デッサン
第24話 居場所はすぐそこに・・・
「えっと・・・確かここか・・・」 昼間、康宏からもらった名刺に書いてあった住所。 ”可愛い彼女が待ってんだ・・・” 小さな古いアパートだった。 ポストを見ると二階の右端の部屋・・・。 『204号 吉原康宏・裕子』 (裕子って・・・彼女のことかな) コンコン。 「はーい」 なんともかわいらしい声の主がエプロン姿で出てきた。 「あの・・・こんばんは。突然お伺いしてすみません。私・・・」 「”水里ねーちゃん”!?きゃああ♪本物だわ」 「!?」 突然、抱きつかれる水里。 「あ、あの・・・」 「ご、ごめんなさい。私ったら・・・」 抱きつかれたとき、水里は裕子のおなかが大きいことに気づく。 「・・・とにかく中へどうぞ♪」 「お・・・お邪魔します・・・」 中に招き入れられた水里。 部屋の中はまるで新婚家庭の空気いっぱい。 明るい色使いの部屋で・・・。 「お茶どうぞ」 可愛らしい湯のみを差し出された。 「あ、あの・・・どうして私の名前を・・・?」 「よく康宏から聞かされてきたから・・・」 お酒が入ると嬉しそうに 康宏は裕子に話した・・・。 ”みさとねーちゃんはオレ達の父親と母親みてぇなモンだったんだ” 「そう よく聞かされて・・・。ふふ・・・。ちょっと妬けちゃうくらいです」 そう笑った薬指には指輪が光る・・・。 「康宏の面接のことは聞いていますか・・・?」 「康宏・・・たぶん焦ってたんだと思います・・・。子供できちゃってすごく 喜んでくれてるのは嬉しいんだけど・・・。なんか無理してるみたいで・・・。 本当は就職じゃなくて建築士の勉強、もっとしたかった筈なんです。だから・・・ 私の方がなんか申し訳なくて・・・」 ”ねぇちゃんはいいよな、好きなことを気の向くままできる 場所があるじゃねぇか。” ”オレの居場所、探してくれよ!どこにかるか、教えてくれよ・・・!” 康宏の声が水里の脳裏に響く・・・。 康宏にはやりたことがある。 大切にしたい家族がある。 色々なものを抱えていることを・・・。 大きなお腹をさする裕子を見てはじめて実感した・・・。 「あの・・・。康宏から連絡は・・・」 「さっき一度だけ携帯にかかって・・・”どこにいるの?”って聞いたら・・・。 青い海の中ってそれだけ言って・・・切ってしまって・・・。こんな雨の中・・・。私 心配で・・・」 「・・・青い海の家・・・」 水里ははっとある場所を思い出した。 「あの・・・っ私、探してきます!」 「え?じゃ、じゃあわたしも」 裕子はエプロンを脱いで玄関に走った。 「駄目ですよ。妊婦さんは体を大切にしなくちゃ・・・」 「でも・・・」 「裕子さん、貴方とお腹の赤ちゃんが康宏にとっての”居場所”なんです。 大切な・・・。だから・・・ここで待っていてください・・・。絶対・・・康宏は帰ってきますから・・・」 「水里さん・・・」 「じゃ・・・!」 バタン! 水色の傘を差し・・・ 水里はある場所を走った・・・。 キィ・・・。 キィ・・・。 水色のブランコ・・・。 ワイシャツから水が滴り落ちて・・・。 一人男が座っていた・・・。 ピシャ・・・ピシャ・・・。 近づいてくるのは・・・。水色の傘・・・。 「やっぱりここにいたか・・・」 「水里ねーちゃん・・・」 「もうすぐ父親になるって男が・・・風邪ひいたらどうするのさ」 水里はもう一本持ってきた傘を康宏に持たせた。 そして隣のブランコに座る・・・。 「・・・なんできたんだよ・・・」 「・・・。あんたを”居場所”に連れ戻すためさ」 「・・・。どういう意味だよ・・・」 水里はバサっとアルバムをみせた。 あの赤いアルバムだ・・・。 「学園の思い出がつまってる・・・。ないてる康宏・・・。怒ってる康宏・・・。 色んなあんたがいるよ・・・」 「それが何だっていうんだ・・・。説教なら聴きたくねぇ・・・」 アルバムを閉じて、水里に突っ返す康宏。 「康宏は・・・。今、一番どこにいたら心が休まる・・・?どの時間、誰といたら・・・ 自分らしくなれる・・・?」 「・・・あ?」 「あたしはね・・・。キャンバスの前にいるとき、それから大好物の ピザまんを食べてるとき、それから、太陽と一緒にいるとき・・・いっぱいあるよ」 「ふっ・・・贅沢だな」 「うん。すごい贅沢だよね・・・。じゃあ・・・ 康宏が・・・一番幸せな気持ちになれるとき・・・それがあんたがいるべき場所・・・ ううん”居たい場所”は何処・・・?」 「・・・オレが・・・”居たい”と思う場所・・・」 (オレが・・・幸せなきもちになれる・・・) 康宏は閉じたアルバムをゆっくり開いた・・・。 その中には・・・ ないてる自分がいた。 怒った顔の自分がいた。 そして・・・ 笑っている自分がいた。 どれもこれも ありのまんまだ・・・。 