デッサン3
〜君と共に生きる明日〜
第40話 黄泉がえり
〜戻ってきたドレス〜
(雪・・・) 雪の事故現場・・・。白のトレンチコートを着た女性が花束を置く・・・。 「雪・・・」 ピンクの口元がつぶやく・・・ 「・・・貴方を・・・”死人”にはさせないから・・・」 怒りが篭った笑みを浮かべて・・・。立ち去る・・・。 「終わった終わったぞ〜と」 水里が自転車に跨がって、ご帰宅中。 だがある場所を通るときは自転車を止める。 (雪さん・・・) 雪の・・・ 事故現場・・・。 自転車を一瞬とめて・・・ 水里は手を合わせる・・・ (!?) 何か寒気を感じた 水里がふと顔を上げると・・・ (えっ・・・) 道路を挟んだ向こう側の歩道・・・ 白いワンピース。 腰まである長い髪・・・ (・・・雪さん!?) 水里は思わず自転車を放り投げ、歩道橋を駆け上り 向こう側の歩道に・・・ 「ハァハァ・・・」 辺りを見回す水里・・・。 だがすがたはどこにも・・・ (・・・あれは確かに雪さんだった・・・。けど・・・) 「・・・。違うよね・・・見間違い・・・」 あんなに鮮明な色の幽霊がいるものか。 (・・・あんな瞳してる雪さんなんて・・・) 一瞬感じた・・・ 殺意にも満ちた瞳・・・ 「ちょっと疲れ気味・・・かな。さーて。かえろかえろ〜」 ちりりん!ベルを鳴らして 水里はペダルを軽快に踏んで自転車を走らせる。 「きょうは早く帰ってねようっと」 かすかな不安がよぎる・・・ (怖かった・・・。あの・・・睨み付ける・・・) ぎょろっとした瞳が・・・ (・・・。やめよう。雪さんのことを怖いだなんて思うなんて) 残る不安を忘れようとする・・・ ペダルを踏んで走る水里の後姿を 長い髪の女が見つめていた・・・。 「〜♪」 パチンコで大勝した夏紀。茶色の袋に菓子をこんもり 携えて、鼻歌を口ずさみながら 帰ってきた。 (えッ) ガラガラ! パチンコでとった景品のビールが落ちる。 見覚えのあるシルエット・・・ 「・・・ゆ・・・雪姉さん!?」 「・・・。夏・・・紀・・・さん・・・?」 (声もおんなじだぁ!?なんてリアルな幽霊!?) 驚き方も非常に詩的な小説家・夏紀。 「・・・あ、あのぅ・・・。貴方は雪さんでしょうか?」 「・・・いえ・・・。雪は・・・私の妹です・・・雪の姉の・・・雪花といいます」 (へ!?) カラン・・・ 缶ビールが転がる・・・ (な、何だか・・・波乱万丈な予感・・・) 夏紀は混乱する中・・・。雪の妹と名乗る雪に酷似した女性を 家に招きいれる (と、とりあえず・・・お茶だすか・・・) 妙に緊張する。 夏紀は雪が愛用していた陶器のカップでレモンティをつくった。 「あ、あのど、どうぞ・・・」 「すみません。いただきます・・・」 細く白い指先・・・ しなやかにカップを手にして香りを堪能した後・・・ 一口ずつ飲み・・・その仕草も (雪さんにクリソツ・・・) 「あ、あのう・・・。雪さんにお姉さんがいたなんて初耳なんですが・・・」 「・・・仕方ありません・・・。雪と私は幼いころに両親が離婚して 育てられましたから・・・」 (・・・ドラマな環境ですな) 作家の悪い癖。つい、いろいろ想像してしまう。 「あ・・・あのぅ・・・。そ、それですね。ど、どういったご用件でしょう?」 「・・・。陽春さんはご在宅ですか?」 「兄貴はまだ学校で・・・もうそろそろ帰ってくると想うんですけど・・・」 (兄貴、どういうリアクションするだろ) 「・・・じゃあまた・・・後日改めて参ります」 「え、あ、あの・・・っ」 雪花が立ち上がり、リビングを出ようとしたとき・・・ 「ただいま。夏紀さん」 帰ってきた陽春と雪花がばったり・・・ 「あ・・・」 (あ、兄貴・・・) 陽春のリアクションに注目する夏紀・・・ 「なんだ。お客さんですか?」 (へ?) 「こんにちは。初めまして」 「初めまして。藤原さん」 あっけらかんとした平常なりアクションに夏紀の方がリアクション。 「ふふ・・・。誠実そうな感じは変わっていないけれど・・・。 何だか若返ったようですね」 やわらかいその微笑みは雪そのものだと夏紀だが・・・。 「あの・・・。雪さんによく似たこの方は・・・」 「・・・初めまして。雪の従姉妹の秋乃と申します」 秋乃は静かに陽春に手を差し出した。 