第34話 太陽の声「・・・田辺・・・。よくも・・・。関係のない人立ちまで巻き込んだな・・・」 「・・・ぐっ・・・」 陽春は田辺の腕を背中で捻じ曲げた。 「・・・い、いいのかよ・・・。オレを殺してる暇なんてねぇんじゃねぇのか・・・? あの女とガキ・・・手当てしねぇと死んじまうぜ・・・?てめぇの女房のとこへ行かせる気かよ・・・?」 「・・・田辺・・・。お前っていう奴は・・・っ!」 ここまできても陽春を痣らう田辺・・・ 八つ裂きにしてやりたいという衝動が陽春にかけめぐるが 倒れ、血を流す水里の姿が・・・ 雪と重なる・・・ 「・・・お前を殺すのは後だ・・・!!」 陽春は田辺の手足を作業用のロープで縛り、鉄骨にくくりつけた。 「・・・水里さん!!太陽君・・・!」 水里を抱き上げる陽春・・・ 陽春はすぐさま、太陽と水里の脈の有無を確かめた。 (・・・よかった・・・。生きてる・・・) 水里の額の傷を見る陽春。 (・・・そんなに深くはない・・・。だけど止血しないと・・・!) ハンカチを歯で引きちぎって水里の額に包帯のようにきつく 巻いた。 (・・・。傷は深くないが・・・。脳にショックを受けているかもしれない・・・) 陽春は携帯で警察と救急車を呼んだ。 そして気絶している水里と太陽をそっと抱いて 二階の事務室のソファに二人を寝かせた・・・ 自分の着ていたジャケットをそっとかける・・・ 「・・・。すみませんでした・・・。水里さん・・・。太陽君・・・。でももう・・・。 全てを終わりにします・・・。オレの手で・・・」 二人に深く頭を下げる陽春・・・ 顔を上げた陽春・・・ 何かを決意したよう・・・ 事務室を出て階段を下りる 手を縛り上げた田辺の襟をつかんで陽春・・・ 「・・・。来い・・・。雪に謝るんだ・・・」 異様な目つきの陽春・・・ 田辺を連れ、屋上へ繋がる階段を上っていった・・・ ”全てを終わりにします・・・。オレの手で・・・” (マスター・・・。駄目だ・・・。変なこと考えちゃ・・・) 微かに聞こえた陽春の声に水里が目を覚ます・・・ 起き上がる水里。 同時に太陽も気がついた。 「太陽・・・!」 水里にぎゅっと抱きつく太陽。 無事、再会できた二人・・・ (そうだ・・・!確かマスターが・・・!) 頭の包帯に気がつく水里。 「太陽!マスターをとめなくちゃ・・・!マスタをさが・・・。痛・・・!!」 太陽をだっこして立ち上がろうとしたとき、水里の右足に激痛が走った。 (・・・。骨・・・折れてる・・・) なんとか立ち上がろうとするが 激痛でソファに倒れこんでしまう・・・ 痛そうな水里の顔に太陽はあたふたと覗き込む。 「た・・・。太陽・・・。お願い・・・。あんたしか今、マスター止められない・・・。 お願い・・・。マスターを・・・マスターを探してきて・・・」 水里の言葉に太陽はびっくりして ぐずっと泣き出す・・・ 「太陽・・・!!泣いてちゃ駄目だ!!大好きなマスターを・・・ 助けたいでしょ・・・?」 太陽を抱きしめ、トレーナーの袖口で涙を吹く水里・・・ 「お願い・・・。マスターを・・・探して・・・!私もなんとか探すから・・・」 水里の真剣な言葉に・・・太陽はぐっと泣くのを我慢した。 「そう・・・。それでいい・・・。多分屋上・・・。あたしも行くから・・・。 太陽。マスター見たら”駄目!!マスター駄目”って叫ぶの・・・?できる?」 ”うん・・・!” うなずく太陽・・・ 太陽は水里を心配そうに何度も振り返りながら 屋上の階段をあがっていった・・・ (太陽・・・。ごめんね・・・。私も今行くから・・・) 水里は何か杖になるものはないかと事務所を 見回す・・・ 屋上。 曇り空の下・・・ 柵に陽春は田辺の体を押し付ける・・・ 今にも落ちそうなほどに・・・ 「・・・オレを落とすのかよ・・・」 「それもいいかもな・・・。