デッサン3
〜君と共に生きる明日〜
第23話 癒し合うというこは 〜太陽がとった一等賞〜
太陽が水里の部屋で過ごして一週間。 流石にこれ以上、職場に連れて行くわけにいかないので 水里は後ろ髪ひかれつつ、太陽を学園に戻した。 「ごめんね・・・。太陽・・・。ずっと一緒にいてあげたいんだけど・・・」 太陽は首をふった。 「でも・・・。仕事が終わったら毎日太陽に会いにくるからね」 太陽は深く頷いた。 玄関で頬をすり合わせてハグしあう・・・。 あれ以来、太陽は2週間以上喋っていない。 ショックがまだ尾を引いて喋れないのか、それとも太陽の意思で喋らないのか・・・ (どちらにしても太陽をほおっておけない・・・。出来る限り 側にいてやりたいから・・・) 水里は仕事が終わり、すぐ学園へ向かう。 そして太陽と共に夕食をとって太陽が眠りに付くまで 一緒にいる・・・ 時計はすでに9時半を回っていた。 「水里・・・。貴方の気持ちは分かるけど、貴方の体の方が 今度は心配だわ」 太陽の寝顔を見ながらシスターと水里が話す。 「大丈夫ですよ!体力だけが私の取り柄ですから!」 「水里・・・」 「それより・・・。太陽・・・またお喋りしてくれるように なるかな・・・。時間かかってもいいから・・・」 「そうね・・・。でも無理強いは禁物。ゆっくり・・・ゆっくり・・・」 「はい・・・」 水里は太陽のおでこを撫でながら 太陽の心の状態を案じていた・・・。 「・・・そうか・・・。まだ太陽くんは・・・」 水里からのメールをパソコンの画面で見ている陽春。 太陽の様子が書かれていた。 「・・・どうしたものか・・・。それに水里さんもずっと 仕事と学園の往復じゃ疲れが溜まる一方だろうに・・・」 自分に何かできないか。 大切な人間2人のために何か・・・。 (・・・。どこかへ一緒に遊びに行く・・・。その位しか浮ばない自分が 情けないな・・・) 大学のレポートも手に付かない。 (・・・誘うなら人混みは避けたほうがいいな。うーん・・・。 水里さんと太陽君が喜ぶ場所・・・水・・・) 陽春はふっとあることを思いついた。 (そうだ・・・。水・・・。水・・・水だ・・・!) 陽春は一階に下りて広告のチラシの束を広げた。 「あった・・・」 陽春が見つけたチラシはスポーツクラブのチラシ。 『休日無料開放キャンペーン・但し親子のお客様のみ』 温水プールの宣伝だった。 (これだ・・・。これならきっと・・・!) 陽春はすぐさま水里にメールを送った。 『今度の休みに太陽君をプールに連れて行きたいと思います。 水里さんのご都合を聞かせてください』 と・・・ 日曜日。スポーツクラブにはチラシを見てきた親子連れが 早速朝から来ていた。 水里達3人もチラシを持って受付へ。 父親に手を繋がれた小学校低学年の子供の姿が目立つ。 「太陽。ちゃんと春さんの言うこと聞くんだよ」 ”うん”と頷く太陽。 「じゃあ春さん、太陽のこと宜しくお願いします。 水着とタオル、それから着替えはリュックの中に入っているので」 「わかりました。でも水里さん。太陽君は大丈夫ですよ。 一人でできるもんな!」 ”おう!”と言わんばかりにVサインを送っております、太陽。 太陽は水里の服をくいくいと引っ張った。 「何?太陽」 太陽は水里を指差した。 「え?私もプールに入らないのかって?」 太陽は頷く。 「プールにはお父さんと子供しか入れないんだって。残念だけど 私はここで待ってるよ」 ”おとうさん・・・” 太陽は陽春の顔を見てにこっと笑った。 (そうか。今日は僕はおとうさんと一緒なんだ) 「お父さん方!どうぞこちらへ・・・」 トレーナーが親子達を呼ぶ。 太陽は陽春と手を繋いで嬉しそうに更衣室へ入っていく・・・ (・・・ふふ。よかった・・・。太陽。本当に嬉しそう・・・) でもまだ話はしていない・・・ (沢山笑って・・・楽しんで・・・。またお喋りするようになるといいな・・・) 水里はそう思いながら、プールの中の様子が一望できる 休憩室へと移動。 そこには子供達の母親が旦那と子供たちを ガラスの前で見守っていた。 (・・・結構若いお母さんもいるな・・・。っていうか・・・”ママさん軍団”って 感じが(汗)) 水里は少し離れたところのソファに座り、 プールの様子を見守ることにした。 