第32話 負けないで、マスター「う・・・」 全身黒ずくめの男に腕をつかまれ、口をふさがれ 目の前には・・・ギラリと光る刃物・・・ そして水里の小さな腕と足は粘着テープで 強く縛られた。 「あるだけ、出せ、金・・・」 男は戸棚の金庫を壁になげつけ、鍵を壊し中の売り上げ金を 乱暴に革ジャンのポケットにつっこんだ。 「女の一人暮らしってのは案外金ねぇんだな・・・。ま、殺しはしねぇ。じっとしてろ」 テーブルの上にどかっと土足で座る。 「うぅ・・・」 両手両足縛られ、床に転がっている水里。 男の異様な顔つきと、状態に 水里は男の異常さをはっきり感じた・・・ (・・・。か・・・かなりやばい状況らしい・・・(汗)) 男はずうずうしくも冷蔵庫の中を勝手に開け、中のハムなどをばくばく 食べ始めた。 「・・・。なぁ・・・。お前、アイツとどういう関係なんだ・・・?」 (・・・?) 「アイツはなぁ・・・。アイツとアイツの死んだ女房 は俺の人生、めちゃめちゃにしやがったんだ」 男の話がまったく見えない。 「”飲むものを癒すイケ面の店・・・”って・・・。くだらねぇ 記事読んだか?アイツは死んだ女房で人の同情かって 商売してやがる。くだらねぇ・・・ムカつくんだよ・・・」 (アイツって・・・。マスターのこと・・・!?) 男は顔を歪め、水里を睨んだ。 「ま・・・アイツの女房殺したの・・・俺だどな」 「・・・!!」 包丁をギラっと光らせて不気味に笑う男・・・。 男の話から、陽春の妻・雪、を加害者がこの男なのだとすぐに察知した 「いいや・・・”殺した”んじゃねぇよ・・・。アイツの女房が 勝手に飛び出して死んだだけだ・・・。なのに俺は・・・。 俺には・・・人殺しのレッテルがべったり、べったり貼り付けられたんだよ・・・」 「・・・」 男はハムをクッチャクッチャと音を立てて食べる。 「・・・久しぶりに親父に会ったら・・・。説教してきやがった・・・。 ”ちゃんと生きろ・・・”とか五月蝿せぇから 一発殴って黙らせた・・・」 男の革ジャンの袖口に赤茶色に染まっている・・・ (もしかして・・・血・・・) 「もう・・・どうでもいいんだよ・・・。なんもかんも・・・。 でもその前に・・・。俺をこんなにしちまったもの・・・全部 ぶっ壊してやろう・・・ってな!!!!!」 男はテーブルにグサッとナイフを突き刺す・・・ 「何から壊してやろうと思ったら・・・。アイツとは無関係な ものを壊せば一番アイツが堪えるだろうってな・・・クックック」 男は水里の目の前でナイフをちらつかせる・・・ 「・・・。おい、そここアホ」 「あぁ?」 「アホ。アホアホアホアホ・・・。このど阿呆!!!!世の中うまくいかないの 他人のせいにしてるそこのアホだよッ!!!!」 「なっ・・・」 水里の思わぬ威勢のいいリアクションに男は一瞬、たじろぐ。 「ぶっ壊したいだぁ!???あんたが壊したのは自分自身でしょ・・・!! 勝手に壊れておいてひがんでんじゃないよッ!!!この アホ強盗!!!!??」 ドンッ!!! 「わッ」 えびぞり体勢で水里は、男に体ごとぶつけた。 ガタンッ!!! 男はバランスを崩し、食器棚に衝突。 「いてて・・・。てめぇ・・・っ」 水里はうんせ、うんせ、まるでしゃくとりムシのように体をくねらせて 玄関へ行こうとするが・・・ 男は水里の後ろで束ねた髪をぐいっと引っ張り掴まえる。 ワンワンワン!!!! 「わっ・・・」 ワンワンワンワンッ!!! 物音に気づいたミニピカ、男にけたたましく吠えまくる。 