デッサン
第25 話 雪のメロディ




水里はいつもはホットコーヒーを頼むのだが
なんとなく、ジンジャエールがのみたくて頼んだ。


「おまちどうさまでした」



冬に冷たいものなど・・・と思いながら水里は昔からジンジャエールが好物。


嬉しそうに飲もうとすると・・・。



キレイな色のコースターに気づいた。


「わぁ・・・。いい色ですね・・・。素敵ですよ」



「ど、どうも。牛乳パックの生地でつくってみたんですが・・・」



「この葉、もしかしてこの通りの街路樹ですか?」



「はい。あ、マスターにとっては毎日掃いては散ってくる
”困り者”だったですよね」



「いえいえ、こんなに素敵に変身したんですよ。
もう困り者じゃありません。”幸せをはこぶ紅葉”といったところでしょうか。ふふ」



陽春が喜んでくれて、水里もつくってよかったと
嬉しい。



夏用のコースターも水里が作った。

朝顔の花びらを押し花にし、同じく牛乳パック
から作った和紙に挟んでつくった・・・。



「幸せを運ぶこのコースターなのですが、もしよろしかったら、
他の場所へ運んでみませんか?」



「え?」


「実は・・・」



陽春は一枚の紙を水里に見せた。


それには『シルバーハウス・メロディ』


と書いてあった。


お年寄りが昼間過ごす”ショートステイ”する
施設らしい。


「実は僕、時々そこへ、月に一度、お年寄りの方々と一緒に
お菓子作りやお茶を飲んだりボランティアに行かせてもらっているんです。
ほら。お店の壁の絵手紙や俳句はそこのお年寄りの方の作品なんです」


「へぇ・・・」



秋の梨や栗が描かれた絵手紙の数々。


水里も前からいいな・・・と思っていた。


「絵手紙を教えておられた方が体調をくずして・・・。誰か絵の上手な方を探して
るって聞いたので、水里さんの事を話したら是非紹介してくれと・・・」



「で、でも・・・私でいいのでしょうか?人に”教える”なんて
大層なことできないし・・・」



”人と関わることが怖い”


