デッサン

〜世界で一番優しい言葉〜
後編

四月最後の日曜日。天気は晴天だ。

「うおーし!!ハイキング日和だねぇ〜。太陽が燦々と輝いてるよ!ね、人間の『太陽』さん」

ベランダで水里と太陽は両手をあげて太陽の光を思いっきり一杯浴びる。

太陽は手をヒラヒラ動かしてくるっと一回転。何か、踊っているようだ。

「・・・もしかしてそれ、保育所でのお遊戯?それ、あたしもやったよ。太陽のうたっていう曲でね、『おっきなおひさま、ぴっかぴかあったかいおひさまひかってる〜♪』って歌で」

水里の歌に太陽はリズム良く手のひらをパタパタさせて踊る。

「一緒に踊るか〜♪」

水里も一緒に二人、ベランダを舞台に太陽の踊り舞う。

通りすがりの通行人から大注目されたのだった・・・。


「よーし。お弁当OK♪太陽の好きな伊達巻き卵と昨日の唐揚げの残り、そしておにぎり〜♪太陽、お出かけルック、万端ですか」

ポケモンのリュックを装備。太陽、『イエーイー!』と言うように親指で返答。

「・・・なんか高島忠夫っぽくなってきたな(笑)」

準備万端の二人。スキップしながら家を出た・・・。

太陽も元気いっぱい。久しぶりのお出かけにかなり興奮しているらしい。

バス停の近くまで来た二人。

「水里さん」

誰かに呼び止められ振り向くと買い物袋を抱えた陽春が立っていた。

「マスター!お買い物?」

「ええ。今朝、ちょっと調味料を切らしまして・・・。あの、水里さん、その子は・・・?」

水里は太陽を抱っこした。

「はい、あたしの子です♪」


「・・・!!!」

陽春は、なにか頭に雷が直撃したような、世の中の常識では考えられないと言わんばかりのリアクション。

「あの・・・。マスター・・・。冗談です。何もそこまでオーバーリアクションしなくても・・・。確かに私は中学生に見間違われるほどの童顔ではありますが・・・(汗)」

「あ、す、すみません。一瞬弟さんかと思って・・・。あ、失礼なことを」

「いいえ。慣れてますから・・・」

(マスターって時々天然はいってるよね)