ワンワンワンワン!! 「吠えるな、バカ犬ッ!!」 男はまだ子犬のミニピカを煙たがる。 どうやら犬嫌いらしい。 「みにぺが、かみるけッ!!」(訳・ミニピカ、噛み付け!!) ワンワン!! ミニピカ、男のすねをガブリ!!! 「」 ドンドン! 「みさとちゃん!!みさとちゃん!」 店のドアを叩く音。 美容院のおばちゃんの声だ。 「水里ちゃん、どうしたの!??水里ちゃんッ!!」 「・・・ちっ・・・」 男は舌打ちを鳴らすと、台所の裏口から 飛び出していった。 ガチャッ。 「水里ちゃん!!」 「おははん、よいとろこに・・・ ひま、ほろいてくれまへんか」(訳・おばちゃん、良いところにひも、ほどいてくれませんか?) おばちゃんにえびぞり水里、発見され、無事生還した。 そしてこの事件は次の日。 新聞に載った。 『○○商店街・画材屋に手配中の男が強盗に入られる』 ”「えびぞり蹴りを一発お見舞いしました”と愛犬・ミニピカと一緒に語るそのときの状況を 話す山野さん(25)” 写真では水里、カメラ目線であります。 さらにミニピカも(笑) 「んまぁ。水里ちゃん、えらい目にあったわねぇ。おばちゃん、 水里ちゃんの身になにかあったらと思うと思うと・・・」 美容院のおばちゃんはしわだらけの顔をさらに しわくちゃにして老眼の目をうるうる。 「お葬式のことまで考えたのよ。よかったわぁ」 「考えなくていいから・・・(汗)おばちゃんが言うと リアル感ありすぎるから・・・(汗)」 乱入した男が散らかしていった店の中を整頓する水里。 ばらまいた商品の絵の具や筆を 元の位置に戻す。 カランカランッ 「水里さん!!!」 記事が載った新聞片手に、陽春が息せき切って入ってきた。 「マスター・・・。どうしたんですか?」 「それはこっちの台詞です!水色堂に強盗が入ったって聞いて・・・。 しかもその犯人が・・・」 「シッ!」 美容院のおばちゃんがなにやらにたにたしながら 陽春を見ている。 (・・・。商店街の情報屋のおばちゃんがいるとまずいな・・・) 「おばちゃん、さっき、おじさんが探してたよ。早く帰ったほうがいいんじゃない?」 「あら!そうだったわ!お昼つくってた途中だったんだわ!じゃあ、 水里ちゃん、またね!」 旦那さんのお昼をつくりに、おばちゃんはエプロンをきゅっと 縛りなおしながら走って還った 「ふぅ・・・。これで静かになる」 「水里さん、あの・・・。」 「・・・。とにかく、二階へどうぞ。ここじゃなんですから・・・」 居間に通す。 「ち・・・散らかってますがどうぞ」 パンパンとたたいて座布団をひく水里。 何故だか緊張する水里。 「あのお茶しかないんですが、どちらに・・・」 「お茶なんていりません。それより・・・。すみませんでした」 突然土下座をする陽春に水里はびっくり。 「ちょ、ちょちょちょっと。マスター・・・!??」 「水里さんの家に押し入ったのは・・・。雪を・・・雪をはねた男・・・。 田辺光一なんです・・・」 「・・・と、とにかく頭あげてください」 水里は陽春を再び座布団に座らせた。 「・・・そのことは知っています・・・」 「・・・。本当にすみません。昨日僕が気がついていれば・・・」 「怪我もなかったし・・・。それに・・・。犯人、私に危害は加える気はないって・・・」 「そ、そんなのんきな・・・」 「と、とにかくマスター、落ち着きましょう・・・。はいお茶・・・」 急須にこぽこぽと熱いお茶を注ぐ水里。 陽春は一口飲んでフゥ・・・とふかく息をつく・・・ 「すみません興奮して・・・。