デッサン3
〜君と共に生きる明日〜

第十二話 抱擁

「〜♪」 レジで注文書の整理をしている水里。 その水里の首には陽春からもらったペンダントが。 「毎度ありがとうございましたー♪♪」 お客様への挨拶もいつもより、声が一オクターブ上がっている。 「おい。山野。うちは八百屋じゃないんだぞ」 怖い顔の店長の。眉が右上がりになってます。 「え?そうですか?でもやっぱり挨拶ははっきり元気じゃないと♪」 「・・・。お前、なんかいいことあったのか?」 「え?いやぁ・・・。そんなことないですよー」 「・・・。どうでもいいが、ニヤケ顔はなんとかしろ。余計に子供にみえるぞ」 「はい。おかげさまで・・・。ふふ」 (駄目だ。こいつは・・・(汗)) 相変わらずの毒舌ぶり。 だが、今の水里にはまったく効果ないようだ。 呆れ顔の。 不器用で仕事に慣れるまでにも相当時間がかかった水里。 最初は使い物にならないと厳しく接してきた。 だが、水里がこの店に来てからどこか空気が変わった気がしている。 (喜怒哀楽が分かりやすい奴は周りの空気を変えるんだな) 店に来る子供に、人気漫画の似顔絵は描いたりなんかして ”絵が上手な店員さん”と、ちょっと有名になっていたり・・・。 (ああいうキャラクターの人間も必要なのかもしれん) ちょっとだけ見直されているようだ。 「わぁあ!」 ドサッ! ダンボールですっころぶ水里。 (・・・まだまだだな(汗)) 前言撤回のようである・・・。 その頃。 陽春は店の前の落ち葉を掃除していた。 (・・・。店を開くことはないけれど・・・。綺麗にしておきたい) 前の自分なら朝早くおきて、掃き掃除していた、日記の中の自分。 でも今は”新しい自分”を作るために前を向いてあるきたい。 「あら?陽春さん?」 「・・・え」 見知らぬ・・・いや、見覚えもない中年の女性。 「お店、開くことになさったの!?」 「え・・・。いや、すみません。店は閉めたんです」 「まぁ、そうなの・・・。残念ねぇ・・・」 「・・・」 ここで生きていく限り、”前の自分”にこうして出くわすことは 続くだろう。 だが、その現実自体も受け入れていかなければ、”新しい自分”は見つからない。 (そうだ・・・。受け入れる事が、スタートラインなんだ。オレの・・・) 陽春はそう自分に言い聞かす。 夕方のスーパーマーケット。 買い物客も多く、店内の空気もざわついている。 そのざわめきは陽春の眩暈を引き起こすような空気の激しい流れ。 敬遠していたけれど、陽春はあえて、今日は夕方のスーパーに来てみた。 (う・・・) 入った瞬間、陽春を襲ったのは 店内に流れる騒々しいアナウンス。 レジの音。 買い物カーを押す音・・・ 物々しい空気と人の多さと音だった。 耳の奥の三半規管をつつかれているような不快感が襲う。 微かな吐き気が沸いくる・・・ 「ちょっと!どいてくださいよ!」 「あ、す、すいません・・・」 スーパーの入り口で買い物籠を持った主婦とぶつかり転びそうになる陽春。 「あ・・・。すいません・・・」 続々と買い物帰りの主婦達が出入りする。 (凄いな・・・) 陽春はあちこちから入ってくる様々な不快な感覚をグッと抑え、夕食のメモを取り出して 材料を籠に入れ始める。 (・・・醤油と・・・オリーブ油、それから・・・) 同じような色の形の品物が棚にずらりと並ぶ。 まるで、万華鏡の部屋の中にいるようだ・・・ (・・・やばいな・・・。吐き気が・・・) 胃液があがってくる。 微かな頭痛と吐き気が陽春は感じ、籠を床に置き、膝を突いて俯く。 (・・・最近発作はなかったのに・・・) 陽春はハンカチをポケットから取り出して口にあてた。 (くそ・・・) 調味料売り場の一番奥。 蹲る陽春を他の買い物客は気がつかない・・・ 吐き気と孤独感が陽春を駆け巡る。 その背中を・・・ (え・・・) 誰かの手がさする・・・ (この温もりは・・・) 「春さん・・・!大丈夫ですか・・・!?」 「水里さん・・・」 水里の優しい声に 陽春はほっと深く安堵する・・・ 「春さんの背中が見えたから・・・。お店に入って・・・そしたら 顔色すごく悪そうに見えたから」 「・・・すみません。水里さん・・・」 「いいんです。それより、春さん、お店、出ますか・・・? 外の空気吸ったほうが・・・」 「・・・いいえ・・・。大丈夫です・・・。少し休めば・・・」 「春さん・・・」 水里はしばらく、その場で 陽春の背中を何度も何度もさすりつづけた・・・ その手が 伝わる温もりが・・・ 吐き気も頭痛も柔らかく和らげた・・・。 15分ほどして・・・ 水里と陽春はスーパー内にある休憩場の長椅子に座って休んでいた。 「大分落ち着きました」 「よかった・・・」 水里は陽春にスポーツドリンクを手渡した。 「・・・情けないな・・・。発作が最近減ったとたかをくくっていたのか・・・」 「春さん・・・」 最近、前向きになってきた陽春だけに、久しぶりに起きた発作はショックに違いない。 水里は励ます言葉をさがしたが出てこない。 「・・・今日、夏紀さんが取材旅行から帰って来るんです。だから すきやきでも作ろうと思ったんだけど・・・。