デッサン3 〜君と共に生きる明日〜
第39話 すれ違い (水里さん・・・) 「春さん、」 秋乃から誘われたドライブ。 翌日、早朝に水里と陽春は秋乃を置いて帰ってきた。 「水里さん、すみませんでした。何だか嫌な思いをさせて・・・」 「いえ・・・。大丈夫です」 だが、陽春は申し訳なさそうに俯く。 「春さん、秋乃さんにも何か・・・。何かきっと 苦しい何かを抱えているような気がするんです。理由もなく 人の心を揺さぶるようなことはしない・・・」 「・・・水里さん・・・」 「雪さんの親友だった人ならきっと・・・。向き合えば 話し合える・・・。そう信じたいです」 「ありがとうございます・・・」 「じゃあまた電話します」 水里は笑顔で部屋に入っていった。 (水里さん・・・) アパートの窓を見上げる陽春。 外見上はいつもと同じ笑顔だけど・・・。 (・・・不安だ・・・。嫌われたんじゃないかって・・・) ”女はね、男以上に前の女の影を心に意識するものなのよ” (・・・オレの大切な人はただ一人・・・。伝えたいけど・・・) 自分の想いだけ伝えていいものなのか。 ただの押し付けになるんじゃないか・・・。 水里の部屋の窓・・・ ただ・・・見上げていた・・・。 「・・・ったく。秋乃って女のやり口は陰湿きわまりねぇな!!」 つまようじでさしたようかんをぱくりとほおばる夏紀。 口元にあんこをつけて怒っている。 一連のことを夏紀に話した陽春。 「水里には”男不信”なトラウマがあるって下調べしたんだぜ。 きっと。そこをついてくるなんて・・・。くっそ。生々し過ぎ!! ベタな女だ!!」 「・・・僕がいけないんです。僕がしっかりしていれば・・・」 「兄貴。そうやって兄貴が自分を責めるってトコも、秋乃の 計算のうちなんだぜ?素直で謙虚な性格を利用してんだったく・・・」 2個目の羊かん。夏紀はぶすっと爪楊枝が折らせた。 「しっかし秋乃の狙いはなんなんだ?雪さんへの忠義にしては 不自然すぎるし・・・。ラブラブな二人が単に妬ましいだけなのか・・・」 恋愛小説家としては、勘を働かせて秋乃の心理状態を把握したい夏紀なのだが・・・。 「・・・まぁ・・・。とにかく秋乃に対してはこれからは完全無視を決め込むしかねぇな」 「・・・」 「兄貴・・・。おい!」 ぼんやりする陽春の顔の前で手をパタパタさせる夏紀。 「はっ・・・。な、夏紀さん・・・」 「兄貴。何そんな不安そうな顔してるんだよ」 「・・・いえあの・・・。水里さんに 嫌われたんじゃないかって・・・。そればっかり気にして・・・。 男らしくないですよね・・・。情けないです・・・」 「兄貴・・・」 いつも何事にも動じなかった兄。 起こったとしても、毅然とその対処法を考えて 何かにうろたえるなんてことはなかった。 まして。 人に嫌われたらどうしようなとど 子供じみた 弱音を吐くなんて・・・。 強い兄だと思っていた。 ずっと・・・。 「・・・兄貴・・・。それでいいんだよ」 「え?」 「自分以外の誰かが気になる・・・。好きになる・・・。 弱気にもなるし不安にもなる。水里だってきっと同じ気持ちだろうぜ」 「・・・同じ・・・」 「寧ろ・・・。逆に兄貴に”心配させちゃいけない”って 悩んでるかも・・・。そういう女だろ?アイツは・・・」 夏紀は陽春の肩をポンと手を置いた。 「大丈夫。兄貴と水里はそんな脆くないって・・・!なっ」 「・・・はい。そうですよね・・・」 優しい弟の言葉・・・ 心強い。 ”大丈夫です” 水里の言葉を信じたいが・・・。 (・・・実際に顔が見たい・・・。分かっているのに・・・) こんなに自分は意思が弱かっただろうか (前のオレだったら・・・こんな弱弱しいことしないだろう・・・。 大人ぶって・・・) でも自然に足が向いていく 不安がそうさせる。 (・・・今日はまだ・・・帰ってないのか・・・) 夕方。陽春の足は水里のアパートに向かせた。 カーテンは閉まっており・・・。 (・・・これじゃあ・・・。ストーカーだな・・・) でも顔が見たい。 (・・・前のオレなら・・・じっとただ状況を見据えていただろう・・・。 でも・・・) 顔が見たい。 陽春はアパートの階段に座り 水里の帰りを待った・・・。 一方・・・。 ガチャガチャ。 陽春の家の勝手口。 水里も陽春の家にやってきていた。 (鍵・・・かかってる。誰もいないのかな・・・) 陽春の心配そうな顔が気になっていた。 (・・・心配かけちゃった・・・。春さんには ストレス・・・よくないのに・・・) 秋乃の揺さぶりに・・・ 動揺を隠せなかった・・・。 (・・・春さんのこと信じてるのに私は・・・) ”どんな夜だったのかしらねぇ・・・” 耳に残る秋乃の声。 生々しい想像をしてしまいそうになる自分が嫌だ。 それを陽春に悟られてしまった自分がなおさら嫌だ・・・。 水里は勝手口に足を組んで座った。 あかね空。 昔・・・。 