デッサン 第35話 節目
「病院の料理ってどうしてこう、味がないんだ」







病室で病院食の味噌汁をずずっとすする水里。







右足にはギプス。







検査入院だと言ってMRIやら色んな検査をされたが
結果は全て異常なし。





小柄な体の割りに頑丈な水里です。







「はぁー・・・。あとは骨が早くくっついてくれたらいいんだけどなー・・・」





入院なんてしたことがない水里。






有り余る元気が今にも溢れそう。







(よし。ちょっと外でも散歩しよう)






松葉杖をついてこっそり病室を抜け出そうとする水里・・・








「・・・水里さん」






ギクリ。




(やば・・・。見つかった?)



振り向くと・・・







花束を持った陽春が・・・










「マスター・・・」









陽春と会うのは一週間ぶりだった。





あの事件の後、警察の事情聴取やらごたごたし、
会っていなかった・・・






「よいしょ・・・っと」




水里は陽春に支えられては病院の中庭のベンチに座る。







「すいません。マスター」








「そんなこと・・・。謝るのは僕の方です・・・。僕のせいで水里さんに怪我を負わせて・・・
そして太陽くんまで巻き込んで・・・。すみませんでした。本当にすみませんでした・・・」







陽春は水里に頭を何回も下げた。








「・・・。謝らないでください。マスターに誤られるとなんか返って申し訳ないから・・・」







年上の陽春に
頭を下げられてはなんとなく落ち着かない水里。








「・・・。水里さんは強いな・・・」







「・・・」







「オレは・・・。結局自分の憎悪に負けた・・・。この手でアイツを・・・」






両手を見つめる陽春。






「水里さんと太陽君がいなかったらオレは・・・。オレは・・・」








「・・・雪さんですよ」







「・・・え・・・」








水里は空を指差した。







白い雲を








「あの雲の向こうにいる雪さんが・・・。あたしと太陽を使ってマスターを止めたんです。
ね・・・?その方が・・・。すごく素敵だと思いませんか・・・?」











「水里さん・・・」









「ね・・・?」













微笑む水里・・・









水里の笑顔が・・・温もりを陽春に与える・・・










「・・・!山野さん!!!」









ベンチの背後から





水里の主治医が声をかけてきた。







「あ・・・。浜崎先生・・・」







「今日。午後から足のレントゲン取るって言ってたでしょう・・・。困るなぁ・・・」






「す、すいません・・・」







どうもこの浜崎という若い医師が苦手な水里。







「看護婦がさがしていましたよ」






「わ、わかりました・・・。あ、ま、マスター。それじゃまた・・・」







よっこらよっこらと松葉杖を可愛らしくついて
水里は病院にもどっていった・・・











「・・・元気な患者さんだろ?陽春」






「浜崎・・・。お前まだこの病院にいたのか・・・」






浜崎という医師。




どうやら陽春と知り合いらしい。







「聞いたよ・・・。お前・・・大変だったな・・・」






「・・・。オレのせいで・・・。彼女に怪我を・・・。おい、浜崎。
本当に彼女の怪我、大丈夫なんだろうな・・・?」






「ああ。今日、念のためもう一度レントゲン撮るが骨折以外は
脳波も異常なし。あと一週間ほどすれば通院に切り替えられるだろう」






「そうか・・・。安心した・・・」







陽春と浜崎は医大時代の同期だ。






密かに浜崎は雪を慕っていた







「いつも冷静沈着・・・。だが雪さんのことになると・・・」






「・・・。復讐なんて・・・一番雪が望むはずがないと
わかっているのに・・・。人間は弱いな・・・」








「陽春・・・」







俯く陽春・・・







雪が亡くなった時、声もかけづらいほどに
うなだれ、失意のどん底だった・・・








「・・・。人間らしくていいじゃないか。お前は溜め込むタチだからな・・・。
いつか・・・。暴発するんじゃないかって
心配してたんだ・・・」






「・・・。見事に暴発したよ・・・」






「でも寸前で止めたじゃないか」







陽春は首を横に振った。







「オレ自身じゃない・・・。水里さん・・・。彼女がいなかったらオレは
今頃・・・。ここにはいない・・・」







「・・・。陽春・・・」









「オレは・・・。雪を失ってから一人で生きていたと思ったいた・・・。
だけど違ってたんだな・・・。オレの周囲にいる人たち皆に支えられるんだって・・・。
彼女が教えてくれた気がする・・・」










雪の葬式の時・・・







来るものを全て拒むあの尖った背中・・・





今は丸く、穏やかに浜崎は感じられた・・・










「陽春。お前・・・。戻らないか?」





「え・・・?」






「医者に・・・。海の向こうにお前を必要としている子供達が
沢山いるんだ・・・」







浜崎は白衣のポケットからあるパンフレットを陽春に差し出した・・・






(これは・・・)














『海外青年協力隊』のパンフレットだった。









「お前は病院にはもう二度と戻らないと言った・・・。だが医者が必要なのは
病院だけじゃないだろう・・・」








「・・・」






「よく考えてみてくれ。急ぎはしない・・・」







浜崎はそれだけ言うと




陽春の肩をポン!と叩いて去っていく・・・





親友の励まし・・・





「・・・オレを必要としている・・・か・・・」










”マスターの淹れるコーヒーをみんな必要としてるんです”




水里の言った言葉が




陽春の脳裏をよぎったのだった・・・