デッサン
第27話 7年前の雨
7年前。 水里と陽子、高3になる直前。、季節はまだ外が肌寒い頃・・・。 「水里、お前、また授業中ねてたんだってなー」 「う・・・。こらぁ。陽子。あんた和兄に言ったなー」 「だって。あんまりすやすや眠ってるんだもん。おっかしくって」 寒い日の夕方。 セーラー服に紺のコート姿の水里と陽子。 そして大学帰りの和也。 バイクをひっぱって3人、雪が残る道をゆっくり歩く。 「和兄、ちょっとは水里に言ってやって。まだ、進路決めてないのよ」 「しょうがない奴だな。水里お前・・・。夢とかはないのか・・・?」 「夢・・・か。皆きっとあるんだろうな・・・。インテリアデザイナーっていう夢がある 和兄がうらやましいよ・・・」 「お前には絵があるじゃないか」 水里は立ち止まり白い雪をひとつかみした。 「・・・。絵を書くことは好きだけど・・・。それを仕事にしようとかは思えなくて・・・。 ただ心に浮かんだものをそのときに書く・・・。子供が 楽しい気持ちで絵をかくみたいに・・・」 「・・・。水里らしくてあたしは好きだな。そういうの・・・」 「俺も。のんきなお前らしい思考でいいんじゃないか?」 「・・・なんかそれ、褒めてんのかけなしてんのかわかんないね。わっかん ないってんだ。ソレッ!!」 パシ。 水里は和也に一発、雪玉をお見舞い。 「あ、こら、てめぇやったなー!」 パシッ、 和也から水里へさらに一発。 流れ弾が陽子にもあたって、3人そろって雪合戦が始まった。 「こりゃ陽子ー!親友に手加減せいー!」 「勝負の世界は厳しいのよ!えいっ」 3人、腹のそこから大声をあげて笑う・・・。 小さいときからずっと一緒にいた3人。 それぞれ、親や家庭の事情を抱えていたけれど それにへこたれたことはない。 辛さや寂しさを分かち合える人がいたから・・・。 ずっと。3人このまま一緒にわらいあえていけると思っていた。 けれど・・・。 「・・・水里・・・。あのね・・・私・・・。和兄ちゃんに・・・自分の気持ち 言ってしまった・・・」 「え・・・?」 高校の屋上。 好物のアンパンをほおばる水里の手がとまった。 「・・・。ごめん・・・。私・・・。ずっと黙っていようと思ってたの・・・。だって 言ってしまったら、今の3人の関係・・・崩れちゃう気がして・・・」 「・・・」 「でも・・・。和兄ちゃんが・・・アメリカに行っちゃうって聞いて 自分の気持ち・・・抑えられなくて・・・」 「・・・」 「ごめん。ごめんね。水里」 「な・・・なんで謝るの・・・?あたしに謝る必要はないよ・・・」 ベンチに寝転がっていた水里は起き上がり、 陽子に背を向けた。 「・・・。ねぇ・・・。聞いていい・・・?」 「な、何を・・・」 「・・・水里のキモチ・・・」 水里の心はビクッとした。 あまり触れて欲しくない部分だったから・・・。 「・・・」 水里はとにかく応えに困り、必死に言葉を探した。 だが、浮かばない。 自分自身の気持ちなんて分からないから・・・。 「・・・。ごめん。この質問は一番水里が困るってわかってるのに・・・」 「でも・・・。これだけはいっとくね・・・。ヘンな”遠慮”だけはしないでね。 私・・・水里とだけはギクシャクしたくないから・・・」 「陽子・・・」 陽子も立ち上がり、空に向かって両手を伸ばした。 「うーん・・・。冬の太陽か・・・。私、冬の太陽が一番好き。 冷えた地上をほんのりあたためて・・・。人の心もあたためられるのよね・・・」 「陽子・・・」 「水里に似てる。冷たそうだけど本当は誰より人の心を溶かす術を知ってる・・・」 「・・・て、照れくさいこといわないでおくれ・・・(照)」 「うふふ。照れてるー。可愛いー」 「か、からかうなってー」 水里には・・・ 太陽を優しい瞳で見上げる陽子が一番あたたかいと 思え・・・。 (絶対に陽子と溝ができるのは嫌だ・・・) と心底思っていた・・・。 そんなある日・・・。 「え・・・!?和兄ちゃんが・・・!?」 インテリアデザイナーの登竜門といわれる大会で和也がデザインした家具が 他のデザイナーの模倣ではないかと疑われ、出展禁止になってしまった。 そのことは、雑誌にも載って話題となっていた。 「盗作だなんて・・・。和兄ちゃんがするわけない!!」 雑誌をみながら水里と陽子は口をそろえて言った。 盗作疑惑をかけられてすぐ・・・ 和也の行方がわからなくなった。