「そのアルバムの続きは・・・あんたが作ってよ」 「え?」 「あんたには・・・優しくて可愛い彼女と・・・生まれてくる命がいる。 今のあんたの”居場所”をアルバムに綴っていってほしい・・・」 「水里ねーちゃん・・・」 キィ。 水里は立ち上がった。 「誰にも話してないけど・・・。本当は父さんが私に残したわけじゃないんだ」 「え?」 「父さんはあの店・・・。本当は閉めるつもりだった。でもあたしが勝手に続けてる・・・。 あたしの意地だけで・・・。あたしには父さんしかいなかったから・・・」 康宏には母しかいなかったように 水里もまた・・・ 父しかいなかった。 やすらぎを感じられる存在は・・・。 「くく・・・ファザコンだな。相変わらず・・・」 「なっ・・・。あんたこそマザコンじゃないか」 くすっと笑い合う二人・・・。 「・・・仕方ねぇな。ねえちゃんのおせっかいに免じて このアルバム・・・受け取ってやる」 「ああ。受け取ってくれ。それが・・・康宏の”居場所”にいつか してほしい・・・から・・・」 水里は傘とタオルを康宏に手渡す。 「じゃあね。あたしもこれから帰るから、あんたも帰るんだよ・・・。 一番・・・自分らしくいられる場所に・・・」 小学校のとき クラスの大将にやられた。 なんだかこてんぱんにやられてしまった自分が情けなくて・・・ 学園に帰れなかった。 そのときもこの公園にいて・・・。 水色の傘をさして迎えに来た水里・・・。 何もいわず、ずっと一緒にいてくれた・・・。 アルバムを静かに抱いて 雨の中去っていく水色の傘を見送っていた・・・。 何処へ帰るのだろう・・・。 自分らしくいられる場所・・・ それは何処・・・? 案外近くにあるかもしれない・・・。 (・・・はっ) 水色の傘。 気がつけば陽春の店の前でとまった。 しかも閉店時間で・・・。 (なんでここにきてしまったのだろう・・・) と自分の足に尋ねる (足が勝手にやったことだ。あまり深読みしないほうがいいうん・・・。 無意識にこちらに向いたとかそういうこと恋愛じみたことではなくて・・・) 悶々と看板の前で自問自答していると・・・。 「やぁ。何してるんですか?」 「ひゃぁああッ!!」 かなりオーバーリアクションの驚きの水里。 「あ、あの・・・。か、買い物し忘れてまして。あはは・・・」 肩口とジーンズのすそがびしょ濡れ・・・。 言わずとも水里が今まで何をしてきたかわかって・・・。 「ふふっ」 (え・・・なんで笑うのだ・・・(汗)) 「とにかく入ってください。コーヒー入れますから」 「でも、閉店時間じゃ・・・」 「・・・。コーヒーの研究していて造りすぎたんです。ご協力お願いします」 「あ、あのちょっと・・・」 水里はちょっと強引に店に引きずりこまれる。 店の中は惹いた豆のいい香りが・・・。 それに中は閉店のはずなのにまだ暖房がきいていて暖かかった。 まるで誰かを待っていたような・・・ 「うわぁ・・・。いい匂い・・・」 「少々懲りすぎたせいか・・・。大量に作りすぎてしまって・・・。 でも捨てるのも勿体ないので水里さんにお願いしようかと思ってたんです」 コポコポとカップに注ぐ陽春。 「そういうことならお任せください。もう雨の中、 康宏さがしてたら体冷えちゃって冷えちゃっ・・・ってあ・・・(汗)」 コーヒーのいい香りで自白した水里。 「そうだと思ってました。こんな雨ひどいしきっと 帰り、寄っていかれるんじゃないかって」 (・・・じゃあ・・・待っていてくれたのかな・・・。だとしたら なんか・・・) まだ、一口しかコーヒーは飲んでいないのに なんか体の奥がほわっとしてきた・・・。 「それで・・・康宏君は・・・」 「・・・。少し話をしたけど・・・。私うまくなんか言えなくて・・・」 アルバムを渡してきただけ。 本当に人を元気付けたいとき、どうして上手な言葉って でてこないんだろう・・・。 「康宏に・・・”オレの居場所どこかおしえてくれよ”って言われて はっとした・・・。今・・・康宏が何を抱えているのか、何に苦しんでるのか・・・。 肝心なこと忘れて自分の感情だけ先走らせてしまって・・・」 「・・・だれかのために怒ることは悪いことじゃないし素敵なこと。ただ・・・相手の気持ちを 汲み取る心の余裕は必要かもしれませんね・・・」 「・・・はい。それ、あたしできないから人付き合い苦手なのかな」 「それが水里さんならいいじゃないですか」 「え?」 「人付き合いが上手だからといって誰の心もわかる人間じゃない。 人付き合いが苦手だから・・・人の心が分からない人間とは限らない。むしろ僕は・・・後者 の方が・・・より人の心に敏感で痛みを知っていると思います・・・」 (マスター・・・) また・・・。 コーヒーは二口目なのに・・・。 