第34話 父からの伝言
「そーじ日和だぁ!」
晴天。水里は押入れに頭を突っ込んでいらないものを出す・・・。
(あ)
最近、使っていなかったスケッチブック・・・
真っ白なページが目立つ・・・。
(描いて・・・ないなぁ・・・)
日々の生活をこなすことに手一杯で・・・。”似顔絵屋”もほとんど店じまい。
以前の自分は・・・
”似顔絵と通して誰かと関わりたい”
そんな風に思っていた・・・
書き溜めたスケッチブック数冊を掃除の手を休め、眺める水里。
(・・・。なんか・・・。また描きたくなって・・・きたな・・・)
絵をかくことは
水里にとって
ふうっと心の内に沸いた感情を形にすること。
子供が、一本、クレヨンを持って何を書こうか、色々空想する。
テーマがあることを描き端じゃなくて
ただ、心のままに・・・
「はっ」
気がつけば、水里の鉛筆は、太陽と陽春の似顔絵を書いていた。
(・・・正直すぎるでしょ。自分・・・(笑))
天気もいい。
(久しぶりに・・・。行ってみようかな)
スケッチブックをしまい、掃除機のスイッチをいれようとした。そのとき・・・
ノックがした。
「はーい」
水里がドアを開けると・・・。見知らぬスーツ姿の男がたっている。
(誰?)
「初めまして。私はこういうものです。山野水里さんでいらっしゃいますか」
「そうですが・・・」
男は軽く会釈して、内ポケットから名詞を取り出した。
『高井不動産・高井一馬』
「不動産・・・?あの・・・」
「・・・お父様が所有されているアトリエを管理しております」
「え!?」
初耳な情報に水里はただ、驚く。
とりあえず、詳しい話を聞く。
不動産屋の話では、父・水紀が所有していたアトリエが
不動産屋が人手に渡るということで、アトリエを引き取って欲しいという。
「・・・あの・・・。父のアトリエって・・・。いつごろ父は
購入したんですか?」
「今からちょうど20年前です・・・。一括でご購入されて・・・。
でも一年間でも数えるほどしか利用はされていなく、今も中は新品
のままです」
「・・・」
父のアトリエが他にあったなんて・・・
(行ってみたい)
「・・・20年間分の維持費は頂いております。ただ・・・。今後のことは・・・」
「・・・。わかりました。あとのことはこちらでなんとかします」
もろもろの書類上の手続きを済ませ、不動産屋はそそくさと帰っていった。
・・・アトリエの住所のメモと鍵をおいて・・・
「・・・。父さんの・・・。アトリエ・・・」
自分が知らなかった父親の姿に出会う。
「・・・」
押入れの中の一枚のスケッチを取り出す・・・
その絵には・・・
父・水紀の模写絵が・・・。
「父さん・・・」
一年のほとんどを旅に出ていた水紀・・・
一緒にいられたのは
ほんの少し。
帰って来た時、旅のお土産は水紀が水里ために描いた
絵たちだ。
(父さん・・・。ごめんね。父さんの絵・・・
無くしちゃって・・・)
あの火事で焼けてしまった絵・・・
絵は自分と父を繋ぐ唯一のもの・・・
(・・・父さんの・・・父さんが生きていた痕跡が見たい。
知りたい・・・)
水里は翌週、陽春と共に父のまだ見ぬアトリエに
向かった・・・
「春さん。付き合ってもらってすみません」
「いえ・・・。水里さんの大切なお父さんのアトリエ・・・。僕も
見てみたいです」
「はい」
緑色のワンマンバスがカーブが多い山道を走る。
錆びたバス停の前に降りた水里と陽春。
目の前に昼がるのは田園風景と少ない茅葺の家々・・・
そんな優しい風景より二人は
バス停の名前に注目。
『山野水村前』
「・・・。水里さんの名前の由来が分かった気がしますね」
「・・・ええ。なんか故郷に来た気分です」
父の水紀が・・・。この場所にアトリエを建てた理由も分かった気がする・・・
「春さん、行きましょう。えっとこの道を・・・」
メモを見ながら
緩やかな坂の山道を歩いていく・・・
「はい。僕は平気です水里さんこそ」
「へっ。平気です。ハァハァ・・・」
思いっきり息を切らせております。
(えっ)
水里の手をぐいっと引っ張り繋ぐ・・・
「無理しちゃいけません。ね・・・?」
「あ、は、はい・・・(照)」
(さ、最近・・・春さんペースだな)
手を繋いで・・・
坂道を登る・・・
(あ・・・)
茅葺の屋根ガ見えて。
そして目印の水色の郵便受けが見えてきた。
(これ・・・)
「水里さん・・・?」
木製でできた郵便受け・・・。水里は見覚えがある・・・
「この郵便受け・・・。父と一緒に作ったものなんです」
「お父さんと・・・」
子供のころ・・・父と作ったことのある・・・
木箱にペンキを塗って・・・
「・・・どこいったのかと思ったら・・・。ここにあったのか・・・。
ここに・・・」
愛しそうに
郵便受けをなでる水里・・・
父の遺品など絵以外になかった・・・
ガチャ・・・。
鍵を開ける・・・
(・・・何が待っているんだろう・・・)
ギィ・・・。
