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第31話 憎悪小説や映画。 作り物の話の中の”死”は匂いもなくて色もない。 リアルな感触がない。 だけど、物語を盛り上げる調味料としてはとても効力がある。 コメディの笑いを涙の味に変える。 だけど・・・現実はどうだろう・・・。 現実は・・・。※「・・・またか・・・」 白いガードレール。 事故の後、直され真新しくなっているが、ガードレールの下に 絶え間なく供えられる花。 3年前から変わらず・・・。 バサッ。 白いゆりの花を取り出し、自分が持ってきた霞みそうに生け変える。 「雪は霞草の方が好きだよな」 雪が好きだった花だ。 白いゆりの花をそえたのは・・・この世で一番憎い奴の父親だ・・・。 一番大切なものを奪った奴。 名前を口にするだけで憎しみがこみ上げてくる。 だが、一番悔しいのは・・・ 名前も口にしたくない、そいつが一度もここへ来て、雪に 謝罪しないことだ・・・。 そいつの顔を見たのは・・・。 裁判の時、一度だけ。 まだ16歳の少年だった。 (今年・・・二十歳か) その二十歳になった青年。同い年くらいの若者を見ると 全てがそいつに見えて苛立ってくる・・・ この空の下で雪のことなど忘れてどこかで笑っているのかと思うと どろっとした黒塊のような憎しみが 湧いて湧いて仕方がない・・・。 「・・・。ここに来ると駄目だな。俺は・・・」 雪のいのちがなくなった場所。 陽春はゆっくりと花と水を手向けるとその場を離れた・・・。 店に戻った陽春。 「藤原さん、書留です。サインお願いします」 郵便局員が店の前でボールペンを持って待っていた。 宛名は『田辺清吉』。 茶封筒をあけると2万円入っている・・・。 少ししわくちゃの2万円・・・。 「これが・・・お前の命の値段なのか・・・」 陽春はその2万円札をパサとカウンターの上に置いた。 どこにも行き場のない2万円・・・。 雪の事故の後・・・。容疑者側の弁護士が慰謝料を払いたいと、容疑者の父親が 言っていると陽春に言ってきた。 ”そんなものいらない。雪を返してくれ!!返せっ!!” そう、突っぱねて店から弁護士を追い出した。 だが今でも、毎月、こうして現金書留にして送ってくる。 送り返しても、また送ってくる・・・。 田辺の父親は病弱の妻を抱えながら、警備員の仕事をしているという・・・。 きっとなけなしの2万なのだろう。 だが。 「この金を素直に受け取る程俺は人間はできてないんだ・・・」 行き場のない2万円。 それは雪の命の値段だと言われている気がして・・・。 (父親じゃ駄目なんだ・・・。父親じゃ・・・) 雪を失ったこの痛み。 けじめをつけることさえできない・・・。 雪の命を奪った本人。顔を見たくもないけれど・・・ その本人の謝罪がなければ・・・。 2万円をぐしゃっと握り締める陽春・・・。 辛い。辛い 辛い・・・。 ガランとした店に一人・・・ 急に襲ってくる哀しみ・・・。 発作のようなものだ。 薬はない。 でもその発作の回数も減ってきているのは・・・。 「こんにちはー!!マスター」 澄んで元気いっぱいの声。 自分が淹れるコーヒーを満面の笑みで”おいしい”と言ってくれる 存在が・・・在るからだ。 「今日ね、ほら、沢山りんご貰ったんでお裾分けしようと・・・」 「・・・」 陽春にじっと見つめられ、ちょっとドキっとする水里。 「あ、あの・・・。マスターどうかされましたか?」 「いえ・・・。貴方の笑顔・・・なんだか元気がでるから・・・」 「・・・(照)あ、ははは。こんな顔でもお役立てて光栄です。あははは・・・」 (きっと”深い意味”はないのだろうけど・・・。リアクションに困るな・・・。なんか・・・) 深い意味が少しあってほしい・・・ ちょっとだけ水里は思った。 カウンターで二人。 何気ないことをいっぱい話す。 「で。太陽ってば”好きな生き物の絵”を書きなさいって 保育所でいわれたのに書いたのが・・・」 「ピカチュウの絵でしょ?」 「そう!太陽が保育所で作った工作にはみんなピカチュウが描いてあるんです。 もう困っちゃって・・・」 「ハハハ。じゃあ、きっと水里さんちはピカチュウの博物館ですね」 「あ!それ、絶対太陽には言わないでくださいね!本気で作るからあの子」 「ふははは・・・わかりました。