第44話 メッセージ
一枚目の絵は・・・。
(シスター・・・)
水里は教会の前に居た・・・。
子供の頃・・・
父の水紀が放浪の旅へ行くたびに学園に預けられ・・・
教会の前でさよならしていた・・・。
「水里?どうしたの?こんな時間に・・・」
「あ、シスター・・・」
お祈りが終えたのかシスターが十字架を手にして
教会から出てきた
「何か用・・・?太陽の様子をみにきたとか・・・」
「うん・・・。それもあるんだけど・・・。シスターにも用があって」
なんだか今日は妙に神妙な水里の様子にシスターは変だなと感じた。
「・・・まぁ外じゃなんだから・・・。教会の中で話しましょ」
ギィ・・・。
静かな教会の中・・・
冷たいひんやりとした空気が気を引き締めてくれる・・・。
「・・・よく・・・ここでかくれんぼしてシスターに怒られたよね」
「そうよ。あんたが首謀者で・・・。ふふ。わんぱくぶりは
太陽も負けてないけないわ」
「シスターには本当に・・・。お世話になった・・・。
大人になってから実感した・・・」
「・・・何。本当今日、貴方なんか変よ・・・まるで・・・」
(どこか・・・遠くへ行くみたいな・・・)
「シスター・・・。これ・・・。受け取ってくれるかな」
水里は絵をシスターに差し出した・・・。
「・・・これは・・・」
マリア像の前で・・・
跪いて祈りを捧げるシスターの横顔・・・。
それはとても気高く・・・温かな微笑みで・・・。
「・・・水里、これは・・・」
「私が大好きだったシスターの横顔・・・。がみがみ怒られたばっかり
だったけど・・・お祈りしてるときの横顔はお母さんみたくて
大好きだった・・・」
お祈りした後のシスターは優しくて・・・
抱きしめてくれた・・・。
「初めて私・・・。気楽に・・・似顔絵屋やってたけど・・・。
一枚の絵に真剣に向き合って描いたんです・・・。
受け取って・・・くれますか」
「ええ・・・。ありがとう。嬉しいわ・・・。貴方の絵・・・。
貴方の気持ちが伝わってくるから・・・」
「ありがとう・・・。ございます・・・」
水里は深々と頭を下げ・・・
太陽に会いに・・・学園の方へ入っていく・・・。
(・・・水里・・・。あんた・・・何かあったの・・・?)
水里の後姿が・・・シスターには切なく見えた・・・。
「みぃママーーー!!」
「太陽・・・!」
玄関で水里めがけて突進してくる太陽・・・。
ぎゅうっとハグする・・・。
「あ・・・。太陽、ちょっと重くなったんじゃない?」
「うん!!」
ずしりと太陽の成長の重みを感じる水里・・・。
「太陽。今日はね・・・。太陽にプレゼント持ってきたんだ」
「ぷれぜんと!?」
にこっと太陽はわらった。
わくわく・・・太陽は目をキラキラさせている。
「じゃーん!」
水里は太陽に絵を見せた。
「わぁわあああ!!」
太陽の目が輝いた。
真ん中に太陽の愛犬・ミニピカを抱いて笑う太陽の笑顔が・・・
「これ、これ、僕??僕?」
「そうだよ・・・。私の大好きな太陽の笑顔・・・描いたんだ」
「ぼくの笑った顔・・・」
「ずっと笑ってて欲しい・・太陽、大好きだよ・・・」
にこおっと笑って太陽は水里に抱きすくむ・・・。
しばらく会ってなかった分だけハグも長くて・・・。
「・・・じゃあ太陽・・・そろそろ行くね」
玄関で太陽と別れる水里。
だが太陽は違和感を感じて・・・
(・・・なんか・・・みぃママの背中が・・・さみしそう・・・)
「みぃママ!」
門を出掛かった水里をとことこ・・・っと走ってきてズボンのすそをきゅっと
握った。
「・・・どしたの。太陽・・・?」
「・・・。また・・・来る・・・?」
じっと水里を見つめる太陽・・・。
「また来るよ。太陽に会いたくなったらいつでも・・・」
「うん・・・」
門のところで最後にもう一回ハグして・・・。
「じゃあね・・・」
水里の後姿を太陽はずっと見えなくなるまで
見ていた・・・。
3枚目の絵は・・・。
「店長」
「山野?」
水里は店の事務所を訪ねていた。
「どうした・・・?もういいのか・・・?」
「はい。長い休みとって申し訳ありませんでした」
(・・・。その低いテンションだとなんだかなー)
礼儀正しい水里のテンションに戸惑う唐沢。
「まぁなんだ・・・。元気になったのならそれでいい」
「・・・あの・・・。まりこちゃんお元気ですか?」
「ああ・・・。来月から学校、行くことになったんだ。
・・・といっても保健室なんだけどな・・・」
教会の帰り際に寂しそうな顔をしていた太陽が過ぎった。
「あの・・・でも無理しないでゆっくりゆっくり・・・。ね・・・」
「・・・そうだな・・・。辛いのは子供本人だから・・・」
太陽はまだ学校が怖がっている・・・
だが、いつ戻れてもいいように
勉強だけは頑張って毎日ドリルを欠かさずやっている。
(大丈夫・・・。太陽もきっと・・・)
そう信じる水里。
「あ、そうだ・・・。あの・・・今日はこれを私に来たんです」
(あ?も、もしかして・・・じ、辞表か!?)
