デッサン3 〜君と共に生きる明日〜
第41話 見せ掛けの幸せ
「由美ー。あーあ。もうそんなに泥んこにしてー」 「ママー」 大きな庭で中むつまじい母娘。 その母は紛れもなくあの秋乃で・・・。 (結婚してたんだ・・・) あまりのイメージのギャップに暫し呆然とする水里と陽春。 門の階段をころころと赤いボールが転がってきた。 水里が拾い上げて、追いかけてきた少女に手渡した。 「はい。どうぞ」 「ありがとう。ママー。お客さんだよー」 少女は愛美の下へ走って報告。 愛美は顔色一つ変えず 「あら・・・。いらっしゃい。由美。ごあいさつなさい」 「こんにちは」 おさげの少女はぺこりと頭を下げた。 「こんにちは。由美ちゃんは挨拶が上手だね」 「そういう水里さんは子供になれていらっしゃるわね。さ、どうぞ」 「・・・お、おじゃまします」 まるで自分達が来ることがわかっていたかのように 平然として・・・。 大広間に案内され・・・。 (どこもかしこも立派なのに・・・) 陽春はソファに座るやいなや秋乃を睨んだ。 「単刀直入に言います。これ以上・・・僕や水里さんに 危害を加えるようなことをするなら警察に行きます」 「・・・行けばいいじゃないの。別に。私はあんたたちが 苦しむ顔がみたいの。」 「貴方がやったことは犯罪だ!!分かってるのか!!」 ドン! 陽春は怒りが抑えられず大理石のテーブルを叩いて・・・。 だが秋乃はおののきもせずに平然と・・・。 「しゅ、春さん落ち着いてください・・・(汗)」 「す、すいません。秋乃さん・・・。どうして貴方は人を困らせるようなこと ばかりするんです・・・。何が不満なんだ・・・。可愛い娘がいて・・・。 お金にも不自由なく・・・」 「・・・くっ。陳腐なことを・・・」 秋乃は吸っていたたばこをぎゅっと大理石のテーブルに 押し付ける・・・。 そして突然人相が変わるほどに二人を睨みつけ・・・。 「私が幸せですって!!?そんなわけないでしょう!!! 私のどこが幸せなのよ!??」 「・・・秋乃さん・・・?」 「大体・・・あんた達・・・雪のことを・・・利用して・・・っ。 死人のことを利用して恋愛もりあがってんじゃないわよッ!! 勝手な理屈つけて幸せな顔してんじゃないわよッ!!虫唾が走る!!」 秋乃はわめきちらし、水里に向かって灰皿をひっくり返して・・・。 「生きてる人間はね・・・。不幸せじゃいけないのよ・・・っ。 幸せなんて考えちゃ駄目なよ・・・ッ。雪を利用してんじゃないわよッ!!」 「秋乃さんやめてください・・・!」 陽春は暴れる秋乃の手を掴んで止めにはいるが 水里の肩をぐっと掴んで離さない。 「雪に謝れ!!死人を踏み台にした恋愛なんて 絶対に許さねぇッ!!!雪の魂に土下座しやがれーーッ!!!」 「秋乃さん!やめるんだ!」 「お前はもし分けないと思わないのか・・・。死人の気持ちが分かるのか・・・ どんな痛かったか・・・ッ悔しかったかッ」 怒りに満ちた秋乃の瞳なのに・・・ どうして哀しそうに涙を流す・・・? 秋乃の剣幕にただ呆然とする水里・・・ 「生きられた筈の命が奪われてッ!!!お前にはわかるのかぁああッ」 秋乃の叫びが玄関の外まで聞こえて・・・。 「ママ・・・!!ママぁあ!!」 秋乃の声に驚いた娘の由美が・・・ 秋乃の足元にすがりつく・・・。 「ママ・・・。ごめんなさい。由美が悪いの。 ごめんなさいママ・・・」 「由・・・美・・・」 「ごめんなさい・・・」 肩をすくめて泣く娘に やっと我に返った秋乃・・・。 「・・・留美・・・留美・・・」 娘を抱きしめる秋乃。 だが娘の名前が違っている・・・ (留美・・・?) 「・・・秋乃・・・!」 帰宅した秋乃の夫が二人に駆け寄る・・・。 「秋乃・・・。お前・・・。いつまで苦しんでるんだ・・・。 いつまで・・・」 秋乃の夫は泣きじゃくる二人を暫く抱きしめ続けていた・・・。 「本当にすみませんでした」 リビングで秋乃の夫が水里と陽春に頭を下げて 謝る。 秋乃の夫は秋乃に薬を飲ませて休ませた。 泣きつかれた由美も隣で眠っている。 「あの・・・。ご主人・・・。奥さん、秋乃さんは何かに苦しんでいるんじゃ・・・。 