デッサン
第38話 私色に染まれ







ボーンボーン・・・






『四季の窓』の時計が午後4時を告げる








陽春は時計の針ばかり気にして・・・







四時をすぎると必ず水里は店に来ていた・・・






右から二番目の席。










”それでね・・・マスター・・・”






何気ない話に花を咲かせていたのに・・・







ここ二週間・・・




特等席の主は座っていない・・・












カラン・・・ッ






「・・・!」





ドアの鐘の音に思わず振り向く陽春・・・








「・・・な・・・夏紀・・・」






「な・・・何だよー。オレだったら悪いのか」







夏紀の突っ込みに思わず目をそらす陽春。







「・・・。水里の奴なら自分の店、休んでたぜ」






「え・・・」







「どうやら本腰らしいな。きっと絵の具だらけなんじゃねぇか?」





これ見よがしに横目で陽春を見る。







陽春は目を逸らして






コーヒー豆をひく






「・・・」







「・・・兄貴・・・。本当に変わったよなそんな風にさ・・・。感情をすぐ露にしなかった・・・」







『立派で誠実で思いやりに溢れた青年』





「まるでさ・・・。良質な品物みてぇで・・・」




だから





いつも一緒にいてもどこか遠かった。





兄に親しみを持っていてもどこか・・・





「でも・・・。今の兄貴は・・・。弱い自分のまんまでさ・・・。
迷って戸惑って・・・
そんな兄貴・・・オレは・・・嫌いじゃないぜ」








「夏紀・・・」








コーヒーの香りを嗅ぎながら夏紀ははなす・・・







「・・・。アイツのおかげ・・・かな?」






「え・・・」







「”人間らしく”兄貴が『バラエティ』みて大笑いするようになったのは・・・」






夏紀は指差した







そこには・・・









水里専用の・・・







水色のカップ・・・






手に取る陽春・・・






「・・・。そうだな・・・。きっと・・・。彼女のおかげ・・・だな・・・」












陽春の脳裏に水里の笑顔が浮ぶ・・・












(・・・もし・・・彼女の絵が入選したら・・・。入選したなら・・・)












空と同じ色







希望という名の・・・。


















「・・・フゥ・・・」






ギプスも無事にとれはれて体の自由が利くようになった。



右頬に茶色




左頬に白の絵の具をつけて・・・







水里は筆を走らせる・・・










主に水里は水彩しか使わない







だが今回は油絵がメイン







油絵は色を重ねるように塗っていく








浸透性がない分






色の濃さを調節しなければ・・・














慣れないけれど







旨く色が作れないけれど・・・








それもまた・・・





(・・・楽しい・・・)












こうして




一日中時間を忘れるくらいに何かに没頭したのは




初めてのような気がする・・・









たった一枚のキャンバスと向き合う・・・







自分自身と向き合っているようで・・・











(・・・私・・・。”描くこと”がこんなに好きだったんだ・・・)










改めて実感したきもち。









何だかとても満たされた気持ち・・・










(・・・”好きなこと”が出来るって・・・とても幸せなんだな・・・)








自分らしくいられる






絵を夢中で描く自分が好き









絵の具だらけの顔の自分も好き・・・














新しい自分を紡ぐように







水里は描く・・・








(自分自身を好きになれる・・・。こんな素敵な気持ちがマスターにも伝わりますように・・・)










陽春が幸せになれる絵を・・・












描く・・・














クワーン・・・






「スー・・・」







アトリエに大の字なって眠る水里の耳をぺろっと舐めるミニピカ・・・






「スー・・・」







クワーン・・・






ミニピカは夕食を催促するように
水里のTシャツをくいくいひっぱるがぐっすりおやすみの水里・・・








その水里の頭の上には・・・












描きあがった絵が・・・







夕日色に染まっていた・・・














それから二日後・・・






水里は出来上がった絵を県展へ送るために郵便局にいた





手続きをして郵便局から出てくる水里・・・





「あとは天を運に任せるだけか・・・」







(素人が・・・。簡単に認めてもらえるなんて思ってないけど・・・)





だけど最後までかきあげた満足感は確かに感じている・・・







(父さん・・・。どんな結果でも私・・・。これからも絵を描き続けていくね・・・)









空を見上げる・・・








水色。





一番好きな色・・・







水里の願いを吸い込んで空は快晴だ・・・
















そして・・・





水里が県展に作品を応募して2週間・・・




コトン・・・



水里の家の水色の郵便受けに





県展の結果が送られてきた・・・









茶色い薄い封筒・・・






カサ・・・






紙切れ一枚・・・水里は緊張した面持ちで開く・・・






『審査結果貴殿の作品は・・・』







「・・・」








水里は微笑み・・・








結果が書かれた紙をそっとテーブルに置いた・・・









クワーン・・・







水里の足元にミニピカが擦り寄る・・・







「・・・ミニピカ・・・」






ミニピカを抱き上げる水里・・・






その表情はだた・・・





静かに穏やかだった・・・