唐沢は一瞬焦ったが・・・。
「これを・・・」
水里は描いてきた絵を唐沢に手渡す・・・。
(これ・・・は・・・)
「あの・・・。大分想像で描いて見たんですが・・・」
唐沢とまりこが
台所で楽しそうに料理を作っている絵だ・・・。
「あの・・・。お気に・・・召しませんでしたか?」
「い、いやぁ・・・。あんまりうちの台所そっくりそのまま
だからびっくりしてな・・・。お前、うち来たことないのに
なんでこんな精密にかけたんだ」
「まりこちゃんから話を聞いたのを思い出しながら
描いただけなんですが・・・」
(・・・。子供話だけでここまで・・・。こ、こいつ、
もすかすっとすんげぇ奴だったりして(汗))
「店長・・・やっぱり・・・あのお気に召しませんでした?」
「い、いやぁ。そんなことはない。お前が意外に
うまいから驚いてただけだ」
「・・・まりこちゃんといつかお父さんとの絵、描いてあげるよって
約束してたんです」
”パパきっと喜ぶと思うんだ。私、絵下手だから・・・”
「だからこれはまりこちゃんからの贈り物なんです」
「まりこが・・・」
カサ・・・。
キャンバスの裏にまりこからのメッセージが
”パパの誕生日、プレゼントあげられなくてごめんなさい。
私は絵が下手だから太陽君のママにおねがいしました。
でもねでもね・・・パパの髪の毛と、ズボンの部分は
私が色を塗りました”
「まりこ・・・」
唐沢はまりこが塗った部分をそっと指で撫でた。
そっとそっと・・・。
「・・・。店長。今、もしかして・・・。泣きそうです??」
水里は肘でつつく。
「なっ・・・。お、俺はそんな親ばかじゃねぇッ。年上をからかうんじゃない」
「ふふふ・・・。鬼の店長も娘にゃ弱い。あはは」
(なんだ・・・。いつもの山野に戻ってきたか・・・)
ホッとする唐沢・・・。
(・・・ずっと・・・仲のいい親子でいてほしいな・・・)
唐沢親子の絆の深さを水里は感じた・・・
「んじゃ私、そろそろ行きます」
「え、あ、ああ・・・。山野・・・。さ、サンキューな」
「・・・。はい」
水里は穏やかに微笑んで事務所をあとにした・・・。
(・・・な、なんだ?あの笑みは・・・。アイツらしくないというか・・・)
なにかを悟りきったような・・・。
唐沢は気になって仕方ない。
「・・・。俺が気にしても仕方ないか。仕事仕事・・・」
キーボードに向かう唐沢だが・・・。
(・・・気になるじゃねぇかよ。あのリアクションはったく・・・!)
唐沢はパソコンの電源を切って
水里の後を追った・・・。
(・・・夏紀くんと・・・春さん)
陽春の店の前に水里は絵を静かに置いた。
その絵は・・・
夕暮れの公園でキャッチボールをしている二人の姿・・・。
以前、兄弟げんかした二人を仲直りさせようと水里が二人のキャッチボールを
促したことがあって・・・。
(ずっと・・・。仲のいい兄弟でいてくださいね・・・)
絵にお辞儀して水里は立ち去った。
それからすぐその絵に夏紀と陽春は気がついた。
「どういう意味でこんな絵残してったんだよ。アイツは・・・!