じゃあ博物館じゃなくて美術館にしときます」 「な、マスターそれじゃあ火に油ですよ、もう〜」 陽春がつくった桜ケーキをほおばる水里。 無邪気に笑顔が 陽春の”発作”を和らげる。 ちょっと気を抜けば思い出しそうになる憎しみも 一時忘れることができる。 「・・・。水里さん」 「はい?」 「・・・ありがとう」 「あ、りんごのことですか。いいんですよ。沢山合って 余っちゃって私も困ってたんですから」 「・・・。ありがとう・・・」 水里は首をかしげながらも微笑み返した。 (なんだろうな・・・。まぁいいか。マスターが元気なら) 何気ない日常の中で。 笑うことを忘れていた。 自分以外の人間になんて自分の悲しみなどわかるものか、 痛みなどわかるものか。 だけど生きている。 大切な人はいないけれど自分は確実に生きている。 生きていくにはどうしても。前向きな気持ちが必要なのだ。 自分を必要としてくれる人がいるなら・・・ 希望が持てる。 憎しみに勝てるのは希望だけだから・・・。※「藤原さん、あなたの店に入った犯人が見つかりました。」 陽春の店に、刑事らしい男が2人来ている。 「え・・・?犯人が・・・?」 半年ほど前、陽春の店に泥棒が入った。 高級な皿やカップ、現金が盗まれ、警察も捜査していたのだ。 警察の話によると中学生から高校生、二十歳ほどまでの 少年窃盗団による犯行だという。 詳しく話を聞いていくと とある青年の名前が警官から出て驚いた 「田辺・・・純也・・・?」 タナベシュンヤ この世で一番憎い 憎い憎い名前・・・。 警官の話は続く。その田辺が中学生達を唆し、陽春の店を名指しして 襲わせたと供述しているらしい。 「藤原さん。貴方と田辺純也の関係・・・調べさせて頂きました。 亡くなられた奥様をひいたのが田辺・・・。偶然ではないですよね」 「・・・」 「実は・・・その田辺純也が昨夜父親と口論となって怪我を負わせ、逃亡中なんです」 「!?」 窃盗団のリーダーが自分だと警察に目をつけられたことを 察知した田辺純也。 ”お前という奴は・・・頼む、純也、自首してくれ。 頼む、頼む・・・” 懇願する父親を蹴り倒し、柱に父親は頭をぶつけた。 「父親の怪我は大したことないんですが・・・。どうやら田辺純也は 貴方を逆恨みしているようで・・・」 雪の事故の後、田辺純也は半年、鑑別所に送致された。 半年後、父親や弁護士の力によって田辺は出てきたものの 勤めた工場も長続きせず、職を転々として 今に至っていたのだが・・・ 「・・・そんな。冗談じゃないですよ・・・。冗談じゃない・・・。 馬鹿な話だ・・・どうして雪をひいた男が雪や僕を恨むんだ・・・」 「・・・もともと田辺純也は秀才肌で優等生でした。奥さんの事故も 今でも自分のせいではないと思っているようで・・・」 ”あの事故が俺を駄目にしたんだ。あの女が突然飛び出して くるから・・・。アイツらのせいだ!!俺の人生狂わせたのはあの事故、 あの女なんだ!!!!!” 「そう・・・中学性たちにいつも話していたそうです・・・」 刑事の言葉に・・・ 陽春の体の中がカァっと怒りの感情が熱く湧き上がった。 拳が震えて・・・ 「・・・雪の・・・命を奪っておきながら・・・。そんなことを・・・ そんなことをほざいているのか・・・?」 ドン!ドン!ドンッ!!!!!! 感情を抑えきれず、陽春はカウンターを拳で叩いた・・・ 「・・・いい加減にしろ・・・!!!ふざけるな・・・!!!!!!雪は 雪は・・・っ!!!!!刑事さん、あんた、何やってんだ!!! 今すぐ田辺をここに連れてきてくれ・・・!!刑事さん、刑事さん!!! 今すぐ連れて来いよ・・・っ!!!!」 息を荒くして陽春は刑事の襟を掴んだ。 陽春の変貌に刑事はただ、驚き・・・。 「雪の事故の時だってそうだ・・・!!半分は左右確認せず雪が飛び出した って目撃者を鵜呑みにして・・・!!警察は何をしてるんだ!!! 今だって取り逃がしたんだろう!???ええ!???」 「う・・・。お、落ち着いてくださいっ。藤原さんっ・・・ゴホ・・・ッ」 刑事の咳払いで陽春はハッとわれに返った・・・。 「・・・。す、すみません・・・。俺は・・・」 「い、いえ・・・」 「でも・・・。刑事さん責めるのは筋違いだ・・・。すみません・・・。 感情を露(あわら)にしてしまって・・・」 陽春は乱れた髪をすっとかきあげ、刑事にコーヒーを差し出した。 