デッサン3 〜君と共に生きる明日〜
第45話 新しいキャンパス 「・・・で・・・。一件落着って訳だ」 「・・・」 朝。 箸が進まない陽春。 「何だよ。水里のもやもやも晴れたんだろ?今度はアニキか」 「・・・。彼女を靄々させたのは・・・。僕が不甲斐ないからだと 思うんです・・・。それに・・・」 「それに・・・。何だよ。アニキ。今更うじうじしてどうするんだ」 不安が沸き起こる。 ”今の自分で・・・水里を幸せに出来るのか” 「”プロポーズっぽい”ことしたんだろ?ならあとは・・・」 「・・・」 (ったくー・・・。とことん悩む体質なんだから・・・。 恋愛の結末がすぐそこまできているというのに・・・!) 簡単にハッピーエンドにはしない。 自分だけが幸せになってはいけない そんな固い観念があるから・・・。 (気を使いすぎる二人には・・・。まだまだ遠そうだな) 兄貴想いの恋愛小説家。 最後の一押しを企てる。 ”お前から兄貴の胸に飛び込めッ!!” と積極的な行動を進めるのだが・・・。 「・・・そんな・・・。簡単に軽率なことは出来ないよ」 俯く水里・・・。 「・・・。お前までそんな・・・。どーして 悩まなくていいことで兄貴もお前も悩むんだッ!!」 「・・・」 「かぁあッ。まぁあだ。雪さんのことがちらついてるのか? ったくー・・・。もー付き合いきれねぇ」 「・・・。夏紀君。お店・・・一日貸してくれないかな」 「あん?いーけどよ・・・。それでどーするつもりだよ」 「うん・・・」 (・・・出会った場所で・・・。もう一度・・・) 水里の心内にまだある”何か” それと向き合うには 出会った場所から始めなければ・・・。 それは陽春も同じだった。 (・・・”前の俺”の想いを知りたい) 前の自分なら愛する妻の面影とどう向き合うのか・・・? ”あの・・・お店の方に来て頂けませんか?” 陽春からのメールに水里は (・・・よし) いつもより少しきつく三つ編みを結って店に向かう。 大好きな水色の髪留めで・・・。 カラン・・・。 (懐かしい音・・・) どんなにその日、疲れていてもこの店へ来て このドアを開けると待っていてくれる笑顔が在った・・・。 ”いらっしゃい!水里さん!” 「いらっしゃい!」 (えっ・・・) 蘇る・・・笑顔。 「あ・・・。驚かせましたか?」 「え、いや、あ、あの・・・」 (・・・前の春さんがそこにいるのかと思った・・・) 水里は少し動揺する心を必死に立て直す。 「・・・。思い出しますか・・・?前の・・・」 「あ、い、いやあのっ。えっとあのあの・・・っ」 (だぁあ。駄目だ。伝わってる(汗)) くすっと陽春は笑った。 「すみません。でもあんまり僕が予想した リアクションそのまんまだったので・・・」 「・・・え?」 「貴方に前の僕を沢山思い出して欲しくて・・・。今日、ここへ来て貰いました」 「ど、どういうことですか・・・?」 陽春はカウンターへと入り (あ・・・。いつもの位置・・・) 水里が座ると必ずそこに立っていてくれた あの位置に・・・ 「・・・も、もしかして・・・。春さん記憶が・・・?」 「・・・。いいえ・・・。でもなんだかこの位置が しっくりくるんです・・・。落ち着くというか・・・ 体が覚えていたというか・・・」 (・・・。春さんは思い出したいんだろうか。だから 今日私を此処に呼んだのだろうか) 水里は少し戸惑っていた。 陽春の本意が見えなくて・・・。 「珈琲・・・。飲みますか?」 「え、あ、は、はい」 陽春はインスタント珈琲のビンの蓋を開けて カップにいれる。 「はは・・・。