体の奥があったかくってほわっとして くすぐったい・・・。 「・・・あ、ありがとうございます・・・」 水里はなんだか陽春の顔をまともにみられなくて 照れくさくて背中をまるめて コーヒーカップをきゅっと持つ・・・。 「”居場所・・・”か・・・。老いも若きも皆、それをずっと探しがしてる・・・。 でも案外居場所はすぐ”近く”にあるのかもしれませんね・・・」 「すぐ近く・・・」 (すぐ近くに・・・) 水里の視線はすぐに陽春に向けられて・・・。 「?どうかしました?」 「や・・・ややや、な、何でもないです。何でもっ(汗)」 一瞬ドキッとして すぐそらした。 (・・・何なんだ。この少女漫画のような心理的流れは・・・。あー。 とにかく妙な動悸は収まれ!) 「?すごい汗。暖房熱過ぎますか?温度調節したほうが・・・」 「い、いえ。あの、そういった部類の汗ではないのでおかまいなく・・・っ」 緊張すると日本語が妙になる癖の水里ちゃんです。 「ふー・・・。それにしても、やっぱりここのコーヒーの威力はすごいです。 すぐ体があったまる。なんたってマスターの愛がこもってるんですものね」 (あ、愛だなんて柄にもない言葉をすらっと言い放ってしまった(汗)) 「ありがとう。差し詰め今の僕の居場所は・・・貴方かもしれない」 (えっ) 突然の言葉に水里の緊張のバロメータは一気に限界突破。 (そ、そそそそれは一体どういう意味として捉えたら、よ、よろしいので ありましょうや・・・(混乱)) 水里の心のバロメータの針は激しく揺れております。 「水里さんや・・・商店街の方たち。この店に来てくれるお客さんが 喜んでくれるこの場所が・・・僕の今の大切な居場所なんです・・・」 「・・・あ、そ、そうですよね・・・。わ、私もそう思います・・・」 (お客さんたち・・・か。要するに私も『その他大勢』ってこと・・・。そりゃ そうだよね。うん・・・) あらら・・・水里の緊張のバロメーターは一気に減速・・・。 ボーン・・・。 ボーン・・・。 店の壁時計が8時を鳴らした。 「もう帰らないと・・・。マスター。本当にごちそうさまでした。 もう体も心もほっかほかです」 「それはよかった。道は暗いですから気をつけて・・・」 「はい。じゃあおやすみなさい・・・」 水里は入り口のドアノブに手をかけ、たちどまった。 「・・・」 「?水里さん?忘れ物・・・?」 「あの・・・。マスター」 「はい」 水里はまっすぐ陽春を見た。 「・・・今の私には・・・沢山”居場所”があります・・・。父さんの店・・・。 太陽といる時間・・・。そして・・・。マスターのコーヒーを飲んでいる時・・・。 とてもとても大切な時間です・・・。本当に・・・。だから・・・」 「・・・。だから・・・?」 「・・・だから・・・。ずっとずっと続けてくださいね・・・。居場所がなくなる ほど辛いことはないから・・・。勝手かもしれないけど・・・お願いします」 水里は深く、深く頭を下げて言った・・・。 バタン・・・ッ。 「・・・。水里さん・・・」 ”居場所がなくなるほどつらいことはないから・・・” ”ずっとずっと・・・続けてください・・・。お願いします・・・” 水里の言葉が沁みこむ・・・。 ”いつか・・・このお店が誰かの心にずっと残ってくれたら・・・。 そんな幸せなことはないわよね・・・” 雪がいつかいったこと・・・。 最近・・・少し疲れていた。 店をこのまま続けることに。 雪との場所を守りたい、 守っていることで、生きていると実感できていたから・・・。 でも。 客が去って、店を閉める。 誰もいない店、 誰も座らない椅子、 誰の声も・・・聞こえない・・・。 それが現実。 どこにも・・・。雪はいない。 ”俺はこの先ずっと・・・この場所で一人ずっと一人なのか・・・?” 店を続けていく『意味』が わからなくなって・・・。 ”ずっと続けてください。お願いします” この店を、 自分の淹れたコーヒーを 必要としている人間がいる。 雪の思い出にしがみつくことではなく・・・ 自分自身を必要としてくれている人間が この現実にいることを・・・。 今日。 知った気がする・・・。 「ようし・・・。明日も頑張るか・・・!」 再び、コーヒーの研究を始める陽春・・・。 ”この場所はみんなの居場所だから・・・” (ありがとう・・・水里さん) 心の声は水里にはもちろん聞こえて・・・。 「ん?」 帰り道、コンビにで買ったぴざまんをほおばる水里。 「なんか誰かに呼ばれた気がしたが・・・気のせいか。うん、おいし」 水里の居場所はたった88円のぴざまん。 それでも幸せな気持ちになれて、明日が楽しいなら それいい。 ちょっと辛い明日でも 頑張ろうって少しでも思えるなら・・・。 そういう心の居場所を見つけたい・・・