水里と陽子は必死に和也を探した。 アパートも探したがもどっておらず・・・。 「どこにいったんだ・・・。和兄・・・」 それから1週間たって・・・。 雨の日。 その日は朝から激しい雨が降っていた。 学園に一本の電話が・・・ 「はい。もしもし。風の歌学園ですが・・・」 水里が出ると聞こえ簿絵のある声・・・。 「・・・水里か・・・?」 「和兄?い、今どこにいるの!?」 「・・・アパート・・・う・・・」 何だか様子がおかしい・・・。 水里はすぐ学園を出て、和也のアパートに走った。 水里の様子を陽子は学園の門から 見ていた・・・。 ドンドン! 和也のアパートのドアを叩く水里。 返事がない。 そっとドアを開けると・・・。 「和兄!!」 布団に顔中傷だらけの和也が横たわっていた・・・。 「和兄、大丈夫!?しっかりして!生きてる!?」 「・・・。なんとか・・・な・・・」 「よかった・・・。と、とにかく傷の手当てしないと・・・!」 水里は救急箱を探し、絆創膏出した。 「・・・痛・・・」 頬の傷に貼り付ける水里。 顔の傷は酔っ払いと昨晩ケンカしてつくったらしい。 「和兄がケンカなんて・・・らしくないよ」 「・・・俺らしくない・・・か。俺らしいって何だろうな・・・」 和也は机の上の雑誌の記事に目をやった。 「・・・あんな記事、誰も信じてないよ。和兄」 「なんで言い切れる?もしかしたら・・・ってこともあるじゃないか」 「絶対無い!!!少なくともあたしの中の和兄は そんな姑息なことしない」 「・・・」 「和兄が投げやりなこと言っても・・・。あたしは 自分を信じるよ。和兄を信じる自分を信じるからね・・・!」 まっすぐに和也を見つめる水里・・・。 固い意志を感じられる・・・。 「だから和兄も自分を信じ・・・」 和也は・・・ (え・・・?) 絆創膏を貼ろうとした水里の腕を掴み・・・引き寄せた。 「・・・水里。俺が・・・俺がデザイナー目指したのは・・・お前 のおかげなんだぞ・・・?」 突然の出来事に・・・水里の思考と心臓は 真っ白で止まりそうだった・・・。 「ガキの頃・・・。俺が学校で作った椅子あっただろ・・・? へたくそだってからかわれて悔しい時・・・。お前、椅子にくれよんで 花の絵かいて言ってくれたよな・・・」 ”和兄ちゃんのいす、絶対かっこいいもん!信じてるもん・・・!” 顔中絵の具だらけにして・・・。 「・俺がつくったもの・・・ 喜んでくれる奴がいるって嬉しかった・・・。とても・・・」 「・・・」 和也の声が・・・あまりにも優しい声だから、 水里は動けない・・・。 「・・・なぁ・・・。水里。俺と・・・。どっか行かないか・・・?」 「え!?」 「全部捨てて・・・どこか遠くに・・・」 水里はさっと和也から離れた。 「な・・・何言ってるの・・・?」 「お前となら・・・いや、お前と行きたいんだよ・・・。ここから 離れてどこか遠くへ・・・」 「そ、そんなこと、できるわけないだろ・・・っ。和兄」 「できる・・・。お前が一緒なら・・・」 「できるわけな・・・」 (・・・!!) 顔を上げた水里にぐっと顔を近づけた和也・・・。 ドンッ!! 和也を突き飛ばしてしまった水里・・・。 「こ、こんなの和兄じゃないっ・・・。こんな・・・」 「じゃあ、俺らしいってのはなんだ!!教えてみろよ!!」 「・・・。そんなモン、自分で探せ・・・!!馬鹿野郎!!!」 バタンッ!!! カンカンカン・・・。 走り去る水里・・・。 和也はくしゃっと自分の髪を掻き揚げる和也・・・。 ”そんなモン・・・っ。自分で探せ・・・っ” 水里の言葉が突き刺さる・・・。 「わかんねぇから辛いんじゃねぇか・・・っ。くそぉおッ!!」 再び布団に塞ぎこむ・・・。 見えかけた自分の夢が・・・。 消えた。 あのデザインには自信があった。 自分のすべてを注ぎ込んだのに・・・。 「畜生っ!畜生!!畜生ーーーー!!!」 畳を叩きつける和也・・・。 「もうやめて・・・っ」 和也の拳を止めたのは・・・。 「陽子・・・」 「和兄・・・。もうやめて・・・。これ以上・・・。自分を責めないで・・・」 「陽子・・・」 陽子は和也をそっと両手に包んだ・・・。 「和兄ちゃんは・・・一人じゃないから・・・。だから・・・。 自分をいじめないで・・・。お願い・・・」 「陽子・・・」 「和兄は・・・一人じゃない・・・。絶対・・・」 「陽子・・・」 自分のために泣く陽子・・・。 