デッサン
scene28 冬の太陽
〜命のママ、心のママ〜
”おっでかけ、おっでかけれっつらゴー!”
お気に入りのピカチュウリュックを背に、太陽、気合が入ります。
だけどちょっと心配。
水里の友達というが、初めて会う人。
それに・・・。
(なんか水里ママの顔・・・ちょっといつもと違う)
と太陽は少し敏感に感じていた。
そして水里と太陽は陽春の店の前に・・・。
和也との約束の時間は10時だ。
(もうすぐだな・・・)
複雑な表情で腕時計を見る水里。
(・・・)
足元でじっと水里の様子を伺う。
そんな二人の前に。
左ハンドルの白い高級車が止った。
ガチャ。
紺のPコートラフな格好の和也。
今年32の男には見えないほど・・・。
「おはよう・・・」
「おはよ・・・」
和也が近づいてくるとささっと水里の背後に隠れた。
「・・・。あ・・・太陽君。おはよう。この間・・・一度あったよね・・・?
僕は高橋和也といいます」
和也も少し緊張した面持ちで太陽の視線までしゃがんだ。
太陽はさらに水里のズボンにしがみついて
いつにもまして、初対面の人間を警戒している。
「・・・。困ったな・・・。嫌われてるみたいだな・・・」
うつむきく和也。
(・・・仕方ないな・・・)
水里は渋々助け舟を出す。
「太陽。この人は怖くないよ。大丈夫。私の友達だし、陽子ママの
友達でもある。ね?ほら、握手してごらん」
「・・・」
水里の顔を不安そうに見詰めるが、太陽は恐る恐る
和也の手をそっと触ってみた。
「・・・ね?あったかいでしょ・・・?」
太陽はうんとうなずいた。
「太陽も一緒。だから、大丈夫だよ」
水里はぎゅっと太陽を抱きしめた。
太陽は大分落ち着いたよう・・・
(・・・)
太陽と水里の絆をずしっと和也は感じた。
「和也兄。今日はどこへ・・・?」
「あぁ・・・。アニメの映画とか・・・。”ポケモン”とかいったけ」
「・・・!!」
”ポケモン”の一言に太陽の瞳がキラン変わった。
「よかったね。太陽。あんたが見たいって言ってた映画だよ」
”うん!じゃあ、ピカチュウに言ってきまっさぁ”と
木枯らし紋次郎のように、気障にきめた。
「じゃ、今日一日お願いします」
「あぁ。あの、水里・・・」
和也は何か言いたげな顔・・・。
「いや・・・いい。じゃあ夕方までには帰ってくるから・・・」
ブロロン。
元気のないエンジン音。白い高級車は日曜日の道路を走っていった・・・。
「・・・ふぅ・・・」
ため息。
空の雲も重たく・・・
「水里さん」
「!」
白いセーターの陽春。
「・・・中に入りませんか?」
「え・・・。でもまだ開店じかんじゃ・・・」
「・・・今日は臨時休業です。ふふ。メニューの試作またお願いしたいんです」
「でもあの・・・」
「いいから、いいから」
ちょっと強引に手を引いて試食タイムへ誘われた水里だった。
※
『西栄冬アニメフェア』
日曜日なのでアニメ映画は親子連れで満席。
太陽と和也はちょうど真ん中のいい位置に座れた。
「太陽君。もうすぐ始まるね。ポケモンってどんな生き物なんだい?」
「・・・」
太陽はリュックからお絵かき帳を取り出して
昨日書いたピカチュウの絵を見せた。
「へぇ。可愛らしいけど強そうじゃいね・・・」
「・・・(怒)」
太陽はむっとしてお絵かき帳をすぐ閉じ、リュックにしまった。
「あ・・・。ごめん。何かわることいったかな」
(いった。ピカチュウは弱くなんてないもん!)
ご機嫌斜めな太陽。
しかし、映画が始まると同時に太陽、もう、ポケモン魂がもえたぎって
「ピカチュウ、行け!攻撃だ!」
と映画の中で心の友のピカチュウが活躍するシーンでは
拳を握り締め
”行けーー!ピカチュウ!!!”
といわんばかりに足をばたつかせて応援!
「・・・ふふ・・・」
アニメに夢中になる自分の子・・・。
仕草や笑顔が何だか急に可愛らしく感じて・・・。
(・・・水里の子供の頃とそっくりだ)
テレビを真剣に見ていた少女時代の水里の姿と重なった・・・。
まだ興奮冷めやらず、太陽。
映画が終わってもピカチュウ人形をだいて鼻息が荒い太陽。
「面白かったかい?太陽君」
太陽は頷いた。
「そろそろお昼だね・・・。どこかレストランでも入ろうか?」
太陽は顔を横に振ってリュックからお弁当と敷物を取り出す。
「あ・・・。なんだ水里手作り弁とうか」
”おいしいよ!水里ママが朝から作ったんだ!”