中は薄暗く・・・。
「あ、これ電気のスイッチ・・・」
押してみるが電球はつかず・・・
「あ・・・懐中電灯ありますから。つけますね」
水里は懐中電灯をつけ、紐でぶら下げた。
「薄暗いですけど・・・」
明かりがともり、中の光景が見えてきた。
一階はダイニングで二階がどうやらアトリエらしい。
柱の奥に暖炉がある。
「わぁ・・・。立派な暖炉ですね」
本格的なレンガ造りだ。
「・・・。二階・・・」
二階へとつづく階段。
木の木目が綺麗で・・・
「上がってみましょうか・・・」
「はい・・・」
二階に・・・アトリエがある・・・
(この上に・・・父さんの絵が・・・)
かすかに漂ってくる絵の具の匂いに・・・
水里の心は高鳴る・・・。
「あ・・・!」
上がればそこは・・・
おびただしい数のキャンバス・・・
「・・・父さんの筆・・・。父さんの・・・パレット・・・」
見覚えのある絵の道具たち・・・
小さな手作りのテーブルと椅子だけ・・・
ついさっきまで・・・
キャンパスで筆を走らせていた光景
描きかけのデッサンの段階のキャンバスが多い・・・
「・・・。水里さんのお父さんは・・・。物を大切に使われる方だったんですね・・・」
陽春は一本の筆を手に取った。
毛先に色んな色の絵の具が凝り固まって
かちかちに固まっている。
「・・・父さん・・・。筆一本、毛先が折り曲がるまで
使い古して・・・。嗚呼、本当に全部父さんのだ・・・」
水里は筆や絵の具たちを愛しそうに
一つ一つ手に取る・・・。
そんな水里に陽春は父親への情の深さを感じて・・・
(・・・本当にお父さんが大好きだったんだな・・・)
「・・・父は・・・。優しかったし・・・とにかく何もかもが
繊細で優しくそして”丁寧”な人でした。少しでも
愛着が沸いた道具は大事にしたし・・・でもいっつも旅ばっかりしていました・・・」
とある一枚の絵を見て・・・水里の顔が曇る・・・
「水里・・・さん?」
水里が止まったのは・・・。髪の長い・・・顔なしの女性の絵・・・
「・・・。これ・・・。きっと・・・。私の母を描こうとしたんだ・・・」
「・・・。どうして・・・。顔が無い・・・」
「・・・。父が・・・。旅をしていたのは・・・。
人が怖い自分を治すため・・・」
「え・・・?」
水里は少しずつ父のことを話し出す・・・。
「・・・”放浪画家野山水紀の素顔!?”昔雑誌で
騒がれたことがあったけれど・・・。父は写真が大嫌いだったし
何より、人と親密になることは本当に少なかった・・・」
「・・・」
「人とかかわる”きっかけ”が父にとっては絵だった。
・・・だから絵を通して・・・。色んな土地の色んな
人たちとつながりを求めて旅していたんだと思います・・・」
水里のまなざしが寂しげに変化したと
陽春は感じた。
「・・・。なんで母が父の元を去ったのか・・・。
夫婦の事情は知りません。でも・・・
私が・・・。夫婦の絆の”きっかけ”にはならなかった
みたいです・・・」
父の水紀も母の流水子も・・・
そばにはいてくれなかった。
いてほしい時に
いてくれなかった・・・
一体、自分は何のために生まれたのか
生まれて着てよかったのか
生まれて存在して・・・よかったのだろうか
「・・・父と母に何があったのか・・・。
私は何も分からない・・・。父との思い出も少ない・・・。だから・・・。
だから・・・。私にとって父の絵は・・・父を知る唯一のものなんです」
「・・・水里さん・・・」
陽春はは描きかけのキャンパスを
見つけるそっと手に取る・・・。
(これ・・・)
一番奥の小さなサイズのキャンバス・・・
「・・・。何も分からなくても・・・一つだけ確かなことがあります」
「え?」
陽春が見つけたそのキャンバスには・・・
”娘・水里 8歳”
水色のクレヨンを持って笑う水里が描かれていた・・・
「これ・・・」
「・・・。こんな幸せそうな笑顔は・・・娘が大好きだから描けるんだと
僕は思います・・・」
明るい色・・・
水里が大好きだった水色のTシャツと黄色の半ズボン。
ズックの模様、紐の色まで克明に描いてある・・・
「夏休みに・私に会いに来てくれたとき・・・
”新しい洋服でお父さんに会うんだ”って気合入れ着たんです」
”これ、おにゅーの服だよ!おとーさん!”
”・・・そうか。水里の色の服は・・・綺麗だな・・・”
「・・・父さんは・・・そっと髪を撫でてくれて・・・。
その”なでなで”が欲しくて・・・。誕生日プレゼントより欲しくて・・・」
旅先で買ったおみやげより
お小遣いより
父の笑顔と”なでなで”が欲しかった・・・
ふわ・・・
(え・・・)
陽春は優しく・・・
水里のおでこをなでた・・・
「・・・。お父さんの手には・・・ならないけれど・・・」
(春さん・・・)
陽春の手のぬくもりは・・・
父の手とよく似て・・・
懐かしい感触が・・・
幼いころの寂しさを呼び起こす・・・
”お父さん・・・。お父さん、お父さん・・・!”