愛しさが込み上げてくる・・・。 二人はみつめあって・・・。 そしてそのまま・・・。 二つの影は・・・一つになって・・・ 倒れた・・・。 「あっれー?水里ねーちゃんと陽子姉ちゃんはがいねぇ」 夕食。食堂では子供達がいっせいに カレーにかぶりついていた。 だが、水里と陽子の姿がない。 「なら、ねーちゃんたちの分、おれがもーらいっと。康宏、 おめぇはだめだからな!」 康宏、12歳。 兄貴分たちにカレーのお代わりをとられ、ちょっと 泣きそうだった・・・。 一方・・・。水里は・・・。 部屋で一人。 ベットで塞ぎこんでいた。 ”お前となら・・・どこへでも行ける・・・” 低い声だった・・・。 聞いたことのない・・・。 ”男の人”の声・・・。 水里の心臓は休まらない・・・。 ”俺がデザイナーを目指したのはお前のおかげなんだよ・・・” 「・・・」 水里は起き上がり、押入れの中からあるものを取り出した・・・。 「小さい椅子だなぁ・・・」 和也が子供頃、作った椅子・・・。 小学校の参観日に発表する椅子だった。 和也の椅子は大笑いされて・・・。 でも、水里はこの椅子が好きだった。 手に切り傷をつくりながらつくったのを知っているから・・・。 (和兄・・・) 「あ、水里ねーちゃん、どこいくんだ!?」 食堂を通り抜け、 水色の傘を差し学園を飛び出していった・・・。 バシャバシャッ。 水色の傘が激しい雨の中走る。 アパートを見上げる水里・・・。 椅子を持ってゆっくりと階段をあがっていく・・・。 椅子を見て・・・もう一度和也がやる気になって くれると思って・・・。 (和兄・・・) 部屋の前に来ると・・・。 少しだけドアが開いている・・・。 中は暗いのに・・・。 (どうしたんだろう・・・) ドアの隙間から・・・中をのぞく・・・。 薄暗くて見えない・・・。 そのとき、ピカっと雷が光った・・・。 (・・・!!) 一瞬・・・。 稲光で見えた光景は・・・。 (和兄・・・陽子・・・) 薄い布団で何も着ていない寄り添う・・・ 二人の姿だった・・・。 体の力が抜けそうだ・・・。 崩れていく・・・。 3人で過ごした日々・・・。 稲光がまるで体に貫通したような衝撃で・・・。 力が入らない・・・。 カタンッ・・・。 水里は椅子をドアの前にそっと置いて・・・ 雨の中、 来た道を・・・ 混乱する心いっぱいにしてもどっていった・・・。 「ん・・・」 物音にきずき、目を覚ます和也・・・。 玄関に出ると・・・。 「!!こ、これは・・・」 自分が作った椅子・・・。 これがここにある・・・ということは・・・。 (・・・水里・・・っ) その瞬間・・・ 和也の中の水里の笑顔が、砕け散った・・・。 それからすぐ・・・ 和也はアメリカへ飛び・・・ 陽子は高校も病め、学園を出た・・・。 一度に2人水里の前から 大切な人が消えた・・・。 それから半年後。 街で偶然、お腹が大きい陽子と水里は再会することになる。 それはまた別に話・・・。 水里、18才を向かえる年だった・・・。 「へぇ〜。単純明快な人生を歩んでるように見えて あの女にそんな過去があったとは・・・。親友の”現場”に 遭遇、目撃なんて・・・。ま、よくある話っちゃ話だけど・・・」 夏紀はカチッとたばこにライターで火をつけた。 「水里ねーちゃん・・・それから狂うように絵を描いてました・・・。 俺らには悲しそうな顔みせなかったけど・・・」 コーヒーをずずっとすする康宏・・・。 「でもま、アイツが恋愛オンチの理由がわかったぜ。 親友に男を寝取らて、おまけに ガキまで仕込まれて・・・。そりぁ、トラウマになるわなー」 偉そうにコーヒーをすする夏紀。 恋愛小説家の分析だ、といわんばかりにかなり 得意げで・・・。 「でもその相手がまさかあの高橋和也ってのは・・・。ふふ。 いいねた聞いたぜ。これを編集部に言えば締め切りを・・・。ってわッ!!」 カウンターから殺気を感じる夏紀・・・。 「な、なんだよ・・・兄貴・・・」 「・・・。お前・・・。人のプライバシーを売る気じゃないだろうな・・・」 「い、いやけ、決してそんなことは・・・」 「本当だな・・・?」 「はい、誓います・・・」 陽春のものすんごい形相に夏紀、冷や汗・・・。 (兄貴キャラ違うじゃねぇか(汗)) 「で、でも、兄貴だって驚いただろ?まさか 水里が親友に取られただなんて・・・。おまけに子供まで こさえられて・・・。