「・・・春さん、どうしてるかなぁ」
駐車場の掃除。
ほうきとちりとりが動いていない。
水里の思考は大学へ。
「山野。てめぇ、職場で堂々と物思いにふけてんじゃねぇぞ」
「・・・はぁ・・・。春さん・・・」
「・・・(怒)やーまーのーーー!!」
水里の耳元で大音量。
「はぁー・・・」
唐沢の大声もなんのそので、物思いにふける。
仕方がないので、唐沢はとあるキーワードを吹き込む。
「・・・給料カット」
「!?て、店長!!」
水里、キーワードで即覚醒。
「・・・。新しいお前の操縦法がみつかったぞ。くく」
「・・・(汗)」
不適な唐沢の笑みが不気味にうつるが水里の思考は相変わらず・・・。
(春さん・・・どうしてるかなぁ。・・・っていうか会いたい・・・)
気持ちはとっても少女漫画してます。
でも現実的な話、陽春と水里は3週間も会っていない。
陽春が大学、水里は仕事。
会う時間がめっきり減って・・・
「藤原さん♪」
学食で、陽春と咲子が定食を食べていると・・・。
この間、一緒に飲みに行った綾。陽春が気に入ったらしく
やたら声をかけ、着いて来る。
「よいしょ。どいてね。おばさん」
咲子を押しのけて陽春の隣に座る綾。
(お、おば・・・)
テーブルの下で手がグーになってます。
「あ。藤原さんもカツ定なんですか。私もなんです」
「美味しいですね。ここのは」
「ふふ。食事の好み、一緒なんですねぇ」
わざとらしい言い草を他所に陽春は食べ終わると。
「ご馳走様でした。さてと・・・」
陽春はバックから薬入れを取り出し、白い錠剤2つ
を手に乗せた。
「あ、これが例のお薬ですか。何のお薬?」
「・・・」
あまりにも軽い”ノリ”で聞いてくるので流石に陽春は一瞬沈黙した。
「あ、ごめんなさい。藤原さん。怒っちゃった??」
まるで怯えた子犬のような上目づかいの綾・・・
「・・・立川さんには叶わないな。ふふ」
「あはvやっさしーなぁ。藤原さんは」
(先輩・・・許しちゃうの(汗)っていうは
先輩、ぶりっ子キャラに弱いの!?)
嫉妬も忘れて少し呆気にとられている咲子
「でもはっきり言います。僕にも言いたくないことも
あるんです。それに変な同情はやめてほしいな」
「やだなー。同情だなんて。同情じゃないからこうやって
ハイテンションなスキンシップしてるんじゃないですか」
「あ・・・」
綾が陽春と腕を組んだ拍子に薬が床に転がってしまった。
「あ、ごめんなさい。大変!」
陽春と咲子は屈んで四つん這いになって探す。
(あ・・・あった・・・)
陽春が手を伸ばして取ろうとした瞬間。
(あ・・・)
クシャリ。
通り過ぎていった学生の靴に踏まれてしまい・・・
カプセルが粉々に・・・
「・・・せ、先輩・・・」
「・・・」
「藤原さん見つかったー?あ・・・」
カプセルの状態に綾も絶句して・・・
「あなたねぇ!!どうしてくれるのよ!!薬で発作を抑えて
いて・・・」
「ご、ごめんなさい・・・。大事な薬を・・・」
流石の綾も青ざめる。
「・・・。気にしないで下さい。まだありますから」
だが・・・。
陽春の薬居れには吐き気止めの錠剤しかもうなかった・・・
午後の講座の最中・・・
激しい吐き気と冷や汗が陽春を襲われていた・・・
「すみません。少し気分が悪いので抜けます・・・」
「先輩・・・。出ましょう。すみません!私も気分が悪いので
抜けます!」
二人が一度に抜けられて講師は呆気に取られていた。
「先輩、大丈夫ですか!?」
「う・・・」
陽春は階段に座り込み・・・
体をガタガタ振るわせる・・・
額には冷や汗が流れて・・・
(・・・。脈が早い・・・。すぐ横にならせなきゃ・・・)
「先輩、つかまってください」
「う・・・」
咲子は陽春を背負って、医務室へと向かう・・・
(オレは・・・また・・・。誰かに迷惑をかけて・・・。オレは・・・)
朦朧とする意識の中で
陽春は深い不甲斐なさにさいなまれていく・・・
長い間、発作がないとつい、忘れてしまう。
自分は全く問題ない健康体で何でもできるって。
でも・・・
(こうして誰かの肩を借りて・・・。オレは・・・。こんなオレが・・・
誰かのために何かしたいなんて・・・)
葛藤が渦巻く中
陽春は・・・
眠っていった・・・
「・・・先輩」
「ん・・・」
15分ほど、意識を失っていただろうか・・・。
病室らしき部屋のベットの上にいた。
「ここは・・・」
「大学のとなりの病院の処置室です。点滴をお願いして・・・」
(あ・・・)
ぶら下がる点滴の容器が見えた・・・
(この点滴は入院していたときと同じもの・・・)
「先輩・・・。大学が病院の隣でよかった・・・。手当ても正確にすぐしてもらえました」
「・・・そう・・・。ですか・・・。すみません。高岡さんにまで
ご迷惑をおかけして・・・」
(先輩・・・)
謝罪する陽春に咲子の胸は疼く・・・
「いいえ。悪いのはあの綾って子です!神経系の薬は特に
飲み忘れが危険なのに・・・」
「・・・いいえ。予備の薬を持ってきてなかった
僕が・・・」
「先輩・・・。どうして先輩はそんなに優しいんですか・・・?