でも僕のせいなんです・・・。 以前、僕の店に押し入ったのもアイツで・・・」 陽春の店に押しいって、高価な食器類を根こそぎ持っていった 雪との思い出のつまった食器も・・・ 「・・・田辺は・・・。自暴自棄になってその矛先を僕に向けているんです。 でもまさか水里さんを巻き込むなんて・・・.。アイツ・・・」 湯飲みを握り締める陽春の手が・・・ 震える ガラスのテーブルに映る・・・ 「・・・。どうしてこんなことになったのか・・・。どちらにしても これ以上水里さんや他の誰かに迷惑がかかってはいけない。・・・田辺 の父親に会ってきます」 「会ってどうするんですか?」 「・・・行きそうな場所を聞き出して・・・。探し出します。 話をつけなくては・・・。田辺の標的は僕なんですから・・・。 アイツだけは・・・」 「・・・。マスター・・・」 湯のみに映る陽春の顔・・・ 感情は抑えているけれど・・・ 憎悪が・・・ (篭ってる・・・なんか目が・・・。ぎらぎらしてる・・・) 「・・・。マスター。あの・・・。ミニピカ、一つ芸を覚えたんです。 ミニピカ、おいで!」 「え・・・?」 ワンワンッ。 水里の呼び声にミニピカ、ちょこちょこっと走ってきた。 尻尾を振りながら。 水里手製、”ミニピカ専用ピカチュウ着ぐるみ”着用して。 「ミニピカ・・・。ジャンプして、ポケットに 入るんですよ。ミニピカ。いい?・・おい!」 ミニピカは水里のエプロンの真ん中のポケットにへダイブ。 「あ・・・。コラ。おぼれてどーする。あんたは・・・」 ですがミニピカ、頭から突っ込んだもので、足だけ顔を出し、 ポケットの中でもがいております。 くるりん尻尾をぶんぶんさせて。 そしてひょこっと顔を出す。 「・・・とっ。とまぁ、他愛もない芸ですが・・・。というか 芸といえますかどうか・・・(汗)」 「ふふふ・・・。なんだかミニピカと水里さんはカンガルーの 親子みたいですね」 「か・・・カンガルーですか(汗)」 ミニピカはポケットから飛び出すと陽春のひざにちょこんと 乗った。 「・・・ありがとうございます」 「え・・・」 「頭に血が上っていたけど・・・。落ち着きました」 「・・・」 陽春を励まそうとした自分の心をまるで見透かされた気がした水里は戸惑う・・・ 陽春から視線を逸らす水里・・・。 「・・・。でも自信がありません・・・。アイツの顔を見たら・・・ 何をするか分からない自分が・・・」 突然弱音を吐かれ、返す言葉を必死に探す。 それでとっさに。 「・・・。あ、あのっ。かしますッ」 水里はミニピカを陽春に抱かせた。 「ミニピカがいたらきっと・・・。大丈夫。もしあの男が来ても。 アイツ、犬嫌いみたいだから・・・。マスターを守ってくれます」 ワン! ミニピカはくるりんしっぽを振っている・・・ 「・・・。心強いです。ミニピカと一緒にいると水里さんと一緒にいるみたいです」 「・・・はは・・・。飼い主は飼い犬に似るっていいますから・・・」 (マスターの中で私の位置というのはミニピカと同位置か・・・(汗)) 「はは・・・。くすぐったい。ミニピカ」 (でもまぁ・・・。マスターが・・笑ってる・・・) 雪の命を奪った男が現れた・・・ 自分には想像もつかない葛藤や戸惑いがあるのだろう・・・ いつか見た陽春の涙・・・ 水里は忘れられない。 これ以上、陽春の心が乱れないことを願った・・・ だが・・・。 雪の命を奪った男は・・・ 思わぬところで一番力のない存在を狙っていた・・・