太陽が生まれた日

後編





「あーーーっくぅー・・・!!!」





「よ、陽子、頑張って!!」



水里と陽子額から汗が流れる。







「ううううーーーー!!!」




唇を噛むように歯を食いしばって顔中しわをよせてきばる陽子。





「うううううーーー!!」





水里も一緒に思わずきばる。




呼吸法とか色々やってみてはみたものの、本番になると
痛みですっかり忘れてしまう。








陣痛促進剤をうっているにもかかわらず、陽子の出産は3時間近く続いている。





「・・・。ふぅー・・・。あー・・・。頭でっかちな赤ん坊で
ひっかかっとるのうー・・・」




陽子の股の間をまじまじと見て、軽く言う。







「痛ーーーーー!!ううぅーーーー!!」





激しく痛がる陽子。




涙も潤ませて髪も乱して・・・。




「大丈夫、大丈夫だからね、陽子」



陽子を必死で励ますが陽子の叫びが響く。





「ちょっと!!陽子、こんなに痛がってるじゃない・・・。
なんとかならないの!??」



「子供一人生むんだ。当たり前だろう」




「だけどもう3時間すぎてるじゃないか!!」




医師を睨む水里。





「・・・しゃぁないのう。妊婦も衰弱してきとる準備して」




「何するの!?陽子も赤ちゃんも助かるの!???」





「麻酔かけて機械で引きずり出すからすぐじゃわい」




「ひ、引きずり出すって・・・(汗)陽子に何すんだ!!」





「ええい。うるさいわい。おい、この子、ちょい、外出して」




「こ、こら!!離せ!!よ、陽子!!」



水里は看護婦に両脇をかかえられ、強制退去させられてしまった。







「くそ・・・。あのへぼ医者!!陽子になにかあったら残りの頭の毛、むしりとってやる!!
陽子・・・。頑張れ・・・!!私もここで
闘ってるからね・・・!」






ドアの前で中の様子を心配そうにのぞく水里。






よくある光景だが、分娩室の前の廊下でただひたすら、産まれるのを待つ・・・。




ドラマの中では簡単に時間が過ぎるけど、現実は一秒が1時間にすら感じる。






”麻酔かけて機械で出すからすぐ産まれるわい”




その言葉どおり、30分も経たないうちに分娩室のランプは消えた。




だが、なにやら様子がおかしい。




看護婦が慌てて分娩室から出てきた。





「あ、あの・・・、陽子と赤ちゃんに何か!??」





「赤ちゃんは無事産まれたんだけど・・・。妊婦さんの出血が酷いの」





「え?」




頭を少し無理やりに取り出そうとして、機械で子宮がきれてしまったという。




「そうだ。貴方、血液型、何型?」





「O型です。私、陽子と同じです!!血、いるなら使ってください!!」




水里は処置室につれていかれ、すぐさま血液をとられた。





「あの、足りないならもっともっととってください!私、なら大丈夫ですから!!」





看護婦の服を両手で掴んで何度も頼む水里。






陽子のあの、叫ぶ声が聞こえてる。




一体どのくらいの痛さなのか・・・




注射を何本も打たれたくらい?




どのくらい苦しいのか・・・。




代われない。




所詮自分は、第三者だ。腹を痛めていない。


産もうとしているのは陽子



そして必死に産まれてこようとしているのは赤ちゃん・・・。



だから、少しでも役に立ちたい・・・。






「陽子・・・」





処置室のベット・・・





3時間。立ちっぱなしだったことと大量に血を採取したことで
水里の疲れがどっと体に広がり・・・



瞼が閉じた・・・。








(陽子・・・)





そして水里は夢を見た・・・。





スケッチブックをもった男の子と・・・その横に背の高い男の夢・・・。





手招きして水里を呼んでいるよう・・・。






(ん・・・?誰だ・・・?誰・・・)






そして朝が来て・・・。








「ん・・・?」





処置室のベットから起き上がる水里。




窓のカーテンから朝日がもれる。





「もう朝か・・・。あ、陽子と赤ちゃん!!」




ベットから飛び出し、陽子がいる二階の病室にかけあがろうとしたとき。





階段のすぐ向かえのガラス張りに気がつく。




(あ・・・ここ・・・)