最初はどうやら底の浅いプールで水に慣れさせることから 始めるらしく、父親がバシャバシャと子供と思い思いに水遊び。 (あ、太陽と春さん水掛け合いっこしてる。ふふ) 太陽は水が温泉が大好き。いつもお風呂で 水里とお湯の掛け合いっこをしている。 段々子供達が水に慣れてきた所で、次は少し底のプールへ移動し 泳ぎの練習。 父親が子供の体を抱えて、泳ぎを教えたり、顔の付け方を教えたり・・・ (・・・あ。春さんと太陽同時に潜った。どっちが早いかな・・・。って 決まってるか。大人と子供じゃ・・・) だが・・・ (え。春さんの方が先に顔出した!) 陽春の方が先に水面から上がってきて、数秒後に太陽が・・・ (・・・やっぱり風呂での潜り合いっこが効いてたのかな・・・(汗)) 太陽は陽春におでこを撫でられて嬉しそう。 (ふふ。春さんに褒めてもらったんだね。ふふ) 太陽の笑い声が聞こえてきそう。 水里の顔も自然と綻んで・・・。 (ふぅ・・・あ。太陽、こっちみてる) さらに実践。ビート版で20メートル、泳ぐ練習。 陽春に引っ張られ、ビート板に掴まり足をバシャバシャさせながら 太陽が水里に手をふっている。 (ふふ。春さんまで子供みたいにはしゃいで・・・) 水里も二人に手を振った。 と・・・そんな水里の耳に横の母親達の会話が聞こえてきた。 「ちょっと見て。あそこの一番端の男の子のパパ、 イケメンの若わ〜vvスタイルもいいし あれ絶対まだ20代だわ」 (・・・) 陽春達かな、と水里は思った。 「なんだかドキドキしちゃうわね。いい男を見つけると」 「それに引き換えうちのダンナときたらお腹が出ちゃって・・・。 比べたくも無いわね。ふぅ」 そんな主婦達の会話に水里はちょっと嬉しかったり。 「でもあんないい男の女房ってどんな女なのかしらね」 (何・・・?おいおい・・・話の風向きが・・・(汗)) 水里、焦り始める。 「やっぱり相当の美人なんでしょうね。あの男の子も 美形だからまちがいないわよ。あ、男の子が こっちに手、ふってるわよ。母親はどこよ」 主婦達がキョロキョロ辺りを見回し始めた。 (こ、この場所にはおれんーー!) 水里は慌てて休憩室を出て、一旦、女子トイレに非難。 (・・・最近の主婦達の会話は怖いな・・・(汗)) 5分ほどして、母親達がいなくなったのを確認してから水里は休憩室に戻った。 (お母さん達は・・・。やっぱまだいるか) だが、何やらさっきの噂話とは違った雰囲気。 「ショウタ!ガンバレ〜!!!」 母親達が拳を握って声を張り上げている。 プールの様子を見るとなんと、子供達1人で20メートルをビート版をつかって 泳いでいる。 (あ・・・!太陽が一番早い・・・!) 20メートル先では陽春が待っていて・・ 水里もガラスに張り付く。 太陽は少し苦しそうに息継ぎをしながらも、 足を一生懸命に使って泳いでいる。 「うおおおーっつ!!太陽、そのまま真直ぐ突っ込めーっ!」 水里は思わず声をあげて応援。 「よし!そのまま一直線に・・・って・・・」 水里の大歓声、母親達の注目をとっても浴びてます・・・。 「・・・は、はははは・・・(汗)」 (ちょっとはしたない応援だったかな。あれじゃまるで 競馬見にきたおじさんだ(汗)) ・・・というわけで、水里は少し控えめに応援。 そんなこんなしているうちに、太陽、あとゴールまで3メートルまで迫っていた。 (太陽!もう少し!あと少し・・・!) 2メートル・・・ (もう少し・・・!) 1メートル・・・ (あとちょっと・・・!) そして太陽は・・・ (・・・ゴール!!やった!!太陽!!) 陽春の腕へに一等でゴール・・・ 太陽は陽春に抱っこされいっぱいおでこを撫でられて・・・ 水里に向かって両手でVサイン・・・。 (よかった・・・。頑張ったね・・・!太陽・・・) 水里も目一杯両手を振り返したのだった・・・ 帰り道。 川原の土手を歩く3人。 真ん中を歩く太陽の胸には、『一等賞』の金色の色画用紙で作られた メダルがかけられていた。 太陽は至ってご満悦。 歩き方にも余裕があります。 「ふふ。太陽、王様みたいだね」 うん!といわんばかりに頷く太陽。 「太陽君、頑張ったもんな!王様だよ」 陽春の言葉に”えっへん!”