な、兄貴、あ・・・」 ビシっ。 陽春が拭いていたカップにヒビが入る・・・。 「俺はな・・・。昔から無神経な奴と暴力だけは許せないだよ・・・。 それから俺の前で卑猥な言い回しはするな・・・!!」 (ヒイイ・・・っ(顔がムンク)兄貴が自分のことを”俺”と言った・・・!! 柔道三段の兄貴がお出ましだ!これは ヤバイ・・・ッ!!) 「は、ハーイ。お兄様、じゃあ、僕はお仕事がありますのでこれにてッ」 バタンッ。 陽春の雷が落ちる前に、そそくさと弟は 逃げて帰りましたとさ・・・。 「・・・全く・・・。困った奴だ・・・」 あきれてため息をつく陽春。 「あの・・・。マスター・・・」 「なんだい・・・?」 「あの・・・。きっと水里ねーちゃんかなり混乱してると 思う・・・」 「・・・」 ”絶対、俺はあきらめないからな・・・!” ついさっき、店の前で口論していたと、康宏にはいえない陽春。 「水里ねーちゃん・・・。自分のことはなんか抱え込むたちだから・・・。 だから、水里ねーちゃんのこと、宜しくお願いします」 「・・・別に僕に頼まれても・・・」 「水里ねーちゃん、マスターのこと信頼してるから」 「えっ・・・」 カップを拭く陽春の手がとまった。 「最初にここに来たときからわかりました。他人には どっか距離おくねーちゃんだけど・・・」 ”天下一のおいしいコーヒーのお店、紹介してやるよ。 身も心も癒され、リフレッシュ間違いなし!” 「そう言って店のマッチくれた・・・。本当に嬉しそうに・・・」 「・・・」 「だから、マスターのコーヒーで、水里ねーちゃんリフレッシュして やってください!」 「・・・。はい。僕のこーひーでよければ」 「ふつつかな姉貴ですが、宜しくお願いします!」 と、笑いながら康宏と陽春は握手しあった・・・。 「宜しくお願いします・・・か」 夜。 寝室で一人・・・机に向かう陽春。 日課の日記を書いているが・・・。 「ふう・・・」 なんとなく筆が進まない。 ”もう話すことはない!” ”でも俺は諦めないからな・・・!” 昼間の水里達のやり取りを思い出す・・・。 (あの感じだと・・・。多分・・・太陽君について もめていたのか・・・) 「・・・」 夏紀に人の事情に深入りするなとは言ったが・・・。 なまじ、自分も話を聞いてしまい、まして和也と水里の口論する場面を見てしまうと・・・。 気にかかってしまう。 「高橋和也とかいう男はどういうつもりで会いに・・・。もし、太陽君を引き取りたいとか だったら許せないな。な、雪」 写真たてをてにとる陽春。 ”なにが友情だ。その親友に結局、男を取られたってことだろ” 思春期の少女が・・・。 生々しい男女の事情を体験してしまったら 心はどれほどの衝撃だっただろうか。 水里の心は・・・。 「・・・」 日記帳のペンが止まる。 『患者の心と体のケア、両方のバランスを保つことも治療の一環だ』 医学生だった頃、恩師からそんな言葉を聴いたことがある。 体にメスをいれるということは、『治療』という行いであっても、 傷をつける・・・というところからはじめなければいけない。 それと同じで人の心に触れる・・・ということは ”メス”と同じ役割で傷口を嫌がおうにも開くということで・・・。 ましてそれが恋愛絡みだとしたら ひとそれぞれの蟠り(わだかまり)があるだろう・・・。 (・・・触れて治る傷もある、傷が治るのをじっと待つことも・・・か) 心にむやみに”触れない”優しさもあるだろう。 だけど・・・。 (・・・。自分にできることは何かないかな。何か・・・) 「・・・なぁ・・・雪。お前はどう思う・・・?」 写真の中の雪に尋ねる陽春・・・。 雪はだた笑っている・・・。 「・・・。そうだよな。難しいことだ・・・だけど・・・」 ”心も体もリフレッシュできる天下一おいしいコーヒー屋さん!” 「・・・。コーヒー屋として水里さんが元気になるものを淹れる・・・。 それを頑張るかな・・・。な、雪・・・」 陽春はその日の日記には、夏紀と康宏が来たことと・・・。 『水里さんと太陽君がずっと一緒にいられますように・・・』 と書かれていた・・・。 陽春の日記・・・。 ほとんど雪との思い出ばかり綴ってあった・・・ 雪に話しかけるように・・・ だが最近の陽春の日記は・・・ 来た客の笑い話や街路樹がいろづいたこと・・・。 楽しさが感じられた。 そして特に『水里』の二文字が多く出てきていた・・・。