透明のケースにタオルでくるまれた赤ちゃん達がならんで眠っている。



みんな小さな手・・・。



水里は陽子の赤ちゃんを探した。




『吉岡陽子  出産日○月×日 男子 3500グラム』




(3500グラムか・・・。結構大きいほうなのかな・・・)




髪は少し濃い目・・・。



陽子似かもしれない。





(本当・・・なにもかも小さいんだな・・・)




ピンクの手の平。いったいなにをつかんでいるのだろう・・・。



希望を掴んで・・・。



どんな親だろうとどんな状況だろうと、産まれてくる過程は
みんな一緒だ。




なのに一人一人、生き方も考え方も違うのはどうしてだろう・・・。




何を夢見ているのだろうか・・・。




早く母の腕に抱かれたい夢・・・?




母の笑顔の夢・・・?






水里の記憶の中には母の笑顔がない。





何も・・・。





(君は・・・陽子の笑顔、ちゃんと覚えていてね・・・)






つぶらな瞳で眠る陽子の赤ちゃんに心の中でつぶやいた。





そして陽子に会いに行く。







「陽子・・・おはよ・・・」




点滴をうたれ、静かにベットに横になっている陽子。



昨夜、出血でかなりきつい状態で心配したが、
陽子の穏やかな表情に水里は安堵した。





「今・・・。赤ちゃん見てきた・・・」




「うん・・・」




「陽子似でなかなかハンサムになるよ。きっと・・・」




「じゃあ性格は水里似でおお食らいね」





「悪かったなー・・・」






「ふふ・・・」





冗談言える程、落ち着いたのかと水里は安堵した。





「一緒についてきてくれて感謝ー」





病室のドアから廊下の話し声が聞こえてきた。



若い女性二人組みだが・・・






(なんかやかましいな)





「あー。でも出来たと思った流石に焦った」



「まぁね。友達のカレシの子だなんてドロドロすぎ。”ダチの男寝取ったって”
あとあとめんどくさくなるしねー」




「ま、出来てたらその時はその時でおろすしかないけどさー。
お金ないしー・・・」




バタン!!







水里は思わず、力任せにドアを閉めてしまった・・・。







「・・・」






「・・・」







二人の間に微妙に重い沈黙が流れる・・・。









「・・・たっく・・・。なんて会話なんだ。陽子、気にしなくていいよ」






「・・・」




陽子は申し訳なさそうな顔をして俯く。






「よ、陽子・・・。またそんな顔して・・・」





「・・・」



結局自分は友の水里を裏切って抜け駆けし、
挙句に子供まで産んでしまった女・・・水里が優しくすればするほど
そう思えてならなかった。




いいようのない罪悪感がずっと陽子の心の奥にあった・・・。





「だって・・・。やっぱり私・・・」






「・・・。陽子に会いに行こうって相談したとき。
シスターに言われた・・・”いい子になる必要はない”って・・・」






「え・・・?」





水里は窓のカーテンを開け、空気を部屋に中に入れる。







「・・・正直・・・迷ってた・・・
でもお腹大きくさせて必死に働く陽子見てたらほっとけなくて・・・。だって
今にも倒れそうに見えたんだ・・・。ほおっておけなかったんだ・・・」




