デッサン3
〜君と共に生きる明日〜
第十八話 バットコミュニケーション
「ねぇねぇ山野さん。携帯のアドレス教えてよ」 「え・・・」 売り物の値札を棚に貼り付けていく。 「すみません。私、メールはあまりしないから・・・」 水里のリアクションに、顔を一瞬、引きつる同僚。 「・・・あ、そう・・・。山野さん。あと、これ、全部やっといて」 同僚はつんけんした顔でレジに戻った。 (これ、全部・・・(汗)) 100枚近くはある・・・ 水里の同僚は、水里より年下が多いのだが、実際は水里の方がへこへこ した上下関係が出来ていて。 (はぁ・・・。やっぱり人間関係って・・・微妙なものだ・・・) 突飛な態度をとれば、毎日共に仕事していく上で支障をきたすし。 (でもだからって・・・。相手に合わせてることも私は苦手だし・・・。 調節が大切だ。あー・・・難しいなぁ) 悶々。もんもん。その言葉が水里の上で飛び回る。 「山野!お前、名札になに書いてんだ」 「え」 『ポケ悶便箋セット 悶々円』 「・・・あ。はははは・・・(汗)」 唐沢に苦笑いするしかない水里。 「・・・。恋煩いか何かしらんが、仕事はちゃんとしろ。って何で 物珍しく見てるんだ」 「・・・。いや。店長の口から”恋煩い”なんてロマンチックな 言葉がでるとは」 「・・・(怒)さりげなく失礼な奴だな、お前は」 つい、この間までは唐沢のことは無口で物事にとことん厳しい人間だと 思って近寄りがたかった。 (でも・・・。物事に厳しいのは悪いことじゃないし。それに・・・。 家に帰れば娘が一番大事に思ってるお父さんだった) 相手の態度も気になるが、自分で勝手にイメージを作り上げている 部分もあるんじゃないか。 (時間をかけて・・・。場数を踏んで・・・。そうやって 分かり合ってくしかないんだよね・・・) 職場でも 友人でも・・・。 人と関係を作り上げていくということは時間を紡ぐ、ということでもある。 新しい何かを始めた陽春もまた 人間関係を築くスタートだ。 学校の入学者はどちらかというと女子が多い。 なので男性は目立つかもしれない。 さらに”イケメン”とくれば・・・ 「・・・あのぅ・・・」 教室で陽春に若い女子学生2人が声をかけてきた。 「もしよかったら・・・。メアド交換しませんか? これ、私のアドレスです。メル友によかったらなりませんか?」 女子学生はメモ用紙を渡した。 「・・・。すみません。僕はメールはあまり盛んにはしないので・・・」 陽春の態度に残念そうな表情を浮かべるが、 女子学生たちは引き下がらない。 「あー。そうなんですか。じゃあ、私のアドレスだけ渡しておきます。 気が向いたらメールください」 だが陽春は受け取らず、そっと女子学生の手に握り返させた。 「・・・。メールを送るつもりはないので受け取れません。すみません。 ご期待に添えなくて」 「・・・い、いーえ・・・」 女子学生たちは憮然。 外見とは違い固い陽春のガードにムッとしていた。 大抵の男なら、深い意味がなくてもメアドぐらい交換し合うのに。 (顔がいいからって何様なんだろ!結構年上のくせに。下手するとオヤジじゃん!) とか思っちゃったりして。 だが。 「あ・・・次、教室移動するんだった」 腕時計を見て、立ち上がる陽春。 陽春はむっとしている女子学生の耳たぶにふっと触れる 「!?」 「ふふ・・・糸くず。ついてましたよ。じゃあ・・・」 さわやかに笑って陽春は教室を去っていく・・・ 「・・・な、何今の・・・。超気障っぽい・・・。けど・・・ なんかトキメいてしまった・・・///」 女子学生はぼうっと顔を染める・・・ そのやり取りを一部始終を咲子は廊下から見ていて・・・ (・・・先輩の”さわやか王子オーラ”は健在ね・・・(汗) それにしても・・・。