デッサン3
〜君と共に生きる明日〜第8話 ありふれた小さな幸せ
太陽 7歳と数ヶ月。 好きなもの、ピカチュウ。 でももっと大好きなものができてしまった。 「太陽君・・・。好き」 「うん。僕も。まりこちゃん」 学校の裏庭のウサギ小屋。 太陽とまりこの通称”うさぎさんにご挨拶デート”の真っ最中だ。 今日は太陽、思い切ってあることをまりこに伝えようと決意している。 「まりこちゃん」 「はい」 「・・・あの・・・あの・・・」 太陽はもじもじしながらまりこの両手をぎゅっと握った。 「ボクと・・・ケッコンしてください!」 「えっ・・・」 「まりこちゃんをお嫁にほしいんだ・・・。あいしているから・・・」 どこで覚えたか、愛しているなんて台詞までつけて、まぁ豪華なプロポーズ。 「は、はい・・・」 まりこももじもじしながら返事・・・。 「まりこちゃん・・・。愛してるよ・・・」 「太陽君・・・」 うさぎ小屋の前で・・・。 見つめあう二人・・・ 赤い目のうさぎ達の前で愛を誓い合った小さな恋人たちだった・・・(笑) そして。 大人の方の恋人たちの進展といえば・・・ 「あのね。しゅんさん、僕、今日、まりこちゃんにケッコン申し込んだんだ」 「・・・あ、そ、そうなのか・・・(汗)」 陽春宅。 学校帰りの太陽はランドセルをしょったまま、早速婚約報告しに、 陽春の家に寄っていた。 最近、”水里宅お泊り”すぐとき、水里の仕事が遅くなる場合、 陽春の店で待つことが多い太陽。 リビングで、ポテトチップと食べながらオレンジジュースをチュルチュルすする。太陽。 「まりこちゃん。きっとしあわせにする。ボク、あいしてるから」 (・・・はは・・・) 可愛らしい小さな恋人の愛の会話。 微笑ましいが、間じかで聞くと照れくさいものだ。 「それで、しゅんさんとみぃママはいつけっこんするの?」 「え・・・っ?(汗)」 「だって、みぃママとしゅんさんは”らぶらぶ”なんだよね? 」 「・・・うーん・・・。そ、それはその・・・。”らぶらぶ”の神様しか わからないことだからなぁ・・・」 太陽の何気ない質問だが 応えようがない。 (水里さんがいなくてよかったな・・・(汗)) 太陽は今までのまりことの愛の軌跡を沢山陽春に話す。 クラスの子たちから体を張ってまりこをまもったこと。 学校でのデートスポット、 さらには・・・ 「あのね。みぃママには内緒にしてほしいんだけどね・・・」 恥ずかしそうに陽春の耳元で話す・・・。 「ボク・・・しちゃったの。まりこちゃんにチュウ」 「え(焦)」 子供の発言ながら、何故かドキマギする陽春。 「・・・まりこちゃんのくすりゆびに。チュウ、したの」 「薬指に?」 「うん。この間ね、テレビで男の人が女の人に”けっこん指輪の”かわりだよって チュウしてたから」 「・・・あ、そうか、なんだ指か・・・」 ほっと安堵の息をつく陽春。 (オレは何を想像したのだろう(汗)っていうか太陽くんは どんなドラマをみているんだろうか(汗)) それはですね、恋愛ドラマの王道、月9、を太陽は見ているんです。 「ボク、まだこどもだから、指輪とかかってあげられない。 だからね、かわりにチュウしたんだ」 「・・・そうか・・・。太陽君はまりこちゃんの事が本当に大好きなんだね」 「うん!だから幸せにしてあげたいんだ。まりこちゃんを・・・。 まりこちゃんを守ってあげたんだ・・・。ボクのこころ、全部で」 「太陽君・・・」 6歳の男の子。されど一人の男。 太陽の真剣な眼差しに・・・陽春は心打たれるものを感じた。 「しゅんさんは、みぃママを幸せしたい?」 「え・・・」 太陽の質問。 陽春は・・・ 言葉が出てこない・・・ (オレは・・・。