まるで・・・」
「・・・。別れの挨拶みたいな・・・」
水里の心境がかなり追い詰められているのでは・・・と
不安が過ぎる。
陽春は水里の携帯にかけてみるが・・・
「・・・つながらない・・・」
”電源が入っていないためつながりません”
アナウンスに焦る陽春。
「藤原さん!」
陽春が振り返ると唐沢が・・・。
「あの・・・。山野が来ていませんか?」
「え?」
「何だか様子がおかしくて・・・。私に絵を置いていったんです」
「!」
陽春と夏紀の不安がさらに倍増する。
「・・・これはいよいよ・・・シリアスな展開になってきたのか!?」
小説の説明ばりに夏紀は言った。
「兄貴。アイツが行きそうな場所はどこだ?考えてみてくれよ」
「・・・」
水里が知人たちの所へ回っている・・・
(あと行く場所があるとしたら・・・)
最後。
そう・・・。
「・・・雪さんのお墓だ・・・!」
「あっ・・・。兄貴!」
陽春は夏紀たちをよそに一人突っ走っていく。
(・・・ったく・・・。兄貴の奴・・・)
真っ直ぐに飛んでいく。
大事なものを守るために一直線・・・。
「あの・・・。僕らも行きましょうか。店長さん」
「は、はい・・・」
一人、シリアスに突っ走っていった陽春に対して
冷静着々の夏紀。
唐沢は・・・
(変な兄弟だな・・・)
と思ったのだった。
(・・・やっぱりいた・・・)
陽春と夏紀たちは雪の墓の前に立つ水里を
少し遠くの墓の後ろから見ている。
水里は静かにバックの中から絵を取り出して
墓によりかけた。
(あれは・・・)
そのキャンバスには・・・
満面の笑みを浮かべる雪が描かれていた・・・。
「・・・あの・・・。雪さんの絵をこうして
ここに持ってくるなんてきっと・・・。とっても失礼なことなのかもしれないですね」
水里はしゃがみ、雪の墓標と対峙する。
「・・・でも・・・どうしてもかきたかったんです。
雪さんの笑顔を・・・」
(・・・)
陽春は水里が語る一言一言を
じっくり聞いている・・・。
「・・・私は到底・・・。雪さんの痛みも
雪さんを失った春さんの痛みも・・・分からない・・・」
(・・・水里さん)
「そんな私が春さんの側にいてもいいのかなって・・・。何度も
思いました・・・。雪さんの死を忘れて”踏み台”にしてるんじゃないかって・・・」
(そこまで考え込んでいたのか・・・)
何も気がつかなかった自分が不甲斐ないと思う陽春。
「・・・堂々巡りして私が出した答えがこれなんです・・・。
言葉じゃ・・・。言葉じゃ雪さんにお願いできない。伝えられない・・・」
水里は雪に向かって頭を下げた。
雪の笑顔。
陽春が愛した雪の笑顔を絶対に忘れない。
「・・・春さんの側に・・・。いさせてください。
お願いします・・・!どうか・・・。どうか・・・」
何度も頭を下げる水里・・・。
雪の霊が
魂がいるならば
絵を見て欲しい。
生きている人間の我侭だと伝わるかもしれないが
”貴方はこんなに素敵な笑顔です・・・”
そう思ってくれたら・・・。
「・・・雪さん。私・・・。春さんが幸せになれるよう・・・
頑張ります。だから・・・。だから・・・」
「・・・僕の台詞を先に言わないでください」
「!」
振り返る水里・・・。
「・・・春さん・・・」
「・・・全く・・・。貴方って人は・・・。心配させないでください・・・」
「え・・・」
「あんなふうに皆に絵を残すなんて・・・。僕がどれだけ
焦ったか分かりますか・・・?」
陽春は水里の三つ編みをそっと掴んだ・・・。
「・・・春さん・・・ごめんなさい・・・。私・・・」
「いえ・・・。貴方を責める資格なんてない。
僕が・・・。僕が迷わせてしまった・・・。はっきりさせます。
はっきり・・・雪さんに伝えます」
「・・・春さん・・・?」
陽春は雪の墓をまっすぐに見詰めた。
「雪さん。ごめんなさい・・・。僕には水里さんが
必要なんです・・・。だから貴方がもし怒っているとしても・・・
僕はこの人を諦めたりはできない」
(・・・春さん)
陽春は水里をまっすぐに見詰めて・・・。
「・・・水里さん」
「はい」
「僕と結婚してください。学校を卒業したら・・・」
「えっ」
突然の言葉に
ただ呆然とする水里。