駄目ですね・・・」 「・・・春さん・・・」 落ち込む陽春に水里は・・・。 「・・・じゃ、もっかいチャレンジ!」 「え?」 水里は買い物籠を持って陽春に手を出しだす。 「・・・春さんの具合を見ながらゆっくり・・・。二人なら大丈夫ですよ・・・ね?」 「・・・水里さん・・・」 水里の小さな手を取り、立ち上がる陽春・・・。 けれど、大きく感じる・・・。 水里と陽春は二人で買い物カートを押して 再び買い物をし始める。 メモを見ながら品物を入れていく。 水里は陽春に”節約術”を話す。 「・・・この魚は秋田産か・・・。でもこのキログラムだと、こっちのパックの方が 安いんです」 「へぇ・・・」 それから水里の今日の献立のメニューなど・・・。 「私、最近ゆずみそにはまってるんですよ。ほかほかご飯につけて たべるとおいしい。あと、湯豆腐なんかもおいしいんです!」 「そうか。僕も食べてみようかな・・・。きっと貴方の味がするんでしょうね(にっこり)」 (・・・さりげなく爆弾発言をする春さんはすごいな(汗)) 二人で他愛もない話をしながら 買い物を続けていく (・・・楽しい・・・) さっきの吐き気の感覚がどこかへ消えたように 周囲の雑音も入ってこない。 入ってくるのは・・・ (彼女の声と笑顔だけ・・・) 水里の笑顔が・・・ 救いに見える 救いに・・・ (オレは・・・こんなにも彼女が・・・必要なんだ・・・) 痛感した・・・ 水里と陽春は買い物を済ませると 陽春の家まで一緒に歩いた。 「水里さん、今日は本当にありがとうございました。少し休んでいってください」 「でも春さんが休んだほうが・・・」 「いえ。僕はもう大丈夫です。だから休んでいってください。お願いします」 懇願する陽春・・・。 水里は陽春の様子に心配になり、結局しばし休んでいくことに・・・。 「・・・お茶しなかくて・・・」 「いえ・・・。春さんが淹れてくれるものはどれもおいしいです」 (水里さん・・・) 水里の何気ない言葉だが どうしようもなく愛しさが込み上げる。 「・・・あの。春さん」 「はい」 「春さんは駄目なんかじゃないですよ。・・・なんていうか私・・・ 元気付ける言葉、うまく浮ばないけど、私は、有りの侭の春さんが・・・」 「分かっています・・・。”人間、落ち込みたいときは落ち込んだらいい” 貴方のメールにありましたよね?失敗したなら、次、頑張ればいい・・・」 「うん。そう。そうですよ・・・!うん!私なんか今日、実はまた店長に 雷落とされて、給料カットされそうなんです。でもなんとかんります。うん・・・!」 不器用に必死に自分を励まそうとする水里がいじらしい。 甘えてはいけないとわかっていても その素直さに・・・ 発作で疲れた心が求めてしまう。 「・・・水里さん。僕は本当に貴方に・・・救われています・・・」 (えっ・・・) 水里の腕を引き寄せ・・・ 小さな背中が陽春の胸に収まった・・・ (春さん・・・) 陽春は水里の温もりを自らの体に伝えるように 力を込めて抱きしめる・・・ 激しくもなく・・・でも・・・ 想いをこめて・・・ 「・・・情けないけど・・・。今の僕は・・・貴方が必要なんだ・・・。こんなにも・・・こんなにも・・・」 「・・・春さん・・・」 水里を包む陽春の手に力が篭る・・・ 「でも・・・必ず・・・。貴方を支えられる男になるから・・・」 「・・・春さん・・・」 「だから・・・。力を貸して欲しい・・・。貴方に・・・触れてさせて・・・」 目を閉じて・・・ 水里の温もりと匂いを 確かめる・・・ 明日に繋がる勇気に変えて・・・ (・・・ち、力が・・・ぬ、抜ける・・・) 耳元に陽春の息がかかり 水里はただ・・・抱きしめられるまま・・・ 「・・・きっと・・・立ち直るから・・・きっと・・・」 水里は真っ赤な顔で頷いた・・・ 「水里さん・・・」 どのくらい 抱きしめられていただろう・・・ 「・・・。水里さん・・・?」 抱きしめ続けられた水里は・・・ 「水里、水里さん!???」 「ふぇー・・・(脱力)」 まるで熱湯の中に長時間浸かっていたほどに顔が赤面で・・・ 口が半開きだ。 「た、大変だ・・・っ。水里さんを抱きしめて圧迫しすぎたっ」 陽春は慌てて濡れタオルを水里のおでこにのせる。 「だ、大丈夫ですか・・・?」 「は、はい・・・。でももうしばしお待ちください・・・。ふー・・・(真っ赤)」 「すみません。貴方の感触が心地いいので・・・我を忘れてしまって・・・」 「・・・!?(爆照)」 お約束の陽春の無意識化の爆弾発言に水里の顔がさらに真っ赤に。 「うわぁ!水里さん、しっかりしてください!」 (春さん・・・。私を必要としてくれるのは嬉しいけど・・・。お手柔らかに・・・(汗) 体が持ちません・・・) そんな二人の様子をドアの隙間から覗き見していた夏紀。 (・・・ちっ。どーしてあの二人は盛り上がるって時に、ラブコメ風味なオチになるかな・・・) でも・・・。二人らしい。 (・・・ま・・・。いいか。ほのぼのラブ・・・。寒いし・・・な) 微笑みながら夏紀はリビングに 二つ、珈琲カップを用意したのだった・・・