木の香りのするフローリングの床。
クリーム色の壁の
丸いテーブルと丸い椅子が二つ。
優しい色合いの部屋。
陽春と白衣をきた医師が話している。
「体調の方はいかがですか・・・?」
「はい。眩暈の発作の回数は減ってきています」
陽春が対話しているのはカウンセラーだ。
陽春は週二回、カウンセリングを受けている。
「そうですか・・・。では・・・。日常生活で何か、戸惑うことは・・・ありますか?」
「・・・はい・・・。やっぱり・・・。周囲の人たちは何も知らないので
”以前の僕”として接してくることがまだたまにあります」
「・・・それは・・・。難しい現実です・・・」
「・・・。僕より・・・。”以前の”僕を慕ってくれる人に・・・。嘘をつくようで・・・」
さっきも、前に陽春の患者だったという老人と世間話をした。
陽春にとっては老人の話は初めて聞く話で、話を合わせることに・・・
心苦しさを感じずに入られなかった。
「藤原さんのその優しさが・・・。心の枷になっているのですね・・・」
「・・・。だから・・・。早く。仕事も見つけて・・・。”新しい自分”を確立したいんです。
僕は・・・。僕は・・・」
医師は陽春の肩をポン・・・と叩いて落ちつかせる・・・。
「落ち着いて・・・。藤原さん。周囲の人への配慮も大切ですが・・・。今は
藤原さんご自身を一番に考えてください・・・」
「・・・」
陽春はカウンセラーの少し無神経な一言に一瞬苛っとした。
「・・・。藤原さん。貴方の今・・・。一番心安らぐときはどんなときですか?」
「僕の心が休まるとき・・・?」
「ええ・・・。まずはその時間を大切にしていきましょう・・・。先のことを
考えるのは少しずつでいいんですから・・・」
「・・・」
(・・・そんな訳に行かない・・・。僕は・・・早く見つけたいんだ・・・)
このカウンセラーは、分かりきったことを差し障り無く応えるだけで・・・。
陽春は話する意味がない・・・そう思った・・・。
病院の受付で診察料の支払いを終え、帰ろうとした陽春。
「藤原さん」
「あ・・・。高岡さん」
陽春が入院していとき、担当看護婦だった高岡咲子だ。
陽春と咲子は病院の庭を歩きながら話す。
「・・・そうですか・・・。あの先生は若いながら心療内科では今一番権威のある
先生なのですが・・・」
「すみません。僕のただの我が侭なのかもしれないんですが。つい、
焦ってしまって・・・。先生に八つ当たりするみたいなことを・・・」
「いいえ。患者さんのそういう気持ちを受け止めることが
カウンセラーの仕事ですから・・・って。私はただの看護士ですけど」
「・・・看護士さんも立派なカウンセラーだと思います。患者にとっては一番
身近な・・・。入院中は高岡さんには色々僕はお世話になったと思っています」
「・・・そんな・・・」
何故だか頬を微かに染める咲子。
「あ・・・。そうだ。あの・・・えっとタライをしょったえっと・・・」
「あ、水里さんのことですか?」
「え、あ、は、はい・・・。お元気ですか?」
「はい。”彼女”はいつも元気です。僕は元気を貰っています・・・」
陽春の声のトーンが変わったことに咲子は気がつく。
ぱアッと顔に光があたったように笑みを浮かべて・・・
「・・・藤原さん・・・。とっても明るい顔、されてますね」
「え・・・。そうですか?」
「・・・何だか・・・。”恋をしている少年”みたいな・・・。なんて」
陽春は少し照れくさそうに笑った後・・・。
真剣な眼差しではっきり言った
「はい」
「え・・・」
「僕は・・・。恋をしています・・・。彼女に・・・」
