集合団地。
3号棟304 『唐沢』家。
「・・・まりこ・・・。どうした。腹でも壊したのか?」
テーブルの上の大好きなエビのチリソースにも手をつけないまりこ。
「・・・パパ・・・。太陽くん、まだ学校に来てないんだ」
「・・・そうか・・・。でもだからってまりこが元気なくしてて
どうするんだ」
「・・・。パパ・・・。私も学校行くのいやだ・・・」
ぽろぽろとまりこは涙を落とし始めた。
「・・・まりこ・・・」
「だって・・・。教室に私一人なんだもん・・・。一人なんだもん・・・」
あの事件以来、休憩時間に担任が常駐するようには、なった。
しかし、見えないところでまりこへのシカトが激しくなった。
給食の時間も・・・
「唐沢のつくえくっつけて食うの、キモイ」
と言わんばかりに30センチ机を離す。
目に見える嫌がらせが陰湿化して・・・
「・・・パパ・・・。教室怖いよ・・・」
「まりこ・・・」
唐沢のワイシャツを掴むまりこの手は・・・震えて・・・
(まりこ・・・)
小さく震える肩を
唐沢はただ・・・抱きしめるしかなかった・・・
「・・・はぁ・・・」
ディスクのパソコンに向かう唐沢。
マウスを動かす唐沢の手は重く・・・
店員たちはそれを見ていて・・・
「・・・うち、売り上げ、今月きつかったのかな・・・」
と、噂をしており。
「・・・はぁ・・・」
しかし、ため息の原因が娘のことであることは誰も知らない。
「・・・店長、お茶・・・どうぞ」
水里がパソコンの隣にそっと湯飲みをおいた。
「・・・山野・・・。ちょっといいか」
「え、あ、はい」
「おい、他の奴らちょっとせき外してくれ」
唐沢は人払いをして事務室に水里と二人きりに・・・
”やっぱりあの二人、デキテたの!?”
他の店員たちの噂話は尽きることはなかった・・・
「あの。店長お話って」
「・・・まりこの奴も・・・。学校行きたくないって言い出してな・・・。
お前ンとこのガキ・・・いや、太陽君も来てないから教室で一人だって・・・。
今、昼間はオレの実家に預かってもらってる」
「そうですか・・・まりこちゃんが・・・。すみません。太陽も頑張ってはいるんですけど
学校のへ行こうとすると、気分が悪くなってるみたいで・・・」
玄関でランドセルをしょっただけで、お腹が痛い、といいだす。
精神的なものだということは分かっているがシスターも
原因がイジメともあって、無理に行けとも言えず・・・。
「まりこの奴も以前は大変だった。保育所の頃から
”登園拒否”してたから・・・。・・・まりこが一番辛いンだって
ことは分かっていても、仕事が忙しくてなかなか構ってやれなくてな・・・」
湯のみの湯気をぼんやりと眺める唐沢。
「・・・。まりこちゃんも太陽が悪いわけじゃないのに・・・。
どうして虐げられなくちゃいけないんだろう・・・。ちょっとだけ
気が弱かったり、ちょっとだけ病気だったりするだけなのに・・・」
「・・・世の中は加害者が保護されて被害者が無視されてるからな。
ってニュースの見過ぎかもしれねぇが・・・」
傷ついたほうが忘れられ、傷つけたほうがずっとずっと
人々の記憶に残る・・・
何か変じゃないか?
何か足りなくはないか?
