デッサン3
〜君と共に生きる明日〜

第4話 君と歩こう

「夏紀さん。僕、明日から一人で病院へ行きます」 「え?」 夜、夏紀の部屋を訪ねた陽春。 パソコンを打っていた夏紀。 「一人でって・・・。道端で眩暈の発作が突然起きたらどうするんだよ」 「・・・大丈夫です。発作も最近は減ってきているし・・・。それに 少しでも自分で出来ることを増やしたいんです」 陽春はバスの時刻表を見ながら話す。 「兄貴・・・。もっとオレを頼ってくれてもいいんだぜ」 「はい。でも、やっぱり頑張りたいんです。・・・早く・・・自分の力で 生きて行けるように・・・。誰かのために・・・」 (・・・誰かって・・・もしかして・・・) 夏紀の脳裏に水里の顔が一瞬浮んだ。 「・・・わかったよ。でも兄貴。一人で行くときは絶対に携帯を持っていくこと。 何かあったらすぐ、オレの携帯に連絡すること・・・」 「はい。わかりました」 「・・・。なぁ。兄貴。オレは弟だ。敬語じゃなくていいんだよ。それから 夏紀さんってのも駄目だ。いいな?」 「・・・はい。夏・・・紀さ・・・じゃなかった。夏紀」 「それでよし!ふふ。兄貴!」 陽春と夏紀はくすっと笑いあう・・・。 兄と弟・・・。 心が繋がった気がした一瞬・・・ 夏紀は嬉しかった・・・。 次の日。 土曜日の午前中。陽春は一人、バスに乗り、病院へ向かった・・・。 バスに乗るのは久しぶりで 少し緊張した。 幸いのことに発作は起きず、今日は体調もいい感じで・・・。 帰りのバス。 陽春は窓際の席に座る。 (ん・・・?) 目の前に、見覚えのある三つ編みが・・・ (水色の髪留め・・・。彼女だ・・・!) 陽春のこころは弾む・・・ 「水里・・・さん?」 「お!??春さん!」 仕事帰りの水里と遭遇。 「お仕事の帰りですか?」 「はい!春さんは・・・」 「病院の帰りなんです。あの、隣、座ってもいいですか?」 「あ、は、はいどうぞっ」 水里は少し照れながら席をぱぱっと手で払った。 (しゅ、春さんと並んで座ってる・・・) 見上げれば陽春の横顔が・・・ 水里の心はときめきを覚える。 「・・・水里さんはこのバス、よく乗られるのですか?」 「え、あ、はい・・・。私、車の免許持ってないので 大抵はバスか自転車が交通手段なんです」 「・・・そうですか・・・。僕も”前”は免許もっていたらしいのですが・・・。 今は車の運転の感覚も忘れてしまって・・・」 「・・・。春さん・・・」 水里は陽春にかける言葉を捜したが・・・。 陽春はふとバスの横を走り抜けていく車を見つめた。 「”前”の自分は・・・。水里さんをよく乗せていたと日記に書いてありました。 でも今の僕はそれが出来なくて・・・。運転ができれば 貴方をどこへでも連れて行ってあげられるのに・・・」 「・・・。春さん。次、降りましょうか?」 「え?で、でも・・・降りるバス停はまだ一個先のはずでは・・・」 「いーからいーから。すっごく綺麗な場所があるんです」 水里は陽春の手を引っ張り、ボタンをおした。 水里と陽春が降りるはずの高見町より一つ手前のバス亭で降りる。 「あの・・・。どこへ・・・」 「いーからいーから。こっちこっち!」 水里はとある場所に陽春をつれてきた。 そこは・・・。 「・・・すごい・・・銀杏・・・」 100メートルほど銀杏並木 真直ぐの道に両脇に銀杏が植えられ・・・ 雪のように 舞っている・・・。 「すごいな・・・」 「バスに乗ってると・・・。この通り見えないんです・・・。 だから結構穴場なんですよ」 水里は銀杏の葉を一枚拾い、手に乗せる。 「・・・。私・・・。一回だけ運転免許とりにいったことが あるんです」 「え?」 「・・・けどなんかお金もかかるし、難しいし・・・。教官のケンカして やめちゃいました。