第33話 歯止めが利かない憎悪「・・・。ふぅ・・・」 店のガラスを拭きながらため息・・・ (マスター・・・。元気出たかな・・・) 到底自分には関われない 陽春の心内。 できることといったら・・・ (・・・祈ることだけ・・・) 少しでも痛みが癒えていきます様に・・・ 何もできない無力さを感じながら水里は窓を吹く・・・ リリリリーン! 水里宅の黒電話が激しくなった。 (・・・) ベルがあまりにもけたたましいので 受話器をとるとき、妙な予感がする水里。 「はいもしもし・・・」 「・・・。あんたか?」 「!??その声は・・・」 (田辺・・・!) 「太陽ってガキ・・・。んっとに何にもしゃべらねぇんだな」 「!??」 太陽の名前が出てきて水里の心は一気に血がひいた。 「あんたんとこに金ねーから。変わりにガキかっさらった」 「ど、どうして太陽を・・・」 「・・・オレにたてつく奴を困らせるためー・・・。ってか。はっはっは・・・」 受話器越しに聞こえるガムの噛む音・・・ 不気味に水里の耳から体に伝わり一気に不安状態に・・・ 「・・・。た・・・太陽に・・・。少しでも傷つけてみろ・・・。絶対に許さない・・・っ」 「おお怖っ・・・。あんた、自分のガキでもねぇのになんでそんな このガキに執着すんだよ?」 「お前には関係ない・・」 「じょーとー・・・。んならよ。あんたの父親の絵、もってこいよ。 金になるんだろ?ゆーめーな画家さんのおじょーさんよ?」 「!!」 父親・水紀の絵のことまで引き合いに出され・・・ 水里の体全身に怒りがグワっと湧く・・・ 受話器を持つ右手が怒りで震えだす・・・ 「・・・。わかった・・・。それで・・・何処にもって行けばいいんだ」 「よーし。交渉成立っと。んじゃ・・・駅裏のファッションビルまで来い。 あのな。警察とか電話したら・・・。ガキは一生しゃべれねぇようにしてやるから」 プツ・・・っ ツー・・・ツー・・・ 「・・・」 (田辺・・・。太陽まで巻き込んで・・・。絶対に許せない・・・) 人の一番弱い部分に付け込むその狡さ。 人の命を奪った男。 (だけど・・・太陽に何かあったら・・・。私は・・・) グッと拳を握りしめる水里・・・ (父さん、ごめんね・・・。一度だけ絵、使わせて) 屋根裏の父のアトリエから絵を一枚、持って 水里はすぐにタクシーを呼び、店を出た・・・ そのタクシーに乗る様子を 水里を訪ねてきた陽春が目撃した (・・・。何だ・・・。水里さんのあの物々しい空気は・・・) (ここか・・・) 駅裏もうすぐ取り壊し予定の自動車修理工場。 シャッターが閉じられ ”廃屋”そのものだ・・・ ガタガタ・・・ シャッターをあげ、中に入る・・・ 自動車整備工場だけあって鍍金の匂いや塗装用のペンキの匂いが が鼻につく・・・ 「・・・。太陽はどこだ!!出て来い・・・っ」 カタン 「!」 振り向くと二階の事務所へ続く階段に太陽をまるでバックを持つように抱えた田辺が 出てきた・・・ 「おおー。勇ましいママですこと。ね、太陽ちゃん」 太陽は口にタオルを突っ込まれ 田辺の右手にはナイフが・・・ 太陽は気を失っているようだ・・・ 「太陽!!」 「このガキ、無理やり車にほうりこんだだけなのに びびって寝やがった」 「・・・田辺・・・っ。お前・・・」 悔しさと怒りで奥歯を噛む水里・・・ 太陽が田辺の手にある以上・・・手出しできない・・・ 「んで・・・。絵は持ってきたか?」 「・・・」 手提げからキャンバスを取り出す・・・ これは父・水紀が一番気に入っていた絵だ・・・ 「ようし・・・。んじゃ、こっちもってこい。ガキと交換・・・。 といくか?はっはっは。なんかサスペンスドラマみてぇだな」 「・・・」 水里を嘲笑う田辺・・・ カンカン・・・ 水里は静かに階段をあがっていく・・・ だが途中で立ち止まる・・・ 「ん・・・?どうした・・・」 カチッ。 「!?」 水里はポケットからライターを取り出し、火をつけ キャンバスに近づける 「太陽を先に渡して・・・。でないと燃やす・・・!!」 「・・・。くっ・・・。んっとにアンタ・・・。女の癖に度胸だけは あるな・・・。そんなちゃっちいアクションにオレがびびると思ってンのかよ?」 「・・・」 水里は精一杯、田辺をにらみ返す・・・ 「・・・わかったよ。ちっ・・・。オレもガキをいつまでも 抱えてんのはめんどうだからな。ホレ」 「太陽!!」 階段の手すりにキャンバスをたてかけ、眠る太陽を抱きしめる水里・・・ 「太陽・・・。怪我はない・・・太陽・・・太陽・・・」 太陽の体中、傷がないか調べる水里。 「スースー・・・」 水里の心配をよしに寝息をたてる太陽・・・ (よかった・・・。どこもなにもなくて・・・) 水里が安堵の息をついた、そのとき・・・! 「んじゃ、もうアンタに用はねぇ。サイナラ」 (え・・・?) ドンッ!!! 田辺は太陽を抱く水里の背中を思い切り足蹴りした・・・! ドタタタタタ・・・・!!!!! 水里は太陽を庇うように抱きしめたまま 階段を転げ落ちる・・・! ドサっ・・・ 「・・・死んだかなァー・・・??」 頭から血を流し倒れる水里を足で突っついて 覗き込む田辺・・・ 「ちっ。どうせならやっぱ、ナイフでブスッとって方が よかったか・・・」 田辺はジーンズのポケットから携帯を取り出し 倒れた水里の姿を撮る・・・ 「これを送りつけて・・・。アイツ(陽春)の青ざめる顔を 拝もうかねぇ・・・っくっくっく・・・」 「青ざめるのは貴様だ」 「!?」 背中に・・・ 凄まじい殺気を感じ 田辺が振り向く・・・ 「ふ・・・藤原ッ・・・」 地面に置いた田辺のナイフ。 陽春が田辺の咽元につきつけ・・・ 「・・・。お前だけは・・・。お前だけは絶対に許さん・・・っ」 湧き上がる憎悪・・・ もう 陽春は自分を止めようとは思わない・・・