気を取り直して自己紹介。

「私の親友の子なんです。今日一日預かっていて・・・」

「そうなんですか。ふふ。僕は陽春といいます。君の名をおしえてくれるかい?」

陽春は太陽の目線まで腰を下ろしてしゃがみ、笑顔で訪ねた。

陽春の問いに太陽はそらに指差した。

「・・・え?太陽・・・?もしかして君の名前かい・・・?」

太陽はコクンと頷いた。

「この子の名前は田上太陽。6歳です。ほら、太陽、挨拶!」

水里の言葉に太陽は陽春に向かってVサイン。これは”太陽語”で「よろしく」という意味なのだ。

「そうか。太陽君か。良い名前だね。僕もよろしく!」

陽春も、細く長い指でVサインを太陽に返してくれた・・・。

誰とでもうち解けられる陽春の明るさは太陽にも分かったのかも知れないと何故だか少し嬉しい水里。

水里と陽春はバス停まで一緒に歩くことにした。

歩きながら、水里は陽春に太陽が気持ちを言葉にするのが苦手なことを話した。

それから母の陽子のことも・・・。

「びっくりしたな。太陽、初対面の人には絶対怯えたり恥ずかしがったりするのにマスターとはすぐうち解けて・・・」

「そんな。太陽君が優しい子だからですよ」

「ううん・・・。マスターはすぐ、太陽の名前、すぐ分かってくれて・・・。多分それが太陽嬉しかったんじゃないかな。私も何だか嬉しかった・・・」

「こちらこそですよ。僕も太陽君と知り合えて嬉しいです」

「・・・ありがとう。マスター・・・」

太陽と知り合えてよかった・・・。そう言う陽春の笑顔が水里は更に嬉しく感じる・・・。

そんな二人の空気を太陽は何だか敏感に感じているのか二人の顔をじーっと見つめていた。

バス停に着いた3人。

バスが来るまであと10分ほど在る。

「それで水里さん達は今日はどこへ遊びに行かれるんですか?」

「お城跡でお祭りがやってるそうなんです。ほら、『ちんどん屋』を見に・・・」

お城跡。毎年ここでちんどん屋コンクールといって全国からちんどん屋が集まってきてその芸を披露しあったり通りをパレードしたりという催しがあるのだ。

「・・・それなら、僕の車でご一緒させてもらっていいでしょうか?」

「え・・・。でもマスターお店は・・・」

「丁度、古城公園近くまで用事があるんです。もしよろしかったら僕もご一緒させてください」

「でも何か申し訳ないな・・・」

太陽が水里のズボンをくいくいっとひっぱった。

「え・・・?マスターと一緒がいいって・・・?」

太陽は深く頷いた。

「嬉しいなぁ。太陽君、僕の車に乗ってみるかい?」

『車』という言葉に車大好きの太陽の目の色が変わった。

太陽は突然、背の高い陽春の体によじ登った。

太陽は その人が大好きになると、こうしてその人の体に登って嬉しさを伝える。

「あ、コラ、太陽・・・!」

「ふふ。いいんですよ。水里さん。どうだい?見晴らしはいいかい?太陽君」

太陽を肩車する陽春。

太陽はVサインする。

「よーし。じゃ、出発進行だ!」

”いいよ”という気持ちで親指をたてる太陽。

「じゃあ、僕の車まで直行〜!」

ぴったり息のあった陽春と太陽。

端から見たらとても仲の良い父子に見える・・・。

じゃあ、その後ろを歩いている私は・・・。もしかして母親に・・・。

ショーウィンドウのガラスに映った自分を見る。

三つ編みにパーカー姿。

(・・・。見えるわけないわな。・・・まぁいいけど)

ちょっとだけ・・・。頭の片隅に太陽を真ん中に手をつなぐ陽春と自分の姿を浮かべてしまった。

(ちょっとだけだから。ほんの・・・)



白のセダン。

町中を爽快に走る。

助手席に乗った太陽は窓をあけ、思いっきり風を浴びる。

太陽のヘルメットの様な髪がパタパタとなびき、とても気持ちよさそうだ。

「太陽、危ないからあんまり顔出しちゃだめだよ」

水里の注意もむなしく。

信号で車が止まり、目の前には大好きなトラックが・・・!

太陽の興奮は一気に高まる。

シートベルトをした体を上下に揺らし、喜びを表現。

「ふふ。本当に太陽君は車が好きなんだな。将来は、車の修理屋さんになるのが夢かい?」

”そうだ!”といわんばかりに親指を立てる太陽。

「じゃあ、そのときは僕の車もよろしく!」

陽春も太陽と同じ様に、親指をたてて合図。

後部座席から、太陽と陽春のやりとりを嬉しそうに見ている水里。

ありのままの太陽を受け止めてくれる人がいた・・・。

『たとえ、自分の気持ちを言葉になかなかできなくても。伝えようって気持ちが大切なの。それを太陽にはなくしてほしくない・・・』

生前の陽子の言葉。

(陽子・・・。太陽の気持ちをわかってくれる人がここにもいたよ・・・。それってすごく幸せなことだよね・・・)

水里は、サイドミラーに映る太陽の笑顔を見ながら思った・・・。




古城公園についた水里達。

公園の葉桜の木々には『ちんどん祭り』とかいた赤や黄色の堤燈(ちょうちん)がつけられて、祭りをもりあげている。

公園のメイン通り約100メートル。

その名も『ちんどん通り』。

この通りを練り歩き、全国から集まったチンドンマン達がそのパフォーマンスを競うのだ。

通りの脇にはちんどんを見に来た観光客や町の人たちがぞくぞくとあつまり、規制のためのロープがはられている。

「すごい人・・・。やっぱりこのお祭りは人気があるんですね」

「太陽、迷子にならないように、手、つないでようね」

水里は太陽の手をきゅっと握った。

しかし、太陽はちょっと困った顔・・・。

「あ・・・」

ひょいっと太陽を肩車する陽春。

「どうだい?見晴らしは?」

親指を陽春の頭の上でたてる。

「よし。じゃあ、あとはちんどん屋さんを待つだけだな」

身長の高い陽春の肩車。

とびきりいい眺めの特等席である。

その特等席を陣取った太陽。

早く、ちんどん屋が来ないか、来ないかと体を揺らして待ちわびる。

やがて・・・。

丸い鼻でボールを三つ手のひらで投げて操るピエロが登場。

その後ろには背中に太鼓を担ぎ、クラリネットを奏でる赤いちゃんちゃんこ姿のお侍さん。

文金高島田の様な派手なかつらをかぶり、江戸時代の女の子の黄色や赤のあざやかな着物姿のおばさん。リズミカルなメロディをアコーディオンを鳴らす。

チンチンどんどんチンドンドン♪


鐘をならし、太鼓を鳴らし、踊りながら観客たちの前を練り歩く。

太陽はその軽快な音が心地よく、陽春の頭の上で体を横に揺らして踊る。

踊りたくてうずうずしている。

さらに、大好きなポケモンのぬいぐるみを来たチンドンマンの登場に太陽の興奮は頂点を迎えた。

パチパチパチ!!

