デッサン
第30話 小さな祈り
わぅーん・・・。 早朝7時。 ミニピカの泣き声で水里は目を覚ます。 寝癖を思い切りつけて、水色のパジャマのまま ぼうっとした顔で台所に立ち、ミルクをあっためる。 「ふあぁー・・・」 拳ひとつ入るくらいに大きなあくび。 わぅーん・・・。 「へいへい。ちょいとおまちよー。ミニピカよ」 店の隅のピカチュウの座布団。 くるんとまいたしっぽを震わせてちょっと早い朝ごはんです。 「ほい。モーニングミルクだよ」 ミルクをぺろぺろと勢いよくなめるミニピカ。 「ったく。おめぇは。ご主人さまよりお先にごはんとは 何事じゃ。ふふ」 クワン! クリーム色のふわふわの毛。水里が抱き上げると ほほをなめて、”ごちそうさま”のごあいさつ。 「おいー。あたしのほっぺはミルクじゃいよー。くすぐってぇ」 すっかり水里にも仲良しです。 家族が増えて水里もひとり寂しい夜も和むこの頃。 だが、命が一つ増えるということはそれだけお金や物が必要ということ。 負担が増えるということ。 「えっとー。まず、保健所に行って・・・」 とある協会に飼い犬の写真、それと 飼い主の住所と電話番号を 登録する。 そうしておけば、もしいなくなって保健所に連れてこられても 最悪の場合を絶対的に避けられ、飼い主の元へ還れるシステムだ (↑※私があったらいいなぁと思った架空の システムです) さらに。 「あー。こらー!あばれるな!ミニピカ。注射嫌いなのは 太陽と同じですがな」 近所の動物病院で何種類かの予防接種。 注射の針だけ見て、診察台で大暴れしたミニピカ。 冷や汗をかいた水里です。 さらに犬のしつけについて色々獣医さんに 聞いた。 最近は家の中で飼う犬が多いのだが、できるだけ部屋の中で 飼うのはよしたほうがいいと聞いた。 犬には犬の、人間には人間の”領域”がある。 部屋の中で飼うとしてもできるだけ、犬と居場所と人間の居場所 を区別するような形がいい。 ペットと仲良く共に暮らしていくためには人間の方がきちんと 様々なことを勉強し、理解しなければいけないと獣医は話した。 「一緒に暮らしていく上でのマナーか・・・。うん、大事なことだ。 人間同士の家族でもいえることだな。・・・ま、一人暮らしのおなごには 寂しい話題ですが(苦笑)」 ワン! 「そんな返事するなー。ふふ・・・」 黄色の首輪のミニピカ。 ちょこちょこと、水里の横をちゃんと足並みそろえて(?) 歩く。 そこへ。 「おお・・・」 (キレイナひとですな・・・) 通りすがりの若いOL。 大きなバックを担いでいると思ったらそこになんと ひょこっとミニチュアダックスの子犬が入っていた。 最近”癒されたい”人間なんてフレーズで無類のペットブーム。 ことに、小型の犬が人気で人間様のバックに入って街中を 散歩する犬まで登場している。 「・・・まぁ。人様それぞれだけど、ミニピカ、あんたはちゃんと 自分の足で歩こうね!」 ワン! 決意も固く、ミニピカは小さな足を地に付けて歩く。 (でも・・・。ミニピカは左足が・・・) そう。 ミニピカは左足を少し引きずって歩く。 動物病院で予防接種と一緒にレントゲンをとってもらった。 すると骨が少し変形しているらしい。 歩くのには支障はないが思い切り走るのは難しいかも・・・と獣医に言われたのだ。 「きっと走れるようになるよ。太陽とあたしがついてんだから!」 ワン! 世の中には走れる元気な足を持つ犬がバックにはいって人間に運ばれ、 一方では 足をひきずっているけどちゃんと自分で歩いている犬もいる。 