第39話 新しい季節へ
陽春は







『勝手ながら暫くの間休業致します。店主』





四季の窓の入り口に張り紙が揺れている。







二階では陽春は1週間後に医療ボランティアの先遣隊として出発する。




その荷造りをしていた・・・







”マスターお願いです・・・。私の絵が入選したら・・・お店閉めないでください・・・!”









水里の言葉が浮ぶ・・・





陽春はカレンダーを見た・・・





(そういえば・・・。県展は今日からか・・・)





水里が絵を描き出し、店に来なくなって・・・






”結果”について水里からは連絡は一つもない






(・・・連絡がないということは・・・)







微かに期待していた・・・






水里の絵に・・・









(・・・そういえば・・・。彼女は何の絵を描いたんだろう・・・)








陽春は水里のことを振り切るように


ダンボールに衣類を詰める・・・










”アイツのおかげなんだな・・・。人間らしい兄貴になったのは・・・”







「・・・」








”懸けてみろよ・・・兄貴も・・・アイツに・・・”










「・・・。でもオレはオレは・・・」









カサ・・・ッ








ダンボールの中のアルバムの中・・・







スケッチブックの切れ端を見つける・・・








「これ・・・は・・・」








水里が描いた雪の似顔絵・・・







”雪さんはいます・・・この絵の中に・・・”










「・・・絵の中に・・・」














ガタン・・・!









陽春はパンフレットを握り締め






そのまま飛び出した・・・













「ハァハァ・・・」






『第44回●●県総合美術展覧会会場』






「あ・・・。お客様、チケット・・・」



受付など無視して会場に入っていく・・・






美術館など久しぶりに来た陽春・・・





最終日とあって割りと人は来ている・・・






静さであたりはひんやりとして・・・








(・・・沢山あるんだな・・・)







陽春の身長ほどあるサイズの絵もあれば





葉書ほどの大きさの絵もある・・・






ゆっくり見てまわる・・・




作者の名前を順に・・・








(・・・違う・・・。違うな・・・)






順路に従って陽春は絵を見ていく・・・






(ない・・・。ないな・・・)







だが一向に水里の名前はなく・・・










「・・・あ・・・」






結局・・・出口まで来てしまった・・・







(どこかで見逃したのかもしれない。モウ一度・・・)






陽春は何度も順路を見て回り、係員に聞いてみたが






『山野水里』という名前はなかった・・・














「・・・」









受付の前の長いすに重たく腰を課かける陽春・・・















水里の絵があって欲しかった・・・







水里の絵が見たかった・・・








店を残す”意味”が・・・





見つかる気がしたから・・・







(やっぱり・・・これが”取るべき道”なのか・・・)







俯き・・・陽春は美術館を出て車がある駐車場まで戻った











「よいしょ・・・。ったく・・・。館長の気まぐれにも
参るよ」






「ほんとだぜ」






美術館の職員らしき男二人が、ワゴン車からキャンバスを
積み下ろししている。






「わっ・・・!」




職員が運んでいた絵を落とし、カバーから飛び出した









陽春がその絵を





手に取る・・・










(・・・この絵は・・・)