「・・・担任はなんだか気弱であてにならねぇし・・・。悪い。
ちょっと参ってる・・・」
「・・・店長・・・」
「お前に愚痴ることじゃねぇが・・・。他に話す相手もいなくてな・・・」
オールバックの髪が少し乱れて
何本かの髪の束が下がって・・・
疲労感を水里に伝えさせた・・・
「・・・わかりました。二人が元気を取り戻せる方法・・・
考えて見ます・・・。無理しない方法を・・・」
「・・・。ふふ。お前をオレが頼るなんてな」
「シャクに触る・・・とか言いたいんですか?ふふ」
水里も自分の分として、
急須にお湯をいれておちゃっぱを湯飲みに入れる。
「いや・・・。助かるよ。やっぱり男親は気がまわらねぇ・・・」
「・・・”男親”じゃなくて・・・。”たった一人の・・大切なお父さん”ですよ。
まりこちゃんにとってはね・・・」
「・・・褒めても給料上げないぞ」
「・・・んっとに素直じゃないですね」
いつもの毒舌も
今日はどこか微笑ましく・・・
願うことが同じだから。
・・・子供達の笑顔がもどることを・・・
水里はその日、アパートに戻りすぐ様、HPを色々検索した。
教育機関関係、相談所等々・・・
「・・・なんか・・・。お堅いイメージだな・・・。
うーん・・・」
だが、今ひとつ、ピンと来る機関はなく・・・
(児童相談所・・・あそこは学校と”直結”してる所だもんね・・・。
絶対的に学校に”行けるように”って結論になるし・・・)
今の二人に学校へ行け・・・という結論で
何かを促しても逆効果だと感じる水里。
(傷ついた二人の心が・・・自然に柔らかくなるような・・・
そんな雰囲気の場所・・・)
水里はふと、今年きた、小学校時代の時の担任の年賀状が浮んだ。
「えっと確か・・・あ、あった!」
今年、定年退職したという森川という女教師からの年賀状。
そこには水里のことを気遣う言葉と
『・・・今は・・・。近所の公民館を借りて心を痛めた子供達
を時々預かって親御さんの相談に乗ったりそんな活動をしています。
といってもただ、一緒に遊んだり笑ったりしているだけで・・・
”活動”というほどの活動もしていないのだけど・・・』
「森川先生・・・。今でも美人ですね・・・」
水里が子供頃、クラスで孤立しがちなとき、
ずっと寄り添ってくれた・・・たった一人の教師だった。
(・・・連れて行ってみようか・・・。太陽もまりこちゃんも
このままじゃ痛みを抱えたままだ・・・)
水里は絵手紙の年賀状を見つめながら・・・
次の週末に水里は太陽とまりこを連れて・・・
年賀状にあった住所を尋ねてみることにした・・・
※
だが、その翌日の朝。
「太陽くん。こっちむいて」
「・・・」
あの一件以来、初めて会う二人。
水里の部屋できごちない空気に包まれている。
太陽はまりこに恥ずかしいところを見られてしまい、
どういう顔をしていいかわからない。
「太陽くん。私・・・太陽くんがいなくて寂しかった」
「え?」
「だって・・・だって・・・教室で一人だもん・・・。太陽くん来なかったら
私一人だったモン・・・」
まりこの瞳からぽろぽろと涙が溢れ出した。
オンナノコの涙。
太陽は驚いて焦った。
「・・・太陽・・・。まりこちゃんも・・・教室で無視され
続けてるんだって・・・。前よりもね、ずっと意地悪く・・・」
太陽にさりげなくまりこの気持ちを促す水里。
「・・・まりこちゃん・・・」
太陽の脳裏に・・・
教室でぽつん・・・と一人椅子に座っているまりこの姿が浮んだ・・・
誰からも声をかけられず・・・
無視されて・・・
(辛い気持ちだったのはボクだけじゃなかったんだ・・・。
まりこちゃん・・・)
「まりこちゃん・・・ごめんね。ずっと一人にして・・・」
「太陽君」
「もう一人にしないから・・・。哀しまなくていいよ。ボク・・・
まりこちゃんのことだいすきだから・・・」
「太陽君・・・」
太陽、7歳児だがなんともさりげなくごく自然に
まりこをだきしめた・・・
(た、太陽・・・。アンタそんな上手いハグ、いつ覚えたの(汗))
そして太陽とまりこは仲直りして。
水里に連れられて年賀状に記してあった森川が
活動しているという公民館を訪れた。
そこは、太陽の学校からそれほど離れておらず
太陽も歩いていける距離の場所。
(可愛い入り口だな・・・)
外見はごく普通の家。
家のドアに『みずいろハウス』と
ドアが空色に塗られている。
「きれーな色のおうちだね」
太陽とまりこはパステルカラーの家に
安心感をもったようだ。
「じゃ、行こうか」
水里に手を繋がれてドアを叩いた。
「はーい・・・!」
(!??)