流石に”以前の味”までは覚えてなくて・・・。 出来あいのものしか僕にはでも・・・。飲んでくれますか・・・?」 「はい。勿論頂きます。春さんの淹れたものなら ヤカンごと飲んじゃいますよ」 「ふふ・・・。ありがとうございます」 水里はふうふぅと息をかけて冷まして 一口飲んだ 「はー・・・。おいしいなぁ・・・!ふぅー・・・。 お風呂に肩まで浸かった時みたいに落ち着くー・・・。 って変なたとえでしたか?」 「いえ、貴方らしい言い方で嬉しいです」 「・・・あ、ならよかった(汗)」 水里はごくごくと嬉しそうに飲み干す・・・。 ただのインスタントなのに 偽物の味なのに 本当に嬉しそうに笑顔で・・・。 (あ・・・) ”いっだきまーす!” ”おいしい・・・。春さんの淹れた珈琲飲まないと 落ち着かなくて” ”ごちそうさまでした!” ふわっと・・・ 一瞬過ぎる 柔らかくあったかい・・・ ・・・記憶。 「・・・?ど、どうかしましたか?春さん」 「・・・」 (そ、そそそんなに見つめられますと・・・ッけ、血圧がッ(汗)) 「・・・。分かった・・・」 「え・・・?何が・・・?」 (前の”オレ”の想い・・・) 陽春は・・・ そっと水里の耳にほつれ髪をかける・・・ (・・・固) 水里はくすぐったくて体が固まる・・・。 「・・・。いつも・・・。笑っていてくれた・・・。 貴方が・・・」 同じ場所で同じ笑顔で・・・ たった一杯の珈琲を 宝物みたいに飲んで・・・。 「・・・春さん・・・」 「・・・前の”オレ”も・・・。大好きだったんだ・・・。 ここで・・・貴方に笑ってほしかった・・・。いつもいつも・・・」 (一緒だ・・・。春さんが・・・”居る”・・・) 穏やかな声で・・・ けれど厳しさを忘れてなくて・・・ 陽春の微笑みが毎日の支えだった。 一杯の珈琲が支えだった・・・。 「・・・あ・・・。み・・・水里さん?」 気がつくと・・・ 水里の頬に流れる・・・ 「あ・・・。す、すんませんッ。な、なんか・・・ なんか・・・」 前の陽春と今の陽春が重なって・・・ 懐かしいような寂しいような・・・ ・・・嬉しいような・・・。 「・・・。沢山・・・泣いてください」 「え・・・?」 「・・・沢山泣いて・・・。一緒に珈琲飲みましょう。 そして元気になりましょう。その想いは・・・昔も今も・・・ 永遠です・・・」 (春さん・・・) 確認したかった。 以前の自分も今の自分も・・・ 大切な人を守っていく自信があったのか あるのか・・・。 「・・・。綺麗・・・。あの・・・。触っても・・・。いいですか・・・?」 「えっ。あ、あぁ、こんなモンでよろしけりゃ いくらでもッ」 「はい。じゃあ沢山触ります」 「///」 可愛らしい三つ編みを撫でると 心が柔らかくなってくる いつも青空の髪留めで それが彼女の心の色だと思った・・・ 「・・・」 ”ここは・・・?” 言葉はないけれど 優しい指で触れられた唇がそう言っている・・・ 水里は軽く頷くと静かに目を閉じた・・・ ・・・初めてのキスは・・・ 珈琲の香りがした・・・。 二人の思い出のカップと共に・・・。 ・・・二人の間の記憶の違いは 一杯の珈琲で いつでも思い出せる。 ・・・これからずっと一緒に・・・。 ・・・それから2度目の春を越えて・・・ 二人は・・・。 ずっと一緒にいる約束をした。 家族になる約束を・・・ いや・・・もう一人。太陽という やんちゃな男の子も一緒に・・・。 季節が流れていくたびに・・・ ”家族”というキャンパスに 新しい物語が描かれていく・・・。 ゆっくりと・・・ゆっくりと・・・