水里の言葉が陽春の心をよぎった。


「”教え”なくていいんですよ。一緒に楽しめば。
僕も一緒に描きたいんです」



「楽しむ・・・か。うん。絵は楽しい。一緒にみんなで楽しむっていう
なら私・・・やってみようかな」


水里の前向きな言葉に陽春の顔もほころぶ。



「じゃあ早速、今度の週末、一緒に行ってみますか?」


「はい!なんか私、今から緊張してきちゃった。でも、ケーキ、
お代わりください!マスター!」




元気いっぱいの水里。



陽春にもその元気が伝わる。



水里がつくった紅葉のコースターを優しく見つめる
陽春だった・・・。





そして日曜日。 水里は陽春に連れられ、『シルバーハウス・メロディ』にやってきた。 お年寄りが過ごす”施設”と一応パンフレットには 載っていたが、そんな堅苦しい雰囲気ではない。 洋風のアメリカのカントリー風な建物で一軒家だった。 レンガ造りで玄関まで細い白い砂利道。 広い庭には畑があり、秋野菜が実っていた。 茄子やサツマイモの葉など。 「こんにちは。皆さん」 陽春と水里が中に入っていくと、広いリビング。 丸いテーブルが二つあり、おとりよりたちが 陽春たちを待っていた。 「きゃあ♪陽春先生♪こんにちは」 おばあさん達に囲まれる陽春。 「タキさん、今日は顔色がいいですね。体調はよくなられましたか?」 「ええ♪陽春先生に紹介していただいたお薬が効いたんですわ♪」 「それはよかったです」 にっこりおとりよりに微笑む陽春。 おばあさんたちは思い切り見惚れていた・・・。 (・・・。マスターの笑顔は年代を超えるんだな(汗)) 「あ、そうだ。ご紹介します。この間話していた絵を一緒に描いてくださる 山野水里さんです」 「・・・ど、どうも・・・(汗)初めまして」 おばあさん達は水里をじっと足から髪まで、まるで検査されるように 観察。 (・・・。な、なんだ・・・。一体・・・) 「かわいい〜♪」 「は・・・?」 「お人形さんみたい。ねぇ。髪もふわっとして」 「そうね〜。今時の若い子にしては珍しく黒髪だし。うふ。ねぇ、あなたおいくつ?」 髪を触られまくる。水里。 「・・・24ですが・・・」 「んまあ♪高校生に見える。それに、俳優の福永雅治に似てるっていわれない?」 「は、はいよく・・・(汗)」 「うふふ。私、FANなのよ〜。ささ、一緒にお茶にしましょう」 「え、あ、あのちょっと・・・」 水里、おばあさん達の群れにテーブルへと強引に拉致される。 その様子に陽春は・・・。 「よかった。とりあえずは仲が良しになれたみたいですね(汗)」 とにこにこ・・・。 ”人と深く関わるのが怖い” 水里の言葉に陽春はここへと誘ったことは少々強引だったかと思ったのだが・・・。 「いやー。タキさん。”水戸黄門”はやっぱり西村晃があたしは好きですね」 「あら。そう。私は里見浩太郎がいいわね。やっぱり」 絵手紙を描きながら、水里とお年寄り達は 時代劇談義に花を咲かせていた。 「水里ちゃん。『江戸を斬る!』の西郷輝彦もいいわ」 「西郷輝彦の金さんはちょっと気品がありすぎるかも。どっちかっていうと 杉 良太郎でもいいような。あ、タキさん、筆は少し塗らした方がいいですよ」 テーブルに拉致された水里。 時代劇の話で盛り上がっていたので 時代劇にはちょっとうるさい水里もちょっと混ざると 一気に盛り上がった。 いつのまにか”水里ちゃん”と呼ばれていた。 ”先生なんてやめてください。『私が』絵手紙を描きに今日は きたんです” そう言ったからだ。 台所で3時のティータイムの準備をしている陽春。 すっかり、お年寄り達の輪の中にいる水里に 陽春は安心した。 (しかし・・・。水里さんがあんなに時代劇通だったとは 知らなかったな・・・。ふふ) 「皆さん、お茶が入りましたよ。一休みしましょう」 陽春と職員の3人が作りたての抹茶のスポンジケーキを 運ぶ。 「まぁ。おいしそう!これ、陽春さんの新作のケーキ?」 「ええ。季節柄のものを考えてみました」 マロンクリームをベースに 小さな紅葉の葉を添えて。 お年寄り達はおかわりするほど に大評判だ。 テーブルを囲み、なんともいい香りのするティータイム。 だが、 部屋の片隅で車椅子の白髪のおばあさんが一人、ぽつんと 窓の外の紅葉を眺めている。 (・・・あのおばあさん。きたときからずっと・・・) 「ねぇ。タキさん。窓の近くの方はどなたなんですか?」 「ああ。あの人ね。最近ここに通うようになった滝田さんっていうんだけどねぇ」 「じゃあ一緒にお茶を・・・」 「いいのよ。水里ちゃん。どうせ誘っても来ないから 一人がいいんですってよ。なんかとっつきにくいのよねぇ」 「そうそう。ああいうひとっているのよねぇ。いっしょにいると 盛り上がっている空気が重くなっちゃう。向こうもそれがわかってるみたいで だからああして一人でいるのよ」 「・・・」 一人。 重なる。 隣の机で楽しそうにおしゃべりしている女の子達。 アイドルの話、好きな男の子の話。 入っていけない。 何を話したら言いかわからないないから。私が話の中に入ると空気が重くなる。 それがわかるから入らない。 本当はいっぱいおしゃべりしたいのに・・・。 