デッサン3
〜君と共に生きる明日〜

第十三話 太陽の社会見学と絵はがき

仕事から帰った水里。 「ふぅ。今日は結構冷えるな・・・」 冷蔵庫に買ってきた野菜を入れる。 テーブルの上の郵便を見る。 電気料金の領収書やら、NHKの受信料金の明細書やら・・・。生活感あふれる ものばかりで水里はため息。 が、そのため息が一通の絵葉書で強張る。 ニューヨークの街の絵葉書・・・。 (・・・和兄・・・) 少し乱暴な字・・・。和也からの手紙だった。 『水里・・・。元気か・・・?』 一年ぶり・・・。アシスタントの奈央と共にアメリカに渡った和也。 今頃絵葉書をよこすなんて・・・。水里の心に不安がよぎった。 『今更・・・って思うかもしれないけど・・・。でも・・・。オレはこっちで アシスタントしてるんだ』 (アシスタント?) 『アメリカはやっぱ広くてすげぇ・・・。アメリカの山ン中の木、切ってる 毎日だ』 文面から和也は、新しい自分の行くべき道を見つけた・・・そんな前向きさが 感じられる。 『・・・手紙をよこしたのは・・・報告したいことができたんだ』 (報告・・・?) 『・・・奈央と結婚する・・・。子供ができた・・・』 「えっ・・・・」 水里は思わず声を出した。 『そんなことを一々報告してくるなって思うかもしれないが・・・。 でもお前には知らせておきたかった。オレは奈央と生まれてくる子供を 守っていこうと思う』 (・・・) 勝手・・・だといえば勝手だけど・・・。 水里は激しい腹立たしさは感じなかった。 『でも太陽のことは・・・。父親としてきちんと果たすべき事は したいと今でも思っている。シスターへの送金だけは・・・オレは 生涯かけてするつもりだ』 和也はシスターに毎月幾らかのお金を太陽のためにつかってくれと 送金していた。 水里は受け取らないと拒否したからだ・・・。 『水里・・・。太陽は水里と陽子の子供だ・・・。虫のいい話だが太陽のこと・・・頼む・・・』 「わかってるよ。太陽は私が守っていく・・・」 多分、この先、和也とは会うことはないだろうと思う水里。 絵葉書の最後に・・・小さな文字でこう・・・締めくくってあった。 『PS。藤原さんと幸せに・・・。オレの初恋の少女へ・・・』 水里は黒マジックで”初恋の少女へ”の部分を塗りつぶした。 (・・・初恋の少女なんて忘れて・・・。奈央さんと赤ちゃんを幸せに・・・してあげてくれ。 さよなら・・・。和兄・・・) 水里は絵葉書を戸棚の奥深くに閉ったのだった・・・。
太陽が。 水里にちょっとやっかいな頼みごとをした。 「えぇえ!??私の仕事しているところを見たい!?」 「うん!」 水里宅お泊りの日。 布団の上で水里に作文用紙を見せる。 太陽は学校で”働くお母さん”というタイトルで作文を書くことになったという。 「で、でもさ・・・。店長がどういうか・・・」 「だいじょうーぶ。ボク、おとなしくしてる」 「・・・。いや、やっぱり無理だよ。太陽。あのね。お仕事場って 色々大変なんだよ。だから、ごめん・・・」 太陽はシュン・・・と俯く。 「・・・うーん・・・。あ・・・。そうだ。じゃあこうしよう。春さんと太陽、 二人で、お客さんとしてなら来てもいいよ」 「え!?しゅんさんと!?」 「うん。お店の見学は無理だけど・・・。お客さんとしてなら、身に来てもいいよ」 「わあい!!しゅんさんとみぃママのおしごと、見学!ふふ。楽しみだなぁ〜」 太陽はピカチュウの枕をだっこして 喜ぶ。 「でも太陽。私・・・。あんまりかっこよくないかもしれないよ。店長さんに 怒られてばっかりだし。いいの?それでも」 「うん!どんなみぃママも大好きだよ!ボク!」 (太陽・・・) 実父には新しい妻と子供ができた。 太陽は何も知らない。 