いきなりピカチュウのお面をかぶったおばさんが3人を出迎えた。
水里は面食らったが・・・
「ぴ、ぴ、ピカチュウ!!」
太陽とまりこはかなりウケた。
ピカチュウのお面を取る・・・
「も、森川先生・・・」
「まぁ、水里ちゃん、綺麗な女性になって・・・!!」
いきなり水里を抱きつく。
(せ、先生も壮大なスキンシップは健在で・・・)
「あら。こちらが貴方の言ってた太陽くんとまりこちゃん?
可愛らしい」
二人とも、ぺこりと頭を下げて挨拶。
「ふふ。まぁ礼儀ただしいわぁ。さぁさ、おあがんなさいな」
森川先生は3人を笑顔で迎え入れてくれた。
家の中はごくごく普通の民家。ほとんどが畳の和室で、
水里たちは1階の居間に通された。
こたつがあり、テレビがあり、隣の部屋には子供の玩具や本や漫画が置いてある。
「二人とも、自由にあそんでいいわよ」
太陽とまりこは許可を貰うとファミコンで遊び始めた。
「今日は本当はここ、お休みの日なんだけど、私が家で暇だから
遊びに来ているのよ」
森川先生はお茶を出しながら話す。
そして水里は本題に入り、太陽たちの今までの経過事細かに話した。
「・・・。今のイジメは・・・。もう大人が考えるような
”イジメ”じゃないのね・・・。いじめというより・・・もう
”攻撃”なのよ・・・。自分より弱いもの、劣るもの、違う特性をもつ
者を探して・・・。それを”快楽”にしちゃってる」
森川先生は深いため息をつく。
「大人の理屈では対応しきれない・・・。私の知り合いの子の
話なんだけどね・・・。小学校3年生の男の子達が・・・。教室のカーテン首に巻いて
”自殺ごっこ”なんて遊びしていたの。でもそのうちカーテンが首に
巻きついて、息できなくなって大騒ぎして・・・。幸いにして子供達に怪我はなかったけれど・・・」
「・・・。なんだか・・・。怖すぎる・・・」
無邪気にジェンガで遊ぶ太陽とまりこの笑顔が
リアルな話を聞いて淀む水里の心を和ませる。
「・・・森川先生。私が一番心配なのは、太陽とまりこちゃんたちが
受けた心の傷が・・・。大人になってからもずっと残るんじゃなかって
ことなんです。あの子たちは優しいから表に出さないけど・・・」
「・・・ええ・・・。子供のときの傷は・・・。本人達が
自覚してないこともある。それが大人になってから人間関係
が苦手だったり、他人に対して以上に攻撃的だったりっていう形で
出てくることがある・・・」
もしかたら、あんなに優しくていい子な太陽が
もしかしたら、あんなに可愛くてあったかいまりこが
誰かを傷つけたり
迷惑をかけても平気な大人になるかもしれない。
誰かの命を奪う心になるかもしれない。
「・・・。周りにいる大人は・・・どうしたらいいのかなって・・・」
「・・・応えは・・・ない、としか言えないわね・・・。ふふ。いくら教員生活40年
やってきたといってもね、こういう子にはこういう対応をしたらいいって
マニュアルなんて出来ないのよ・・・。情けないけど・・・」
森川先生は水里が飲み干した湯飲みに、2杯目のお茶を注ぐ。
「・・・先生。太陽達は・・・。これからどうしたらいいでしょうか。
”学校に行け”とは今の状態考えたら私、言えません。
でもこのままって訳にも・・・」
「・・・水里ちゃん。貴方の場合は転校して克服したけれど・・・」
「・・・でも新しい環境っていうのは二人に物凄いエネルギー要求する
し・・・」
水里はただ、困惑するばかり。
どの方法が一番いいのか。
「・・・二人が元気になるまでこちらに通わせてみて。二人が落ち着いてきた
時期を見て・・・。転校だろうが、元の学校に戻そうがまた一緒に考えましょう」
「はい。ありがとうございます。先生」
