第42話 生々しい感触 「・・・。綺麗でしょうー?」 青い水の色の湖。 (・・・綺麗・・・) 湖のほとりに立つ小さなペンション。 アメリカのいなか風の外観。 一人テンションが高い秋乃に促されるまま水里と陽春は ペンションに入る。 受付ロビー。 暖炉や絵画が飾られて・・・。 (この絵・・・) 「藤原さん!」 「えっ」 エプロン姿の若い女性が陽春に駆け寄ってきた。 「いや〜。お久しぶりです。6年ぶりですね!!」 「え、い、いやあの・・・すみません。どなたでしょうか?」 「えっ」 秋乃がつかさず、陽春の記憶の喪失を女性に耳打ちした。 「あ、そ、そうでしたね。秋乃さんから聞いてはいたんですが・・・。 何一つお変わられないので。すみません」 「い、いえ・・・」 「陽春さん、気になさらないで。奥様もちょっと戸惑った だけなのよ、ね」 最初からこうなることを予想していたような 絶妙な秋乃のフォロー。 (・・・なんだか・・・。わざとらしい感じだな・・・) 演じているとしか思えない。 「あ、じゃあ改めて紹介しますね。こちらペンションの オーナー婦人の真里さん。このペンションはね、陽春さんと雪が 初めて一緒に止まったペンションなの」 「えっ」 ”雪と陽春が泊まったペンション” その事実だけで秋乃の”狙い”が何か・・・ 水里はぼやけた確信を感じた。 「そうなんですよ。雪さんと藤原さんの新婚旅行。 病弱だった雪さんのために近場で旅行したいってことになって・・・」 オーナー婦人は受付から アルバムを取り出して持ってきた。 「ほら・・・ちょうど今頃の季節・・・。お二人でこのロビーで 撮られたんですよ」 アルバムには・・・ 微笑ましく寄り添って カメラにむかって笑う陽春と雪が・・・ 幸せに満ちた微笑みで・・・。 「藤原さんは奥様に”幸せな記憶を一つでも作りたいんです。 一つでも・・・”そう言って・・・。優しい目で 雪さんを包んでおられました・・・」 オーナー婦人はうっすら涙をためて・・・。 「・・・感激です。また藤原さんに来ていただけて・・・。 きっと雪さんも喜んでいらっしゃいます」 「・・・あ、あのでも僕は・・・」 知らない自分の記憶で涙されても・・・。 陽春は困惑の色を隠せない。 「・・・陽春さんも戸惑うと思うけど・・・。 雪のともらいだと思って・・・。今日はゆっくりしましょうよ」 「で、でも・・・」 「・・・雪との記憶がなくても・・・。雪は貴方の妻だったの。 それは事実でしょ・・・?」 秋乃はアルバムを陽春の手に渡す・・・。 「・・・今が大切だって言うのはわかる。でもね・・・。 貴方の”妻”は今も雪なのよ・・・。雪の夫は貴方なの・・・」 一瞬、ちらっと鋭い視線を水里に送った秋乃・・・ 陽春に言った台詞なのに・・・ (・・・秋乃さん・・・私に言ってるんだ・・・) 「さぁさ、皆さんここじゃなんですから食堂でおちゃにしましょう」 「奥様お手製のクッキー焼いてくださったんですって。 雪も美味しいって言った。さ、陽春さん、行きましょう」 陽春の腕をつかみ、食堂へ・・・。 ちらっと水里に視線を送る・・・ ”ここはお前が居る場所じゃない” という厳しい視線・・・。 雪の亡霊が言われているのか・・・? (違う・・・。雪さんはあんな・・・。暗いものを 秘めた顔してない・・・) 秋乃の本意が見えない・・・。 (・・・でも・・・。たじろがない。大丈夫・・・) 悪意があったとしても 大丈夫。 (・・・春さんのことを信じているから・・・) 水里は深呼吸をして気持ちを切り替える・・・。 「よし・・・!!」 雪の親友だった人。 (話せば・・・。話し合えばきっと分かる・・・) 人を信じるたい・・・。 ”素敵な絵をありがとう” 水里の知っている雪は・・・人を信じる女性だと思うから・・・。 「ふふ。今日は雪さんと陽春さんが食べた”フルコース”を 奥様に頼んでみました」 夕食。 食堂では相変わらず秋乃が陽春と雪の思い出話を長々と話 一人盛り上がっている。 「・・・ねぇ。陽春さん。もしかしたらさ・・・。 記憶戻ったりしてね」 「え?」 アルコールが少し回っているのか。秋乃はかなり顔が赤く・・・。 「記憶はもどらない・・・。それはないと医者からはいわれています」 「でも分からないじゃない。雪との愛の思い出がつまる 場所なんだから・・・。うふふ。