父が言っていた言葉を思い出す・・・ ”・・・誰かを愛するということは・・・誰かを受け入れることから 始まるんだよ・・・” (・・・うん・・・。父さん・・・。そうだよね・・・) 恋人でも親子でも 一緒に生きて生きたいなら 相手を知ること 受け入れること・・・ そこから絆が生まれるはず・・・。 (・・・春さん。早く帰って来ないかな・・・。早く・・・) 一緒に食べようと買ってきたドーナツの入った紙袋を 手において・・・。水里は待った・・・。 (・・・遅いな・・・) 日も完全に暮れて・・・。 腕時計の針は既に七時半をまわっており・・・。 (・・・。夏紀くんと外食でもいったのかな・・・) もう少し待ちたい。 (でも・・・。夕食の材料生ものかってきちゃったし・・・。 一回家に戻ってまた来ようかな) 水里はとりあえずドーナツだけ勝手口のドアノブにかけて アパートに戻る・・・。 一方・・・。 陽春も自宅に戻っていた。 (あれ・・・。これなんだろう) ドアノブの紙袋に気がつく。 (これ・・・。きっと水里さんだ・・・。ここにいたんだ・・・!) 陽春は再び水里のアパートに引き返す。 「はぁはぁ・・・」 だが・・・部屋の明かりはついていない。 帰っていない・・・ 「・・・。すれ違いか・・・」 陽春は肩を落として水里の部屋のドアの前に 座り込む・・・。 (・・・水里さん・・・。会いたい・・・) すれ違いなんて 心のすれ違いだけは・・・。 「・・・春さん・・・?」 「水里さん・・・」 「どうしたんですか。もしかしてここで待って・・・」 「・・・あの・・・」 何か言いたげな表情・・・ 「すれ違いにならずによかった・・・」 「水里さんあの・・・」 「・・・一緒にドーナツ食べましょう。ふふ」 いつもと変わらず笑顔の水里・・・。 (・・・なんて声をかけたらいいのか・・・) ただ会いたくて来てしまった・・・。 「ささ、大層なドーナツじゃありませんが」 カップに珈琲をいれて運んで座る水里。 「・・・」 押し黙る陽春・・・。 コチコチコチ・・・ 目覚まし時計の音が ぎこちない空気を漂わせる・・・。 「春さん・・・あの・・・。もしかして秋乃さんのこと 心配していたら・・・。ごめんなさい」 「い、いえ。僕のほうこそ・・・」 「いえ、私が変な態度取ったから・・・。ごめんなさい!」 ゴチン! 額をぶつける水里・・・ 「・・・イタタタ・・・。なんか・・・いつもギャグなオチで・・・」 額がまっかに染まってます。 笑いを取って空気を和ませようとしたが なんだか魂胆ばればれで逆効果・・・ 「・・・あ、あの・・・。春さん」 「はい」 「・・・。父に言われたこと思い出したんです」 「え?」 ”人を受け入れることから始まるんだよ” 水里はスケッチブックをもってきて開く・・・。 そこには・・・ 「・・・僕と雪さん・・・?」 2枚、陽春の似顔絵が・・・ 「昔・・・。私が公園で中むつまじく歩く春さんと雪さんを 描いた絵です。とっても優しい空気が二人から溢れてたっけ・・・」 「・・・。水里さん。僕は・・・今の僕はっ・・・」 「・・・でも・・・。春さんが雪さんが大好きで・・・。 結婚して・・・ずっと守っていこうって思っていたのは事実なんです」 今でも覚えている 並んで歩く二人の背中・・・ 「・・・雪さんを大切に思っていた春さん・・・。 そういう春さんごと・・・私、向き合わないといけない」 「水里さん」 「・・・って。カッコいいこと言っちゃってますけど。へへ」 ドーナツのリングをぱくっと ほおばる水里。 ちょっとしたすれ違いで 壊れたくは無い・・・。 (・・・私はこうして一緒にいられる、でも雪さんは・・・) 一緒にいられる幸せ。 雪が願った幸せを自分は、こうして手にしていることだけで・・・ (充分だから・・・) 「・・・このドーナツ・・・。人気で 2時間ほど待たないと買えないって夏紀さんにききました」 「あ、いえ。今日はお客さん割と少なくて1時間くらいで 買えました」 「・・・1時間も・・・」 (それで遅かったのか・・・) 自分のために行列に並んでドーナツを買いに行った 水里の姿が浮かぶ・・・ 「ストロベリーナッツは最後の一個だったので・・・ 半分こしましょう。春さ・・・」 (・・・!?) 水里の三つ編みを そっと撫でる・・・ 「・・・。少しだけ・・・触れていても・・・いいですか・・・?」 「え、あ、はい、こんなもんでよろしかったら ご、ご存分にどうぞッ・・・(照)」 一気にボルテージが上がって声が裏返る水里・・・。 抱きしめられるより・・・ 髪をこうして撫でられる方が 安心する・・・ 「・・・水里さん」 「はい」 「・・・ありがとう・・・」 「え・・・?」 「・・・ありがとう・・・」 昔の自分も今の自分も 受け止めてくれて・・・ 大切にするべき居場所。 何よりも・・・。 一方・・・。 「こんにちは店長さん」 「あんた・・・」 秋乃の企みはもっと広がりをみせていた