水里は無意識に一人分のケーキとカップを持って窓際にゆっくり 近づいた。 「あの・・・。こんにちは」 「・・・」 百合子というおばあさんは無表情で軽く会釈し、再び じっと外に視線を戻した。 「あの・・・。一緒に・・・コーヒーとケーキ。食べませんか?」 「・・・」 「あの・・・」 百合子の背中は”一人にしていて”と 無言で言っているように固い。 拒否されているのがすぐわかる。 「・・・。あの・・・」 水里は必死にかける言葉を探す。 探す。 必死に。 探す・・・。 だがピンとくる言葉が浮かばない。 百合子が今、していること。 それは・・・。 「・・・一緒に・・・紅葉を見ていてもいいですか・・・?」 「・・・」 百合子は何も言わない。 でも、少しだけ、百合子は車椅子を動かした。 水里が窓際に立ちやすいように スペースを百合子はとったのだ。 水里が隣にたつスペースを。 「・・・あ、ありがとうございます・・・!」 水里はそっと百合子の視線までしゃがんだ。 「・・・綺麗・・・ですね」 「・・・」 「真っ白な光景ですけど・・・雪の”白”はいつまで見ていても 吸い込まれそうです」 「・・・」 百合子は水里の言葉に返しはしない。 だが、水里が庭の木々を指差し話す方向に視線を じっとやる。 「あ・・・雪が降ってきた・・・」 「・・・」 雪は百合子の白髪にそっと止まった。 「・・・。あの・・・。雪、とらせてもらっても・・・いいですか」 「・・・」 百合子静かにうなづく。 水里はそっと、百合子の前髪についた雪をはらった。 「・・・。あの・・・。キレイな・・・髪ですね。いい香りがして・・・」 「・・・」 (あ・・・!笑った・・・!) 微かだが百合子の口元が緩み、微笑んだ。 百合子の微笑みに水里の心の緊張もすっと解れる・・・。 他のおばあさんたちが陽春と盛り上がるっていても それから暫く、水里はそこでおばあさんと ひたすら外の風景を静かに眺めた。 時に舞い込んで来る蝶やとんぼを歓迎して・・・。 陽春はそんな水里と百合子の静かなやりとり 穏やかに見守っていたのだった・・・。 そして。 時間はあっというまに過ぎた。 「じゃあ、陽春さん、水里ちゃんまったね〜♪」 お年寄り達はハウス直営の送迎バスに乗り、帰宅していく。 一人、あのおばあさんが残された。 「滝田さんの家は実はすぐ近くで、家族の方がもうすぐ迎えに来られるんですよ」 ハウスの職員が水里と陽春に説明。 最後に一人。 結局今日も、百合子は他のお年寄りと一度も口を聞かなかった。 水里達が帰る時も、窓際でひとりたたずむ・・・。 水里は帰る支度をして百合子に近づく。 「あの・・・。百合子さん。また今度、ここで一緒に・・・。雪を見ませんか」 「・・・」 「そして百合子さんの綺麗な髪を・・・描かせて下さい」 「・・・」 百合子は無反応。 さっき、一度だけ微笑んでくれたけれど あれは見間違いだったのか・・・。 「じゃあ・・・。百合子さん。私、行きますね」 百合子に深々とおじぎをして帰ろうと百合子に背を向けた。 その時。 「・・・さようなら。水里さん」 「・・・!」 初めて聞いた百合子の声。 気品の在る澄んだ声だった・・・。 「あ、さ、さようなら。百合子さん!また今度来ます・・・!」 水里は百合子のたった一言の”さようなら”が 水里は嬉しい。 とってもとっても嬉しい・・・! 嬉しい・・・! 帰りの車の中、水里は思わず鼻歌が出るほどだった。 「ご機嫌ですね。水里さん」 「あ、ご、ごめんなさい。マスター。なんか嬉しくってつい・・・」 「百合子さんの”さようなら”がですか?」 「え・・・。は、はい。私、ずっと百合子さんに嫌われてないかとか 失礼がないかとか思っていたから・・・最後のさようならっていうのだけでも 本当に嬉しくて・・・」 水里の喜びように陽春もやはり嬉しい。 「百合子さんは他のお年寄りの方々とどう 接していいのか分からないのだと職員の方が言っていました。自分で 歩み寄っていけない。車椅子に乗るようになって尚更元気な他の方との距離を置くようになったそうです・・・」 「・・・」 自分から歩み寄れない。 歩みたいけどタイミングが分からない。 本当は一人は寂しい そんな気持ちが水里にはおばあさんの背中から聞こえた気がする。 「マスター・・・。私は勝手に嬉しがってしまったけれど、百合子さんと少しだけ近くなれたって 思っていいのかな・・・」 「”少しだけ”素敵なことです。一遍に仲良くなるのもいいけれど、 じっくり時間をかけて関わりあっていく・・・。僕はそっちの方が好きだな」 「・・・うん・・・私も・・・。時間をかけてゆっくり・・・」 バックミラーに映っている陽春と水里の視線が鏡の中で一瞬、合った。 (・・・) (・・・) すぐに逸らした・・・ 「ま、マスター。今度ハウスに行く時は落ち葉のコサージュ作りませんか」 「・・・。いいですね。本に挟む栞とか作れそうだ」 「公園に黄色の銀杏の葉がすっごく綺麗なんですよ。たらふく拾って来ます! なにせ、”ただ”ですから!」 「ふふふ。そうですね・・・」 雪が振って積もる 人の心にもぬくもりが少しずつ増えるように。 焦らなくいい。 ゆっくりと結んでいこう。 コーヒーを一口一口味わうように。 ゆっくりと・・・。