水里は深く深く森川先生に頭を下げた。
「・・・。それにしても・・・。水里ちゃんは素敵な女性になったわね」
「え・・・」
「まぁちっちゃいときは、一見はおとなしい子かと思ったら
物凄い頑固なやんちゃなオンナノコだったのに・・・。今は
子供達のことで悩んだりして・・・。そういう大人になったのね・・・」
森川先生は老眼鏡をはずして涙を拭った。
「せ、先生っ。な、泣かないでくださいっ」
水里は慌ててバックからハンカチを取り出す。
「あ、ありがとう・・・」
「・・・ふふ。私は先生の涙が嬉しかったんですよ」
「え?」
森川先生が担任のとき。
クラスで孤立していた水里に向かって
寄り添ってくれたのは森川先生だけだった。
水里の気持ちを聞いて泣いてくれたのも・・・
「・・・あー!!みーママがおばちゃん泣かせちゃったの!??」
太陽とまりこが森川先生の涙に気づいて走ってきた。
「違うわよ。水里ちゃんがとってもいいママだなぁって
思って嬉しかったの。だから泣いたのよ」
「ふぅーん。そっかぁ。じゃあボクも泣こ」
太陽は目尻にぐっと力を入れて涙を溜めようとするが・・・
「へくちッ!」
出たのはくしゃみだった。
「・・・涙、でないや。えへへ」
太陽はぺろっと舌を出しておどける。
「あははは。太陽ったら・・・」
太陽は、水里からティッシュをもらってお鼻をかみかみ。
「ねぇ太陽。まりこちゃん。明日から、学校のかわりにここでお勉強してみない?」
「え?」
「ここならね・・・。まりこちゃんと二人っきりでお勉強できるんだよ」
”二人っきり・・・”
その言葉が太陽とまりこの心にクリティカルヒット。
(まりこちゃんと二人っきりでお勉強かぁ・・・(ニヤニヤ))
(太陽君と二人きりで・・・(ドキドキ))
ぽちゃぽちゃのほっぺをまっかに染めております。小さなカップル。
「うん。僕たち、ここでお勉強する」
まりこも頷く。
「よし・・・。決まり!」
「うふふ。さぁさ、3人とも、おやつにしましょ」
甘いケーキの匂い。
オレンジジュースと珈琲が運ばれて居間はいっぺんに賑やかになる。
「いただきまーす!」(太陽)
「いただきます」(まりこ)
二人はちゃんと手を合わせていただきますをする。
口元をクリームをつけて食べる。
嬉しそうに・・・
二人の笑顔を見つめながら水里は思う・・・
(ゆっくり・・・ゆっくり心の痛い痛い、直そうね・・・)
と・・・。
そして・・・翌日から二人だけの教室が始ったのだった・・・。
子供のときの心の歪みを見過ごすと本当に引きずります。
・・・私もそのうちの一人かも(汗)
子供のときはそれを周囲の大人のせいにするか
気持ちのやり場がない。
ある程度の年になれば被害妄想強かったなぁって
悟ることできるけど、辛い頃はただ辛いだけで。
小さい頃の宿泊学習が死ぬほど嫌だったのは
クラスメートと一緒にお風呂に入るのが怖かった。
湿疹の痕みられるの嫌だったんですよね。実際、
今でも袖のない洋服は着られません。
半そででも長めのものを選んだり・・・。
あと、身体測定もプールも私は恐怖でしかなくて。
けど大人に言っても”じゃあ風呂入らなきゃいいじゃない、プールも
やめればいい。身体測定も皆が終わってからやれば”でっていうことで
終わっていたし。結果論や方法だけじゃ解決しないのに。
そうじゃなくて辛い気持ちをただ、聞いて欲しかった。
大人の感覚だと【普段仲良くない子とでも宿泊をきっかけに
仲良くなれる】って思うのかもしれませんが・・・。
・・・色々語ってしまいました(汗)太陽にも”自分の心の痛みと向き合える場所”
があればなぁと思いながら書きました、ということだけ伝われば幸いです。