と、和也に見せる。
「・・・そうか。じゃあ、公園で食べようか」
”うん!”
二人は川原の土手に行き、
ピカチュウの敷物を敷いてすわった。
土手の下のグランドでは親子連れがキャッチボールをしている。
二人分のお弁当箱。
パカッっとふたを開くと、卵の黄身と青海苔でピカチュウの絵が描いてあった。
「ぷっ・・・。あいつらしいなぁ。んんじゃいただき・・・ん?」
太陽は陽春にむかって、
”ちゃんといただきます、しないとだめ!”とお絵かき帳に書いた。
「・・・。あ、そ、そうだな・・・。いただきます」
太陽は手でわっかをつくってOkのサイン。
細かいことにこだわるところはやっぱり誰かとそっくりで・・・。
太陽を見ていると思い出すのは水里の子供頃。
いっつもスケッチブック持って・・・。
太陽と同じ引っ込み思案な分、絵を描いて誰かを喜ばせることがとても好きだった。
口上手だが嘘だらけの世間よりずっと、大切な言葉を知っていた。
そんな・・・少女だった。
その少女を・・・自分は・・・。
裏切った。少女の親友をも・・・
男の身勝手さで・・・。
「ん?太陽君。どこを見てるんだ?」
「・・・」
太陽の視線の先には・・・。
「パパー。もっと強い球なげてよー」
「大丈夫かー?」
「俺、エースだもん。大丈夫だよー」
真新しいグローブでキャッチボールをする父子・・・。
「・・・太陽君・・・」
だた、じっと無表情で見詰めている。
寂しげでもなく、うらやましげでもなく・・・。
「あ・・・」
太陽の足元にボールが飛んできた。
太陽は白いボールを拾う。ボールを投げた少年が
走ってきた。
「拾ってくれてサンキュー!」
やっぱり初対面の人だと緊張する太陽。
「・・・。お前もパパと一緒に遊びにきたのか?」
太陽は思い切り顔を横にふって否定した。
「ん?違うのか?でもパパと野球って楽しいぞ。やっと
会社の休みとれたんだ。ふふ。じゃあな!」
「・・・」
笑顔で父親の元に走っていく少年の背中を太陽は・・・
ただ、黙って見ていた・・・。
(・・・太陽・・・)
「太陽君、どうだ?一緒に野球やろうか?」
太陽は無言で再びスケッチブックを取り出し
絵を描き始めた。
「太陽君・・・」
6歳のちいさな心。自分の父親と母親のことはどこまで知っているのだろう。
水里は本当のことを話しているのだろうか。
和也の胸に、太陽が自分のことをどう思っているのか知りたいという強い欲求が沸いた。
「・・・太陽君。聞いていいかな。その・・・太陽君のママは一体誰だい・・・?」
太陽はやっぱり筆記方で和也に応えた。
水色のクレヨンで。
『いのちのママがようこママ、こころのママがみさとママ』
「いのちのママ?こころのママ・・・?」
昔どこかで聞いた台詞だ。
『和也兄。あたしにはね、二人母さんがいるんだ。”命”を与えてくれた母さんと
”心”を育ててくれた母と・・・。あたしの場合。心の母はシスターかな』
(水里・・・)
「・・・。じゃあ・・・パパの方は・・・?」
「・・・」
太陽の沈黙に和也に緊張感が走る。
クレヨンが暫く止って何か書いた。
黒のクレヨンで。
太陽が書いたのは・・・。
『こころのパパはますたあ(よてい)いのちのパパは・・・まりあさま
だけしってるの』
「・・・マリア様だけが・・・って・・・」
太陽はもうk和也の質問を受け付けないかのように、お絵かき帳をリュックに
閉まった・・・。
(太陽・・・)
小さな心の中・・・。大人が思うよりずっと
ちゃんと自分の現実をしっている。
・・・痛みや疑問を抱えながら・・・。
それから太陽は和也が何を尋ねても応えなくなってしまった。
筆談さえ・・・。
(俺は・・・なんて馬鹿なことを聞いたんだ・・・)
迂闊。
アメリカで太陽の存在と陽子の死を知ったときただ、ただ驚いた・・・。
何もしてやれなかった自分を責めた。だが一方で・・・。
アメリカに単身わたってやっと掴んだ夢。
成功し、名声があがった自分を強く意識した。
”いつか、マスコミに知られる前に・・”
そんな気持ちがどこかにあった。
(全て。見透かされたようだな・・・)
帰りの車の中。太陽は一度も和也と目を合わせない。
それが。
太陽の”答え”だと和也は痛感した・・・。
ブロロン。
和也の車が止る。
眠ってしまった太陽を抱き、和也は店に中に入った・・・。
「太陽!!」
「すっかり夢の中みたいで・・・」
水里の腕に太陽は返される・・・。
「・・・。きっと緊張してたんだろうな・・・。太陽。ごめんね・・・」
水里はぎゅうっと太陽を抱きしめた。
太陽は敏感な子だ。どうしてなれない人とお出かけしなければならかったか
きっと疑問だったし不安だったと思う・・・。
「高橋さん・・・でしたよね?どうぞ。コーヒー入れますから・・・」
陽春の誘いを首を振って断る和也。
「・・・。水里。俺・・・太陽君に完璧に振られたよ。」
「え?」
「俺には・・・。太陽君に父親だと名乗る資格すらない・・・。
太陽君にそう言われた気がした・・・」
寂しげに和也は言う・・・
「・・・。太陽はお前と陽子の子だ。特にお前、そっくりだ」
「和也兄・・・」
「・・・。頼む。俺は影ながらできることを精一杯するから・・・。
じゃあな・・・」
和也は一度出て行こうとしたがドアの前で立ち止まる。
「・・・。水里・・・。ごめん・・・」
(・・・何のごめん・・・?)