「・・・もっと自分に自信がついてからと
思っていたけれど・・・。今、言わなければいけないと思いました」
「あ、あの・・・私、私・・・」
「・・・ずっとずっとずっと・・・。貴方を一緒にいたい。
ずっとずっと・・・」
優しい眼差しで見詰められる・・・。
張り詰めていた何かが
ふっと解けたよう・・・
水里の瞳からぽろっと・・・
一筋流れた・・・。
「・・・。春さん・・・私は・・・」
「返事は・・・?」
ここで言ってもいいのだろうか。
雪の目の前で
言ってもいいのだろうか。
いや・・・陽春は雪の目の前だからこそ
水里にプロポーズした・・・
新しい人生を始めるために・・・。
「・・・私は・・・。まだ・・・色々混乱して・・・っ。
私でいいのか・・・いいのかって・・・」
「・・・」
「・・・で、でも・・・。やっぱり私は・・・。
私は・・・私は・・・っ」
水里の涙が止まらない
だけど言わなくては
伝えなくては・・・
自分の想いを・・・
「春さんが・・・大好きです・・・。ずっと・・・。
そばにいさせてください・・・。いさせてください・・・」
涙と一緒に
伝える想い
陽春は穏やかに微笑んで・・・
「ずっといてください・・・。永遠に・・・」
水里の涙を拭って・・・
手を握り締めた・・・。
雪の目の前で
こんなシーンはきっと・・・
腹立たしい場面だろう。
だが
人は一人では生きていけない
共に生きて生きたい誰か出来てしまった。
出会ってしまった。
その願望を貫くことは我侭なのだろうか・・・?
恋人でも家族でも親子でも・・・
人は
一人では生きられない・・・
生きている人間はいない・・・
「・・・雪さん・・・」
水里と陽春は深く深く
雪にお辞儀をした。
(・・・雪さんの笑顔は忘れません・・・絶対に・・・)
人の死は
永遠。
残されたものは時間が止まり
逝った者の心を探して彷徨う。
彷徨ったままでは
残されたものの心も死んでしまう・・・
だからお願い。
生きていくことを許して。
心を取り戻すことを許して。
逝った貴方を忘れるわけじゃない
想い続けるために・・・
・・・生きさせてください・・・
二人はそう
雪の絵に伝えた・・・。
「兄貴らしい・・・愛の場面だよな」
「・・・そ、そのようですね(汗)」
墓の影から様子を見守っていた唐沢と夏紀。
夏紀は二人の台詞をメモ書きしている。
「・・・プロポーズまで行ったか。んじゃ
次は子供だな。二年後ぐらいか。ふむふむ」
勝手に水里たちの人生を想像して描く夏紀。
(さすが小説家・・・)
風変わりな人間達だが互いに差さえあって
共に生きているんだと唐沢は思った。
(・・・俺もそのうちの・・・一人ならいいんだがな・・・。
山野)
見詰め合う二人の姿に微かに心が痛む。
その理由は心の奥におさめておこう。
・・・微かに芽生えた・・・水色の愛のかけら。
(・・・まりこ。とーちゃん失恋したのかもな。ふふ・・・)
自分にも娘がいる。
愛すべき存在。
今日は早く帰ろうと唐沢は思った・・・。
「・・・水里さん」
「はい」
「・・・もう一人にも言わなければいけないですね。
一緒に生きていこうって」
「え?」
水里の脳裏に浮かんだのは・・・。
”みぃまま!”
太陽の笑顔。
「・・・春さん・・・いいんですか・・・?あの・・・」
「・・・いいもなにも・・・。僕と太陽君は
約束してるんです・・・」
「・・・春さん・・・」
日記に書いてあった。
太陽との約束。
水里ママと陽春パパ。
3人が家族になると・・・。
「私、じゃあ太陽に負けちゃったんですね」
「え?」
「太陽の方が春さんに先にプロポーズされちゃったって・・・(笑)」
「ふふ。そうですね。でも今度は僕と水里さんで
太陽君に言いましょう・・・」
「・・・はい」
手としっかりと握り合う。
水里と陽春の間にもう一つ小さな両手が
つながれる・・・。
雪の笑顔の絵・・・。
二人を
近い未来のいや3人を見守りたい
そう呟いているように
夏紀には見えた。
(雪さん・・・新しい兄貴の人生を・・・
祝ってください・・・お願いします・・・)
手をつなぐ水里と陽春。
その手はその日一日ずっと
離れることはなかった。
・・・ずっと
ずっと・・・。