第37話 亡霊 目の前に居るのは雪ではなく 従姉妹の秋乃。 突然の秋乃の訪問に困惑する水里。 「店長・・・すみません。ちょっと出てきていいですか」 そういって水里は秋乃と共に 近くの喫茶店に行くことにした。 二人とも珈琲を頼んだ。 水里はミルクと砂糖を入れたが、秋乃は何もいれず そのまま静かにカップを口元に持っていった。 (・・・この人は・・・) 外見の穏やかさとは違い、どこか・・・ 重たいものを感じる。 「あの・・・。お話っていうのは・・・」 「・・・。一度お会いしたくて・・・。雪が好きだった 陽春さんが・・・。好きになった女性を・・・」 ”雪が好きだった陽春さんの・・・” そのフレーズが妙にアクセントが強く感じた・・・ 「・・・私と雪は・・・。姉妹のように一緒に育ちました。 だから雪が亡くなった時は・・・もう一人の自分が消えてしまったような 気がしてショックでした・・・」 外見は似ているが・・・ 雰囲気は雪とかなり違う・・・。 (雪さんは・・・。こんなにべらべら喋るような 人じゃない・・・) 珈琲カップの置き方も どこか雑で・・・。 「・・・とっても優しそうな人で安心しました・・・。こういう風な 言い方誤解されるかもしれないけど・・・。雪の代わりに 貴方に会いに来たのかもしれません・・・」 「・・・」 にこやかに淡々と話す秋乃だが・・・ 言葉の節々に刺々しいものを感じる水里・・・。 「・・・」 「雪ならきっと陽春さんの幸せを願うと思います。 思えば陽春さんも田辺という男のせいで大変な目に遭ったんですもの。 あ、山野さんも・・・ご自宅をなくされたそうですね・・・」 「・・・いえ・・・。私は大丈夫です。一人身ですし・・・。 命があればまるもうけって感じです」 水里は珈琲と一緒についてきたクッキーをぱくっと 少し豪快に食べた。 「ふふ。逞しいんですね。でも・・・雪は命をとられましたけどね・・・」 「・・・」 「あ、ご、ごめんなさい。つい嫌味っぽくなって・・・」 「いえ・・・」 やっぱりこの人は雪とはちがう。 あからさまに人に対して刺々しいことをぶつけてくるなんて・・・。 「あの・・・。こうして山野さんと出会えたのもきっと 雪の導きだと思うのです。これからもまた・・・こうしてお付き合い くださいませんか?」 「・・・え、あ、はい・・・」 秋乃は手を差し出して握手を求めた。 水里は少し躊躇したが握手を返して・・・。 「よかった。嬉しい・・・。いいお友達になりましょうね」 「・・・」 不気味さを感じる・・・。 (そんな・・・。悪考えしちゃいけないのかもしれないけど・・・) 冷たい微笑みに 不安を隠せない水里だった・・・。 雪の亡霊・・・。 水里と陽春の周囲に頻繁に現れるようになった。 「水里さん!こんにちは!」 水里の職場にしょっちゅう顔を出す秋乃。 「水里さん、映画のチケット手に入ったの。一緒に見に行かない??」 他愛もない都合で毎日のようにたずねてくる。 流石に水里も店に迷惑が掛かる気がして秋乃に注意を促した。 店の駐車場に秋乃を連れ出した水里。 「すみません。秋乃さん。お気持ちは嬉しいですが、店に来られるのは・・・ 困ります」 「ご、ごめんなさい。つい・・・。水里さんの迷惑も考えず・・・」 「・・・あの・・。秋乃さん。どうして私に構うんですか?」 「え?」 「・・・。初めてあったばかりなのに・・・どうしてなのかと・・・」 (・・・ってえ・・・(汗)) 秋乃の瞳からぽろぽろと涙が・・・。 「あ、あの・・・っ」 「わ、私・・・。ただ、水里さんと友達になりたかっただけで・・・。 うう・・・」 秋乃の号泣に水里は慌ててハンカチを取り出した。 「あ、あのな、泣かないでくださいっ。すみません。ちょっと 言い方がきつかったですね」 「いいえ・・・。私が悪いんです」 (うう。これじゃあ、私が泣かせたようじゃないか) 「私・・・。同じ年頃の友達っていなくて・・・。だから 雪が唯一の親友だったんです」 「・・・。あの・・・。私なんかでよかったら・・・」 「・・・本当ですか!?嬉しい!ふふ・・・」 オーバーなりアクション。 何か思惑があるのではないか。 秋乃の態度にどことなく違和感を感じつつも 水里は秋乃を根っこまでは疑いたくは無かった。 (・・・雪さんを疑うようで・・・) ”雪の親友” 雪とよく似た親友。 雪の存在を重く感じさせた一日だった・・・。 流石に秋乃が水里の店に頻繁に来ることはなくなったのだが・・・。 ”今日、水里さんに似合いそうな洋服見つけちゃった” 「・・・。こんなひらひらの服って・・・」 水里の携帯に洋服の写真をつけて送ってくる秋乃。 メールアドレスは教えたつもりはないのに・・・。 (・・・どういうつもりなんだろう・・・。秋乃さんの本意って・・・) 少し怖い気持ちもするのに・・・ 邪見にできない。 (雪さんを無視するみたいで・・・) 「・・・」 水里は昔使っていたスケッチブックを引っ張り出した。 (・・・雪さん・・・) 生前の雪の笑顔・・・。 (・・・雪さん・・・。何か・・・伝えたいことがあるんですか・・・? 秋乃さんを通して・・・) 問いかけてもスケッチブックの雪は微笑むだけ・・・。 (・・・雪さん・・・) もし幽霊が本当に居るなら 秋乃を通してじゃなくて直に伝えに来て欲しい。 秋乃の心の奥底を図りかねる水里は不安を 取り除くことはできなかった・・・。 そしてその不安は だんだんと現実味を帯びてくる。 ”今度、陽春さんと水里さん、私の3人でドライブ行きませんか?” 秋乃からのメールだ。 突然の誘いに戸惑うが・・・。 (・・・秋乃さんとちゃんと話しよう・・・。向き合わなくちゃ) いい機会だと水里は思って・・・。 水里は陽春に自分の気持ちを伝えた。 「・・・わかりました。水里さん。貴方がそう仰るなら・・・」 「すみません。断ることもできるかもしれないけど・・・。 有耶無耶な状態じゃいけないって思って・・・」 「いえ・・・。僕の方こそすみません」 「えっ。どうして春さんが謝るんですか・・・?」 「・・・僕がしっかりしなければいけないのに・・・。 貴方を悩ませてばかりで・・・」 声のトーンが下がる。 「大切な人のことで・・・。悩んだり葛藤したりっていう のも・・・恋愛の醍醐味なんですよ。春さん。だから・・・ 私、今、充実してます!」 「水里さん・・・。ありがとう・・・」 くよくよ悩みがちな自分に対して 水里はいつも”悩み”にしない。 悩んでもマイナスに溜め込まない。 そんな強さに陽春は 憧れて・・・ 「・・・貴方が大切です。水里さん」 「えっ」 「一番一番大切です・・・。僕は・・・」 「・・・(照)あ、ありがとうございます・・・」 お互いの気持ちが確かなら大丈夫・・・。 水里も陽春もそう思った。 ・・・この時までは・・・。 そしてドライブ。 その行き先はなんと・・・ 「そこはね・・・。陽春さんと雪の・・・新婚旅行の場所なんですよ・・・」 ハンドルを握る秋乃が 冷たく笑った・・・