咲子は少し動揺した。
「・・・あ、すいません。なんか・・・。僕、つい・・・」
「いえ。だからなんですね、藤原さん、どこかいきいきされているから・・・。
人は誰かを好きになると・・・恋をすると不思議なエネルギーが出てくるものだから」
「ええ・・・。本当にそうだと思います。彼女の慶ぶ顔がみたい・・・とか
会いたい・・・とか・・・。”今の”自分を素直に受け入れられるんです・・・」
「・・・ええ。分かります・・・本当に・・・」
・・・一瞬切ない笑みを浮かべた。
「?どうか・・・されましたか?」
「いえ・・・。あ、もう回診の時間だわ・・・じゃあ・・・また」
咲子は腕時計を気にしながら
院内に入ってく・・・。
「・・・看護婦さんは・・・。大変な仕事なんだな・・・」
入院していたとき、つくづく感じた。
医者は”病気”は、診る。
でも”心”は見ない。
看護婦は患者と一番近い距離に居る。
医療だけではなく、患者の身の回りの世話も全てこなさければいけない。
そうすると自然に芽生える
心と診る・・・という交流。
(・・・”医者”だったオレではきっと・・・。分からなかっただろうな・・・)
自分が生きる現実。
”医者だった自分”は色々なことを教えてくれるのかもしれない・・・
(・・・オレが・・・オレであるために・・・)
ふと見上げた梅の木・・・。
入院していた頃はまだ固い蕾だった。
(・・・花が咲いてる・・・)
自分の”昔”は消えうせても
時間は流れていく。
(・・・オレも・・・動き出さなければ・・・な・・・)
梅の花の甘い香りを感じながら
陽春は病院を後にした・・・。
※
「んっとこしょっと」
日曜日。水里は今は新地の水色堂跡でなにやら作業をしている。
長靴をはいてスコップを。
太陽はちっちゃな黄色のピカチュウのスコップを持って土をほじくっている。
「太陽隊長!花壇作り、如何かな?」
「じゅんちょーです!」
「うむ。出来たらパンジーの花、植えようね」
「うん!」
水里が準備したのはパンジーとそして小さな桃の木。
雑草が生えてきたのでまずは雑草を引き抜く。
”ねぇ。水里ちゃん。これ、いい機会だし、ここ、駐車場にしない?”
商店街のおばさんや不動産屋から何度もそんな誘いを受けた。
しかし水里は頑として受け付けず、ここを綺麗な花畑にしてやろうと
企てている。
父が残してくれたものを守りたかった。
「ここをきれえーーーっなお花畑にしてみんなを驚かせてやるんだから!ね!
太陽!」
「うん!!」
パチン!と手を合わせる二人。
えんやらこと、せっせと地面をほじくります。
(あ・・・)
道路を挟んだ向こう側の歩道。
歩いていた陽春が太陽と水里の姿を見つけ足を止めた。
(何をしているんだろう)
二人の姿を見て心が踊る。
(声を・・・かけてもいいだろうか。声を・・・)
陽春の足が早まる。
「こんにちは・・・!」
「あ!ますたーだ!」
太陽はピカチュウのスコップを放り投げて陽春に抱きつく。
「こんにちは。太陽君」
「うん。こんにちは!ねぇねぇ。一緒にお花植えようよ」
「え?あ、いいですか。水里さん」
「春さんさえよかったら、是非お願いします」
水里は自分の軍手を取り、陽春に手渡す。
「いいですよ。僕は素手で。水里の綺麗な手を
汚すわけにはいきませんから」
(え(汗))
陽春はにこっ笑い、腕をまくって土を掘り始める。
(・・・春さん元気そうだな・・・)
嬉しそうに太陽と花壇づくりをする陽春。
陽春の楽しそうな微笑に水里の心も踊る。
(よーし!私も頑張る!)