彼女を・・・) 陽春の顔を覗き込む太陽。 「・・・?」 「僕は・・・」 「こんにちはーー!!遅くなりましたー!」 玄関の方から水里の声が響いた。 「みぃママだ!」 玄関の方へダッシュする太陽。 (・・・ホッ) 太陽の質問から逃れられた陽春。 だが心はどこか重たい・・・ 「春さん、遅くなってごめんなさい。少し残業しちゃって・・・」 「いえ。僕も太陽君と久しぶりに遊べて楽しかったです。あの。水里さん もしよかったら夕食食べていかれませんか?」 「え・・・。あの、でも・・・」 「夏紀さんが取材旅行でいないんです。だから一人で夕食というのも 寂しいですから・・・」 (そ、そんな本当に寂しそうな瞳で言われたら・・・) ・・・断れない・・・というか断りたくない。 ってわけで・・・。 「水里さん、野菜切るの、お上手ですね」 「いえいえ。春さんこそ、このおでんだし、すっごくいい!」 台所でワイワイ。 太陽は二人の間でゆでたまごの皮をむいています。 「いっただきまーす!」 ほかほか。豚肉カレーを太陽は大きな口をあけてほおばる。 「ほらほら。太陽。口、ベタベタ」 ティッシュで太陽の口もとを拭く水里。 だが・・・ 「何?二人ともじっと見つめて・・・」 「ふふ。水里さんもついてますよ。ほら・・・」 (えっ) 水里の唇の右上についていたご飯粒を陽春の長く細い指が取って 食べた。 「///」 「あれれ〜。みぃママ、お顔まっかっか〜」 「そ、そんなことないよ。か、カレーがちょっと辛かっただけ」 「ふふふ・・・」 3人で食べる夕食。 ありふれたメニューでも (こんなに楽しくて・・・こんなに美味しくて・・・) こんな時間。 ただ・・・ 一緒にいて、楽しい時間。 (・・・オレが・・・今、一番欲しいのは・・・この笑顔たちなんだ・・・) だが・・・ 自分には何もない。 ”ボクはまりこちゃんに幸せになってほしいんだ” (・・・好きな人を・・・。幸せに・・・いや、守ることさえできない・・・) 「きゃははは。春さん、洗剤つけすぎですよ」 「水里さん、鼻の頭に泡、ついてますよ。」 「え」 「ふふ。嘘です」 「も〜!しゅ、春さんまでからかわないでください」 一緒にいて楽しい。 でも・・・水里はどうだろうか。 (・・・オレは・・・。彼女の笑顔に甘えていいのだろうか・・・) 水里の笑顔は 何よりも心和む・・・ (・・・彼女の気持ちが・・・。知りたい・・・) ”ボク、まりこちゃんを幸せにしたいんだ。守ってあげたいんだ・・・” (太陽君の方が・・・立派な男かもしれないな・・・) 「・・・春さん?どうかしましたか?」 「え・・・いえ・・・。太陽君、よく眠っているなぁって・・・」 夕食後、 陽春は眠ってしまった太陽をおんぶして水里をアパートまで送っていた。 まだ少し肌寒い。 だが梅の花の香りが夜道に漂う・・・。 陽春の背中で眠る太陽。 「・・・太陽君のガールフレンドのことを聞きました。ふふ。 太陽君、もう結婚まで考えてるそうです」 「え・・・。ったく太陽ってば最近何だか急におませになっちゃって・・・」 「いえ・・・。とってもかっこよかったですよ。”ボクはマリコちゃん幸せにしたい、まもり たいって・・・。本当にかっこよくて勇ましい男の子です。太陽君は・・・」 (・・・春さん・・・?) 陽春の声のトーンが低くなったと水里は敏感に感じる。 「春さん・・・?何かあったんですか・・・?」 アパートの前まで来て・・・ 陽春は立ち止まった。 「・・・。水里さん・・・僕は・・・。貴方の側に・・・いてもいいんでしょうか・・・?」 「え・・・?」 「・・・。僕は・・・。貴方と一緒にいて・・・本当に楽しい・・・。 でも・・・。