「・・・は、初めまして・・・」 亡き妻の”従姉妹”と言われても見知らぬ女性。 雪とよく似ている初めてあう女性。 「・・・陽春さんのことは存じております。 だからお気を使わないでください」 「・・・」 優しげな秋乃だが・・・。 (・・・どこか・・・冷たい・・・) 人の感情や表情に敏感になってしまった。 悪い癖がついたな・・・と思う。 それから秋乃は陽春をたずねた用件を伝え始めた。 雪は生前、パッチワークやキルトに凝っていた。 「雪から・・・預かっていたものがあるんです」 秋乃が取り出した紙袋の中身は・・・ 「これは・・・」 純白のウエディングドレス・・・ 「雪がなくなる直前に・・・。雪が縫い上げたものです。 貴方と式を挙げる予定でした」 「え・・・っ」 初耳だ。 自分が記憶有った時の日記にもなかった出来事だ。 「・・・。雪があんな亡くなり方をして・・・。 このドレスどうしようかとずっと思っていたんです・・・。でももう3周期も 過ぎたし・・・。やっぱりお返した方がいいと・・・」 手縫いのドレス・・・ 手縫いだと分かる。 縫い目の長さが違う・・・。 一針一針丁寧に縫ったことが伺える・・・。 「陽春さんの中に雪との思い出がないことはわかっています。 でも・・・。せめてこのドレスだけは貴方の手元に・・・」 「・・・ですが・・・」 少し戸惑う陽春に秋乃はまっすぐ陽春を見つめて話す・・・ 「陽春さんの記憶の中にはもう雪はいないかもしれないけれど・・・。 雪は確かに”生きて”いるんですから・・・。それだけは 心に止めておいてください・・・。でないと・・・」 「・・・秋乃さん・・・」 純白のドレス・・・ 無垢な真っ白な雪のよう・・・ 秋乃はドレスを置いて帰っていった。 帰り際に陽春に言ったことが心にひっかかる・・・ ”でも・・・。雪が蘇る夢をみたんです。私を忘れないでって・・・” (意味深なこと言い残していきやがって。秋乃さん、あんた 一体・・・) ソファにすわり難しい顔をしている夏紀。 「・・・どうしたらいいんでしょう・・・。僕がきっと 大切に持ち続けるべき物なのでしょうけど・・・」 ハンガーにドレスをかける陽春。 「・・・でもこれも受け入れなきゃいけないですよね。記憶になくともこの ドレスと僕は繋がっている。僕の”一部”なのだから・・・」 「・・・兄貴・・・」 夏紀は陽春の肩をポンと叩いた。 「わかってるよ。水里はナリはちいせぇが懐はかなりデカイ。 兄貴の複雑さも戸惑いも全部受け止めてくれるさ。つーか・・・。 あんまし気にもとめねぇってか?」 「・・・夏紀さん・・・」 「大丈夫。兄貴のストイックな純愛は簡単にはへこたれねぇよ。な?」 弟・・・ 弟がいるということが心強く感じる・・・。 「・・・すみません。夏紀さん」 「は?」 「僕は兄なのに・・・。貴方に頼ってばかり・・・。 頼りない兄で・・・」 しゅん・・・とする陽春・・・ 「兄貴・・・。なんかすげぇ可愛い〜!!!」 「え、あ、あのッ」 陽春を抱きしめてしまう夏紀。 暑苦しいハグだし、男同士だし・・・ 戸惑う陽春だが・・・ (オレは・・・優しい人たちに囲まれて・・・。幸せな人間だ・・・) 兄思いの弟・・・ 恋しい人・・・ (今を懸命に生きればいいんだ・・・きっと・・・) そう・・・ 自分に言い聞かせていた・・・。 微かに感じる不安を押し込めて・・・。 だが・・・。 雪の幻は 現実の世界で形となって 水里と陽春の周囲に現れる・・・ 「なぁ。山野」 「はい?」 商品の補充をしていた唐沢と水里。 「あの客・・・。なんかさっきからこっちばかり見てるんだ」 唐沢が指差した向こうに (えっ・・・) 白いのロングスカートの雪が・・・ ぽろっと水里の手から商品が零れ落ちた 「おい・・・?山野・・・どうしたんだ」 「・・・雪さん・・・?」 コツ・・・コツ・・・。 ゆっくりと近づいてくる。 (・・・幽霊じゃ・・・ないよね・・・?) 幽霊とは思えない。 リアルな足音。 リアルな肌の色・・・。 「こんにちは・・・。初めまして・・・。山野さん。 雪の従姉妹の・・・。秋乃と申します」 「・・・雪さんの・・・」 微笑みは・・・ 雪とよく似ているけれど・・・。 (・・・どこか・・・冷たい・・・) 水里には その微笑みに不安を感じて仕方なかった・・・。