誰かの元気な姿は
また誰かを元気にする。
「あ・・・。この赤い花はどの辺りに植えればいいですか?」
「ベコニアは真ん中がいいかな。ね、太陽」
赤レンガで丸く花壇をつくり、真ん中を赤くする
その周りに黄色のパンジーを囲むように植えていく。
土を耕し、花に触れる・・・。
そして土と花の匂いが
水里たちの心をリラックスさせる。
「なんか・・・。土っていいですね」
「え?」
「土は感触が柔らかくて・・・。花の香りはとても気持ちを和ませてくれて・・・」
陽春は手から零れる土を見つめながら話す・・・。
「そうですね・・・。自然の中のものは・・・。全部陽の匂いがする・・・」
「陽の匂い・・・?」
「はい。ほら。人間でもずっと家にいるより、太陽の下で
呼吸したらすごく気持ちいいじゃないですか。それと一緒で・・・」
水里はふと空を見上げた。
冬の空に春のような陽が二人の背中を注がれている。
「冬の太陽は水里さんみたいですね」
「え?」
「外が寒い分だけ・・・。太陽の陽の温もりが体に沁みこんで・・・。
心地いい・・・。愛しくなるくらいに・・・」
優しい眼差しを水里に送る・・・
(・・・しゅ、春さん・・・)
つかの間・・・見つめあう二人・・・
「みぃママと春さん、にらめっこしてるの?」
(!!)
太陽、二人の様子をじーっと観察。
「あ、い、いや。た、太陽、ほ。ほら。ぱ、パンジー植えちゃおう」
水里は頬を染めてあわてて場面変更。
そんな水里の様子に陽春はくすっと笑う・・・。
「みぃママ、ほっぺがおひさまになってるよ。どおして??」
「う・・・。あ、そ、それはほら。空のお日様があんまりあったかいからだよ。」
3人は空を見上げる・・・
薄い雲の奥に
太陽がチラリと顔を出して・・・。
「・・・あったかいね・・・」
「そうですね・・・」
「あったぁかぁい・・・」
空気はまだ冷たい。
でも3人で一緒に見上げる太陽は
とても綺麗で・・・
あったかい・・・。
陽の下、3人は
小さな庭園を形作っていく。
丸い花壇3つ。その横には桜の木とハナミズキの木を植える。
そして・・・
「よーし!縦看板設置!」
水色のペンキ『水色庭園』と書かれ
で色を塗った看板をたてて
「よーし!できたぁ!」
70坪のただの泥の新地が
レンガで囲んでつくった丸い花壇と、
桃とハナミズキの苗木が植えられて、小さな庭園ができました。
「・・・うれしいなぁ!みぃママとしゅんさんとボクの3人でつくった
お庭!うれしいなぁ!!」
太陽は花壇の周りを駆け回る。
「こらこら。太陽。はしゃぎすぎ。ふふ」
「きゃはははっ」
水里の腕につかまってぴょんぴょんジャンプして
喜ぶ・・・。
笑いあう二人を見て・・・
(あったかいな・・・)
体と心が軽くなる安堵感・・・。
自然に陽春の口から
出た言葉は・・・。
「僕は・・・。誰かの助けになる・・・そんな仕事がしたいな・・・」
「え・・・?」
「・・・誰かの手伝いをして・・・。一緒に笑いえる・・・そういう
ことがしたいです」
(春さん・・・)
陽春の前向きな言葉に水里の顔も綻ぶ。
「あ、そうだ・・・。病院の婦長さんからお饅頭もらったんです。
食べませんか」
「はい。頂きます!」
「うん。いたらきます!」
少し大きめのお饅頭を3等分して食べる。
「美味しいね。太陽」
「うん。だって3人で食べるもん。だから美味しいんだよ・・・。ね!」
口元にあんこのつぶをつけてほお張る太陽・・・。
「・・・そうだね・・・。うん。太陽の言うとおりだ・・・」
餡(あん)の甘い匂いと晴れた空に吹く爽やかな風。
3人に不思議な力をくれる。
植えた花々、木々からももらえた。
1
空の太陽は3人に
限りなく優しい温もりを注ぎ続けてくれた・・・。