デッサン3
〜君と共に生きる明日〜
第39話 嫉妬して 電話して
「〜♪」 陽春がめずらしく鼻歌を歌っている。 「兄貴が鼻歌とは・・・。よっぽどいいことがあったのか?」 パンにバターを塗って夏紀に手渡す陽春。 藤原家の朝食です。 「いえ・・・。水里さんのお父さんの絵のことが わかってよかったなって思って・・・」 「・・・。それだけか?何かあったんじゃねぇか?」 じろっと陽春の瞳を覗き込む。 「なんかってなんですか」 夏紀は陽春の耳元でぼそぼそっと・・・ 「・・・もう・・・結ばれちゃった・・・?」 がっシャン!!! 陽春は夏紀の顔面にパンをHIT・・・ 「・・・朝から下品な話はなしということで・・・。では 朝食いただきます」 陽春、下ネタ大好き弟をちょっとこらしめて朝食v 「・・・あ、兄貴の”天然”に・・・若干悪意が混じってきたような(汗)」 なんにしても・・・ (兄貴の恋路は順調のようですな・・・) 陽春の楽しそうな様子に安堵する夏紀だった・・・ 「〜♪」 陽春と同じメロディを口ずさむ水里。 「ったく・・・。朝から鼻歌とは気楽でいいな、お前は」 呆れ顔の唐沢。 だが、店が明るくなる・・・。 (BGMにしては音痴だが、まぁいいか) 気がつけば 水里の笑顔が最近身近にあるなぁと思う唐沢。 (・・・お笑いキャラいるとまぁ和むものだ) まりこと夕食をすれば、太陽のことそして水里の話題が 最近の唐沢家の中心だ。 (・・・意外なところでお前は役に立ってるぞ。はは) 「・・・ふぅ」 「ん?なんだ。山野。お前、なんか顔あかいぞ」 「いえちょっと疲れ気味なだけですから・・・。あ、いらっしゃいませ・・・」 強がる水里だが・・・ (お前が疲れ気味なんて・・・。逆に弱ってる証拠だろうが・・・) 元気に接客する水里の姿が・・・唐沢は気になって仕方なかった・・・ 「お疲れ様でしたー・・・」 夜7時半。水里は帰り支度をし、職員通路から出て行こうとしていた。 「山野。帰るのか」 「あ、はい・・・」 水里の足がふら・・・っとよろける・・・ 「山野!お前・・・」 唐沢が水里の肩を抱きとめる。 「ふにゃ・・・。店長すいません・・・」 「冗談いってる余裕あるのか。熱すごいじゃないか・・・」 「いえいえ・・・。こんなの平熱部類で・・・」 足がふらつく水里をささえる唐沢。 「・・・口調が変だぞったく・・・」 雨も降ってきた。 (このまんまこいつを家まで自転車で帰らせるわけにはいかねぇな) 唐沢は仕方なく、水里を自分の車に乗せた。 「ふー・・・。天井がまわるー・・・」 (重症だ(汗)) 熱で朦朧とする水里を助手席に乗せ、水里のアパートまで送る・・・ 「おい!山野・・・お前のアパートについたぞ・・・」 だが水里はぐったりして汗をかいて・・・ (しょうがねぇな・・・) 唐沢は水里の腕を肩にかけて階段を上がらせる (熱い・・・。やばいな・・・高熱か) 水里の体の熱が伝わる。 「おい・・・。山野!鍵は!?」 「・・・リュックの・・・前のポケットに・・・」 唐沢は水里のリュックのポケットを開け、鍵を取り出した。 「あけるぞ?いいな?」 「・・・。すんません・・・」 ガチャ・・・ 唐沢はドアをあけて水里を中にいれた・・・。 「お、おい・・・。開けたけど・・・。勝手に入っていいのか?」 「・・・すみません・・・。だ、大丈夫です・・・。お、送って くれてありがとうございました・・・。わぁ・・・!」 押入れから布団がなだれ落ちて水里は下敷きに・・ 「あーあ・・・何やってんだ・・・。ほら、どけ」 唐沢は布団を敷き、水里を寝かせた。 「おい・・・水まくらとかはないのか?」 「・・・」 水里は意識が熱で朦朧としている・・・ (ったく・・・世話のかかる・・・) 「おい・・・。アイスノンとかもねぇのか・・・?」 水里は冷蔵庫を指差した。 「開けさせてもらうからな」 唐沢は冷凍庫にはいっていたアイスノン取り出し、水里のおでこにのっけた。 (・・・はぁー・・・。駄目だな。こういうとき男ってのは・・・) 「・・・店・・・長・・・。もう私は大丈夫ですから・・・。 薬飲んで眠れば・・・」 「そうか・・・?」 「はい。だから店長は早く帰ってあげてください・・・。 まりこちゃん待っているんでしょう?」 「・・・ああ・・・」 「大丈夫です。ホント・・・。というより・・・ 静かに眠りたいので・・・」 「わかった・・・。