油断できないな) ジェラシーを燃やしつつ、陽春と同じ教室に一路急ぐ咲子。 そして隣の席にちゃっちゃと座った。 「・・・高岡さんもこの科目を?」 「はい!それにしても・・・。藤原さん、今でも”さわやか王子” でしたね」 「え?」 「若い女子学生のアプローチをスパっと断ったかと思ったら 糸くずをさりげなく取って上げて・・・。王子様そのものですよ」 「・・・(汗)やめてください。30過ぎた男にそんな・・・」 咲子は、 微妙に陽春にチラリチラリと乙女視線を送りつつ。 陽春はそれがどこか不気味に映った。 「他の男がやるとただ、気障ったらしいことでも、藤原さんが やると紳士になって・・・。看護士の間でもダントツで人気だったんですよ」 「・・・そんな・・・。そんな立派な人間じゃありませんよ」 「え?」 「僕が・・・。本当に心底優しくなれるのはただ、一人だけ・・・」 (一人・・・) 水里の顔が 歪んで咲子の脳裏に浮ぶ・・・ 「あ・・・。講師の方が来ました」 陽春は机の上に水色の子袋を置いてノートを開いた。 (・・・。水色・・・) 咲子には・・・ 机の上の子袋が握り潰して粉々にしたいほど 憎らしかった・・・ 陽春はその日、メアドを渡された女子学生に誘われて 咲子と共にバーに飲みに出かけた。 最初は断ったのだが、 ”藤原さん、紳士もいいですけど、今後一緒に 勉強していく仲間との親睦も大切ですよ” と言われ、一理あると思い参加した。 (・・・なんだ。ここは・・・) ”可愛いバーみたいな所ですよ” 激しいラップミュージックが流れ、金髪のDJらしい男が CD盤をまわしている。 狭いフロアに若者何十人も密着するように踊り、 酒やらジュースを飲む。 騒がしい雰囲気に陽春のコメカミに痛みが走ってきた。 (何だか落ち着かないな・・・) そんな陽春をよそに、陽春を誘った綾という女子学生は 一人ベラベラしゃべっている。 「・・・私、なんかかんどーしちゃって。やっぱり若い男って まだ子供だなーって思うンです。だってすぐ”した”がるんだもん。 恋愛の醍醐味が台無しですよ。”した”ら次を探しちゃって。 新しい玩具探すみたいね」 (ったく最近の若い子は平気で・・・) あけっぴらな綾という二十歳の女子学生の発言に 咲子は少し動揺。 「したがるって・・・何をデスか?」 「え?」 きょとん、とした顔で尋ねる陽春。 「・・・藤原さん。それって・・・ギャグで言ってます?」 「は?いえ、僕は普通に質問しただけなんですけど・・・。 あの、何か変なことを言いましたか?」 3人の間にみょーな空気が流れた。 「あ、ははは。もー!藤原さんってば! 口説き方も”少年”なんだから。でもなんか新鮮なカンジv」 ピトっと陽春に肩に頭をくっつける女生徒。 陽春を挟んで反対側の咲子のこめかみに血管が浮く。 (・・・小娘が(怒)) 「私ぃ、結構見かけはかるーい女に見えるけど、福祉の分野に 夢を持ってるんです!ビジネスチャンスですものね!」 「・・・それはとてもいいことだと思います。 若い人がどんどん色々なことに挑戦するのは」 「でしょー!藤原さんだってまだ充分若いですよ。ってか、 その辺の男なんて、やるか、寝るか、食べるかしか ないんだもん。やんなっちゃう」 「・・・(汗)」 綾の現代っ子ぶりに陽春は顔が引きつる 咲子はさらに般若のような右目があがって・・・ 「さーさ。ってことでぇ。乾杯といきましょー!!」 陽春は服用している薬のため、アルコールは絶対に禁止されている。 「すみません、僕、お酒弱いので・・・」 「えー??嘘。藤原さんだったらビールの一杯や二杯 軽くいけそうなのにぃ」 「・・・すみません」 綾は不服そうにグラスを置いた。 「先輩があやまることないですよ!ちょっと貴方ねぇ。