人間も同じだ。 遠くない目的地でも車を使う人間もいれば、 車椅子や盲導犬の力を借りて なお、自分の足で、強い意志で前へ進もうとする人間もいる。 この不思議さ。 水里はミニピカと過ごすようになってそれを感じていた。 買い物帰りに陽春の店に寄る。 流石にミニピは店の中に入れないので 店の看板の陰で水色の傘を差してちょいと雨宿りだ。 「わぁ・・・!」 水里の嬉しい声。 陽春に頼んだ”あるもの”が完成したのだ。 「久しぶりにのこぎり持ったので少し不恰好になりましたが・・・」 「そんなことないですよ!しっかりした作りで、マスター。大工さんも できるんじゃないですか!」 「どうも。でも大げさですよ」 「いや、お医者さんもある意味、”人の体の大工さん”ですよね。切ったり縫ったり するんだから。うん」 「・・・はは(苦笑)」 (ちょっと違う気もするが) 水里が陽春に頼んだもの、それはミニピカのmyハウス。 それも、太陽デザインでずばりタイトルが『ピカチュウハウス』なのだ。 ピカチュウが口が入り口。 黄色のペンキで塗られた板。黒のしま模様もちゃんとある。 「お店があるのに・・・。本当にありがとうございました」 「いえ。僕も楽しかったです。それに太陽君の頼みとあっちゃぁ断れませんし」 「でも水里さん、ミニピカの家、どうやって持って還れるんですか?」 「あ、ご心配には及びません。担いできますから」 「か、担ぐ?」 水里はひょいっと荷物紐を取り出し、背中にミニピカハウスを巻きつけた。 (その姿で還るのか・・・(汗)) 「あ、軽い軽い。大丈夫。よっこらせっと」 「・・・(汗)ほ、本当に大丈夫ですか?」 「はい。このくらいいい運動になりますし。それに、ミニピカは『水色堂』の 看板犬ですから。じゃ、マスター、失礼します!」 ガタッ! まるで亀の甲羅のように水里は担いで出て行った・・・。 ちょっと唖然とする陽春。 「・・・あの小柄な体に秘められたパワーはすごいな・・・(笑)」 元気いっぱいの水里みているとなんだかエネルギーが不思議と沸いてくる。 太陽のことで一生懸命な水里は特に・・・。 「さーて。俺も負けてられないな」 背伸びをして店の掃除に力を入れる陽春だった・・・。 「よし。ミニピカ。お前の家ができたぞよ」 水色堂の横。シャッターの脇に黄色い犬小屋・・・いやいや、ミニピカハウス、建設。 中にあったかい毛布を敷いてあり、壁の板には暖房材を使用しております。 「ささ、ミニピカさん、どうぞどうぞ」 ミニピカはキョロキョロしながら中に入る。 「どうですか?住み心地は?」 ワン! ひょこっと入り口から顔を出す。 くるりん尻尾をふりふり。 「そうか。気に入ったのか。そうだよねぇ〜。だってマスター の手作りだもんねー」 陽春の手作り。 それが店にあるだけでなんだか嬉しい。 「これから我が水色堂の看板犬として頑張ってくれたまえ!」 ワン! 元気に鳴くミニピカ。 看板犬としての任務をおおせ使い、その実力はなかなか。 「きゃー♪可愛いー★」 店の前を通り過ぎる中高生に愛想をふりまけば皆、振り返り 撫でていく。 集客力は抜群。 「いらっしゃいませー♪」 (ふふ。ミニピカ効果絶大♪今夜はドックフード お変わりいっぱいあげるからね!) ミニピカも大好きなドックフード(煮干味)が食べたくて 一生懸命働きます。 「さすがに冬の公園は人がいないな〜。ミニピカ効果もない」 久しぶりに晴れた冬の日。 二ヶ月ぶりに絵を描きに来たが誰もいない。 