第42話 生きている魂 「何なのよ!!帰って!!」 「・・・あの・・・。見てもらいたいものがあって・・・」 インタホーン越し。 カメラに向かって水里はスケッチブックを見せた。 そこには・・・。 笑顔で笑う留美の姿が・・・。 「・・・旦那さんから・・・。最近秋乃さんが笑ってないって聞いて・・・。 留美ちゃんの笑顔を思い出したら笑顔になってくれるんじゃないかって 思って描きました」 「・・・馬鹿なことしないでよッ!!何の魂胆!?? あんたに何がわかるの!!帰って!!!」 「・・・ここに置いていきます・・・。よかったら見てください・・・」 水里がそっと門のところに描いた絵を置いた。 ガタガタ。バタン!! すると玄関のドアがあいて秋乃が出てきた・・・。 「秋乃さん・・・」 「・・・仕返し・・・?私があんたに色々したから・・・」 「違います・・・。秋乃さんに・・・。もう一度笑って欲しくて・・・」 「・・・何様よ・・・?あんた私の心をどうにかするっての・・・? ふざけたこと言ってんじゃねぇよッ!!!!」 ビリビリリリッ!! 秋乃は絵を水里の目の前でばらばらに破り捨てて 「こんなモン!!!偉そうに!!こんなもん!!!!」 足で踏みつけた・・・ 「・・・帰れッ!!!偽善者めッ!!!」 バタンッ!!! 罵声を浴びせて秋乃は家に入っていく・・・。 「・・・」 水里はばらばらに破られた絵の欠片をそっと手で拾う・・・。 ”雪の死を踏み台にして・・・恋愛盛り上がってんじゃねぇよ!” ”死んだ人間を忘れて・・・幸せになるなんて許せない!!” (・・・。でも・・・生きていくしかないんです・・・) これは雪が与えた試練なのか・・・? 秋乃の心を溶かすことも出来ない自分が 好きな誰かと幸せなんて・・・。 「・・・また・・・来ます・・・」 水里は一礼して静かに立ち去る・・・。 それから水里は留美の絵を描いては・・・ 秋乃の家を何度も訪ねた。 「帰れって言ってんだろッ!!」 バシャンッ!! バケツで水をかけられても 「絵なんかいらないっていってるでしょーがッ!!! こんなモンッ」 ライターで絵を燃やされても 水里は何度も絵を描いては 秋乃の家を訪ねた。 (・・・絵を・・・一度でいいから見てもらうまで・・・) しつこいだけのただの押し付けだ。 ”天国で笑ってる・・・なんてのは生きてる人間の理屈なんだよ!!” そうかもしれない。 (でも・・・。生きていく力に変えないと・・・) 生きていく力に・・・。 「いい加減にしやがれッ!!!」 バシャンッ!! 来る早々・・・。ホースで水をかけられる水里・・・。 「仕返しするならもっとマシな仕返ししろよッ」 「・・・」 水里は黙ってスケッチブックを見せる・・・。 「・・・留美ちゃんの笑顔に・・・。似ているかわからないけど・・・」 「・・・。この・・・っ」 秋乃は右手を振りかざして水里の頬めがけて下ろした・・・! バシッ・・・!! (え・・・っ) 目を閉じた水里。開けると・・・ (春さん・・・!?) 「叩くなら僕を・・・。いくらでも好きなだけ叩いてください」 陽春が水里をかばうように立っていた・・・。 「当てつけないでよッ!!!!大体あんたは・・・っ。都合よく記憶喪失になって・・・ 雪も忘れて心置きなく新しい恋愛して・・・ッ。アンタが全部悪いのよッ!!!」 「・・・そうです」 バシッ!! (春さん・・・!) 水里がとめに入るが陽春が左手で止めた。 「前向きに・・・。生きていくなんて・・・ッ!!!許されないのよッ」 バシッ!! 秋乃は容赦なく陽春の頬を平手打ちしていく・・・ 「生きている人間が幸せになるなんて許されないのよ・・・ッ!!!」 「はい・・・」 バシッ 秋乃の叫びは・・・ 雪の叫びに・・・ 水里と陽春には聞こえて・・・。 