太陽は・・・何も・・・ 「太陽。一緒のお布団で寝よ!おいで!」 水里は布団を捲った。 「うん!」 太陽は枕をちょこんと置いて布団に寝転がる。 「ふふ。あったかい〜!!」 無邪気な太陽の笑顔が愛しい。 いつでも子供は大人の都合や環境に振り回されて 傷つく。 水里はそれをよく・・・知りすぎている。 「太陽、ハグハグの刑だ〜!!」 「きゃはははは!」 この笑顔が傷つかないように 傷ついたとしても、ソレを乗り越える強さをもてるように 水里は太陽を抱きしめる。 (太陽・・・。優しく強い子に・・・育って・・・。 私が絶対に守るから・・・) 抱きしめたまま二人は眠りに突いた・・・。
そして数日後。 学校が終わった太陽は陽春と共に水里の店にこっそりきていた。 「みぃママのおしごと。作文に書くんだ」 「そうか・・・。じゃあ僕は水里ママを応援するよ。 お仕事頑張ってって」 「うん!」 太陽も嬉しそうだが、陽春も実は見てみたかった。じっくりと。 陽春は太陽と手を繋ぎいで店内に水里の姿を探した。 「あ・・・。太陽くん。水里ママいたよ」 水里はレジで会計をしている。 太陽と陽春はボールペンやマジックが陳列されている棚のところで屈んで 頭だけだして、様子を伺う。 「560円のお返しです。ありがとうございましたー!」 笑顔で客にお辞儀する水里。 「みぃママ、おしごと、上手だね〜。とってもにこにこしてる」 「そうだね・・・。お客さんが気持ちよく帰れるように笑顔なんだよ」 普段、見ている水里の微笑み。 お客への笑顔は初めて見た。 (こっちまで元気が出てくる笑顔だな・・・) 色んな水里の姿が知りたい。 色んな水里が見たい。 陽春は実に穏やかに水里を見守る・・・。 だが、レジの辺りが騒がしい。 中年の女性がなにやら眉をかしげている。 「・・・ちょっと貴方」 「はい」 「おつり、足りないわよ!」 「えっ」 水里は慌ててレシートを見た。 「あ・・・。す、すいません・・・。すぐ会計しなおします・・・!」 再びレジを打ち直す水里。 「全く・・・。手間取らせないでしょ。レジぐらいまともの 扱えないの?」 「申し訳ありません・・・」 水里は何度も頭を下げる。 「ったく・・・。機械オンチの人がレジなんかやってんじゃなわよ! フン!」 そんな罵声を浴びせて中年の女性は出て行った。 「申し訳ありませんでした・・・!申し訳ありませんでした・・・!」 中年のおばさんが出て行ってからも何度も頭を下げる水里・・・。 そんな光景を太陽は・・・ 「みぃママ・・・。あんなに怒られて・・・。かわいそう・・・」 「うん。でもね。それが水里ママのお仕事なんだ」 「おしごと・・・?」 「そう・・・。お客様が一番大切。だから、水里ママは沢山怒られたとしても・・・。 ああやって我慢してごめんなさいをするんだ」 太陽にわかってほしいと陽春は思った。 ”太陽には・・・。私のありのまんまの姿を見せたいんです 怒られた姿でも失敗した姿も・・・” 水里が陽春に頼んだように・・・。 次に可愛らしい小学生くらいの女の子がレジにやってきた。 「三つ編みのおねえさん、あの・・・。それ、トモダチのプレゼントなんです。 だから、綺麗な包装紙で包んでください」 と、申し出たが・・・ 「ごめんね。うちはラッピングまではやってなくて・・・」 「そうですか・・・」 少女はかなりがっかり・・・。 「あ・・・。でも待って・・・」 水里はいつも店で使用している無地の紙袋を取り出した。 「ふふ。ちょっと待っててね。ね、貴方、セーラームーンとか、好きかな?」 「はい!」 「んじゃ・・・」 水里はカラーペンを取り出して、無地の袋の表にサラサラと イラストを描き始める・・・ 「お友達の名前はなんていうの?」 