優しすぎますよ・・・。昔は厳しいことには厳しかったのに」
「・・・。こうして誰かの手を借りてしまう”今”の僕には・・・。誰かに叱咤など
できません・・・。今の僕には・・・」
(私ったら・・・また余計なことを)
「・・・先輩。先輩になら私・・・。どれだけでも手を貸します・・・。落ち込まないで・・・」
「・・・」
「とにかく今はもう少し眠ってください・・・。また体を起こすと眩暈が
くらっとくるから・・・」
点滴の中に軽い安定剤が入っているせいで陽春は再び瞼が閉じていく・・・
(・・・先輩・・・。お願い・・・。私の手を・・・。必要として・・・)
眠る陽春の手の甲に・・・
口付ける咲子・・・
(・・・水里さん・・・)
陽春の瞼には水里の笑顔が浮んでいた・・・
「え・・・。春さんが大学で・・・!?」
その日の夜。夏紀からのメールで、陽春が大学で倒れたことを知る。
「春さんが・・・」
水里はショックだった。
陽春が倒れたことではなく・・・
(私・・・。何してたんだろ・・・)
時間のすれ違い・・・
気づかせる。
(会えない時間だけ・・・私は・・・)
何も出来ない自分を・・・
同じ時間、一緒にいなければ
”支えてる”なんて言えやしない。
(・・・高岡さんの方が・・・よっぽど・・・)
元看護婦の咲子の方が・・・
布団の上に座り込む水里・・・
無力感に苛まれて・・・
(支えてる・・・。春さんが一番大変なときに支えられないんじゃ
意味が・・・ないよね・・・)
自惚れていた。
自分が元気で笑っていることが
陽春の支えになるんだ、そう思っていたかもしれない。
(・・・春さん・・・。ごめんなさい・・・。私・・・。何も理解していませんでした・・・)
せめて。
せめて。
一緒にいられない私が
私が出来ること・・・
水里は押入れからダンボールを取り出し、乾燥させたラベンダーを出した。
陽春と一緒に育てたラベンダー。
(春さん・・・)
水里はその夜・・・徹夜である物をつくった。
一針、一針・・・
丁寧に糸を通して・・・
(春さん・・・)
陽春の笑顔を想いながら・・・
※
コンコン。
眠る陽春は夏紀のノックで目を覚ます。
「兄貴。プレゼント、届いてたぜ?」
「え・・・?」
水色の紙袋・・・
それだけで贈り主がすぐわかった。
カサ・・・。
開けてみると・・・
ラベンダーの香りに陽春は包まれた。
『春さん。おはようございます。昨日の夜、夏紀くんから
大学でのこと聞きました。・・・私は一緒にいられなくて・・・
何もできなくてごめんなさい』
「そんな・・・。貴方が謝ることないのに・・・」
『せめて私が出来ることと言ったら・・・。これしか浮びませんでした。
春さんと一緒に育てたラベンダーです。匂い袋にしてみました。
ラベンダーが春さんの心と体をリラックスさせてくれますように・・・』
白と水色のストライプのハギレ。
その中にラベンダーの花びらが入って、ハギレの口はピンクのリボンで
縛ってある・・・
「・・・僕と水里さんが育てたラベンダー・・・」
自然と陽春は微笑む。
そして手紙は次の言葉で終わっていた。
『会えなくても・・・。春さんの笑顔を想っています・・・。水里』
(・・・水里さん・・・)
ラベンダーの優しい香り・・・
目を閉じて香りを感じる・・・。
香りから水里の優しさが伝わってきて・・・
水里の笑顔が・・・。
(・・・会いたい・・・)
会いたい
でも・・・
(会えない時間さえ・・・愛しい・・・)
歌の文句じゃないけれど
姿なくとも
想う人はここに・・・
その日の朝・・・
陽春のバックには水里が作った匂い袋が大切に入れられた
ラベンダーの香りで包まれたバックを持って陽春は・・・
再び元気に学び舎に通う・・・
好きな人の想いと一緒に・・・