お恥ずかしい話です」 水里は少し恥ずかしそうに頬をぽりぽりかきながらはなす。 「・・・そりゃ車があったら便利だけど・・・。でも、自分の足で歩くとね・・・。 やっぱり見えないものが見えてくるんです。スピードのある車では見られない・・・」 街路樹の紅葉。 足元に咲く小花。 それから一瞬だけだけどすれ違う人たちの表情・・・。 ハンドルを握り、車を運転すれば目に入ってくるのは信号機と目の前の車だけ・・・。 「・・・ってごめんなさい。春さんになんか説教じみたこと偉そうに・・・」 「いいえ。水里さんのいい通りです・・・。こうして・・・。のんびり 自分のペースで歩く・・・。そういうこと・・・。わすれていました・・・」 眩暈の発作がいつ起きるか分からない。 だから車に頼っていたけれど・・・。 (・・・オレは。まず足元から自分の力で”歩く”ということに 気づいていなかった) 自分の力で歩く。 大地に足を根付かせて一歩一歩・・・ 「水里さん」 「はい」 「一緒に・・・。歩いてくださいませんか・・・?」 「え・・・?」 陽春はス・・・っと水里に手を差し出す・・・ ”この手から・・・伝えたい・・・” そう・・・ 歩道橋の階段で手を差し出された陽春の優しい手が蘇る。 「・・・同じ景色を貴方と見て・・・。歩きたい・・・」 まっすぐな瞳で・・・ 水里を見つめる・・・。 (・・・春さん・・・) 水里はその手を 確かに掴んだ・・・。 「・・・。春さんの手は・・・。大きいですね」 「嫌ですか・・・?」 水里は少し頬を染めて首を振った。 「・・・よかった」 水里の手を握る陽春の手に少し・・・ 力がはいる・・・。 (・・・な、なんか・・・今日の春さんは微妙に積極的な気が・・・) ぼうっと水里はドキドキして妙な方向に歩いていって・・・。 「水里さん」 「・・・はい」 「・・・。そっち・・・。トイレだけど・・・(汗)」 (え) 『WC』 しかも男子のマークが目の前に。 「・・・。あ、あはははは・・・(汗)」 「ふふ・・・」 「あ、わ、笑わないでくださいよ。もう・・・」 「すいません。ふふ・・・」 ほっぺを膨らませて怒る水里。 ”彼女の怒った顔も笑った顔も・・・。可愛いと思う自分に素直になりたい” 記憶喪失以前の日記の一文を思い出す。 (記憶はないけど・・・。その気持ちは分かる・・・) 素直な自分になれる その心地よさを・・・。 陽春はかんじた。 「・・・水里さん。もう一周してきましょうか」 「え、あ、は、はい・・・」 秋の風が吹く。 紅葉と銀杏の葉が舞う。 「あ、これ可愛い形。持って返りましょうか」 「そうですね」 微笑み合う・・・。 木の葉たちは・・・ 二人を優しく包むように 秋風に舞っていた・・・。 その日の夜。 陽春は机にむかって日記帳にペンを走らせていた。 記憶が喪失してしまってから50日目・・・。 新しい”記憶”の全てを書き記している。 その中で一番良く出てくる名前・・・ 『水里』 ”春さん” 水里の微笑みが浮ぶ・・・ ”栞にしましょう。紅葉の栞” 55日目のページにそっと挟む・・・。 (こうして・・・。同じ日々を・・・一緒に・・・作って行けたら・・・) 新しい自分が見つかる気がする・・・。 (・・・生きたい・・・。生きて・・・。新しい自分を・・・) 喪失したものがは大きく・・・ 蘇ることは無い・・・。 けれど・・・ (生きたい・・・) 木の葉一枚に・・・ ”春さん” 愛しさを感じる心がある・・・。 紅葉の栞・・・ そっと口付ける・・・ その日の日記の最後はこう締めくくられていた・・・。 (生きたい・・・。大切な人のそばで・・・一緒に歩きたい・・・)
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