デッサン3 〜君と共に生きる明日〜
第40話 亡霊の反乱 唐沢の元を突然訪れた秋乃。 事務所に少し鼻につく香水の匂いが漂う。 「・・・何なんですか。あんたは」 「水里さんの店長さんですよね。娘さんと太陽君が仲が良くて・・・」 赤いマニキュアの指。 タバコをくわえて金色のライターで火をつけようとするが。 「ここは禁煙なんで。外行ってもらえますか」 毅然と唐沢は言った。 「・・・他人にも自分にも厳しい・・・。そういう人好きだわ。私・・・」 悩ましく唐沢の背中に手を回す秋乃。 「・・・俺はタバコを吸う女と簡単に男に触れる女は嫌いなんでね」 パッと秋乃の手を跳ね除ける唐沢。 「・・・じゃあ・・・。三つ編みで絵が旨い女は好きじゃないの?」 「・・・」 パソコンを打っていた唐沢の手が一瞬と止まった。 「・・・そうだな。少なくともアンタよりはマシだろう。 でもあくまで”マシ”なだけで特別ってことじゃない」 「ふふ。隙が無い人ね。貴方は・・・」 「回りくどい会話はいい。用件はなんだ」 「・・・。三つ編みで絵が旨い女を・・・ここ、辞めさせてほしいの」 「・・・理由がわからんな」 「別に・・・。理由なんてない。ただね。いい年して 一途な恋愛しようとしてる子見ていると・・・苛苛してくるだけ」 くわえたタバコをぽいっとゴミ箱に捨てる秋乃・・・。 仕草が確かに苛苛していると感じる唐沢だが・・・。 「悪いがあんたの暇な悪知恵に付き合ってる暇はない。 香水臭くなる。出てってくれ」 「・・・ふふ。でもいっか・・・。”自分から辞めさせる”って 事もできるし・・・」 (・・・?) 意味深な微笑みを残して秋乃は帰った。 (妙な女だな・・・。山野になんかうらみでもあんのか・・・?) のほほーんとした水里の顔が浮かぶ。 (・・・恨み買うほどの人間とは思えんが(汗)) だが、秋乃の微笑みの意味が3日後に一通の手紙となった。 『山野水里を辞めさせないと店に火をつける』 「店長。これって・・・」 店員が郵送されてきた手紙を唐沢に見せた。 「・・・。山野には黙ってろ。俺が内々に話してみるから」 「はい・・・」 だが他の店員達の動揺は水里にも伝わり・・・。 (なんか変だ・・・。余所余所しいんだ?みんな・・・) 水里は一人の店員にそれとなく探りを入れて・・・ 「・・・店長。変な手紙が来たって・・・本当ですか」 「・・・ああ・・・」 「見せてください。私なら平気ですから」 唐沢は渋々水里に見せた。 「これ・・・」 「山野。お前、なんかプライベートでトラぶってるのか?」 「・・・いえ・・・」 ふっと脳裏に秋乃の顔が浮かぶ。 (駄目駄目。すぐ簡単に疑っちゃ・・・。でも・・・) 「すみません。店長。ご迷惑おかけして・・・」 「いや。それは構わない。ただ・・・。秋乃って女には気をつけたほうがいいかもな」 「え?」 唐沢は秋乃が来たことを水里にそれとなく話した。 用件までは話さなかったが・・・。 「その封筒から・・・微かだが嫌味な香水の匂いがした」 「・・・」 不安そうな顔でぎゅっと封筒を握り締める水里・・・。 「店長・・・。お店にはもう迷惑かけません。 ちゃんとけじめつけますから・・・」 水里は一礼して事務所を出ようとした。 「山野」 「はい」 「・・・。あんまり・・・。抱え込むんじゃないぞ。 こういうことは・・・。オレでよかったら・・・なんかあったら 言ってくれ」 「ありがとうございます。でも私事ですから・・・珍しい店長の 気遣いだけ受け取っておきます。じゃ」 パタン・・・。 (・・・私事・・・ねぇ・・・) 水里の不安そうな顔が少し気になる唐沢・・・。 (顔に出るタイプなんだよ。