でもなんか急に苦しくなったりしたら オレの携帯に電話しろ」 「はい・・・」 唐沢はぐったりした様子の水里を心配しつつ・・・ 静かにアパートを後にする・・・ だが・・・ (・・・かなり熱ありそうだな・・・あの様子じゃ・・・) 車を運転していても水里の様子が気になる唐沢。 その時、唐沢の視界に歩道歩く陽春の姿がはいった。 (あ・・・。確かあの人は・・・) 唐沢は車を脇に止め、プッぷーとクラクションをならした。 (ん?) 振り返る陽春。 唐沢が車から降りてきた。 「・・・貴方は確か水里さんのお店の店長の・・・」 「唐沢と申します。藤原さんでしたね?」 「あ、はい・・・」 突然の唐沢の呼び止めに陽春は戸惑いを隠せず。 「あの実は・・・、今さっき、山野・・・。いや山野さんが熱を出したので アパートまで送ってきたんです」 「え!?水里さんが!?」 思わず陽春は声を荒げた。 「山野さんは一人で大丈夫だからと言っていたのですが・・・。 かなり具合が悪そうで、私も気になりまして・・・」 「・・・それで僕に・・・」 「はい・・・。私は家に娘が待っておりますので藤原さんにお願いしたほうが いいと・・・」 唐沢は言葉の節々に気を使って陽春に頼む。 (妙に勘ぐられたくはないからな) 「・・・わかりました。後は僕が看病します」 「よかった・・・。藤原さんに頼めて安心しました」 「いえ。こちらこそ・・・。唐沢さんに教えてもらわなかったら 僕は何もしりませんでした。水里さんは多分僕に甘えちゃいけないと 思って風邪引いたこと黙っているだろうから・・・」 「・・・」 微かに最後の”水里さんは・・・”台詞に 敵対心帯びた感情が込められているな、と感じた唐沢。 「じゃあ私はこれで・・・。お大事にと山野さんに伝えてください」 「分かりました。では失礼します」 陽春は立ち去る唐沢の車に会釈をして見送った。 (・・・) 微かに感じる心の靄・・・。 ”アパートに送っていったんです” ということは唐沢は水里の部屋に入ったのか? 入って・・・どうしたんだ・・・? めぐる想像・・・ (・・・な、何を考えているんだ。僕は・・・。 今は水里さんを看病しないと) 陽春は急いで家に戻り、薬局で薬やら諸々を買いそろえ、 アパートに走った・・・。 (うーん・・・。春さんが見える・・・) ぼんやり・・・ 陽春の顔が水里の目に入ってきた。 「大丈夫ですか?」 「しゅ、春さん・・・!?」 飛び起きた水里の額からアイスノンがずるっと落ちた。 「あ・・・。どうして・・・」 「・・・。唐沢さんとばったり会って・・・。水里さんが風邪をひいたって 聞いたので飛んできました」 「・・・そうなんですか。店長が・・・」 「水里さん、まだ寝ててください。顔、まだ赤いですよ」 陽春は水里を寝かせる・・・ (・・・お医者さんだなぁ・・・) 口調が少し懐かしい・・・ 「薬はちゃんと飲みましたか?」 「え、あ、はい」 「水分を獲らなくちゃいけませんね。スポーツドリンク冷蔵庫に いれておきました」 「あ、はい・・・」 丁寧な看病に 水里、かしこまってしまう・・・ 「・・・あの・・・。春さん。看病は在り難いですがうつったら大変です。 だから・・・」 陽春は首を振った。 「苦しむ貴方をほうっておけません。それに・・・」 「それに・・・?」 「・・・移るほど密着する”コト”はしませんから。ご安心ください」 (・・・そ、それはど、どういう・・・(照)) 水里の頬がさらに赤く染まった。 「しゅ、春さん・・・あんまり赤面させないでください。体がもちません・・・(照笑)」 「す、すみません」 それから陽春は水里が深く寝付くまで・・・ずっと そばにいた・・・ 『おかゆをつくっておきました。食欲があれば食べてください』 そうメモを残して・・・ それから三日後。水里はすっかり快気した。 だが・・・ (・・・唐沢さん・・・か) 夕食後。皿を拭く陽春の手が止まる・・・。 「兄貴。どうした。ため息なんかついて・・・」 「え、いえ・・・」 「話してみろよ。弟なんだから・・・」 陽春の肩をポン!と叩く・・・ (夏紀さん・・・) 陽春は唐沢が水里をアパートまで送り届けたことを話す・・・。 「・・・水里さんが風邪ひいてるっていうのに・・・。 僕は唐沢さんが水里さんの部屋にはいったことや・・・。看病したことが 悔しくて・・・」 「・・・」 「・・・小さい器の男ですね・・・。僕は・・・。