水里の頬に一筋、涙が流れた・・・
「・・・あ・・・ご、ごめんなさい・・・。春さんの手が・・・
あんまりあったかいから・・・。ごめんなさい・・・」
水里の涙をそっと拭う・・・
「僕は・・・そばにいますから・・・。ずっと・・・ずっと・・・
何があってもずっと・・・貴方のすぐそばに・・・」
(春さん・・・)
陽春の右手は水里の背中を静かにさすって・・・
「ありがとう・・・ありがとうございます・・・」
水里は微笑んで言う・・・
誰かがそばにいてくれるという・・・
心強さ・・・
凍えるような寂しさを
孤独を抱えていても
たったひとり
たったひとりでもいいから
孤独な心に目を向けてくれる誰かがいてくれたら・・・
人は生きていける
強くなれる
「・・・はぁ・・・。駄目だな最近本当に涙腺よわくなっちゃって」
濡れた頬を手で乾かす水里。
「・・・僕はもっと見ていたい・・・。貴方の涙も・・・笑顔も・・・」
(え・・・?)
陽春の優しい右手が・・・水里の頬に添えられた・・・
(・・・春さん・・・)
二人の間から・・・
言葉が
消えて・・・
ただ・・・
互いの存在だけを
見つめあう・・・。
”ずっとそばに・・・”
今・・・
一番・・・
いて欲しい・・・
人が目の前に・・・
(・・・春さん・・・)
温かい・・・
柔らかい想いが・・・
二人の瞳を自然に
閉じさせて・・・
込み上げる
想いを・・・
唇から・・・伝え合おうとさせる・・・
ゆっくりと・・・
PPP〜!!
「!!!!」
突然鳴った水里の携帯にぱっと目を開ける二人・・・
(しゅ、春さん・・・)
あと数センチでキスという至近距離・・・
二人はぱっと離れた・・・
「あ、す、す、すいませんっ」
「い、いえ・・・あ、水里さん、携帯・・・!」
(け、携帯どころじゃない・・・ああ思考が・・・)
耳まで火照って・・・
(し、思考が正常に戻らん・・・)
水里は真っ赤の顔のままで携帯に出ると・・・
その相手は・・・
「・・・た、太陽・・・?」
なにやらもがもが言っている。
「・・・え?逆上がりができるようになった・・・?すごいじゃない!」
水里の話に陽春も聞き耳をたてる。
「春さん!聞いてください。太陽が今、逆上がりできるようになったって・・・!」
「へぇ!本当ですか!」
さっきまでの雰囲気はどこへやら・・・。
「あ、ちょっと太陽待ってて。春さんに今、かわるから」
「あ、もしもし、太陽君かい?」
携帯の向こうの太陽は陽春の声を聞いて一生懸命に
嬉しさを伝えている。
”春さん、ぼく、ぼく、2回転できたんだよ!!
まりこちゃんがほめてくれたんだ”
「ふふ・・・そうか。太陽君、カッコいいなぁ〜」
太陽の突然の電話・・・
恋人気分の雰囲気はなくなってしまったけれど・・・
「んもう〜。こら、太陽〜!」
水里と陽春の笑い声がアトリエに響く・・・
お腹のそこから笑える
声が・・・。
「じゃあ、太陽。ちゃんとまりこちゃんと仲良く
遊ぶんだよ。はい。じゃあね」
P・・・。
逆上がりが2回できた太陽の喜びの報告は、10分近くも及んだ(笑)
「まーったく・・・太陽ったら・・・」
「ふふ。嬉しくて嬉しくて水里さんに伝えたかったんですよ。
太陽君」
「はい。私も嬉しいです・・・!」
太陽の成長が
何よりも活力が出る。
「・・・太陽君にがんばれる強さは・・・貴方の強さです・・・」
「え・・・」
「貴方は・・・。人を慈しむことができるから・・・だから
僕も勇気がもてた・・・」
(春さん・・・)
「僕は・・・。貴方から・・・色んなものを・・・もらった・・・」
陽春は水里をそっと引き寄せた・・・
「だから・・・この先もずっと・・・僕のそばで・・・。笑っていて下さい・・・」
水里は陽春をじっと見つめて・・・
「はい・・・」
と答えた・・・。
自分を受け入れてくれる人がいることの幸せ
そういう人に出会えた奇跡・・・
人の幸せはそこから始まるのかもしれない・・・
「・・・でも残念」
「え」
陽春はぼそっと水里に耳打ちした。
「///しゅ、春さんっ!!」
「ふふふ・・・」
”キスは・・・おあずけでしたね”
心地いいドキドキに
出会えた軌跡・・・
水里の心に・・・
太陽の嬉しそうな声と
陽春の優しい声が
ずっと・・・
こだましていた・・・