と言わんばかりに自慢げに頷いて。 水里も陽春もそんな太陽の姿が誇らしい。 子供成長を感じるっていうのはこういう瞬間なのかな・・・と 思った。 「それにしても太陽君、女の子達にも人気だったよな。 帰るとき、”貴方のお名前と学校名おしえて”なーんて声かけられて」 (い、一年生で”逆ナンパ”って(汗) でも春さんもママ達に人気だったけど(笑)) だが、二人ともはっきりした態度で断っていたことは水里はしらない。 太陽は『ボクには好きな子がいる』。 春は『妻が待っていますので』 と、冷たい態度でさらに女の子たち・さらにその母親達の関心をひいていた。 「・・・水里さん。今度は”母親”と子供達の水泳教室 があるそうです」 太陽はちらっと水里の顔を見た。 「え・・・。あー、い、いやぁ私は遠慮しときます」 「どうしてですか?あ・・・もしかして、水里さん、泳げないんですか?」 (ギクリ(汗)) 水里、すぐ顔で自供。 「ふふ。心配いりませんよ。今日のお父さん方でも 水が苦手という人も大勢いましたし・・・」 「え、い、いやぁ・・・。ま、き、機会があったら・・・(汗)」 「なんだ・・・。残念。貴方の水着姿、見たかったナ・・・」 (・・・な・・・!??) 陽春らしからぬ台詞に、水里の思考は一旦停止・・・ 「・・・な、な、な、何を・・・(焦&照)」 「ふふ。太陽君、水里ママ、照れてるよ」 水里を指差す陽春。 太陽もくすくすと笑う。 「て、て、て、照れてなんか・・っ。しゅ、春さん、最近、 なんだか爆弾発言が意図的じゃないですか・・・!?(動揺)」 焦りまくる水里。 そんな水里の態度に陽春と太陽は笑いが止まらない。 「もう!笑わないでよ〜!!」 「ふふふ・・・。みィママ・・・お顔まっかっか・・・」 「おサルみたいって・・・太陽・・・。!?た、太陽・・・今・・・」 水里と陽春は立ち止まり、太陽の目線までしゃがんだ 「みぃまま、お顔まっか、サルみたい」 「・・・太陽・・・。お喋り・・・できるように・・・!?」 太陽は頷いた。 「・・・ごめんなさい。ホントはずっとみぃママって言いたかったんだけど・・・。 何だかお喋りがずっと怖かったんだ・・・。誰かとお話するの、 こわくて・・・」 「・・・太陽・・・」 水里は太陽をぎゅっと抱きしめた。 「いいよ。いいんだよ。謝らなくて・・・」 「みぃママ・・・」 「無理しなくていいの。怖いときは、怖い・・・それでいいんだよ。 無理しなくていいの・・・」 太陽の髪を何回も撫でる水里。 太陽の心のうちを知ってただ・・・ 嬉しさと切なさが込み上げてくる。 「・・・春さんもごめんなさい。それから今日はありがとうございました。 僕のお父さんになってくれて」 「・・・太陽君・・・」 その辺の大人より・・・ 子供の方が深い深い心がある・・・ 太陽の切ないまでのしおらしさが 逆に胸が痛い・・・ 「・・・よし・・・。太陽君おいで」 陽春は太陽を抱き上げて 肩車。 太陽は大喜び。 「・・・春さん、疲れてませんか?今日一日大変だったのに・・・」 「僕の疲れなんて太陽君の痛みに比べたら小さいものですよ・・・。 大人は辛いことがあっても何か”気を紛らわせる”方法がいくらでもある。 でも子供は・・・。そんな方法、知らなくて痛みを胸に閉ってしまうから・・・」 「・・・そうかも・・・。しれませんね・・・」 お金をかければ大人は酒やらギャンブルやら いくらでも娯楽はあるかもしれない。 でも子供は・・・ 何もない。 あっても、痛みごと受け止めて相手をしてくれる大人がいなければ 見つけられない。 「春さん、うちに寄っていって下さい。今日のお礼・・・って言うほどの ものじゃないけど、散らし寿司、今朝作ったんです」 「ありがとうございます。是非伺います」 「わーい!ピカチュウたまごちらしずし!!」 太陽は万歳して喜ぶ。 優しい橙色の夕陽を背中に 3人が歩く。 笑顔を絶やさずに・・・。 だが。 パシャ。 土手を歩く3人の姿を誰かが車の窓からカメラで写真を 撮っている・・・ 「・・・擬似家族・・・か?報告書にゃそうタイトルでもつけるかね」 顎鬚のちょっと白髪交じりの男が『調査報告書』という文字が書かれた 茶封筒を見つめ、煙草を吸っていた・・・