「わぁあああっ・・・」 やり場のない哀しみが・・・ 秋乃の一声に込められて・・・ その場にしゃがみこむ秋乃・・・。 「・・・。ママ・・・」 蹲る秋乃に由美がそっと玄関から出てきて・・・ 側に寄り添う・・・。 「留美・・・留美・・・るみぃ・・・」 泣きじゃくる秋乃・・・ 「・・・ママ・・・。留美ちゃんはここにいるよ・・・」 由美が秋乃に見せたのは・・・。 (あ・・・あれは・・・) 水里が描いた・・・留美の絵・・・。 秋乃が破いたものを・・・セロハンテープで貼り付けてあった・・・。 「・・・留美ちゃんはここにいる・・・。私が覚えてる・・・」 「・・・由美・・・」 「・・・ママ・・・。留美ちゃんの代わり・・・私頑張るから・・・。 頑張るから・・・泣かないで・・・。お願いだから・・・泣かないで・・・」 まんまるの由美の目からぽろぽろこぼれる涙・・・。 「・・・由美・・・。由美・・・」 秋乃は由美を抱きしめる・・・。 今までずっと ”留美・・・”と呼んで抱きしめていた (・・・どんな思いで・・・。抱きしめられてたの・・・。由美・・・) やっと気づいた。 ”生きている魂”がすぐ側に在ったことを・・・。 「・・・ママ・・・」 やっと自分の名前を呼ばれて・・・ 秋乃の首に両手を回してすがりつく由美・・・。 (由美ちゃん・・・) 由美の切なさが二人に伝わる・・・。 「・・・。生きてください・・・。前向きじゃなくてもいいから・・・。 とにかく生きてください・・・。お願いします・・・。お願いします・・・」 水里は何度も頭を下げた。 陽春も・・・。 何度も何度も・・・ 秋乃は水里と陽春に背を向けたままだったが・・・ 水里が描いた絵を・・・ 破ることはなく・・・ 静かに手にして家に入っていった・・・。 (・・・秋乃さん・・・) 水里と陽春の想いの欠片が・・・少しでも伝わっただろうか・・・。 伝わっていて欲しいと願う二人だった。 帰り道。 濡れた服のままの水里・・・ 陽春はそっとジャケットを水里に着せた。 「・・・水里さん。どうして一人で・・・。一人無理するんですか・・・」 「ごめんなさい・・・」 ”ストレスがかかる”水里はそう思ったのだと、陽春は悟った。 (また発作の原因になると思ったんだな・・・) 「・・・。いや・・・僕がいけないんだ・・・。僕が秋乃さんと 向き合わなければいけないのに・・・」 「春さん・・・」 「・・・。秋乃さんの叫びは・・・。雪さんの叫びなのかもしれない・・・。 痛かったです・・・」 「はい・・・」 (だけど・・・。僕は・・・) 陽春は立ち止まった。 「でも・・・。でも僕は・・・僕は・・・」 「・・・春さん・・・」 「僕は・・・っ」 陽春の瞳はこみ上げる想いを 水里に伝えている・・・ だが水里は視線をそらした・・・。 「・・・。ジャケット・・・。ありがとうございました。 じゃ・・・」 「待って・・・ッ」 水里の手を掴む陽春。 「・・・水里さん・・・」 「・・・。ま、また電話しますから・・・ッ」 ジャケットを陽春に返して・・・ 逃げるように部屋にあがっていく・・・。 (・・・どうして・・・。どうして避けるんだ・・・) 水里の心が分からない・・・。 不安に駆られる陽春・・・。 一方水里は・・・。 (春さんごめんなさい・・・。でも・・・。 今の私は優しくされる権利なんてない・・・) ”雪の死で盛り上がったて恋愛なんかしてんじゃないわよ!” (・・・。亡くなった人の心・・・。雪さんも・・・。父さんも・・・。 陽子も・・・。私は何一つ分かってない・・・。のほほんと暮らして・・・ 自分の恋愛に酔いしれてただけ・・・) ”死んだ人間の心なんて分からないくせにッ!!!” (・・・ごめんなさい・・・。みんなみんなごめんなさい・・・) 雪の亡霊 ”自己嫌悪”という鬼となって 水里の心に棲みついて 重く重く・・・ 水里の心を縛っていた・・・。