デッサン3 〜君と共に生きる明日〜 第24話 血は水より薄し だが母の手は温し (ん・・・?なにやら視線を感じる) 水里が仕事帰り。 薄暗い住宅地を歩いて帰るのだが背後に妙な気配を感じた。 (・・・最近物騒だからな・・・。しかし不貞な輩は許せん!) 水里は突然小走りに走って曲がり角に身を潜めた。 そして追いかけてきた黒影に向かって傘を振り上げた 「えいやあ!!」 「うわああ!!」 バシ!!バシ!! 水里は傘でバンバンと連打・・・。 「や、やめろッ」 「お前だな!??最近この辺をうろついてる奴は!! 神妙にしろ!!」 「わ、わかった。わかったからやめてくれ」 男は割りと素直に静かになった。 よく見ると中年の黒いジャケットを着た男で首からカメラをぶらさげていた。 「・・・?パパラッチ?あんた誰だ!」 「あー。えっとこういうもんです」 男は内ポケットから名刺を取り出した。 『田端調査会社 探偵員 田端義雄』 「調査会社・・・?探偵さんなの?あんた」 「まぁそんな所で・・・」 (怪しい・・・。調査会社がなぜ私を付けてたんだ) 水里は冷たい視線を送った。 「・・・言え。何を調べてる??」 「調査内容は秘密なので・・・」 「言え・・・!」 水里、傘を振りかざして仁王立ち。 「・・・(汗)実はとある人からあんたと吉岡太陽君について 調べて欲しいって依頼があったんだよ」 「とある人・・・?」 「・・・吉岡陽子の・・・母親さ」 「!」 突然・・・。意外な人物の登場。 水里は田端から陽子の母親の事情を詳しく聞いた。 陽子の母親は陽子がまだ3歳のとき、陽子の父親と離婚。陽子の父親は 陽子が5歳のとき、他の女と蒸発し、それきりで・・・。 「・・・どうやら・・・。太陽に会いたがってるらしいんです。 陽子の母親が・・・」 水里は陽春に電話で相談した。 「・・・そんな今頃突然・・・。まさか太陽君を引き取りたいとか 言い出すんじゃ・・・」 「・・・わかりません。でもとにかく会いたいと言っているそうなんです・・・」 学校でのいじめ事件以来、やっと太陽は口が聞けるようにはなったが まだ慣れていない人間を恐れていて・・・。 「太陽君、やっと少し元気になってきたのに・・・」 「ええ・・・。だから私、調査員の人にもう少し時間が経ってから返事しますって 頼んだんです。でも・・・」 ”依頼人には時間があまりない・・・。病気なんです” 「・・・って言われて・・・。なんだか断りにくくて・・・」 大人の事情で太陽の心を揺らしたくは無い。 だが病気だと言われたら・・・。 太陽の実の祖母。 血の繋がった人間だ・・・。 「赤の他人の私が・・・勝手に有無を決められないと思って・・・」 「赤の他人じゃないですよ。太陽君のお母さんは貴方以外いない。 太陽君を今まで育てのは貴方です」 「・・・ありがとう。春さん・・・」 難しい現実を相談できる相手が居る・・・ とても心強いと水里は思う。 「ともかく・・・。太陽とゆっくり話してみます・・・。 太陽なら受け止めてくれるはず・・・」 「分かりました。でも水里さん。これだけは覚えていて」 「え?」 「・・・何かあったらちゃんと・・・。僕に言ってくださいね・・・。 貴方は一人じゃないんだから・・・」 「・・・はい・・・」 電話越しだけど・・・ 陽春の優しい声が体にしみこんでいく気がした・・・。 翌日。 水里は仕事帰りに学園に寄った。 「太陽ー♪」 ドタタ・・・!! 「みぃママーーー!!」 水里の声が玄関に響いたとたん、食堂から太陽が すっ飛んできた。 そして水里めがけて飛びつく。 「太陽。元気にしてた??」 「うん!!」 太陽の口元が黄色くそまっている。 「あー。太陽。今日のご飯はカレーだな?くち、べたべただぞー」 「あ、へへへへ・・・」 水里はハンカチで拭く。 「みぃママもごはんたべてく?」 「うん!」 「わぁあい!!」 水里と太陽は頬をぎゅっと擦り合わせる。 太陽の甘えぶり・・・。水里は甘えさせすぎかとも思うが 今は思う存分甘えさせたい。 (・・・傷口はまだ塞がってない・・・。その上に いきなりおばあちゃんに会いたいかって聞くなんて・・・) 大人の事情に 子供はいつも振り回される。 (いつも・・・子供は受け止めるしかない・・・) 誰より水里自身が知っている。 (・・・血縁は深い・・・でも・・・) 「みぃママ?どーしたの?」 「え、あ、いや・・・。なんでもない。ねぇ太陽・・・」 太陽達小学生軍団の部屋。他の子供達はもう眠っている。 「ねぇ。太陽・・・。陽子ママのこと・・・好きだよね」 「うん!」 「陽子ママにもね・・・。ママがいるんだ・・・。つまり・・・。 太陽のおばあちゃん」 「ぼくの・・・おばあちゃん??」 きょとん・・・とした顔の太陽。 「その太陽のおばあちゃんがね・・・。病気なんだって。 それで・・・。太陽に会いたいっていってるの・・・。意味、わかる?」 「・・・うん」 「突然でびっくりしたと思うけど・・・。太陽、 どうする・・・?」 太陽は少し俯いて考えて・・・。 「・・・いいよ。僕会う」 「ほんと・・・?ほんとうに大丈夫??」 「うん・・・」 太陽はもそもそっと水里の胸元に擦り寄ってきた・・・。 (太陽・・・) 「おやすみ・・・。ずっとだっこしててあげるから」 にこっと笑って・・・。太陽は眠った・・・。 太陽の手はぎゅっと水里の手を掴んで・・・ (太陽・・・。ごめんね・・・。それから・・・。私がついてるからね・・・) 太陽の心も 抱きしめて・・・。水里は一緒に眠った・・・。 それから一週間後。 水里と太陽は田端に案内され、山間の病院に来ていた。 「さ・・・。この部屋に坊主のばあさんがいるぜ」 太陽は田端が怖いのかささっと水里の背中に隠れた。 「けっ。ガキは嫌いなんだよ。ま、”感動のご対面”でも してくるんだな・・・」 田端はたばこを加えたまま・・・ 部屋を立ち去った・・・。 「・・・。感じの悪い奴。太陽、あんな男になっちゃ駄目だよ」 太陽は”うん!”としっかり頷く。 (よし・・・。じゃあ行くか・・・) 水里は太陽の手をつないで静かに病室に入っていく・・・。 病室は4人部屋で・・・ 窓際が太陽の祖母と名札があり・・・。 『田山絹子』 陽子は父親の姓を使っていた・・・ (この人が・・・。陽子のお母さん) 白髪交じりの50台後半位の女性が眠っている・・・。 水里は静かに丸椅子に座った・・・ 人の気配を感じたのか太陽の祖母は静かに目を覚ました・・・ 「・・・あ・・・」 太陽の祖母はじっと太陽に釘付けで・・・ 「あ・・・あの・・・」 「・・・よ、ようこ・・・!」 太陽の祖母は大要を見るなり起き上がり太陽に 手を伸ばした びっくりした太陽はささっと水里の背後に隠れた。 「・・・ようこや・・・。私の陽子・・・」 「あ、あの・・・。この子は太陽で・・・。陽子の息子です」 「・・・あ・・・。ご、ごめんなさいね・・・。よく似ていたものだから・・・」 「太陽・・・。おいで。ごあいさつ」 太陽はこそっと水里の背中から出てきた・・・。 「吉岡太陽です。7歳です」 ぺこり。 お辞儀よく姿勢よくあいさつ・・・。 「まぁあ・・・。おりこうさん・・・」 「・・・」 「太陽君・・・。飴玉たべる・・・?」 太陽は頷いた。 太陽の祖母は枕元からはちみつの飴を取り出して太陽の手に 乗せた。 細い手・・・。 でも太陽はあったかいと感じた。 「・・・太陽くん・・・。もう少し・・・。お顔見せて くれる・・・?」 太陽は頷いてベットに近づいた。 「・・・ようこの子供の頃にそっくり・・・。目元が・・・」 「・・・陽子ママ・・・」 「・・・ようこ・・・。ようこ・・・!」 太陽の祖母は太陽をそっと引き寄せた・・・。 (・・・この人が・・・よーこママのママで・・・。 僕のおばあちゃんか・・・) 知っている顔じゃないと怖いはずなのに・・・ (おばあちゃんか・・・) 無意識に血のつながりを太陽は体で感じていた・・・。 対面を果たしてから、水里は陽子とのいきさつや太陽のこれまでの ことを話した。 