だがその前に・・・。謝れ・・・。太陽君に 水里さんに・・・そして・・・。雪に・・・」 「・・・嫌だっていったら・・・?」 グッと田辺の体を柵から乗り出させる・・・ 「・・・一緒に落ちてやる・・・」 「・・・。くっだらねぇな・・・。死んだ女房のためか・・・?」 「なんとでも言え・・・。お前が謝罪しないと雪は・・・。永遠に雪は 癒されないんだ・・・」 そして陽春の心も・・・ ビュウー・・・ 屋上の生暖かい風が陽春の頬をかすめる 「・・・あの事故はてめぇの女房の自業自得だ・・・。被害者はオレなんだよ・・・」 「・・・田辺・・・。お前には罪の意識のカケラもないのか・・・っ」 「ねぇな・・・。あるのは・・・。オレの人生を狂わせたてめぇとてめぇの女房への 恨みだけだ・・・」 陽春の訴えは 田辺の心には全く届かない・・・ 逆恨みしかできないこの男。 この男からもはや”謝罪”という言葉はでてこない・・・ 陽春に絶望感が襲う・・・ 「・・・わかったよ・・・。なら・・・。もう終わりにするしかない・・・。 くだらない逆恨みも・・・。そしてこのオレの心の痛みも・・・」 陽春は自分も柵をまたいで超え、 田辺と共に下を見下ろした・・・ 「雪・・・。ごめんな・・・。ごめんな・・・」 目を閉じ・・・ 空を飛ぼうとする陽春・・・ 「だめーーーーーー・・・っ!!だめぇーーーーーーー!!」 「!?」 (あの声は・・・) 振り向くと そこには必死に大きな口を開けて叫ぶ太陽の姿があった・・・ 「だめぇーーーーー!!ますたあーーー!だめ。だめえっ」 「太陽く・・・ん・・・」 滅多に聞かない太陽の声に陽春は 驚く・・・ 「ますたあ、だめぇ。おそらとんじゃだめ。ぜったいだめ。 だめぇっ。だめぇ・・・だめぇ・・・」 水里に教えられた通り、何度も何度も何度も 繰り返す・・・ 声が掠れてきても・・・ 「だめぇ・・・。だめぇ・・・だ・・・。ケホコホッ・・・」 むせてもまだ頑張る太陽・・・ 「太陽君・・・」 「だめぇ・・・だめ・・・だめだめ・・・コホケホッ」 太陽の小さな・・・ だけど健気な必死に訴える声に 陽春の強張った体から力が抜けていく・・・ 「ますたぁ・・・だめ・・・だめ・・・コホッ・・・」 「太・・・陽・・・」 四つんばいになって階段をあがってきた水里・・・ 「ミーママッ・・・」(水里ママの略) 水里に駆け寄る太陽・・・ 「聞こえたよ・・・。太陽の声・・・」 ”うん・・・!” 太陽は元気にうなづいた。 「太陽・・・。頑張ったね・・・。よくやった・・・!」 足の痛みを堪えながら太陽を抱きしめる水里・・・ 「・・・水里さん・・・。足・・・」 「・・・マスター・・・。太陽の声・・・。聞こえましたよね・・・?あれは・・・。 雪さんの言葉を・・・。太陽に代弁してもらったんです・・・」 「・・・」 「・・・。憎しみを消せなんていいません・・・。でも・・・。お願いです・・・。憎しみに・・・ 負けないでください・・・。投げやりにならないでください・・・。お願いです・・・」 水里の言葉も・・・ 雪の声に聞こえる・・・ 「・・・マスター・・・お願いで・・・。痛・・・っ!!」 痛みで倒れこむ水里を駆け寄って太陽は受け止めた・・・ 「・・・へへ・・・。ちょっくらおっちゃたかな・・・。でも・・・。大丈夫。 あたし、うたれづよいですから・・・!」 微笑む水里・・・ ”そんなに心配しなくてだいじょーぶ!あたし、強いんだからね・・・!” 「・・・。すみません・・・でした・・・俺は・・・」 (マスター・・・) 「ごめん・・・」 ”誰”に対して謝っているのか・・・ 水里にはすぐわかった・・・ (・・・雪さん・・・) 救急車のサイレンの音が 切なく 哀しく 水里の耳に響いた・・・