デッサン
scene26 帰ってきた男
夢を失いかけ、傷ついた男。
癒されたいと思ったとき。
どちらの女を選ぶだろうか。
あえて、自分を突き放す女と
優しく包んむ女と・・・。
あの雨の日。
俺は二人の女を裏切った・・・。
あの日・・・。
太陽は出ていなかった・・・。
※
墓地・・・。
少し季節外れのチューリップの花を墓石にたむける。
「陽子。ごめんね。最近こられなくて・・・。でもあんたも粋な
プレゼントしてくれるじゃないか。クリスマスに。おかげであたしは
毎日大変なんだから」
陽子に語りかけるのは久しぶりだ。
毎月、必ず来ていた・・・。
「年が明けたね・・・。早いもので太陽、今年小学校だよ・・・。ちょっと
まだ心配だけど・・・でも、太陽なら大丈夫。きっといい男に成長するから・・・」
小学校にあがるのに、まだうまく人と話ができない。
でも最近は自分から何でもするようになった太陽。
確実に太陽は成長している・・・。
(空から見守っててね・・・)
手を合わせ、立ち去ろうとする水里。
サク・・・。
かなり高級な革靴が陽子の墓の前で止まった。
水里が水桶を持って立ち上がると・・・。
カラン・・・っ。
水桶が水里の手から落ち・・・砂利に染み込む・・・。
「・・・久しぶり・・・だな。水里・・・」
「・・・よ・・・和也・・・」
忘れはしない。
いや、忘れるわけにはいかない。
目の前の男。
それは陽子と自分とそして・・・太陽に深くかかわる人物・・・。
茶色のコートを着てさらっとした前髪は太陽とよく似ている・・・。
「・・・。6年いや・・・7年ぶりか・・・?元気か?」
「・・・。ああ。元気だよ」
「そうか。見るからに健康そうなところは変わってないな」
「う、うるさいな・・・」
ちょっと拗ねる水里に和也はくすっと微笑む。
「・・・和也のほうこそ・・・。いつこっちに・・・?」
「・・・。一昨日・・・。学園の方にも行って見た。ちっともかわってなかった。
シスターにもあったよ。相変わらず厳しそうで・・・」
「・・・」
「それから・・・”太陽君”にも会いたかったんだけど・・・」
「・・・!」
水里はキッと和也を睨んだ。
「・・・。そんな・・・。怖い顔するなよ・・・。でも・・・仕方ないよな・・・」
「・・・」
うつむく和也・・・。
「・・・とにかく・・・。ゆっくり話したいんだ・・・。今までのこと・・・。
それから太陽君のこと・・・」
「・・・」
水里はただただ・・・戸惑いを隠せなかった・・・。
「・・・と。買出しはこれでよしと・・・」
茶色の紙袋にはお茶の葉やコーヒー豆、ケーキをつくる小麦粉など
新メニューの材料を両手に持って店に戻る陽春。
(また作ったら水里さんに試食してもらうか)
両手に花ではなく両手に材料で歩道を歩く陽春。
「ん?」
ちょうど店の手前あたりで水里の姿が・・・。
(あれは・・・。水里さん・・・?)
水里の跡を若い茶色のコートの男が追いかけて、水里の
手を掴んだ振り払う。
「悪いけど、そんな話ならお断り・・・!」
「待てよ!俺が悪いのは重々わかってる!だけどこれはお前だけの問題じゃ・・・」
「今更勝手なこと・・・。陽子がどんな気持ちだったか・・・!!私はぜったいに
反対だ!!」
「待てったら!!」
振り払った水里の手を再び掴む和也だが・・・。
パシッ・・・。
(え・・・?)
水里の前に陽春がかばうように
立ちはだかって和也の手を跳ね返した・・・。
「ま、マスター・・・」
「・・・。あ、あんた、誰だ・・・?」
「僕はこの店の店主です」
「店主?関係ないだろ」
「関係ないが、乱暴は見過ごせない。ましてや水里さんは
大事な常連さんだ。無理強いするなら相手になりますよ・・・」
和也をぎろっと睨む陽春。
穏やかな陽春とは思えない形相で・・・。
「・・・。わかったよ・・・。でも水里。悪いけど”これ”だけは
俺も諦めるわけにはいかない・・・。じゃあまたな・・・」
和也は水里をなんとも寂しそうな視線を送って
その場を離れた・・・。
「大丈夫ですか?」
「あ、は、はい・・・。ありがとうございます。マスター」
「でも道の真ん中で力ずくで引っ張るなんて・・・。所であの人は一体・・・」
「・・・」
重い表情に、あまり突っ込まれたくない水里の心境を陽春は悟った。
「あ、あぁそうだ。メニューの新作考えたんです。水里さん、よかったら
試食お願いできますか」
「・・・。ご、ごめんなさい。今日は・・・。すみません・・・!」
「あっ・・・」
水里は陽春に深々と頭を下げ、逃げるように
走っていった・・・。
(どうしたんだろう・・・)
いつもとはちょっと違った水里の雰囲気がとても気にかかる陽春・・・。
「兄貴。何考え込んでんだよ」