「まさみちゃん」 「じゃあ・・・」 漫画のキャラクターの吹きだしに”まさこちゃんお誕生日おめでとう!” と書き加えた。 「・・・あとは袋の上の方にリボンでもつけたら・・・。どうかな。これで」 「・・・うん!可愛い!!まさこちゃんもセーラームーンきなんだ!漫画とそっくり・・・ きっと凄く喜びます。ありがとう!お姉さん!」 少女は水里に何度もお礼をいってスキップして帰っていった・・・。 その光景を見ていた太陽は・・・。 「みぃママすごーい!!あの女の子、とっても喜んでたよ!!しゅんさん!」 「そうだね・・・。水里ママは凄い・・・。あの女の子と女の子の 友達を笑顔にしてくれたんだから・・・」 太陽の目が輝いている。 大好きな水里ママが、誰かを笑顔にした・・・。 太陽は嬉しくてたまらない。 そして陽春も・・・。 (・・・貴方の素敵なところをまた・・・。発見したよ・・・水里さん) 嬉しい。 ただ・・・嬉しい・・・。 優しい気持ちになってくる・・・。 (・・・オレは・・・。貴方に・・・恋をしてる・・・。優しい恋を・・・) 疲れた心が癒えるように 春の木漏れ日のように・・・。 「あの・・・。すみません。お客様。何か山野に御用ですか?」 「えっあ・・・」 店長の唐沢が陽春たちに尋ねた。 (この人は確か店長さんだっけ・・・?水里さんのメールによると) 「い、いやあの・・・。あ、そうだ。太陽、そろそろ帰ろうか」 「え、あ、はあい」 陽春は慌てて太陽の手をひいて店を出口へ・・・。 「あ・・・。店長さん」 「はい」 「ここの店員さんは・・・。素敵ですね」 「え?あ、そ、そうですか?」 「はい・・・。では失礼します」 陽春は水里に一瞬視線を送って店を跡にした・・・。 (・・・変な客だな・・・。それにしてもなんでオレが 店長だって知ってるんだ。あの客は・・・) 首をかしげて唐沢はレジに向かう。 「あ、店長」 「山野・・・。お前、なんかしたのか?」 「え?なんかって・・・」 「なんか知らんがな、子供づれのかなーりいい男がお前のこと ずっと見てたぞ。そんで”素敵な店員さんですね”って・・・」 (・・・春さんと太陽だ・・・。来てくれてたんだ・・・) 水里は思わずくすっと笑う。 「ふふ。そっか・・・。来てくれたんだ・・・。それで ”素敵な店員さん”って・・・。うふふ・・・」 「・・・何笑ってんだ。気味悪い・・・」 「ふふ。ふふふ・・・」 (・・・大丈夫かコイツ・・・(汗)) 水里を不気味がるに唐沢を他所に水里は ただ、嬉笑い・・・。 「太陽くん、これで作文、書けそうかい?」 「うん!」 スキップするくらいに書く気満々の太陽。 「あ、そうだ。しゅんさんも一緒におやつたべようよ」 「え?」 「ボクね、みぃママのおうちの鍵、持ってるんだ。 今日、水里ママがね、言ってたの。 春さんとボクのケーキれいぞうこにあるからって一緒に食べてって」 陽春も水里から、帰りに寄ってくれと聞いていた。 太陽はちょっと得意そうに部屋の鍵をズボンのポケットから取り出し、 あけた。 「ボク、今日はみぃママのかわりにおるすばんするんだ」 (ふふ。大人気分なんだな。太陽君) 「ただいまー!」 太陽はランドセルを脱ぎ捨てて冷蔵庫に直行。 (水里さん・・・お言葉に甘えてお邪魔します・・・) と少し緊張ぎみに部屋の中に入った。 (相変わらず綺麗にしているな・・・って。あまりジロジロ見るものじゃないな) 陽春は居間のコタツの前に腰を降ろした。 テレビの上の写真立てに陽春は気づく。 この間太陽と一緒にいった野外活動の時の写真。 動物園のサル山の前で撮った・・・。 3人が映った写真を大切に飾られている・・・ (水里さん・・・。ん?) コタツの毛布の間に何か落ちている。 思わず拾う。 (絵葉書・・・。