第31話 恋のチカラ
水里の朝は、メールチェックから始まる。
携帯ではなく、パソコンのメール。
もちろん、メールの相手は・・・
『水里さん。おはようございます。今日はとってもいい天気ですよ』
(///)
水里の頭の中では陽春の優しい低い声に変換され、理解されております。
『昨日、夜12時ごろまで電気がついていましたね。夜は早めに寝たほうがいいですよ』
「はい。わかりました」
水里はパソコンに向かっておじぎした。
(でも・・・。春さん、こっち見てるのか(汗)窓に向かって変な
格好できんな(汗))
『今日も水里さんにとっていい日になりますように・・・』
「ありがとう。春さん・・・」
たった数行の文章で、素敵な朝になる。
だるい体も不思議な元気が沸いてくる。
(・・・恋って・・・不思議なちからをくれるんだな・・・)
柄にもない思考を水里にめぐらせる。
「柄にもないとはなんだ。ガラにもないとは」
恋と言うのは聞こえるはずのない声も聞こえたりする。
「よーし!今日も一日ぐぁんばるぞー!」
そしてさらに恋と言うのは元から元気な人間をさらに元気にもします(笑)
「あっりがとうございましたー!」
苦手だった接客も手馴れて、今では営業スマイルも満面に出せるようになる。
レジで鼻唄まで歌っている始末。
「山野・・・。お前、なんか分かりやすいな」
「えー?何がですかー??」
(声が一オクターブあがってるってんだ。分かるだろ。普通)
プライベートが充実していると、丸分かり。
「・・・。あの藤原って人、確か”イケメンマスター”ってんで
結構有名だったんだろ?そんないい男と以前は医者だったって言うじゃないか
そんな男とお前がなんて・・・。ん?」
急に水里の顔が曇った。
「・・・。春さんはそんな軽い人じゃありません・・・」
「なんだよ惚気かよ」
「違います。そんな・・・。雑誌の見出しみたいな・・・
そんな人じゃない・・・。色々な想いや現実を抱えて・・・」
水里のシリアスな顔に、唐沢の毒舌もなえた。
「なんか気に触ること言ったならすまん。話しかえるか」
「いえ。私の方こそ。急に深刻な顔になりまして。あはは。
惚気の一種ですね」
空気を変えようとおどけてみせる水里。
(・・・。どうやらコイツの色々あるんだな・・・。
藤原って人が何抱えてるかしらんが・・・って何でオレが
コイツの色恋沙汰を気にするんだ?)
首を傾げる唐沢。
「あ、いらっしゃいませー!」
恋のチカラは周囲の人間の心も刺激する。
そして消極的な人間に積極性を与える
水里、早番で少し早めにお仕事終了。
(・・・。迎えに・・・。行っちゃおうかな)
こっそり、水里は陽春の学校の前まで来ていました。
(それにしても・・・わ、若者ばかりだな)
自分より数歳は若い女学生達が出てくる・・・
(い、いや年なんて関係ない!うん)
と、ちょっと挙動不審な童顔の女が一人。
「・・・ちょっとあんた、何だね」
警備員に声をかけられてしまった。
「あ、いや・・・。あの、あ、”兄”がここに
通ってまして・・・(汗)」
「兄ぃ?本当かね?」
疑い深い警備員。水里が困り果てていると・・・
「あ!」
「水里さん!どうしてここに・・・」
陽春が走ってきた。
「お?君がこの人のお兄さんかね?」
「え?違いますよ。僕の恋人です」
「え、だって・・・」
(や、なんかやばい状況だ(汗))
「しゅ、春さん、ささ、一緒に帰りましょう!!」
水里は陽春の手をつかんでその場から走って逃走!