太陽の祖母は一喜一憂して水里の話をじっくり聞いた。 「ごめんなさいね・・・。探偵さんにお願いするなんて気味悪いことして・・・。 でも・・・。私はこんな体で探すことも出来ず・・・」 (・・・陽子が生きてるうちに来てくれたらよかったのに・・・) 水里は一瞬そう思ったが細く青白い顔の祖母には 言えず・・・。 「でも嬉しかった・・・。まさか来てくれるなんて思っても いなかったから・・・」 「・・・いえ・・・。太陽の血の繋がった人なら・・・。 会わせないなんてことはできません・・・」 「山野さん・・・。ありがとう・・・。陽子の変わりに太陽を こんないい子に育ててくれて・・・」 水里の手も握る太陽の祖母・・・ (これが・・・お母さんの手・・・か・・・) 「絹子。起きて居ちゃだめじゃないか」 「??」 突然見知らぬ男が・・・。 「あ・・・。貴方。ちょうどよかった・・・。この人が 昨日はなした・・・山野さんと・・・。太陽君よ・・・」 「初めまして。絹子の夫の孝義です」 「あ、初めまして。山野です」 太陽の祖母の夫。ロマンスグレーのなかなかのかっこいいおじさんだ。 「・・・今日はよく来てくださいました・・・。 私どもの我侭に・・・承諾してくださって・・・」 「いえ・・・」 腰が低く誠実そうで水里は割りと好感を持った。 「あの・・・。山野さんちょっとお話が・・・」 急に深刻そうな顔をして太陽の祖母の夫は水里を廊下に呼び出した。 太陽と祖母はお菓子を食べて・・・。 「お話ってなんでしょうか」 「・・・単刀直入にいいます。太陽君を・・・。引き取らせて もらえないでしょうか?」 「・・・」 水里はおどろかず、「きたか・・・」と思った。 「すみません。本当に・・・。でもご覧の通り・・・。 妻は病気で精神的にも参っていて・・・。太陽君がそばにいれば きっとはげみになると思うんです」 「・・・そんな突然言われても・・・」 「お願いします!!妻には太陽君が必要なんです」 (陽子のことはどうなんだ。陽子は母親にも父親にも 置いていかれたのに・・・) ドラマなんかでは生き別れになった娘の子供を 裕福な家庭の親が引き取る・・・なんて展開もあるけれど・・・ 病気で自分が気弱になったから 昔置いていった子供に想いを馳せる。 (子供の都合考えてない・・・) 「・・・。こういっちゃなんですが・・・。調査報告書によると・・・。 太陽君を取り巻く”環境”は決してよくないと・・・」 「・・・。経済的なことを言ってるんですか」 「それもあります・・・。でも・・・。私達なら・・・。 太陽君の心の傷を癒すことができる・・・。専門的な ケアも・・・」 「・・・」 太陽のいじめ事件のことまで調べ上げていたのか・・・。 水里は言い返せない自分が悔しかった。 「・・・私は太陽とは他人です。でも・・・。太陽が大好きで・・・。 自分の子供だと・・・思っています」 「・・・貴方にはお付き合いしている人がいらっしゃるとか・・・。 太陽君の存在はどうなるんです・・・?」 「・・・」 痛い部分をつくような質問に一瞬むかっときた。 「太陽君の幸せを考えてもらえないでしょうか・・・。お願いします・・・。 妻には・・・。あの子が必要なんです・・・」 頭を下げる夫・・・。 その髪は心労からなのか薄く・・・ (・・・。この人も・・・奥さんを思うが故なんだ・・・) 必死さが伝わってくる・・・。 (けど・・・) 「貴方・・・。やめて・・・」 「き、絹子・・・」 車椅子に乗って廊下に出てきた太陽の祖母・・・。 太陽が一生懸命に押している。 「・・・私は一目会いたいだけ・・・。そう言ったはずよ・・・」 「けどな・・・。絹子、お前がずっと探していた娘の分身じゃないか・・・」 太陽の祖母は首を横に振った。 「私は・・・。陽子を手放した・・・。その私に陽子の子供 を育てたいなんていう資格・・・ないわ・・・」 「・・・絹子・・・」 よいしょ、よいしょ・・・と車椅子を押す太陽。 「・・・生きている間にこの子に会えた・・・。