借りにも 私や先輩は貴方より年上なのよ!!もっと謙虚な態度で接しなさいよ!!」 「年上?そんなの関係ないです。一緒に勉強する仲間でしょ? でも藤原さんの態度は確かに年上風吹かせてますよね。なんかえらそーだし」 綾は酔いがまわってきたらしく 顔が赤い。 「藤原さん、天然もいーですケド有る程度は若い世代とも つき合いがないと後々大変ですよぉ。だから、私が 教えてあげますv」 綾は強引にビールのグラスを陽春の口元にもっていった。 「あんたね!!いい加減に・・・!」 言い返そうとした咲子を遮って、陽春はとめた。 「確かに・・・。貴方の言うとおりかもしれない。僕は心のどこかで 10も年下の連中と・・・っていう意識があった」 「・・・」 「だからこそ・・・。今日、少しでもコミュニケーションとろうと こうして来たんだけど・・・。酒も飲めないようでは無理なのかな・・・」 陽春はビールが注がれたコップを静かに置いた・・・ 「お酒は飲んでる薬のため、駄目なんです。・・・それと・・。こういう騒々しい 場所に来ると急に頭痛が襲ってきたりするから落ち着かなくなって・・・。 それを貴方達たちに最初に言わなかった僕も悪い。すまなかった・・・。」 綾たち女生徒たちに頭を下げる陽春・・・ 陽春の謙虚さに女生徒たちの酔いも大分醒めた・・・ 「もう。そんな下出に出られたらなーんか テンション下がっちゃう。出ましょ!酔い覚まししなくちゃ!」 綾たちは店を出て、店の前の自動販売機で ウーロン茶を3つ買った。 「飯田さん(綾の苗字)・・・?」 「お酒は駄目でに乾杯はできますね?藤原さん。」 「え?あ、はい」 「じゃ・・・!乾杯しましょう!」 (飯田さん・・・) 3人は栓を同時に缶の抜いた。 「では・・・。これからよろしく・・・!乾杯・・・!」 アルミ缶が合わさる音・・・ 陽春にはとても心地よく・・・。 (なんとかなるかもしれない) 若い世代の優しいのか不親切なのか分からない アンバランスな”ノリ”。 それに戸惑いながらも なんとかつき合って行かなくては・・・と陽春は自分に言い聞かせたのだった。 「へぇ・・・そんなことがあったんですか・・・」 公園のベンチで缶コーヒーを飲みながら話す水里と陽春。 「・・・誰かとかかわっていく時は・・・。言うべきことはちゃんと言って 関わらないといけないと勉強しました。相手に理解してほしいときは まず・・・こちらから歩み寄らないと・・・」 水里は陽春の言葉に 自分も同僚との付き合い方が重なる。 (私の方から・・・か) 「只でさえ、僕は年齢のギャップがあるから・・・。いや年齢は 関係ないな。僕の努力次第・・・っていうことです」 「・・・私も少しずつ近づいてみます」 水里は飲み干した缶をゴミ箱に静かに捨てた。 「私も波長の合わない人を・・・なんとなく未だに避けてた・・・。 でも・・・。近寄ろうとしないで最初から避けてたら・・・何も進まないから・・・」 「・・・そうですね・・・。でも・・・。僕には近づいていて欲しいです」 (え?) 「・・・。出来るだけ離れないで・・・。僕の近くに・・・」 陽春は水里の手を引っ張り、自分の横に座らせる (・・・(混乱)) 「貴方は僕の元気の元だから・・・」 (耳元じゃないけど耳元で囁くような声は・・・(錯乱&萌)) コミュニケーションが難しい。 けど・・・ 交わろうとしようしなければ もっと難しい・・・ 「好きな人とはもっと深く・・・コミュニケーションとりたいです」 「///」 陽春は自分のジャケットのポケットに 水里の手を入れて仕舞い込む・・・ 「・・・好きな人とは・・・沢山、深く広く・・・関わりたいから・・・」 「・・・ほ、程々からお願いします・・・(真っ赤)」 コミュニケーション。 少しずつ 時間をかけて 深めていく・・・