第43話 とり憑かれた心 ”また電話します・・・” そう言って水里別れてから一週間・・・。 陽春は電話の前で待ち続けたが一行にかかってこない。 (・・・水里さん・・・どうしたんだ・・・) 無理強いして水里に強引に問いただすことはしたくない陽春。 でも待ってもかかってこない。 (水里さん・・・) 電話の前で只管待つ陽春。 「兄貴・・・」 陽春の背中が切ない夏紀。 (だぁあ。お前如きが兄貴を”一途な男”に するなんて十年早ぇえんだよ!!ったく!!) そのまんまメールで水里に送った夏紀だが・・・。 水里から連絡はなく・・・。 「おいッ。お前ッどういうつもりだ!!兄貴に 心配かけやがって」 夏紀の方が電話してしまった。 「・・・ごめん・・・」 「ごめんじゃねぇ。兄貴を避け理由はなんだ。まぁ 見当つくが。”雪さん”に申し訳ないとか兄貴の側に居る 資格がないとかくどくど考えてんだろ」 夏紀の声が機関銃のように受話器越しから聞こえる。 「あのなぁ。それは兄貴と”一緒”に考えていくことだろ? それが恋人ってもんじゃねぇか。それを・・・」 「ごめん・・・。お湯沸いてるから・・・」 がちゃん・・・ 「なっ・・・き、切りやがった・・・」 重たいリアクション。 (・・・重症だな。こりゃ・・・。完全に自己嫌悪ってる・・・ 秋乃のくそアマのヒステリックが移っちまった・・・) 自称・恋愛診断家のさすがに水里の心のスランプには 打開策が見出せず・・・。 水里からメールが来ていないか何度もパソコンの電源を入れる 陽春を見つめる・・・ (・・・見守るしかねぇか・・・。外野は・・・) 真面目すぎる。 二人とも 素直すぎる。 ”死”という重みに敏感すぎる 敏感なことは悪くない 優しいともいえる。だけど・・・ (・・・そんなに素直じゃ神経がもたねぇ・・・。少しぐらい 鈍感じゃないと悲しみでいかれちまうだろ・・・) やっと大好きな兄が 陽春が幸せになれると思ったのに・・・。 (雪さん・・・。兄貴を・・・解放してくれねぇか・・・) 陽春の背中が痛々しく見えた・・・。 一方・・・。 水里は仕事の帰り・・・ 図書館に立ち寄っていた。 過去の新聞を閲覧している。 4年前の・・・ 雪の事故の記事だ・・・。 新聞の片隅に小さく載っていた・・・。 『藤原雪さん(28)は、左折してきたトラックに激突され 車道に強く全身を打ち付けられほぼ即死』 即死。 (・・・雪さん・・・) 『事故の原因は藤原さんが車道に飛び出したことと 加害車両の前方不注意が重なり・・・』 (・・・春さんの元へ行きたかったんだ・・・。早く・・・ 少しでも早く・・・) 浮かぶ・・・ 道路の向こうにいる陽春の元へ行きたくて・・・ 溜まらなかった・・・ 陽春の笑顔の元に・・・。 ゴー・・・。 水里は雪の事故現場に来ていた。 ガードレールには陽春が手向けたと思われる 花が・・・。 (・・・春さんに愛され続けるはずだったのに・・・。 ずっと一緒にいたかったはずなのに・・・) 単なる同情なのだろうか・・・ なら雪の魂に失礼千万だと思うのに 深い悲しみは やるせなさはなんなのだろう・・・。 ”即死” 新聞記事の生々しい言葉が心を過ぎる。 (・・・雪さんは・・・。春さんに会いたくてそばにいきたかったんだ・・・) ガードレールの向こう・・・ 笑う陽春の姿が見える・・・。 ”何か”に吸い込まれるように自然と足が動く・・・ (痛かったかな・・・。どのくらい・・・痛かったんだろうな・・・) ガードレールをまたいで・・・ 道路へ・・・。 ”陽春・・・待ってて・・・” 「山野ッ!!!」 「・・・!?」 ぐいっと水里は誰かに腕をつかまれ歩道に連れ戻される。 「・・・て、店長・・・」 「お前、死ぬ気か!?何やってんだよ」 水里はやっと我に返り・・・。 「・・・わ、私・・・」 「・・・なんかに取り憑かれた顔して・・・。普通じゃなかったぞ??」 「・・・」 我に返ったはいいが・・・。 再び襲ってくる ・・・不安と・・・罪悪感。 (・・・私・・・。店長にまで迷惑かけて・・・) 「おい・・・。視点さだまってないぞ。本当に大丈夫か」 「・・・だ、大丈夫です・・・。あ、ありがとうございました」 ぼんやり・・・ 青ざめた顔で歩いていく水里・・・。 (全然大丈夫じゃねぇだろ・・) 「・・・ったく・・・。送ってやるから乗れ」 唐沢に促されるまま 唐沢の車に乗る水里・・・。 だがただ黙したまま・・・。 (・・・なんか・・・。重症みたいだな・・・。こりゃ) 「・・・。店長」 「なんだ」 「店長は・・・。大切な人を亡くしたことがありますか・・・?」 「・・・は?」 赤信号。 横断歩道の手前で車が止まった。 「・・・私は・・・。今まで生きてきて・・・。父と・・・。祖母を亡くしました」 「俺もがきの頃じいちゃんなくしたけどな」 「・・・でもいつの間にか・・・。哀しみを忘れてたんです・・・。 のうのうと毎日生きて・・・」 「・・・しかたねぇだろ。生きてるモンはてめぇの生活 で手一杯なんだから」 「・・・。突然命を奪われた人の痛みも知らずに・・・。私は・・・。 自分の生活と・・・色恋ばかりにかまけて・・・。