「・・・。今のお詫びですどうぞ。飲んでください」 「・・・そうですか。じゃあ・・・」 刑事はコク・・・と一口含んだ。 「・・・うーん・・・。いい味だ・・・。評判どおりですね」 「・・・ありがとうございます」 「署のコーヒーはスーパーの”2割引”。私の舌は味には鈍感だが、淹れた人の心は 分かるつもりです。このコーヒーは・・・心がある味がします」 刑事は穏やかに微笑んだ。 「・・・」 「じゃ・・・。藤原さん。くれぐれも気をつけて・・・。 何かあったらすぐ電話してください」 「あ、あの・・・」 刑事は振り向いた。 「・・・。また、是非飲みにいらしてください」 「・・・。はい。じゃあ、今度は家内を連れて」 「はい。お待ちしております」 陽春は微笑んで会釈した。 パタン・・・。 ”いい味だ・・・人の心がこもっている” 刑事の一言でカッと燃えた憎しみは幾分和らいだ・・・。 けれど・・・。 ”あの飛び出してきた女が悪いんだ。あの事故が 俺をこんな風にしたんだ・・・!!” 田辺が言った言葉が こびりつく。 皿に固くついたソースのように 頑固に・・・。 ジャー・・・。 激しく流れる水道。 陽春は力任せにゴシゴシ・・・皿が割れそうなほどに力を入れて 洗った・・・※夢・・・ ザクッ。ザクッ・・・。 何かを刺す生々しい音。 誰かが男にまたがり胸を刺す・・・ (田辺・・・?田辺が倒れて・・・) はっと気づく。 血だらけの手。服・・・。 白目をむいて倒れる田辺を刺していたのは・・・ (俺・・・・!??) 「わぁああッ!!」 夜・・・。 眠ってしまっていた・・・。 (夢・・・か・・・) コチ、コチ、コチ・・・。 柱の時計がやけに響く・・・。 暗い、寝室に一人・・・。 滅多に飲まないブランデーを飲んでいた。 グラスの氷がカランと溶ける。 そして片手には。 水里が描いた雪の似顔絵・・・。 数少ない雪の写真はどれも笑顔だけれど この似顔絵が一番・・・ 陽春の中の雪の笑顔に近い。 写真よりもずっと・・・。 ”飛び出してきた女が悪いんだ!その女が俺の 人生めちゃくちゃにしたんだ・・・!!” 「・・・それは・・・俺の台詞だ・・・」 グラスを持つ陽春の手が震える。 湧き上がる怒りを抑えようと必死で・・・。 ”自暴自棄になっています。もしかしたら貴方の所に やってくるかもしれません” (アイツがやって来たら・・・どうする・・・。俺は・・・) 目の前に。 雪の笑顔を奪った奴が来たら・・・ (・・・俺は・・・どうなる・・・俺・・・は・・・) どうなるか、わからない。 憎しみで 怒りで 恨みで 支配されるか・・・? さっきの夢の中が・・・リアルすぎて・・・。自分が恐ろしい・・・ ブランデーを一飲みする陽春・・・。 ”飲んだ人、全てを癒すコーヒー屋” 「・・・。俺は・・・そんな人間じゃない・・・」 急に湧いてくる嫌悪感。 憎しみと入り混じって・・・。 コチ、コチ、コチ・・・。 柱時計の振り子の音が・・・ 身に詰まる・・・。 (苦しい・・・息が詰まりそうだ・・・) ジリリリリリ・・・!! 「!!」 電話の音にビクッと肩を判のさせる陽春。 緊張した面持ちで電話を撮る・・・。 「もしもし・・・四季の窓ですが・・・」 「あ・・・あの。マスター。ごめんなさい。夜分遅く・・・。はぁくしょんッ」 水里の声だった・・・。 「くしゅんッ。くしゅんっ・・・。す、すいません。あの・・・ちょっと風呂あがり なもんで・・・くしゅんっ」 止らないくしゃみ。 可愛らしいくしゃみはフッ・・・と陽春の緊張した肩を解す・・・。 「ふふ・・・湯冷め、しないでくださいね水里さん」 「あ、はい。そうですね。それであの、大したことじゃないんですが ちょっと手帳がなくなって・・・もしかしたらお店に忘れたんじゃないかと 想いまして・・・くしゅんっ。水色の・・・手帳なんですけど」 「手帳ですか?ちょっとまってください・・・」 陽春はしゃがみ、カウンターの下や椅子の裏側を探した。 「・・・あ。ありました。水色で小さいな手帳・・・ですか?」 「はい!そうです!あー。ほっとした・・・大事な電話番号メモしたから・・・」 「よかったですね、水里さん」 水里のほっと電話越しに聞こえる胸をなでおろす息使い 「ありがとうございます。明日、すぐ取りに来ます。あ、こちらこそ、 すいません。こんな夜遅くに」 「いえ。