お前は) 「・・・」 ”三つ編みで絵が旨い女が好きなの?” 秋乃の言葉が過ぎった。 「・・・ふっ・・・」 (目下・・・女は娘一人で手一杯だっての・・・) 財布に挟んである娘・まりこの写真を見つめて微笑む唐沢だった・・・。 (・・・なんとかしなくちゃ。なんとか・・・) 水里は秋乃と話をしようと何度も携帯にかけた。 だが出るところか・・・ 「この電話番号は現在使用されておりません」 と返ってきて・・・。 (なんんだよ。一体・・・) 秋乃の動きが分からない。 水里の不安は一層高まり・・・。 それがマックスに達する出来事が起きた。 「だれかーー!!消火器持ってきてーーーー!!」 水里の勤める店の倉庫で小火が起きた。 幸い、倉庫のシャッターが少しこげた程度だったが・・・。 あの脅迫めいた手紙が届いた後だったせいか・・・ ”山野さんのせいなんじゃないの?可愛らしい顔して 男女間のトラブルで恨まれてるんじゃないの?” ”また火つけられたらどうするの。怖いわ・・・” なんてうわさが立ち始めて・・・ 店員達の間で冷たい視線を注がれる水里・・・。 (・・・本当だ。これ以上、店に迷惑かけられない・・・。 小火で澄んだけどお店が燃えたら・・・) 以前、田辺に自分の家を燃やされたけれど・・・ (自分のことならまだしも・・・。他の人の生活がかかってくる なら話は別だ・・・) 考えた末に 水里は唐沢に店を辞めたいと 申し出た・・・。 「・・・勝手なことだってわかってるんですが・・・。やっぱり お店に迷惑かけることだけはしたくないので・・・」 辞表をそっと唐沢の机の上に置く水里。 「・・・。俺は曲がったことが嫌いだ。さらに悪くも無いのに 最初から負けようとする奴はもっと嫌いだ」 そう言って辞表を突っ返した。 「店長。でも・・・」 「・・・暫く休め。お前も色々参ってるんだろう」 「でも・・・」 「でもじゃない。少し休んで・・・。ちゃんと自分で解決しろ。 言っただろ。最初から負けようとする奴は嫌いだって」 言葉は厳しいけれど 励まされているんだと水里は感じた。 「ありがとうございます。店長・・・」 「弱弱しいお前は気持ち悪いな。早くごたごた片付けて 元の元気なお前に戻れ」 水里は深くただ頷いて・・・ 「・・・山野・・・一人出てにおえなくなったら言うんだぞ」 「・・・はい」 神妙に唐沢に挨拶して 出ていった・・・。 (・・・アイツは一人じゃなかったな・・・) 唐沢は受話器を取り、手帳に書いてあった陽春の家の電話番号を探す。 ”三つ編みで絵が旨い子が好きなの・・・?” 「・・・」 番号を途中まで押したのにやめて 受話器を置いた・・・。 (・・・部外者は・・・。首を突っ込まない方が懸命だな・・・。 男と女のイザコザは・・・) 胸のうちに微かにもやもやしたものを 感じる唐沢だった・・・。 それから水里は一連のことを陽春にそれとなく 伝えた。 「馬鹿な・・・!!秋乃さんは一体どういう人なんだ!!」 激昂する陽春だが 「でも春さん。秋乃さんだって証拠はないし・・・。 それより春さん。一緒に秋乃さんに会いに行ってくれませんか・・・?」 「秋乃さんに?」 「はい・・・。ちゃんと話したいんです。 何を考えているのか、ちゃんと・・・」 「勿論です。僕も秋乃さんと話します。・・・ 貴方のために」 二人は 頷きあった。 夏紀から聞いた秋乃の住所。 「・・・すごい・・・」 かなり資産家の家が立ち並ぶ町の一角。 ひときわ目立った純和風建築の家。 表札を見た水里と陽春は驚く。 『山下孝則・秋乃・由美』 (山下って・・・) 「ママー!!」 少女と庭で遊ぶ秋乃の姿が見えた・・・。