私は・・・」 (お、おいおい・・・。突然そのリアクションはないだろ(汗)) 唐沢は少し戸惑いながらも水里にティッシュを渡す。 「涙は目の淵で留めといてくれ。俺はお前を励ます言葉なんぞ 持ち合わせてねぇからな」 「・・・すみません」 「・・・(汗)」 いつもならば 寒いギャグでも言って返してくるのに・・・。 それから水里は黙ったまま・・・。 車はアパートについて・・・。 「あ・・・」 アパートの階段に陽春が膝を抱えて座っていた。 (・・・。店長さんと一緒・・・) 陽春は一瞬心がもやっとした。 「春・・・さん・・・」 「・・・。よかった・・・。ずっと連絡待ってたんですよ」 「・・・ご、ごめんなさい」 陽春と視線を合わそうとしない。 会わせられない・・・。 「・・・僕の目・・・。見られませんか・・・?どうしたのか ちゃんと話してください・・・」 「・・・ごめんなさい・・・」 「どうしてあやるのか聞いてるんです・・・」 「・・・ごめんなさい。ごめんなさい・・・っ」 「あ・・・」 絶えられなくなった水里は部屋に駆け上がってしまう・・・。 「水里さんッ」 バタン・・・っ 乱暴に閉められたドアの音が 切なく・・・。 陽春の肩がうなだれる・・・。 その様子に唐沢は水里のさっきの出来事を 言うか迷う。 (・・・。一応言っといた方がいいか) 「・・・あの・・・。藤原さん実は・・・」 唐沢から水里が無意識に道路に飛び出そうとしたこと陽春は聞いて・・・。 「・・・。そこまで・・・追い詰められて・・・?」 「あの・・・。多分なんですがアイツ別に死のうとしたわけじゃ なくてたまたまぼうっとしてただけだと・・・」 「・・・。そうだとしても・・・。ぼうっとする位に考え込ませてるのは 僕だ・・・」 (こっちも深刻そうだ) 「ま、あ、あの。山野のことですからうまいもん食べれば 機嫌なおりますよ。あははは・・・って・・・」 俯いたまま・・・。 去っていく・・・。 (・・・なんだ・・・。帰るのか。そんな簡単に・・・) 恋人なら 水里のそばにいれやればいいのにと思う唐沢・・・。 (・・・。んま・・・。オレには関係ないことだ。 従業員が元気にさえなれば・・・な) 車に乗り込みエンジンをかける。 だが・・・ 水里の様子が気になって窓を見上げた・・・。 (・・・。俺には関係ない。まりこが待ってる) だが少し水里が気に掛かりつつも・・・。 唐沢はエンジンをかけアパートを後にした・・・。 一方・・・。 水里はさらに自分を責めていた。 ”どうして謝るんですか・・・” 陽春の顔がやきつく・・・。 (春さんを混乱させてしまった・・・。ストレスが 一番良くないって私知ってるのに・・・。知ってるのに・・・) 畳に座り込む水里・・・。 とことん・・・ 自己嫌悪の沼に落ちていく・・・。 雪の死の重みがどうのなんて・・・ 自分が思ってもいや、思うことすら おこがましいのに ”雪の死で盛りがってんじゃないわよ!” 秋乃の言葉が・・・ 消えなくて・・・。 (・・・雪さんを忘れちゃいけないのに・・・。雪さんとの思い出がない 春さんと笑いあったりしてるなんて・・・) ”残された人間は・・・幸せになっちゃいけないんだ!ずっと・・・ 逝ってしまった魂の痛みを抱えてなきゃいけないんだ・・・!” (・・・私は・・・。私はどうしたら・・・どうしたら・・・) 水里の視線が・・・ 押入れに行く・・・ ゴソ・・・ 唯一・・・あの火事で無事だった父のスケッチとラフ画・・・。 (・・・父さん・・・) ”人の想いを絵に遺したい・・・。そういう絵が描きたいんだ・・・” 父・水紀の言葉を思い出す・・・。 (・・・父さん・・・。私・・・今の私は・・・どんな絵を描けばいいんだろう・・・) スケッチを抱きしめる水里・・・。 (今の私は・・・) 水里の脳裏に・・・ ある風景画浮かぶ・・・。 (・・・雪さん・・・の想い・・・) 水里は受話器を手に取った。 「・・・もしもし・・・、春さんですか・・・」 「水里さん・・・」 陽春の声・・・。 心配している・・・ 「今日は・・・。本当にごめんなさい・・・。気持ちが なんだかいっぱいいっぱいで・・・」 「いえいいんです・・・。水里さん・・・」 「あの・・・春さん・・・。私に・・・時間をくれませんか」 「え・・・?」 受話器を持つ反対の手には・・・ スケッチブックが握られている。 「・・・。自分の気持ち・・・。見つめなおしてみたいんです・・・。 勝手なこと言ってるかもしれないけど・・・」 「・・・見つめなおすって・・・」 (・・・僕との付き合いのこと・・・なのか・・・) 不安が過ぎる陽春。 「早く立ち直って・・・春さんと向き合いたいから・・・」 「・・・」 「・・・わかりません・・・。でも・・・。どうしてもかきあげたい 絵が・・・あるんです・・・」 「・・・わかりました・・・。待ちます・・・。信じてます・・・。 貴方を信じます・・・」 「ありがとう・・・。春さん・・・」 翌日から・・・。 水里は休みをとり・・・。 キャンパスに向かった・・・。 ”誰か”の想いを・・・ 絵にするために・・・