学校から少しはなれた公園にやってきた。
「ハァハァ・・・。春さん・・・ごめんなさい・・・。突然・・・」
「・・・」
陽春はなんとなくむっつりしている。
「あの・・・」
(やっぱ怒ってるかな・・・。お兄さんなんて・・・)
「・・・僕は貴方の”お兄さん”なのかな・・・」
「え、あ、い、いや・・・。あ、あれはですね、こ、言葉のあやって言うか・・・
そのあの・・・」
慌てふためく水里。
(ふふ・・・。焦ってる焦ってる)
陽春は自分のむっとした態度で焦る水里が可愛くて仕方ない。
「ふふ。怒ってなんかないですよ」
「ほ、ホントに・・・。よかった・・・」
「でも・・・。できれば堂々と”恋人”って言ってほしかったな・・・」
ちらっと水里におねだり目線を送る陽春。
「・・・そ、そそれは・・・。わ、私はなんていうか口下手だから
そのあの・・・」
照れて焦る水里を見るのが陽春にはとことん
嬉しいようで。
「・・・ふふ。水里さんはホントにシャイなんですね」
「わ、わ、悪かったですねっ。れ、恋愛なんて・・・慣れてなくて・・・」
「・・・僕だってなれてなんてないですよ。でもそれが・・・
だから僕の記憶に”新しい毎日”が新鮮なんです」
「春さん・・・」
水里ははっとした。
水里にとっては恋愛が色々な刺激になるけど陽春にとっては・・・
(いい刺激もいやな刺激も一日一日・・・受け入れなくちゃいけないんだ・・・)
何もない真っ白なスケッチブック。
決められた色が塗られ居たのに突然、消えてしまった。
前の色に戻すことも出来ず・・・。新しい色を見つけなくてはいけない。
「春さん。私・・・」
「水里さん、あぶない!!」
(えっ)
陽春は水里の手をぐいっと引っ張って茂みに倒れた・・・
野球のボールが転がって・・・
「あれ?今、ここに人がいたような・・・」
グローブをはめた少年がキョロキョロしている。
水里と陽春は・・・
茂みの奥に。
「・・・あ、あの・・・。春さん・・・」
「危ないところでしたね」
「い、いや、それは感謝なんですが・・・」
(こ、この体勢・・・)
水里、完全に陽春の真下で、押し倒されてます。
(意図的じゃないとしても・・・。混乱するぞーー!!)
「・・・大丈夫ですか?」
「あ、は、はい。無事です」
二人は泥を払って立ち上がる。
「あーあ・・・。顔に泥、ついちゃいましたね」
陽春はハンカチでフキフキ・・・
「///」
一片に赤面です。
「・・・。このまま・・・キスしますか?」
「ーーーー!???」
水里の顔は耳の先まで沸騰して湯気が出そうなほどに赤面です。
「・・・わぁ真っ赤に染まった・・・。ふふ」
「・・・ひ、ひ、人の顔で遊ばないでくださいッ!!」
水里はぷいっと背を向けて正座する。
「あ、すみません。ふざけすぎました・・・」
「・・・。べ、別にいいですけど・・・」
「・・・恋って不思議ですね」
「え?」
陽春もどさっと芝生に座った。
「きっと・・・”前”大人の僕だったらこんな気障な台詞も
言わないんだろうな・・・。でも本気で好きな人なら言えて・・・」
「・・・春さん・・・」
「・・・今の僕は前の僕より全然子供です・・・。気持ちの表し方も・・・
でも・・・。でも・・・。何事にも前向きになりたい・・・。
その気持ちは同じだと思います・・・。恋愛にも夢にも・・・」
陽春は静かに水里の手をとり立ち上がる・・・
水里はしっかりと陽春の手を握り立ち上がる・・・
力強い
その力と温もり・・・
一人じゃないという心強さを実感する・・・
「・・・このまま・・・。手を繋いで帰ってもいいですか?」
「・・・はい。喜んで」
手を繋ぐだけで
なんだか・・・
大袈裟だけどどんな大変なことも困難も
乗り越えられそうな
そんな強い気持ちになれる・・・
(・・・これが・・・恋の・・・力・・・なんて・・・ね。センチメンタルに
なっちゃうのも・・・そうなのかな・・・)
でも・・・
一緒に好きな人と歩いているだけで
より優しい気持ちになれる。
違う自分を感じることができる・・・
「春さん」
「はい」
「・・・いえあ、よ、呼んで見たかっただけです・・・(照)」
「・・・ふふ」
自分じゃないみたいに
可愛らしくなれる・・・
陽春と水里が微笑ましく歩道を歩く・・・
その後ろを
老いた男女が水里たちと同じく手をつないであるいている・・・
「・・・若い人はいいですねぇ」
「いやいや。我々もまだまだですよ。75になって
運命に人に出会えたのですから」
白髪の男女。
しわだらけの手だけれど繋がれた手同士は
離れることなく・・・。
幾つになっても
恋をしたらいい。
互いを思いやれる
温かい恋なら・・・
恋の力が生きる力にもなるから・・・