客や店主に罵声をあびせられ、青白い顔をしていた。




やつれ、疲れきったあの背中・・・。






「ほおっとけなかった。駄目?それじゃ?」








”奇麗事”はそんなにいけないことだろうか。




人がなにか、しようとするとき、奇麗事だろうとプラス思考にしないと
力がでない。



誰かのために何かするということはとても・・・エネルギーがいるから。




例え助けたい相手に対して、心の根底に微かなわだかまりがあったとしても

ほおっておけない・・・。


そんな気持ちは偽善でしかないのだろうか。



偽善だと誰かに言われても



何もしないより、何かする方がはっきりする。




動かなければ何も変わらない・・・。




心の底にある蟠りと向き合える・・・。











水里は陽子の手をぎゅっと握った。






「子育てしなきゃ・・・
優しい・・・あったかい強いママにならなくちゃ・・・。ううん・・・。
なってよ・・・。なってよ・・・」






「水里・・・」






母のぬくもりを知らない。




一番最初に感じるはずの愛情。



一番最初に抱かれてるはずの母の腕の中・・・。




ガラスの向こうの赤ちゃんには・・・たっぷり注いで欲しいと
水里は強く思っていた・・・。









「もうすぐ赤ちゃんここに来るよ。さっき看護婦さんに頼んで
きたから・・・」






コンコン。




「吉岡さん。赤ちゃん、お目覚めのようですよ・・・」





看護婦が白い布に包んで、赤ちゃんを連れてきた。





そっと我が子を抱く陽子・・・。





確かな我が子の感触・・・。陽子の母性が体中に走る。








「・・・おはよう・・・。ずっとあなたに会いたかったのよ・・・」






陽子は涙ぐみながら我が子の小さく閉じられた手を開く・・・。











「ほっぺが真っ赤・・あったかそうで・・・。
太陽みたいだよね」





「太陽・・・か・・・」






陽子は窓から差し込む朝日に手をかざした




「決めた」






「え?」





「この子の名前・・・。太陽。吉岡太陽・・・。どう・・・?」











そのとき。






陽子の腕の中の赤ちゃんが笑ったように水里には見えた。













「・・・。うん・・・!どうやらこの名前はお気に召したようですな。太陽君」







ぷにぷにのほっぺをつつく。








もぞもそと白い産着のなかで動く小さな手は





しっかり




握られている。










「今日からよろしく・・・太陽君」












可愛い太陽。






小さな太陽。











ちいさい・・・ひまわりみたいだ。













それから太陽と陽子は水里の家を出てアパートを借りて住み始めた。






勿論、水里は






「こんばんわーん〜♪太陽ちゃーん♪水里”パパ”の
お帰りだよ〜!!」




大好きなピカチュウグッズを持ち寄って




通い”ママ”兼”パパ”だ。





太陽1歳のアルバム





太陽2歳のアルバム






太陽3歳のアルバム・・・







太陽の成長の記録。水里は取り続けた。








可愛くて堪らない太陽。










太陽が笑うと元気がでる





エネルギーが湧く・・・









「ちょっと!太陽はあたしとお風呂にはいるっていったんだよ!」







「何いってるのよ。母親は私よ。私と最初に入るの!」





風呂場ですっ裸の太陽をひっぱりっこする水里と陽子。







一人の”男”をめぐって争っております。




「太陽はあたしの方がいいに決まってる。シャンプーリンス、してあげよう!」




「母親の私はマッサージしてあげられるわ!」




太陽、くしゅん・・・っとくしゃみ。






太陽のくしゃみで太陽争奪戦は終わり・・・






「三人ではいろっか。ねぇ。陽子ママ」



「そうね。水里ママ」





三人でポケモンの主題歌を歌いながらお風呂タイム・・・。







可愛い太陽。




あたたかい太陽・・・







ずっと守っていこうと思った。







・・・親友と二人で。









だけど・・・







太陽4歳のアルバムには・・・陽子ママの姿が消えた・・・。













「・・・太陽・・・。陽子ママが・・・お空の上に行っちゃった・・・。
お空の上に・・・」








陽子の写真の前で太陽を抱きしめる水里・・・






一人残された太陽をぎゅっと




ぎゅっと・・・





「みんな・・・。みんなあたしから行ってしまう・・・。私の大好きな人・・・

父さんも・・・。陽子も・・・みんな・・・」








泣きじゃくる水里を・・・








太陽はそんな水里の頭を小さな手で撫でてくれた。




撫でてくれた・・・







太陽。







人の心を照らす太陽・・・。





太陽のあたたかさがなくならないよう




水里はずっと守って行こうと心に誓った・・・。



ちょっと辻褄の合わないところとかあるかもしれませんが・・・(汗) あと出産の場面については私が母親から聞いた時のことを もとにして書いたので本当の所はあまり自信がありません(滝汗) でもなんにしても出産とは大変な作業であることは確かですよね・・・