カレンダーの上では立春をすぎたがまだまだ寒い・・・。 「ふぅ。今日は開店休業ですな。似顔絵屋さんも。ね、太陽。って あんたらいつまでひっついてんの」 キャンバスの横でミニピカと遊ぶ太陽。 一週間に一度しか会えない。太陽とミニピカ。 運命の二人。 昨日の夜から抱き合って離れません。 ワウゥ【太陽、さみしかったよ。僕】 太陽 【ぼくも。ずっとミニピカのこと、思ってたんだ】 などと会話しているつもりらしい太陽、心のビジョン。 「ま、ミニピカだっこしてたらあったかいしね。さらに 私が包んであげましょー♪」 一番最後に水里が太陽ごと抱きしめる。 サンドイッチ。 公園に水里たちだけのにぎやかな声が響く・・・。 雪と戯れる二人と一匹に近づく大きなのっぽな影。 「水里さん」 黒のPコートを着た陽春。 水里と太陽は雪だらけ。 「こ、こんにちは。マスターお買い物ですか?」 「ええ。水里さん達は似顔絵ですか?」 「ええ。でもご覧のとおり人がいなくて、開店休業中みたいなもので。それで 雪と太陽と子犬と戯れていました。へへ・・・」 雪だらけの顔の水里。元気いっぱいだ。 陽春も顔もほころぶ。 「ふふ。楽しそうで何よりですね。そうだ。水里さん、太陽君、おなか減ってませんか?」 くんくん。 陽春がもつ紙袋からなんともあまーいいいにおい・・・。 太陽とミニピカは鼻をくんくんさせる。 「はいどうぞ」 ベンチに右から陽春、水里、太陽、そしてベンチの下にミニピカが背が高い順に ならんであんまんを食べる。 「んー。おいしい。あそこのコンビにのあんまんは格別なんですよねー」 「甘いものは苦手な方ですがこれは別です」 「うん、そうなんですよねー。別バラっていうか・・・」 はっ。大きな口を小口に戻す水里。 (少なくとも、マスターの前で大口あけてほおばるなんて女捨ててるといわれても 仕方ないかも(汗)) 「ん?どうしたんだい?太陽君」 太陽、自分のあんまんを半分、足元にいるミニピカにあげた。 そして、ぺこりと頭を下げた。 ”せっかく、ますたーがくれたのにごめんなさい” とあやまりたらしい。 「いいんだよ。太陽君、ミニピカのこと、本当に好きなんだね」 ”うん!僕とミニピカはいっしんどうたいなんだ” といわんばかりにVサイン。 でも、太陽、ちょっとしょんぼりする。 「どうしたんだい?」 「・・・。ミニピカ・・・。思い切り走れないんです。左足が少し外側に 変形していて・・・」 「え・・・」 陽春はミニピカを抱き上げる。 水里の言うとおり、左足が外側にはねるように足は曲がっていて・・・。 「獣医さんにみてもらったら、手術は可能だけど子犬のうちは 体力がもつかわからないって・・・。ミニピカがもう少し大きくなってから じゃないと・・・太陽はミニピカと一緒に この公園で一緒に思い切り走りたいんです」 太陽はさらにしょんぼり・・・。 クワァン・・・ ミニピカも寂しそうな泣き声・・・。 「大丈夫!太陽君!きっと一緒に走れるようになる!」 陽春は太陽ごとひょいっと膝に乗せ、頭をそっとなでた。 ”本当?” 「ああ。だから、太陽君が元気でいなくちゃ。 男の子は諦めちゃいけない。そうだ。雪合戦しようか!」 ”いいよ!雪合戦、負けないからね!” と、親指をたててラジャーのサイン。 「よし!やるか!水里さん持っててください」 「えっ」 パサッ・・・ 陽春はマフラーを水里に投げて渡す。 白のマフラー。 「さ、太陽君、いくよー!」 ”いーよー!