それに留美ちゃんて・・・。ね、水里さん貴方もそう感じ・・・」 「・・・」 (水里さん・・・) 秋乃の迫力に圧倒されたのか・・・。水里の顔には疲れが見えて・・・。 代わりに陽春が秋乃の夫に尋ねる。 「秋乃さんは何かにとても苦しんでおられるように見えました」 「・・・。半年前に・・・。私達は由美の双子の姉の留美を・・・。 事故で亡くしました・・・」 「・・・!」 陽春は壁に貼られた写真に視線をやった。 由美とそっくりの少女が確かに映っている・・・ 「買い物に行って・・・。スーパーを抜け出して留美は・・・」 ”生きてる人間はね、幸せになっちゃ行けないのよ!! 絶対になっちゃいけないのよ!!” 「・・・秋乃は自分が目を離したせいだと・・・。 ずっとずっと自分を責めていて・・・。精神的にも不安定に・・・。 そんな時・・・。街で藤原さんと山野さんが仲良く歩いている 見て・・・」 「・・・」 (だからって・・・。どうして僕らに矛先が・・・) 「雪さんと秋乃は双子のように仲が良かった・・・。雪さんが亡くなったときも とてもショックで・・・。秋乃の中で・・・。留美と雪さんの死が 重なって見えたんだと思います・・・」 「・・・。でも犯罪まがいなことまでするなんて・・・。本当にすみませんでした・・・」 「・・・」 秋乃の夫は二人の土下座し、なんとか内々にすませてほしいと 頼み込んで・・・。 水里と陽春はそれを了承した。 秋乃のケアをちゃんとすることを約束して・・・。 帰り道。 どっと疲労感が二人を包む。 「大丈夫ですか・・・?」 「・・・」 「水里さん・・・?」 「え、あ、はい・・・っ」 はっと陽春の声に反応する水里。 「・・・。水里さん。疲れられたんですね・・・。すみません。 僕が・・・」 「や、やだな。もう。謝るのなしにしましょ。秋乃さんにも 辛い背景があったんだし・・・」 「でも・・・」 (・・・何だか・・・。水里さんの様子が・・・) 「・・・。じゃ、じゃあ春さん、ここで・・・」 「あ・・・」 陽春とは視線を合わせず・・・ 水里はアパートの階段を上がる。 「・・・水里さん・・・」 心配そうに見上げる陽春。 そんな陽春の気持ちは水里にも伝わっていたけれど・・・。 (・・・ごめんなさい。春さん・・・。でも今日は・・・。 少し一人にさせてください・・・) 窓の向こうで 水里は何度も心の中であやまった・・・。 ”死んだ者の魂を踏み台にしやがって・・・!!” ”死んだ人間の気持ちがわかるのか!!” ”雪に謝れッ!!!” (・・・秋乃さん・・・っ) 水里の肩を掴んで離さない・・・。 自分を睨む・・・ ”許さないぞッ!!!!!幸せになるなんて!!!!” 「雪さんッ・・・!!」 コチコチコチ・・・。 水里の頬に寝汗が流れる・・・。 「ハァ・・・」 時計の針は午前二時・・・。 (・・・) 水里はパジャマを脱いで・・・肩口を鏡に映す・・・ 昼間秋乃につかまれた痕が赤くくっきりと 残って・・・。 ”死んだ人間の気持ちがわかるのか!!” (・・・雪さん・・・) あれは秋乃の叫びなのか・・・ それとも・・・。 ”死んだ人間の気持ちがわかるのか!??” 「・・・。分からないかもしれない。でも・・・」 それでも生きている人間は 生きていくしかない 勝手な理由付けだとしても 生きていくしかない・・・。 「ごめんなさい雪さん・・・。でも・・・ 生きていくしか・・・ないんです・・・」 枕に・・・ 一滴しみこむ・・・。 翌日。水里は秋乃の夫から一枚の写真を借りてきた。 夜、久しぶりにスケッチブックを開いた。 ”生きている人間は幸せになるなんて許せない!!!” 「・・・。生きている人間がすること・・・それは・・・」 忘れないこと。 風化させないこと。 「・・・。雪さん・・・」 真っ白なスケッチブックに ペンを走らせる。 (・・・。雪さん。ごめんなさい。でも・・・。 私は・・・。私は・・・) 忘れないこと 忘れないために・・・ 記憶を形にする 心に留めるために・・・。 絵が出来てから・・・ スケッチブックを持って水里は 秋乃の家の前に立っていた・・・