今の僕は・・・。貴方に甘えてばかりで・・・。何も してあげられない・・・」 アパートの前の電灯が チカチカと・・・点滅している・・・ 「甘えてばかりの僕が・・・・・・貴方の存在を支えにして生きているなんて・・・。 僕は・・・自分が許せない・・・」 「・・・」 「まして・・・貴方を・・・。好きで・・・いる資格なんて・・・ないんだ・・・」 歯を噛み締める陽春・・・ 「・・・勝手なこと言わないで下さい・・・!!」 「水里さん・・・?」 水里は声を荒げた・・・ 「わた・・・っ。私が・・・っ私が・・・」 水里は言葉を噛んで 必死に訴える・・・ 「・・・”今”・・・。一番幸せなのは・・・。貴方と一緒にいられること・・・。 ただそれだけなんです・・・。ただそれだけ・・・」 「水里さん・・・」 水里の瞳は少し涙で滲んで・・・。 「・・・私はずっと人と深く関わることが怖かった・・・。傷つくことが怖かった・・・。 でも・・・。貴方と出会って・・・。私でも誰かと心通わせる ことができたんだなって・・・。本当に嬉しかった・・・」 言葉にならない気持ち 初めて誰かを好きになって・・・ 誰かのために誰かと何かが築けると信じられた・・・ 「・・・信じて下さい。私と一緒にいる時間を信じてください・・・!」 「水里さん・・・」 「・・・お願いします・・・。今の自分を否定しないでください・・・ お願いします、お願いします・・・」 水里の三つ編みに・・・ 雫が静かに落ちる・・・ 「・・・。太陽君が・・・まりこちゃんの薬指に指輪の代わりに 口付けをしたそうです・・・」 「え・・・?」 「・・・約束する・・・・・貴方を想う自分を・・・信じると・・・」 「春さん・・・」 陽春は水里の頬の涙をそっと拭う・・・ そして水里の左手をそっと持ち上げた・・・ 「・・・約束・・・する・・・。もう後ろは見ないと・・・」 水里の左手の薬指に・・・ 唇を近づける・・・ (春さん・・・) 陽春の息が水里の指にかかって・・・ 「・・・僕は・・・本当に・・・貴方が・・・好・・・」 「あー!!みぃママたち、指のチューしてる!!」 (!!!!) 太陽、覚醒。 陽春の背中からひょこっと顔を出す。 「た、太陽!?」 「ねぇ。みぃママたちもけっこんのお約束したの?」 「え?」 「だって、左手の指にチューするのってけっこんのお約束なんでしょ?」 (・・・) (・・・) 思わず顔を見合わせる二人。 「・・・太陽!そ、それより起きたんなら春さんの背中から 降りなさい!」 「はぁあい」 目を擦りながら太陽は陽春の背中から降りた。 「しゅ・・・春さん、わざわざありがとうございました。ほら、太陽もお礼!」 水里の頬はまだ染まっている 「ありがとうございました。ふぁあ・・・」 まだあくびが出る太陽・・・ 「ふふ。太陽君、また一緒にカレー食べようね」 「うん!」 「それと・・・。ごめんね」 「??」 太陽は首を傾げる。 「いや・・・。じゃあ水里さん。おやすみなさい」 「・・・あ、え、えっと・・・。おやすみなさい・・・」 陽春の背中をぼんやり見送る水里・・・ ”僕は・・・。本当に貴方が好・・・” 指に口付け直前の 陽春の囁きに・・・ 今になって急に照れがカァっと水里の体に走り、 「・・・みぃママ。お熱ある?」 「ち、違うよ・・・。それより太陽!あんた最近おませ君だぞ!」 「きゃー!みぃママが怒ったぁ。逃げろー!」 カンカンカン・・・ 太陽はキャっきゃと笑いながら階段を上がる。 「くおら。太陽、ランドセルもってけーー!」 アパートの前の電灯。 チカチカしていたけれどパッと明るくなった。 寒い夜・・・ 幼い恋も 切ない恋も どこか温かい・・・