外国・・・の風景か・・・?) 何気なく表を見てしまった。 (高橋・・・和也・・・?どこかでこの名前、見たような・・・) 陽春はその名前が気になり 手紙の文章を目で追って読んでしまった・・・ (・・・この人は・・・。太陽君のお父さん・・・!?結婚するって・・・) 「しゅんさーん!はい、ケーキだよ!」 フォークとお皿を持ってきた太陽。 ちょっとだけつまみぐいしたのか、口元にクリームがついてます。 「・・・あの・・・。太陽くん。”たかはしかずや”さんって・・・知ってるかい?」 「・・・」 太陽の顔から笑顔が消えた。 陽春は太陽の変化に驚く。 「ご、ごめん・・・。何か、嫌なこと聞いちゃったかな・・・」 「・・・」 太陽は無言で首を横に振った。 「・・・ごめんよ・・・。さ、ケーキ食べようケーキ・・・」 太陽は俯いたまま・・・ 「太陽くん・・・」 「・・・和也おじちゃんは・・・。ボクの・・・『いのちのパパ』」 「いのちの・・・パパ・・・?」 「うん・・・」 『いのちのぱぱ』その言葉のフレーズで、陽春は日記に記されていた 内容を思い出した。 (そうだ。確か、一年ほど前に太陽君を強引に引き取ろうとしたって・・・) 「・・・和也おじちゃんは・・・いのちのパパだけど・・・。ボクはいのちのパパは いらないんだ・・・」 「太陽くん・・・」 「・・・ボクにはね・・・”こころのパパとママ”がいればいいんだ・・・」 太陽は陽春の膝の上にちょこん、と乗っかって膝を抱えた。 「みぃママと・・・しゅんさんがいるから・・・。いいんだ・・・」 陽春に抱きついて離れない太陽・・・ ぎゅっと陽春のジャケットを離さない・・・。 「太陽君・・・。もういいよ・・・。水里ママも僕も・・・。太陽君の そばにずっといるから・・・。大丈夫だよ・・・。大丈夫だよ・・・」 ぐずる太陽を陽春は何度も背中をさすって宥めたのだった・・・。 太陽のこと態度から・・・ 和也のことはタブーなのだと陽春は思った。 (それから・・・。水里さんと高橋和也の関係は・・・) 陽春は家に戻り、すぐ、日記を読み返した。 そこには和也と太陽、そして水里の関係がすべて書いてあり・・・ 「な・・・っ」 とある日の日記に陽春は衝撃が走った。 その日の日記とは・・・ 和也が水里に強引に迫った日のこと・・・ 『激しい雨の中・・・。彼女はまるで魂がぬけたように呆然とした顔で 店の前で震えていた・・・。服装の乱れ方から・・・何があったのかすぐ察しはついた・・・。 未遂だったとはいえ・・・。オレは・・・。オレはあの男が彼女にしたことを・・・ 許さない・・・。あの男から彼女を守る・・・』 バタン・・・! 陽春はそれ以上、読めず、日記を乱暴に閉じた・・・。 (・・・高橋和也・・・。”前”のオレでなくとも・・・絶対に許せない・・・) 嫉妬にも似た激しい感情が陽春を支配した。 (水里さんに酷い仕打ちをした挙句・・・。自分は子供が出来たから結婚するなんて・・・。 勝手な奴だ・・・!絶対に許せない。絶対に・・・絶対に・・・) ”藤原さんと幸せに・・・” (言われなくても幸せにするさ・・・。水里さんも太陽君も・・・オレが・・・) 陽春はベットに寝転がった・・・ 自分の中の禍々しい感情・・・ 他の男が・・・ 水里の力づくで触れようとしたと思うと・・・ 「くそ・・・っ!!」 枕を壁に投げつける陽春・・・ (こんな・・・醜い嫉妬・・・なんて・・・。オレは・・・それほどに・・・ 彼女を・・・) 水里の笑顔が早く見たい。 禍々しいこの感情から抜け出すために・・・。 (・・・水里さん・・・。オレは早く・・・。早く、貴方と太陽君を 守れる男になります・・・絶対になるから・・・) 閉じていく瞼に・・・ 水里の微笑みを浮かべて・・・ 陽春は眠った・・・。