どっからでもかかってきなさい” と手を振っている。 「そらッ!」 陽春の投げた雪球は太陽のはるか頭上を飛んでった。 「ふふ。太陽、上見上げてる。ぽかんとした顔して・・・」 白い絨毯でまるでキャッチボールをするように 陽春と太陽ははしゃいでいる。 (・・・なんか・・・いいなぁ・・・) 太陽が投げたボールをきちんと受け止めてくれる。 太陽にの視線に合わせて 太陽もそれをわかっている。 はたから見たら・・・。どう見えるのかな・・・。 父親と子供・・・? じゃあ・・・それを遠くから見ている自分は・・・? ”父息子を見守っている母” (・・・。いや。そ、そんな想像はしちゃいかん。第一、マスター に失礼だ。で、でも・・・) なんか ほわんとしたあったかい気持ちになり 想像してしまう・・・。 (親子かぁ・・・へへ・・・) なにやら幸せな将来像を想像し、 顔をにへら〜と笑うだが・・・。 ひゅーんと雪球が向かう・・・。 「へへ・・・」 バシッ・・・。 「・・・」 水里の顔面に雪球、ナイス、HIT! (しっとりと幸せをかみしめていたのに・・・(汗)) 水里ちゃんの幸せ妄想タイム、終了(笑) 「・・・あ、ご、ごめんなさい。水里さん・・・(汗)」 「い、いえ・・・。な、なかなかナイスコントロールで・・・」 水里、顔をはらいながら笑う・・・ 「水里さんもやりましょうよ!太陽君チームでいいですから」 「え?じゃあ、遠慮なくなげますよー」 水色のマフラーをとって 太陽チームに入る。 「じゃ、太陽。頑張ろうね!」 水里と太陽、固い握手。 「じゃ、マスターよろしくお願いします・・・」 水里と陽春試合の前のご挨拶。おじぎをして・・・。 「えいッ!!」 白い絨毯の上で3人と一匹の雪合戦が始まった。 誰もいない真っ白な公園。 冷たい雪だけど 何故だかあたたかく感じる。 子供のようにはしゃいで 笑って 怒って・・・。 息が詰まるほどの心の痛み 本当に抱えていたのかと思うほど 柔らいだ・・・。 「ふははは。水里さんの顔ったら・・・」 雪だらけの水里。まるでパンダのよう。 「もー。わらわないでくださいよー。マスターが投げたんだから」 「すみません。でもふははは・・・」 大声で笑う。 自分はこんな声だったか、自覚するほどに・・・。 久しぶりだった。 こんなに笑ったのは・・・。 (・・・。3年前は笑い方すら忘れていた・・・) 冷たい雪。 いつしか冷たさにも慣れていた・・・。 水色のマフラーをした真冬の陽射しが近くにあるから・・・。 「ふー。降参。降参します。マスター」 水里は白旗をあげた。 「もう降参ですか?水里さんらしくない」 「マスター、あのね、私何回マスターの直球くらったと思ってるんですか? おかげでほら、顔がひりひりする」 パンだの次はかにのよう。 「ふ。はははは・・・」 「あ、また笑った!もー!」 太陽もミニピカも笑う。 陽射しが・・・ 限りなく優しい・・・。 「すみません。じゃあ、お詫びに今日は特性スパゲッティおごります」 「わ♪本当ですか?ちょうどおなかも減ってたんです。ね、太陽!」 万歳して喜ぶ太陽。 「じゃ、お店に戻りましょう。ふふ」 3人と一匹。 笑顔を絶やさず公園を後にしていく・・・。 その3人を 鋭く憎しみをこもった瞳で見ている。 龍の絵が描かれたヘルメット・・・。 「・・・。幸せそうな面しやがって・・・。 あの医者野郎・・・ッ!!!!俺の苦しみ・・・ 味わってもらうぜ・・・!!!」 けたたましいエンジン音が水里の耳に少し響いた・・・。