デッサン3
〜君と共に生きる明日〜第十四話 貴方の声が聞きたい
なんだか心がモヤモヤする。
”高橋和也”
その名前の背景を知ってしまった。
(オレは嫉妬などに囚われてても何も始らない・・・)
誰かを守れる力をつけなければ・・・。
陽春は気を取り直して、机に向かう。
問題集を広げ、ペンを走らせる。
「・・・」
だがペンが止まる。
・・・読めない漢字が幾つか出てきた。
そして、漢和辞典を取り出して調べる・・・
分からない漢字が出るたびに辞書を引き・・・
能率が上がらない。
苛苛が溜まる。
(大の男が漢字一つ読めないなんて・・・。こんなんじゃ・・・。
こんなんじゃ・・・)
「・・・くそッ!!!!」
バサバサッ!!!
情けなさと不甲斐なさが机の上の問題集を
投げ飛ばす。
その後待っているのは、自己否定な気持ちだけ・・・
(・・・。駄目だ・・・。こんなんじゃ・・・。駄目だ・・・)
早く大切な人を守れる、支えられる人間になりたい。
支えられる人間ではなく・・・。
”高橋和也”
焦りと嫉妬が・・・
陽春から消えない・・・
夏紀は陽春の様子をドアの隙間から伺っていた・・・
「・・・夏紀くん。どうしたの?」
お昼休み。
夏紀は水里の店を訪ねた。
店の駐車場の裏でふたりは立ち話。
「・・・でな・・・。兄貴の様子がまだ不安定だから・・・」
「・・・」
「何かに空回りしている人間に、下手な励ましはただ、
プライドを傷つけるだけだ。プレッシャーにもなる・・・」
缶コーヒーの栓をカチっと開ける夏紀。
「・・・水里。お前ならどうする?」
「・・・」
「お前にプレッシャーかけるつもりはないけど・・・。兄貴の恋愛観は
生真面目だからさ・・・。」
「・・・」
水里は静かに沈黙している。
「・・・。恋愛は・・・すごいパワーを秘めてる。でも・・・こじれると
厄介だ・・・。今の兄貴のパワーの出所は恋、つまりお前への気持ちだから
お前の態度次第なんだよ」
「・・・」
缶コーヒーをゴクゴクと飲み干す夏紀。
「水里・・・。聞いてんのかよ」
「・・・聞いてる。でも私が出来ること・・・って。
一緒にいて・・・。笑顔でいて・・。そんな当たり前のことしか・・・」
「・・・でもそれが何より兄貴の励ましになるんだよな・・・。
”こんな自分でも必要とされてる”って・・・」
「・・・。こんな自分でも・・・か。私は一日に一回はそのフレーズ
心の中で呟いてる・・・」
水里は苦笑する。
自分自身を好きになれない苦しさは
水里にも分かる。
(・・・一方的な励ましって・・・辛いときがある・・・)
大切な人を励ましたいと思う。
でも、その励ましが、その人にとって本当に”励まし”に、なるかどうかはわからない。
時には、逆効果で負担やプレッシャー、その人を否定する
ことにもなるかもしれない。
(・・・私の方が・・・春さんに色々なもの・・・貰ってる気がする・・・)
今まで強く
必要とされている・・・と”実感”したことはない。
自惚れではなく・・・
(その”実感”こそが、私に力をくれるんだ・・・)
水里は仕事中も、陽春が元気になる方法ばかり考えていた。
(・・・またタライしょって行く・・・なーんてアクションはわざとらしくて
なんだかなぁ・・・)
「ちょっとお客様!籠、置いてってください」
「え」
スーパーで買い物をしていた水里。
籠を持ったまま店を出たいた。
(・・・いかんなぁ・・・(汗))
・・・これが人を好きになる・・・ということなのだろうか。
自分の悩みで一杯一杯にはしょっちゅうなるけど
他の誰かのことで夢中になることは相はない。
(・・・春さん・・・。今頃何してるんだろう。何考えてるんだろう・・・)
思い通りにいかない自分の状態に