「あ、すいません・・・」








「・・・」











職員が手を差し出すが陽春はしばらくその絵に魅入って・・・












「・・・この絵は・・・入選した絵ですか?」






「い、いえ・・・。これは一次審査で落ちた作品で作者に返却するんです・・・」






「返却・・・」










陽春は突然、職員に頭を下げた






「・・・その絵を是非、私からかえさせてくれませんか」






「えっ・・・。でもこれは作者に返却するもので・・・」






「その作者・山野さんとは知り合いなんです。お願いです。その絵・・・どうしても私の手から
返したいんです・・・」




陽春は自分の店のマッチを職員に手渡す


「そう言われても・・・。知り合いだと言ってもねぇ・・・」




職員は困惑して首を傾げる。



いいじゃないか」






「館長・・・」






紺の背広をきた初老の男。美術館の館長だ。






「今・・・。貴方、”山野さん”と言われましたな?」





「は・・・はい。山野水里さん。私の知り合いです」






「・・・。そうか・・・。やっぱりこの絵は・・・」






館長は懐かしげに水里の絵を眺めた・・・





「水里さんと館長さんはお知り合いなんですか?」





「いえちょっと・・・。時にこの絵の人物は・・・。貴方ですか?」






「・・・。多分・・・」






「実に・・・。穏やかな空気ですな・・・。この絵の中に入ってみたくなるほどに・・・」







館長は水里の絵を優しげになでながら話す・・・







「・・・館長さん、お願いします。この絵を・・・僕の手から彼女に返したいです・・・。
どうしても・・・どうしても・・・」









「わかりました。では貴方から返してあげてください」






「ありがとうございます・・・!」







陽春は館長からしっかりとキャンバス受け取る・・・









「この絵は・・・。誰かに『評価』されたりする絵じゃない・・・。そうなんでしょう・・・?」







館長はまるで陽春の事情を知っているような
顔で言った







「・・・はい・・・。この絵は・・・」






「きっと・・・その作者はその絵に描かれた場所がとても・・・好きなのでしょうな・・・」








「はい・・・」






館長は杖をつきながら






去っていく・・・



















陽春は公園に立ち寄っていた・・・









水里がよく座る花時計の前にベンチ




カバーを広げる・・・








そこには・・・











その絵に描かれているのは・・・


















ピンクのチューリップが花壇にさきほこり









白いのカーテンが揺れる窓の向こうに






居るのは












陽春と雪・・・
















雪が・・・



白いエプロンで・・・







カウンターの客と楽しそうに話して・・・












客も雪の笑顔に微笑み返して・・・









自分は奥でその光景を見守っている・・・














足らずだった幸せな時間・・・













一瞬のうちに消えてしまった時間が・・・



















この絵の中に









生き返った








蘇った・・・















”このお店が・・・。みんなの”居場所に”なればいいね・・・。
誰かと誰かが出会って・・・。そんな素敵な場所になればいいね・・・”










「・・・そうだよな・・・。雪・・・。お前の言うとおりだ・・・」









雪の言葉を思い出す・・・










誰より『四季の窓』を愛していた雪の・・・








”このお店はね・・・。私達だけの場所にはしたくないの・・・。
きてくれる人たちと笑い合える・・・。笑ってもらえる・・・そんな空間に
なったらいいよね・・・”









「・・・。ああ・・・。本当にそうだな・・・。本当に・・・。雪・・・」










絵を撫でながら・・・







記憶の中の雪と語らう・・・









”陽春・・・。人にとって『思い出』はね・・・。新しい季節に向かう”力”に
なっていくいものだと思うの・・・。辛いことも嬉しいことも・・・。時間がかかっても
思い出にしがみついていたら潰れてしまうから・・・”










「・・・。お前を”思い出”にしなくちゃいけないんだな・・・。オレは・・・。
いつ・・・できるか分からないけど・・・。思い出にしなくちゃ・・・。オレは・・・オレは・・・」















10年後






20年後・・・










雪は自分の中でまだ笑っているだろうか








苦しい記憶は和らぎ、





心地いい記憶、『思い出』になっているだろうか・・・







『思い出』にしていいのだろうか・・・











ピンクのチューリップの絵の具に






一滴・・・






零れる・・・










フワ・・・











新緑の風が陽春の頬の水滴を乾かす・・・












ザワ・・・












水色の空を見上げる・・・











透き通るような








気持ちのいいスカイプルー・・・










心の淀みを









薄めて






消えていく・・・











陽春は水里の絵ぎゅっと握り締めて呟く・・・












「・・・失くさないよ・・・。お前の記憶も・・・。店も・・・。新しい季節を
向かえるために・・・」















水色の空は








限りなく優しい水色で






陽春を包んでいた・・・