「それから太陽を・・・。育ててくれてありがとう・・・」
水里に深々と頭を下げ・・・。
和也は店を静かにあとにした・・・。
「・・・和兄・・・」
”ごめん・・・水里・・・”
一体あのごめんは何に対しての・・・?
あの7年前の雨の日・・・。
まだ心の中で降っている・・・。
でも・・・激しい雨から少しだけ
小雨に変わった。
少しだけ・・・。
「・・・水里さん太陽君、こちらに寝かせましょう。毛布持ってきますから」
「あ、はい・・・。すいません・・・」
窓側のソファの席に太陽を寝かせる。
よほど疲れたのか、体を九の字にして丸くなって・・・。
それに。
親指を口にくわえて。太陽は辛いことがあったりすると
いつもこうする・・・。
(・・・。太陽。ごめんね。大人の勝手に巻き込んで・・・)
「・・・。太陽君・・・ぐっすりですね」
陽春は白い毛布を太陽にかけた。
「・・・。只でさえ知らない慣れない人と丸一日過ごすなんて気を張る
だろうに・・・。まして和兄は太陽の実の・・・。6歳の子に大人の事情を
押し付けてしまって・・・。やっぱり会わせなかった方がよかったのかな・・・」
水里は太陽の前髪を撫でる。
和也が太陽に何を聞いたのか、何を話したのか。
「・・・。水里ママのだっこが一番」
「え?」
「太陽君、この間、一緒にキャッチボールしたとき、
疲れたら水里ママのだっこが一番っていってました」
「・・・。太陽が・・・」
「ね・・・?」
陽春は微笑んで言った。
「・・・はい」
水里は太陽を白い毛布ごと抱きしめ、座った。
(太陽・・・。ごめんね。今日は楽しい夢みてね・・・)
そう思って優しく・・・。
「あ・・・。雪が・・・降ってきましたね・・・」
陽春は太陽を抱いた水里の横に座り、窓をぼんやり眺めた。
「・・・。マスター。あたし・・・」
「何です?」
「・・・。いえ・・・」
「・・・。今日一日・・・ずっとそうやってあげていてください
ただ・・・抱きしめられるだけで・・・。温もりは伝わるから・・・」
(マスター・・・)
陽春の瞳は遠くを見つめていた。
あの・・・水里が一度だけ見た果てしなく切ない瞳だ。
(・・・なんか・・・)
陽春が・・・まるで誰かに抱きしめて欲しい・・・
こころがさむそうで・・・
そう言っているように聞こえた。
(・・・って。ちょいと妄想しすぎかな。私・・・)
「マスター。あ・・・!???」
水里はビクッとした・・・。
突然、肩に陽春の顔がもたれ・・・。
(こ、こ、これは・・・)
陽春の前髪が頬にかかる・・・。
微かに寝息が聞こえて・・・。
(・・・。あ、あ、あのっ。私は一体、どうリアクションとればッ!?
神様、仏様、いかりや長介さま高木ブーさま!←(?))
水里は緊張のあまり不明な思考と背筋がぴんっと伸びた。
「スースー・・・」
「・・・(照)」
色っぽい陽春の寝顔に・・・ちょいと見とれてしまいました。
水里ママ。
(はっ。ふ、不謹慎な思考ッ!!太陽がいるというのに!!
いかんぞ!水里!それに初めてじゃないし。別に・・・)
そう・・・陽春の寝顔を見るのは・・・2度目だ。
最初は・・・涙と一緒に・・・。
『言葉なんかいらない・・・だた抱きしめられるだけで人は・・・。
”想い”を感じられる・・・』
水里
(私の腕はマスターを包むほど大きくないけど・・・。だけど・・・)
想いは伝えられる。
「太陽もマスターも・・・。あったかい夢・・・みてね・・・」
左腕に太陽。右肩に陽春・・・。
ちょっと重たいけどぬくもりが伝わって・・・。
水里のまぶたもいつの間にか閉じていた・・・。
身を寄せあって眠る3人・・・。
雨は止み、太陽が・・・
冬の太陽が・・・3人に注いで包んだ・・・。