興奮を伝えるように太陽は一生懸命に拍手。

さらに手をひらひらさせておどる、踊る。

「太陽君の興奮は今がピークの様です。ふふ・・・」

陽春の横で水里はまるでアナウンサーのように笑いながら言った。

太陽のこんな楽しそうな笑顔は久しぶりに見る。

保育所ではぽつんと一人遊戯室で遊んだり、他の園児たちとはなかなか馴染めなかったり・・・。

小さな心に、重たいもの、たくさんたまっていたに違いない。


それが少しでも和めば・・・。


とにかく、太陽が元気になってくれたら嬉しい・・・。


水里はそう思った・・・。

チンドンパレードも終わり、太陽は陽春の肩から下ろされる。

「太陽君、すごかったね。ちんどんマン達。僕も踊りたくなったよ」

太陽も大きくコクンと頷く。

太陽の興奮はまだ治まっていないらしくまだくるくるまわってターンする太陽。

「ふははは!太陽君、いい感じだ。」 。

歩道で小さなダンサーはちんどんマンになったつもりで体中で楽しさを表現。

それを太陽の目線にまで腰を下ろして、笑顔で拍手する陽春。

そんな二人の姿がやっぱり嬉しい水里・・・。

「ふふ。あ、あたし、なにか飲み物かってきますね!」

「いえ、僕が行きますよ」

「でも・・・」

「こういうことは男がするものですよ。水里さん。じゃ、いってきます」

なんとも言えない紳士的なスマートな態度に水里は一瞬照れて、反応に困ってしまう・・・。

(・・・。あの少年のような無邪気なスマイルは無敵かもしれない・・・。きっとマスターファンっているだろうなぁ・・・)

水里の顔を不思議そうに見上げる太陽。

「あのすみません、この近くにバス停は・・・」

水里は若いカップルに道を尋ねられた。

その時、太陽の横を、ピエロの格好をしたチンドンマン達が通り過ぎた。

太陽はじーっとそれを見つめていて・・・。

なんととことこ・・・っとついていってしまった。

水里が後ろを振り返ると・・・。

「た、太陽!?太陽、どこ!?」

太陽の姿が消えていた。

ほんの数秒のことだ。

「どうしたんですか!?水里さん」

缶ジュースを持ってあわてて陽春が走ってきた。

「マスター!太陽が、太陽がいなって・・・」

「え!?」

「私、今さっき道を聞かれて・・・。答えていたらいつのまにか・・・。どうしよう・・・どうしよう・・・」

以前、保育所でもひょいっと姿を消したことがあった。そのときは、大好きなトラックを追いかけて保育園を飛び出して大騒ぎになったと・・・。

混乱する水里。

「しっかりしてください!」

陽春の声にはっとする水里。

「とにかく探しましょう。小さな子供の足ならきっと公園の中にいますよ」

「は、はい・・・!」

水里と陽春は人の波を掻き分け、大通りを探す。

さらに公園の中、外、駐車場・・・。

いたるところを探すが太陽の姿は見つからない。


ちょうど、駐車場を見回していたそのとき。


「迷子のお知らせをします。六歳くらいの男の子でポケモンのリュックを背負った男の子が迷子になっております。お心当たりの方は至急、公園事務所までお越しください」

「太陽だ!間違いない!」

水里と陽春は急いで公園事務所まで走った。

「太陽!!」

息を切らせて水里たちが事務所に駆け込むと、事務所の黒いソファにちょこんと太陽は座っていた。

水里たちに気がつくと、水里に駆け寄ってきた。

「太陽!もう!!心配したんだぞ!でもよかった・・・。無事で・・・」

安心してちからがぬけてその場に座り込む水里。

太陽は水里が自分を探しに着てくれたらしいことがわかったのか水里の頭をなでなでなでて、どうやら”ありがとう”と言っているようだ。

「ありがとうじゃないよ。まったくもう・・。太陽」

「あなた、この子のお姉さんですか?」

事務所の奥から事務所の管理人が出てきた。

何故だかささっと太陽は水里の背中に隠れた。

「あの・・・。太陽がお世話になりました・・・」

なにやら小難しそうな顔をしている。

「別に礼なんていいんですけどね。迷子なんて毎度のことだから・・・。でもその子、何度も名前を尋ねたんですが、言わないんですよ。言わないかわりにこう、空に指差すだけで」

「え?」

「名前をいわなきゃ、迷子のアナウンスもできなくて困りましてなぁ・・・」

管理人はなんとも小難しそうな迷惑そうな表情で言う・・・。

「す、すみませんでした。この子、引っ込み思案で・・・」

「いくら引っ込み思案だっていったってね、自分の名前と年ぐらい言えなきゃいけない年でしょ。それが普通でしょ。ただ、空ばっかり指差して大人をからかって・・・。ちゃんと教えておかれた方がいいんじゃないかね?」


