 色鮮やかな花壇に仕上がっていく・・・ 「ふぅ・・・。賑やかしく綺麗な花壇ができた・・・!」 赤のザコニア、ミントやハーブも植えてみました。 「春さん、ご苦労さまでした。一服しましょう」 水里、持参した水筒を取り出す。 「はい、どうぞ」 水筒の中身は紅茶・・・。 ほのかにレモンの香りもします 「・・・おいしいですね・・・。水里さん、紅茶いれるのお上手なんだな・・・」 「え?」 「・・・。僕は・・・。美味しい珈琲さえ淹れられない・・・。 前のように・・・」 紅茶に映る自分の顔・・・。 水里の疲れを癒すことも・・・できない。 「春さん。違いますよ」 「え?」 「・・・あのね・・・。”春さんが淹れた珈琲”が好きなんじゃなくて 一緒に飲む珈琲が私は好きなんです。だから美味しい・・・」 水里は紙コップに紅茶を注いで二杯目を飲む。 「他愛の無い話をしながら・・・。こうして誰かと飲む・・・。 紅茶でも珈琲でも同じ・・・。だから美味しいんです・・・」 「水里さん・・・」 「私は・・・春さんが生きていてくれてよかった・・・。生きてれば・・・。 生きてれば・・・。生きてさえいれば・・・。生きてさえいれば・・・それ以上 大切なことはないから・・・」 紅茶のカップに・・・ポチャンと一つ 雫が落ちた・・・ 「・・・ご、ごめんなさい。なんかなんか・・・。春さんとこうしてまた 一緒に笑えるのが嬉しくて・・・うれ・・・」 フワ・・・ッ (え・・・?) 気づくと・・・ 水里の小さな体は陽春の両手に包まれていた・・・ 「・・・。すみません・・・。少しの間だけ・・・。貴方の元気を分けてください・・・」 (・・・) 水里、突然の抱擁に思考回路、停止・・・。 「・・・貴方の元気を僕に・・・ください・・・」 小さな体・・・。 先の見えない迷路の道しるべを見つけたように・・・ 小さな温もり けれど 大きな希望・・・ 「・・・いい匂いがしますね・・・」 (・・・) 水里、陽春の胸の温もりに、完全に脱力・・・ そんな水里の様子に微かに微笑を浮かべ もうしばらく・・・ その小さな体を抱いていたのだった・・・ そして。 その日の陽春の日記はこう締めくくられていた。 『・・・今日・・・。僕のなりたい”自分”を見つけた・・・。生きる意味を 見つけた・・・ それは・・・。彼女を幸せにできる男に僕は・・・なりたい・・・ なろうと思う・・・』 と・・・