焦って・・・悩んで・・・
(・・・自分のこと・・・。嫌いにならないでほしい・・・。焦らないで・・・)
自分を自分で否定する痛みは知っている。
いや・・・
自分の痛みと他人の痛みが同じなんてことはない。
でも・・・
虚しさは知っている。
ガチャ・・・。
一人きりの部屋の扉を開ける。
暗い部屋。
泣きたいほどの静けさが時計の秒針の音を引き立てる。
「・・・あれ?」
電気のスイッチを入れるがまったく明るくならない。
カチカチ。
何度もスイッチをいれるが・・・
(て、停電!??でも他の部屋の灯りはついてるのに・・・)
水里は大家に携帯で電話してみた。
すると、すぐ電力会社に連絡してくれたのだが・・・。
(・・・明日の朝にならないと来てくれないって・・・(汗))
水里は懐中電灯をなんとか探し、毛布をかぶって暖をとった。
(まぁ・・・。一晩ぐらいいいか・・・)
真っ暗な中・・・
一層静けさが際立つ。
テレビのスイッチをいれたら、すぐドラマが見られる。
”当たり前”
冷蔵庫を開けたら、冷えたおいしいアイスが在ることが
”当たり前”
だけどそれは当たり前、のことじゃなくて・・・。
「くしゅんっ」
(・・・。ああ。電気の有り難味がわかるなぁ・・・。なんかしみじみ
するな)
コンビニで買ってきた蒸しパンと牛乳で夕食。
「・・・暗い部屋なら暗い部屋の楽しみ方ってもんがあるもんだ」
とかなんとか自分を励ましつつ、水里は蝋燭に火を灯した。
「うーん・・・。いいじゃん。幻想的で」
蝋燭の火。
確かに幻想的ではあるが・・・。
(寂しいさが倍増する幻想的さだ・・・)
水里が思い浮かべるのは蝋燭の火の幻想さじゃなくて
(・・・春さん・・・どうしてるかな・・・)
恋しい人の声。
(・・・電話・・・。してもいいかな・・・)
電気がないからパソコンもつかない。
水里は携帯のバッテリーを確認した。満タンだ。
(・・・。くそう。春さんを励ますことを考えているのに
声がききたい、誘惑に負けるなんて。意志が弱いぞ、自分!)
暗がりで一人、自己嫌悪したり百面相の水里。
が、すでに携帯は陽春の家の電話へと繋がっていた。
その頃。
陽春は、やはり、問題集が進まずに苛苛していた。
PPPPPP〜。
陽春の携帯が鳴った。
着信表示を見て、陽春の顔に笑みが浮んだ。
「はい・・・!もしもし。水里さん・・・ですか?」
「あ・・・。こ、こんばんは・・・。夜分遅くすいません」
「いえ・・・。貴方からの電話ならいつだって出ますよ・・・」
陽春の低い吐息をはくような甘いトーンに
なんだか体がくすぐったくなる。
(・・・(悶)普通なら気障だと思う台詞でも春さんが言うと・・・なんか・・・
クるんだよな・・・)
「・・・あ、あの・・・。えっと・・・ど、どうしてるかなって思って・・・」
「・・・。勉強が進んでるって格好つけたい所だけど・・・。実は
苛ついてました・・・。夏紀さんにまた僕を元気付けろと
頼まれたんですね。夏紀さんが携帯を僕に貸してくれましたし・・・」
「・・・あ、いや・・・(汗)」
(私は顔にも出るだけではなく、声でもばれるのか(汗))
「ふふ。貴方が気に病むことないです・・・。貴方の声が聞けただけでも・・・
嬉しいから・・・」
「ど、どうもありがとうございます・・・」
水里は辺りが暗いのも忘れて、照れている。
「・・・くしゅんっ」
「水里さん?大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です。ちょっと暖房器具が
不機嫌なだけで・・・」
不機嫌どころか、電気がつかないのだから。
「・・・あの・・・。どんな話をしましょうか・・・。僕は今日、これと言った出来事はなくて・・・」