怪訝な顔で、そう水里に言い放つ管理人・・・。

水里はその言い回しに腹立たしさを感じたが、管理人の言っていることも間違ってはいないかもしれない・・・。

「大体、保護者が目を離すから悪いんだ。この人ごみで迷子になるなんて。それにこの子はどうやらチンドンマンの後をついてきたらしいですな。日頃のしつけがなってないからひょこひょこ歩き回るんだ。落ち着きのないこどもの証拠だ・・・。きっとろくな大人にはならないだろうねぇ・・・」

ピキ・・・。

さすがに・・・太陽の自身のことを悪く言われた水里・・・。

もう我慢の限界だった・・・。

そのとき。

「あなたこそなんだ!!!」


陽春の怒鳴り声が事務所に響いた。

水里もびっくり。

「太陽君はちゃんと名前を言っていましたよ。指をさして、空に在る『太陽』と言ったんです。必死に言ったんです。その気持ちが分からないあなたこそ、ろくな大人じゃない!!」

はじめてみる陽春の気迫にただ、水里は唖然・・・。

「な、なんだ、あんた。この子の父親か?」

「違います。でも僕は太陽君が必死に自分の名前を言ったんだってすぐわかりました。確かにあなたの言っていることは正しいかもしれないでも、だからって子供の人格をけなす様なものの言い方は許せません!人として絶対にゆるせない・・・!水里さんと太陽君に謝ってください!」

管理人にくってかかる陽春・・・。

管理人はたじたじ・・・。

その管理人のズボンをくいくいっとひっぱる太陽。

「な、なんだね、一体・・・」

太陽は何か、何かを必死で言おう、言おうとして、口をもぐもぐ動かす・・・。

「お、おまわ・・・さん」

ぺこり。

「おまわ・・・さん・・・」

ぺこり。

太陽は何度も頭を下げてあやまる。

どうやら太陽は管理人のことをお巡りさんだとおもっているらしい。

「おまわ・・・さん」

ぺこり・・・。


何度もあやまる・・・。


小さな小さな頭を下げて・・・。

「太陽・・・。もういいよ。もういいから・・・もういいよ・・・」

水里はそっと太陽の頭をなでながらを抱き上げた。

「管理人さん。すみませんでした。確かに管理人のおっしゃるとおり、太陽はもう6歳です。自分の名前を聞かれたらちゃんと答えられないといけない年かもしれません。でも太陽は・・・自分の思っていることを上手に伝えられない・・・。うまく言葉にできなくて。でも・・・。太陽は、太陽は自分の気持ちを伝えたい、その気持ちだけはちゃんと持ってる。言葉の練習も来年小学校だから、一生懸命して・・・。私はそんな太陽が大好きなんです」


太陽は水里の頬にすりよる・・・。

これは太陽語で『ありがとう』を言っていて・・・。


「太陽。あたしの方こそごめんね。ごめんね、それからありがとう・・・」


”太陽の言葉は世界一やさしい・・・”


亡き親友・陽子の言葉が身に染みて感じた水里だった・・・。





夕暮れの商店街・・・。

チューリップ型の街灯がオレンジ色に灯る。

水里と太陽は陽春の店に立ち寄っていた。

太陽は疲れて、ソファでお眠り中。

「マスター・・・。すいません。今日は本当にいろいろとお世話になって・・・」

「そんな。こちらこそ太陽君と楽しい時間を過ごせて嬉しかったです」

「楽しい時間・・・か。あたしの不注意のせいで太陽に嫌な思いさせちゃって・・・。なんだか申し訳なくて・・・」

陽春は淹れたてのコーヒーをそっとカウンターに座る水里に差し出す・・・。


「しょげた顔していると太陽君が心配しますよ。今日のことは太陽君にとってもひとつの経験だと思って。さぁ元気出して・・・!」

「マスター・・・。ありがとう。コーヒーいただきます」

コーヒーカップから伝わるぬくもりにほっとする・・・。


一口飲むとさらに安堵感に包まれて・・・。


「おいし・・・。やっぱりマスターのコーヒーは効き目あるなぁ・・・。元気でます!本当!おかわりください!」


すると、水里の手と一緒に横から小さな手が・・・。

「太陽。あんた起きたの?」

太陽は水里のひざの上にちょこんと乗っかっる。

「やぁ、太陽君。ご注文はオレンジジュースでいいかい?」

”よろしく頼むよ”といわんばかりに親指をたてる太陽。


カウンターに座り、足を組んでちょっとダンディーな気分の太陽君です。

「太陽。オレンジジュース片手にダンディしてもちょっとねぇ。ふふ・・・」



『太陽の言葉は世界一優しいの・・・』


陽子の言葉が水里の脳裏によぎる。



言葉にならない、一生懸命な気持ち。


でもきっと伝わる。


紡ぎだす糸の様に・・・。


落ちていく太陽の陽。


一段と優しく喫茶店の窓に差し込んだ・・・。