流行のドラマみたいにさー♪きゃはは・・・」 ワイングラスを片手に大声で笑う・・・ 少し悪酔いしてきた秋乃・・・ 「秋乃さん、飲みすぎですよ。休んだほうがいい」 水里が秋乃から取り上げた。 「僕が肩貸しますから・・・部屋まで行きましょう」 陽春が秋乃を背負うとしたが・・・ 「いーや。私は水里さんがいーのぉ。水里さん、 肩貸してぇ」 猫なで声で水里に負ぶさってくる秋乃・・・。 「水里さん僕が・・・」 水里は首を振った。 「大丈夫です。春さん。私、力だけはありますから」 水里はひょいっと秋乃を背負い、食堂を出て行く・・・。 「あ、待ってください・・・」 秋乃のカーディガンを持って陽春も二階へ追いかける・・・。 「さ、秋乃さん。ベットにつきましたよ」 静かに秋乃をベットに寝かせ、毛布をかける。 「・・・。この部屋ね・・・。特別なの」 「え・・・?」 「陽春と雪が泊まった部屋・・・」 (・・・!) 水里の手から毛布の角がするっと擦り抜けた・・・ よっているはずの秋乃が・・・ニヤリと笑う・・・ 「・・・そしてこのベットがね・・・陽春と雪が・・・」 ベットを悩ましく撫でる・・・。 いやらしく・・・ 「・・・どんな・・・。夜だったのかしらね・・・」 ”雪と陽春の・・・” ドクン、ドクン・・・。 嫌な・・・想像が・・・。 水里の脳裏に・・・。 「・・・。もうやめてくださいッ!!」 部屋の外まで水里の荒々しい声が響いた。 「ど、どうしたんですか!?」 秋乃カーディガンを持った陽春が入ってきた。 「水里さん、どうかしたんですか!?」 「い、いえ何でも・・・。じゃ、じゃあ秋乃さん、 おやすみなさいっ」 「あ、水里さん・・・っ」 水里は俯いたまま陽春とは視線を合わさず 出て行ってしまった・・・。 「・・・。秋乃さん・・・。貴方・・・。何を言ったんだ・・・」 「えー・・・?うふふ・・・。別に・・・」 陽春をからかうように笑う秋乃。 「何を言ったんだっ!!」 「・・・別に・・・。ただ・・・。この部屋は陽春さんと雪が泊まった部屋だって・・・」 「!!」 「・・・このベットで・・・。愛し合ったんだろうって・・・」 「やめろッ・・・!!!」 陽春の怒号が響く・・・。 「オレは・・・知らない・・・オレは・・・っ」 「でもこの部屋に雪と泊まったのは事実でしょ・・・? うふ、ふふ・・・」 嫌味な秋乃の笑い・・・。 「・・・。秋乃さん・・・。貴方の目的はなんだ・・・。オレと・・・ 水里さんを別れさせることなのか・・・?」 「・・・別に・・・。ただ・・・。私は雪の代わりに雪の想いを伝えているだけよ・・・。 だって陽春さん、貴方ってば都合よく次の幸せ見つけて 都合よく雪を忘れて・・・。そんなの雪がかわいそうじゃない・・・?」 カチっとタバコに火をつける秋乃・・・ タバコの煙が・・・ ヤニ臭く・・・ 「・・・はっきり言っておく・・・。もうオレや水里さんには かかわらないでくれ・・・!彼女に妙なことをしたら黙っちゃ居ないぞ・・・」 陽春は強い意志を持って秋乃を睨んだ・・・。 「・・・キャラ変わったわね。陽春さん。そんなにあの子が 大事なの?雪とまるでちがうタイプなのに」 「・・・あんたに言う筋あいはない・・・。とにかく もう二度とかかわらないでくれ・・・!それと明日は 水里さんと二人でバスで街まで帰る・・・」 ぐっと拳を握って出て行く・・・。 秋乃が男だったら・・・ 多分殴っていただろう・・・。 「陽春さん」 立ち止まる陽春。 「・・・女ってね・・・。男以上に前の女を意識するものなのよ・・・。 彼女・・・今、どんな気持ちかしらね・・・」 「うるさいッ!!」 バタン!! 荒々しくドアを閉めて陽春は出て行った・・・ 「・・・プラトニックラブなところは変わってないのね。フフフ・・・」 ガラスの灰皿にじゅっとタバコを押し付けて消す・・・ 消えているのに何度も擦り付けて・・・。 (・・・水里さん・・・) 一方、陽春は水里の部屋の前に立っていた。 でも・・・。 (・・・何を・・・いえるんだ・・・) ただ・・・。ドアの向こうの水里に想いを馳せるだけだった・・・。 ”どんな夜だったのかしらねぇ・・・” 秋乃の声が 耳から取れない。 (・・・寝よう・・・。寝るんだ・・・。眠って忘れる・・・) ”どんな夜・・・” (・・・) バフ! 枕を頭の上にかぶせる水里・・・。 なかなか眠れない夜だった・・・。