「うーん・・・あ!そうだ!うちの店長のあだ名が変わったんですよ」
水里は従業員の間で店長の唐沢にニックネームがつけるのが流行っていることを話す。
「最初はね、身長が高くて声が大きいから、”メガホン”だったんですよ」
「ハハハハ。確かにメガホンですね。声が行き届きやすい」
「でも強面(こわもて)の店長の弱点が発覚したんです。その弱点とは・・・」
こっそりと唐沢の机の引き出しに忍ばせてある・・・
ハローキティのハンカチ。
「娘さんのものらしいです。私の同僚が写真を見つめて
ニヤケテいたという証言を得ています。だから新あだ名が”箱入りメガホン”」
「箱入り娘ならぬ・・・ですか。ふふ。なるほど・・・」
水里は夢中でただ・・・話す。
(店長すんません。ネタにさせてください・・・)
と少しだけ唐沢にわびて・・・
「・・・水里さんはやっぱり強い人ですね・・・」
「え?」
陽春の声のトーンが変わる。
「・・・僕は・・・。貴方に励まされてばかりで・・・」
「・・・」
”下手な励ましは返ってプライドを傷つける・・・”
夏紀の言葉が過ぎった。
「・・・あ、すいません僕は・・・」
「・・・」
水里は返す言葉を探すが、出てこず・・・
無念さだけが込み上げる。
「・・・聞きたい」
「え?」
「私は聞きたい。春さんの言葉、全部聞きたい。愚痴でも何でも・・・。
私は知りたい、聞きたい・・・」
「・・・水里さん」
「・・・励ますことも、元気付けることも上手じゃないけど・・・。でも聞きたいです。
私は・・・春さんの”声”を・・・」
携帯を握り締める水里の手に・・・思わず力が入る。
「・・・あ、な、なんか生意気言って・・・」
「いいえ・・・そんなことない・・・。貴方の言葉は・・・。僕に力をくれますから・・・」
(春さん・・・)
寒いはずの部屋。
水里の体温はドキドキ感で温かくなる・・・
「・・・貴方の声を聞いているとドキドキします・・・」
(え)
「・・・。何だか・・・声だけじゃ我慢できなくなってきます・・・」
(・・・)
寒いはずの部屋。
水里の体温は・・・
異常な興奮で熱くなる・・・
「・・・水里さん・・・?もしもし?」
・・・熱くなりすぎて暫し、思考停止に・・・(笑)
「・・・水里さん?」
「はっ!!(覚醒)あ、すみません。一瞬だけ思考が限界突破して宇宙の彼方に
すっ飛んでしまいました」
「・・・?」
時々面白い表現をする水里の言葉が好きな陽春。
「・・・あ・・・。水里さん、今夜は満月ですね・・・」
陽春はカーテンを明けて空を見上げた。
水里は・・・
毛布にくるまって見上げる。
「・・・太陽も僕は好きだけど・・・。月も嫌いじゃありません。
暗い夜を照らしてくれる」
「・・・そうですね・・・」
真っ暗な水里の部屋にも
優しい月明かりが入ってくる・・・
「・・・と。もうこんな時間か・・・。名残惜しいけどそろそろ・・・」
「あ、はい。そうですね・・・」
電話を切りたくない。
一晩中話をしていたい。
二人の気持ちは同じ・・・
「おやすみなさい。明日も元気で・・・。水里さん」
「はい。春さんも・・・」
電話を切る直前・・・
二人は同時に再び月を見上げる。
同じ月を
見上げる・・・。
(おやすみなさい。水里さん)
(・・・おやすみなさい・・・。春さん・・・)
互いへの想いを呟いて・・・
切った・・・。
「へっくしょい!!」
水里は耳の奥に残る陽春の声を思い出す。
(・・・暖房いらないな・・・。私の暖房は好きな人の声・・・って
ちょっと少女趣味過ぎかな。へへ・・・)
真っ暗闇。
優しい月明かりにあの人の声を
思い浮かべて・・・。
水里の夜は過ぎていった・・・。