「夏紀」
今時の若い男が着るようなだぼっとしたズボンに
トレーナーを重ね着。
陽春とは対照的なこの男は陽春の弟、夏紀である。
これでも今人気若手作家の藤野夏紀その人だ。
「お前こそ、こんなところで何してるんだ」
「兄貴のコーヒーが恋しくなったのさ」
「ったく・・・。まぁいい。ともか入れ」
締め切り間近になると陽春の店に顔を出す夏紀。
気晴らしにきているのか、兄の顔を見に来ているのか、
いまいちその心理描写は図りきれない。
「な、今のあの女と一緒にいたの、高橋和也じゃねぇか?」
「高橋・・・?誰だ?」
「兄貴しらねぇのかよ。最近若い主婦に人気のインテリアデザイナーだよ。
ほら、ワイドショーでやってんだろ。”リフォーム大作戦”ってやつ・・・」
「・・・ああ。そういえばそんな番組あったな」
「でも、その高橋和也とあの女が知り合いだったとは・・・」
「お前、いい加減”あの女”なんていうのやめろ。失礼だろ」
「へーへー。分かりましたよ。じゃあ水里様さま」
「屁理屈いってないで、とにかく中、入れ」
留守にしていた店に入るとそこに。
「あ。マスター。こんにちは」
「康宏君」
康宏がカウンターにまたもやスーツ姿で座っていた。
康宏とは水里の子供の頃の可愛がった弟分。
既婚で、身重の妻がいる身。
だからやっきで仕事を探し、面接までこぎつけたが
落ちてしまい、偶然再会した水里に相談したりしていたのだが・・・
「すいません。勝手に入って。やっと仕事が見つかってマスターと
水里ねーちゃんに報告しようと思って・・・」
「そうか!よかったなぁ!」
「はい!ありがとうございます!」
康宏の方をポン!と力強くたたいた。
「水里さんなら多分、自分の店に戻ったと思うよ。
今、会ったから」
「・・・はい。見てました。声かけようと思ったけど
まさか和也兄と一緒だったなんて・・・」
その康宏の口振りは水里が一緒にいた男を詳しく知っている
ようだ。
「なぁ。あんた、あのおん・・・じゃなかった水里さんと
一緒にいた男、しってんのか?」
「はい。俺の兄貴のような・・・ってあなた!!もも、もしや!!
藤原夏紀さんですか!???」
康宏は夏紀の手をぎゅっとにぎる。
「お、おい。俺はそんな趣味ねぇぞ!」
夏紀、あとずさり。
「あ、自己紹介遅れました、俺、
水里ねーちゃんの弟分の康宏っていいます!俺、藤野夏紀のファンなんっす!!
すばらしい小説、いつも涙なくしては読めないッす!!」
興奮して夏紀の小説をべたぼめする康宏。
「・・・ふっ。そうかい・・・。俺の小説を人生の書ってか・・・。
ま、仕方ねぇよな、俺の小説は恋愛の中にふかーい哲学が隠れている・・・。
ふっ。ま、穴があくまで読んでくれや」
「はい!!師匠!!」
「うむ。私についてこい!!」
まるで仁義を唄った演歌の如く、
夏紀と康宏のバックにザッパーんと日本海の波が打ちつけているよう、
なんだかいつの間にか師匠と師弟の関係ができてしまったご様子で・・・)
(・・・こういうノリは俺にはできん・・(汗))
ちっと呆れ顔に陽春は買ってきた材料を冷蔵庫や棚に並べる。
「なな。所で、師弟よ。水里と太陽の”昔”の事、己はしっておるか?」
「はい。大体のことは・・・。でもそれが何か?」
二人の会話に陽春は
(・・・。夏紀の奴。さっきの水里さんの一部始終さては見てたな・・・)と
直感する。
「それらをすべて私に話すべし。そしたらわしの生サインを
さずけようぞ」
目をきらきらさせる康宏。
「ええ。本当ですか!わかりました。師匠!」
完全に乗せられてしまっている康宏・・・。
ぺらぺらと話し始めた・・・。
「ええっ。た、高橋和也が太陽の父親・・・!?」
「ああ・・・。和兄ちゃんが二十三、陽子姉ちゃん水里ねえちゃんが高3になる直前
ぐらいに話はさかのぼります・・・」
「驚いたな・・・。隠し子かよ・・・。こりゃ週刊誌騒ぐぜ」
「夏紀、もう詮索はやめろ。人様のことに他人が踏み込むものじゃないだろう」
「兄貴は聞きたくねぇのかよ。あの女・・・じゃなくて水里さんの知られざる過去・・・
なんて」
「興味本位は大嫌いだ。いい加減にしろ。夏紀」
そのとき、客が3人ほど入ってきた。
「客だぜ、兄貴、客!」
「・・・ったく・・・」
陽春は夏紀の探求を気にしつつ客に注文をとりに行く・・・。
「で、康宏。話の続きだ、聞かせろ」
「はいっ。師匠ッ!」
まんまと夏紀の策略に乗せられた康宏・・・。
しかし、その話は夏紀が思っている以上に
切なくて
生々しい過去だった・・・。
太陽の母親・陽子の設定を少々変えてしまった(汗)
結婚してすぐ離婚・・・ではなくて未婚の母ということで
これから先を進めるという・・・すみません(汗)