気にしないでください」 「じゃあ、おやすみなさい・・・」 水里は受話器を置こうとした。 「あ、水里さんっ」 「はい」 「あの・・・。もう少し・・・話しませんか・・・?」 「え?で、でもいいんですか?」 「・・・あ、す、すみません。ちょっと久しぶりに一人で飲んでいたんですが 味気なくて・・・」 何だかいつもと様子が違うと水里は感じた。 「・・・。わかりました。では何を話しましょう?」 「何でもいいです」 「じゃあ・・・」 水里は太陽の話をした。 それからミニピカの話。 「いい看板犬なんですけど、よく食べるのなんのって・・・。 夕食食べてたら私のところにまでとことことって走ってきてさんま、一匹、 盗まれました」 「じゃあ水里さんは何を食べたんですか」 「・・・。おやつのお饅頭を一つ・・・。ミニピカに かっぱらわれました」 それもおこぼれ”あげるよ”といわんばかりに半分、食べ残したミニピカ。 「飼い主なのに、遠慮がないんです。うちの看板犬」 「でもその分、看板犬としてきっと働いてくれますよ」 「だといいんですが・・・」 たわいもない話。 いつもしている話。 だけど今夜はそれがとてもありがたい・・・ 憎悪で不安定になりそうな心を包んでくれる。 雪崩のように流れそうな憎しみをせき止めてくれる。 ・・・一人じゃないと受話器の向こうの声が言ってくれるから・・・ 「・・・で。ミニピカったら獣医さんに連れて行ったとき・・・」 「スー・・・」 「マスター?」 受話器越しに・・・甘い息遣いが聞こえる・・・。 「・・・。寝ちゃったのかな・・・」 「スー・・・スー・・・」 (マスター・・・何があったのかな・・・) 声のトーンが違った。 優しい声は同じだけど・・・どこか切なげだった・・・ (声が・・・泣いてるみたいだった・・・) 「マスター。おやすみなさい・・・。いい夢・・・みてくださいね・・・」 気になる水里だったがそっと受話器を置こうとするしたとき・・・ (!?) 「静かにしろ・・・」 水里の目の前に尖った10センチ程の刃が光る。 ガタン・・・っ 水里の家の電話の子機が・・・ 乱暴に床に落ちた・・・
私は交通事故で誰かを亡くした・・・という経験がないので”陽春”が 感じるような本当の意味での哀しみや辛さは想像でしか書けません。 安易に想像で書いちゃいけないかなぁ・・・って自問自答しながらそれでも 書きたい想いがあるので書いています。 交通事故に遭ったことはあります。 私が高校生の時。雨の日でした。 スピードがでていなかったというものの、目撃した通行人の 人の話をあとで聞いて引かれた私本人が 驚いたのですが20メートルほどは飛ばされたそうです。 私を引いたのは、18才の免許取り立ての女の学生さんでした。 私は奇跡的に打ち身程度の軽傷ですんだのですが、彼女は免停になり、 警察では色々と事情を聞かれていました。 現場検証?というのでしょうか。お巡りさんに 横断歩道で色々、事故の時のことを説明しました。 そのとき、彼女の意見と私の意見が食い違ったのです。 私は信号が青になったから渡った・・・と言ったのですが 彼女はまだ赤だったと言っていました。 ・・・私と一緒に横断歩道を途中まで渡った人が2人いたので、多分 信号は間違いなく青だったと思われます。 私自身も記憶が曖昧だったのですが(汗) お巡りさんがこれまたちょっと怖いおじさまでありまして、 彼女に対してかなり声を荒げて事情聴取していました。 ・・・半泣きだった彼女が反対に可哀想に少し思えたけれど、 でも、 医者の『打ち所が悪かったら、あるけんようになってもおかしくない ほどだったかもしれんね』 の一言がいまでも忘れられません。怖いです。 だけど、彼女もちょっとした事故だったとはいえ、抱えた代償は かなり重かった。 免停になった上、お父さんにかなり叱られたそうです。 それから、乗っていた新車も取り上げられたそうです。 泣く彼女を私の家の玄関まで引っ張って 「この度はうちの娘が本当に申し訳ありませんでした」 と頭をさげさせました。 私のケガが治るまで何度も、私の様子を心配して家に来てくださいました。 かえってこっちが恐縮してしまいました(苦笑) このような背景があり、私は一生、免許は取るまいと決めました。 怪我人になるのも嫌ですが、 ”加害者”になるのはもっと嫌。 傷つく人が多くなるから・・・