それだけで・・・」 「絹子・・・」 太陽の祖母の目尻に少し涙がにじむ。 (・・・これが・・・”母親”の涙・・・) 子への想い。 本当は太陽を抱きしめて離したくないのだろう。 でも・・・。子を捨てた母は充分、罪悪感を感じて生きてきたのだろう。 (テレビドラマじゃあない。子供の気持ちは大人になっても・・・) 水里には分からない心境だが・・・。 (でも・・・。子供の親も同じ”人間”) 白髪交じりの髪が・・・水里には痛々しく見えて・・・。 70近くの年に見えるくらいに弱弱しい姿に 複雑な思いになる・・・ 「ねぇ。太陽。車椅子押すの・・・上手だね」 ”うん!!”と太陽は頷く。 「おばあちゃんと・・・今度一緒に散歩しようか! その時・・・押して上げられるよね?」 ”うん!”太陽は祖母に向かってにこっと笑った。 「・・・。また連れてきても・・・。いいですか?」 「山野さん・・・」 「・・・太陽のおばあちゃんでいてください・・・。 少しでも生きて・・・。生き続けて・・・。陽子の分も・・・。お願いします・・・」 水里は深々と太陽の祖母に頭を下げた・・・。 そして太陽も・・・水里の横に来てぺこり・・・。 「・・・ええ・・・。そうね・・・。病気に負けていたら・・・。 陽子に叱られるわね・・・。陽子・・・。陽子・・・」 太陽の祖母の夫が・・・そっと涙を拭う・・・。 (・・・子供を手放した親の痛み・・・。私にはまだ理解するには 時間がかかるけど・・・) ”親も人間” 少しだけ・・・それが水里には分かった気がした・・・。 その日。 水里は太陽をつれ、陽春の家に立ち寄った。 太陽は疲れ果てて ソファに大の字になって水里の膝を枕に爆睡中。 「そうですか・・・」 「・・・。正直・・・最初は”病気を理由にして 太陽に会いたいなんて今頃・・・”って思いました・・・」 「当然ですよ。突然、会いたいなんて言われてはい、わかりました っていう風には・・・」 「・・・でも・・・。温かかったんです・・・手が・・・」 「手・・・?」 水里は自分の手を見つめて話す・・・。 言葉じゃない 肌と肌の・・・触れ合い。 「なんか・・・。母親も人間なんだなぁっていうか・・・。 腹立たしさが・・・。少し薄れて・・・」 自分の手をどこか悲しげに見つめる水里・・・。 (水里さん・・・。もしかしてお母さんのこと思い出して・・・) 「それで・・・。時々、これからもお見舞いに行くことにしました。 太陽のおばあちゃんの旦那さんもそれで承知してくれて・・・」 「よかったですね。太陽君を引き取られなくて・・・」 「でも・・・。太陽の幸せを考えろっていわれたら・・・。言い返せなかった・・・」 「・・・何言ってるんですか。太陽君の母親は水里さんですよ・・・。 だってほら・・・」 陽春は水里の膝で眠る太陽をそっと撫でた・・・。 「こんなにいい寝顔をしてる・・・。”母親の膝枕”だからですよ・・・」 「春さん・・・」 「太陽君のために怒ったりないたり出来る人・・・。貴方しかいない。 自信を持って・・・!」 「・・・ありがとう・・・。本当にありがとうございます・・・」 水里は何回も頭を下げてお礼を言った。 「私は幸せな人間だな・・・。太陽と・・・。春さん・・・。 みんながそばにいてくれて・・・。感謝しなくちゃ」 「・・・。ずっとそばにいます・・・。ずっと・・・」 「///」 ちょっといい雰囲気になったが・・・。 「ぴかちゅうばんざい!」 太陽の寝言が・・・。 「・・・ふふ・・・」 「ふははは・・・」 小さな天使の寝言。 水里よ陽春を自然に綻ばせる・・・。 血のつながりがなくとも 一人じゃないと思える・・・ そう二人は強く感じた・・・。 だが・・・。 「・・・一件落着とは・・・。いかねぇんだな。これが」 陽春の家の外。 黒い車のなかで田端が調査報告書を眺めていた。 「山野水里・・・。ふふ。あんたにはまぁいろーんな 過去があって・・・。宝の山だな。クク・・・」 ぽいっと運転席からタバコが投げ捨てられ・・・ 車が立ち去ったのだった・・・。