こんなことに 嫉妬するなんて・・・」 湯飲みを小さく手で包める陽春・・・。 「みんなそんなもんだぜ?」 「え・・・?」 「恋愛なんて所詮、 大なり小なり相手に何か求めてるモンだぜ。嫉妬なんて当たり前。 嫉妬してないなんて恋愛してない証拠だろ」 「・・・そう・・・でしょうか・・・」 自分の小さな嫉妬心に重たい罪悪感を感じて・・・。 そんな兄の恋心が健気でたまらない・・・ 「前の”大人”の僕なら・・・。こんなことで悩んだりしてないんだろうな・・・」 「・・・兄貴。嫉妬したり悩んだりしてる兄貴の方が俺はずっと いいぜ。水里だってそう思ってると思うよ」 「・・・ありがとうございます。夏紀さん。僕は本当に良い弟を 持ちました」 (くぅ!!兄貴!!いじらしすぎっ) 何だか抱きしめたい感情がわくが流石にやめておく。 (・・・ったく。こんないい男の兄貴に嫉妬させるなんて・・・。 水里という子供女はいっちょまえに・・・) 早速、”水里と陽春の恋愛の伝道師”夏紀は水里にイエローカードの メールを出す。 『兄貴ほどのいい男に嫉妬させるなんてな、10年早いんだよ。 お前は!』 「・・・え?」 何のことだか分からずパソコンの前で首をひねる水里。 『唐沢って男のことだ!誤解を招くような行動は慎め!』 「え・・・店長のこと・・・?」 (そういえば・・・。店長に私が風邪引いたって聞いたって春さん言ってた・・・) ようやく事情が飲み込めた水里。 神妙な気持ちで夏紀のメールを読む。 『兄貴はぁ、昔の少女漫画よりもずっとピュアーな精神の持ち主なんだ。兄貴をもっと 見習ってお前ももっと繊細になれ!』 「繊細にって・・・」 『今夜10時ジャストに兄貴に電話しろ。そして”愛してます”って 電話でコクれ!!いいな!!』 (・・・なーーーッ!!) 夏紀の言いつけに水里、絶句・・・。 (そ、そんな・・・。で、でも・・・。春さんに変な誤解はされたくないし・・・) 女、水里、今年二十ウン才。 たまには愛を語らなくては・・・! (ウシ!!) 水里は黒電話の受話器をぐっと握り締め、ダイヤルを回す・・・。 「はい。藤原です」 「あ・・・え、えっと・・・私です。や、夜分遅くすみません・・・」 陽春の優しい声に緊張が走って 一気に水里の決意は小さくなっていく。 「水里さん、あれから調子はいかがですか?」 「おかげさまで全快しました!春さんのおかげです。ほんとうにありがとうございました」 「いえ・・・。僕は貴方が元気になってくれたらそれでいいんです・・・」 (・・・。な、何だかもう既に悶え状態だ・・・) 受話器越しとはいえ・・・ 陽春の声は水里をすぐ脱力させてしまい・・・。 「あ、あの・・・。そ、それでですね・・・」 「はい」 「あ、あの・・・」 ”愛しています” (い、言え・・・!言うんだ!水里!) 自分に言い聞かせる水里・・・。 「あの・・・。その・・・。あ、あい・・・」 「あい・・・?」 「あ・・・あい・・・あ、アイス、好きですか?」 「・・・は?」 水里、二十ウン才、自分の照れ症に負けた瞬間・・・。 「あ、あの、美味しいアイス、コンビニで見つけたんですが どんな味がすきかなーって想いまして」 「そうですねぇ。僕は・・・。バニラがいいなぁ」 「そ、そうですよね。バニラが美味しいですよね・・・」 (自分・・・決意弱すぎ・・・つーかわかりやすぎないいわけだ・・・) 水里の自覚どおり、陽春もわかり・・・ 「水里さん」 「あ、はい」 「・・・貴方の気持ちは・・・。分かっていますから・・・」 「・・・っ。そ、そ、それは何よりでございますです・・・」 照れ症が限界になると水里の日本語は妙になります。 (ふふ・・・) 受話器の向こうで 今、水里がどんな顔をしているのか・・・ すぐ想像できる・・・ (・・・首を傾げたり・・・真っ赤な顔を手でパタパタ仰いでたりして・・・ふふ) そのとおり。 (あー・・・。また風邪ぶりかえしそうだ・・・) 右手でパタパタ、猿のお顔を仰いでおります水里ちゃん。 「・・・今度一緒にアイス食べましょうね」 「はい。是非・・・」 陽春の小さな嫉妬は 受話器の向こうの水里への想いで薄まった。 完全に消えたわけじゃないけれど・・・ (・・・嫉妬する自分も・・・オレは嫌いじゃないかもな・・・) 恋をすると 色んな自分に出会う。 照れすぎえる自分。 嫉妬する自分。 だから恋は・・・ 面白い・・・ 翌日、水里と陽春は仲良く一緒にバニラを食べましたとさ・・・。