デッサン
〜4番目の金メダル〜
後編

「もしもし?喫茶四季の窓ですが・・・」

太陽のかけた電話。なんと陽春にかけてしまった。

水里は慌てる。

「あ、あの、こ、こんばんは。マスター。水里です」

「ああ、水里さん。こんばんは!この間はチューリップ、ありがとうございました。花、一株でしたが咲きました」

「え、ホントですか!?よかった・・・!咲いたんだ・・・」

踏み荒らされた花壇に一株だけ蕾が残っていた・・・。

強い風にも耐えて花を咲かせたのだ・・・。

嬉しくなる水里。自然に声も弾む。

「水里さんには色々とお世話になって感謝しています」

「い、いえそんなことは・・・。でもホントによかったです。咲いてくれて・・・」

陽春の声が明るい。

ほっとする水里だ。

「あの・・・。ところで僕になにか・・・?」

(そ、そうだった・・・)

「えっとその・・・。た、太陽がマスターの声、聞きたいって言うもんだから・・・」

「太陽君が?僕も太陽君と是非、お話したいです」

水里は太陽の耳元に受話器をあてた。

「もしもし?太陽君かい?久しぶりだね!」

太陽はVサイン。

陽春の声が聞けて、太陽も嬉しい。

「太陽君、今日は水里さんのところにお泊りなんだね!どうだい?楽しい夜かい?」

太陽は両手でダブルでVサイン。

「そうか。じゃあ、太陽君!きっと今夜はいい夢がみられるね!」

太陽はもう一度両手でVサイン。

受話器の向こうの陽春には太陽の姿は見えないはずなのに。

太陽の言葉がわかるみたいに話しかけてくれる。

水里はそれが不思議で、でも嬉しかった・・・。

「マスター。夜分遅くにすみませんでした。あの・・・」

「はい」

「あの・・・」

一瞬陽春に運動会のことを頼もうと思い、のどまででかかったが・・・。

「いえ、何でも・・・。なんでもないです」

「・・・なんでもないって感じじゃないですね。言いかけてやめられたら気になってしまいます。言って下さい」

「あの・・・その・・・」

陽春の追及に水里は負けた・・・。

太陽の運動会のことを話す。

「あ、あのマスター・・・。太陽には我慢してって言いますから・・・」

「運動会ですかぁ・・・。楽しそうだなぁ〜」

「え。」

明るい声の陽春。

「障害物競走ですか。懐かしいな、僕も苦手だったんです。名誉挽回できそうです。僕でいいなら是非参加させてください。太陽君にご使命とあらばでないわけにはいかないですよ」

「マスター・・・。すみません。無理言って・・・」

水里の足元で、くいっとパジャマをひっぱる太陽。

どうやら、陽春がOkと言ってくれたかたずねているらしい。

水里は親指と人差し指でワッカをつくって陽春の答えを伝える。

”やったー!”

太陽は本当に嬉しそうに両手をあげてジャンプした。

「太陽、ぴょんぴょん跳ねて喜んでます・・・。マスター」

「じゃあ、僕もがんばらないと。太陽君にまけないように。・・・あれ?どうかしましたか?」

水里は少し沈黙した。

「・・・太陽とそこまで仲良くなってくれた人今まであまりいなくて・・・。太陽がなかなかしゃべらないから『無愛想な子』っていつも誤解されちゃって・・・。だから本当に有難いです。ありのまんまの太陽を見てくれる人がいて・・・」

「それは逆だと思います」

「え?」

足元の太陽。まだ陽春と運動会に出られるのが嬉しいのかまだ踊っている。

「太陽君が太陽君らしくありのままだから僕も自然とそうなるんだと思います。太陽君がおしゃべりが苦手なのも、乗り物が大好きなのもみんな『太陽君』だと思います。そんな風に・・・周りの人たちが受け止めてくれるといいなって・・・えらそうなことは言えませんが僕はそう思います」

「・・・マスター・・・」

水里は今の陽春の言葉を陽子に聞かせてあげたいと心底思った。

有りのままの太陽の姿をちゃんと見ていてくれる人がいる・・・。


そのことを陽子に伝えたいと。

「あ、あのじゃあ、運動会、よろしくおねがいします」

「ご注文、確かに承りました」

コーヒーを注文するように陽春は笑いながら言った。

くすっと笑いあう陽春と水里。

”僕も仲間にいれて!”

といわんばかりに太陽は水里にだっこをせがんだ。

そして受話器に耳をあてて小さな口をもごもごさせた・・・。


「あり・・・あり・・・がと・・・。アリガト・・・」

小さな”ありがとう”は確かに陽春の耳に届いて・・・。


「こちらこそ。太陽君!運動会、頑張ろうね!」


太陽は受話器に向かって最高の笑顔でVサインしたのだった・・・。



パアン パアン パアン

青空に花火が三発あがった。

『あかね保育所』のグランドの空には世界の国旗がパタパタとたくさんはためく。

その旗の下では園児達が一生懸命に競技を頑張って走っている。

その姿を記録しようとカメラ片手の父親達でスタンバイ。

その父親達の中に水里もいいポジションで・・・。

「よーし!ここで応援すれば太陽にも聞こえるきこえるぞ!」

敷物片手に応援スタンバイ。

お弁当もバッチリ作ってきた。

『それでは次の種目は障害物競走です。走者の園児、保護者の方は準備をお願いします』

アナウンスと共にスタート位置につく。

4コースに、太陽とTシャツとジーンズ姿の陽春はいた。

「太陽ーーー!!空まで駆け抜けるぐらいにがんばれー!」

太陽に向かって両手を振る水里。

カメラ片手の父親の中だからかなり目立つ。

「太陽君、準備はいいかい?」

太陽は元気よく頷く。

「よし。じゃああとは落ち着いて一つ一つクリアしていけばいいからね。あわてず。いいかい?」

”まかせとけ!”といわんばかりに胸をドンとたたく太陽。

陽春も負けじと胸をたたく。

気合たっぷりの二人だ。

そしていよいよ太陽達の番がまわってきた。

太陽と陽春はスタート位置に手をつないで立った。

「では用意・・・」

保母が耳を押さえてスタートの鉄砲を空に掲げる。

「スタート!!」

パアンッ!!

太陽と陽春は一斉に走り出す!

まずは第一関門の平均台。

高さ50センチほどの平均台。太陽は陽春に手を引かれ、ひょいひょいひょいっとわたっていく。

そして第二関門。太陽が一番だ。

ダンボールの中に入り、四つん這いになり前に進む。

長身の陽春はちょっときつそう。

その横にちっちゃなダンボールがことことと進んでおります。

まるで親子のカタツムリみたい。

現在、太陽チーム、第一位。

「太陽ーー!がんばれー!!!今度大好きなから揚げ沢山つくってあげるからねー!!!」

カメラ軍の父親たちとかきわけ大声で応援する水里。

その間にも太陽は第三関門に。

跳び箱だ。

陽春が跳び箱の前で待って太陽がひょいっと軽々と華麗にとんだ。

よし、跳び箱が終わりあとはゴールへただ一直線に走るだけ!

太陽と陽春はダントツ一位でゴールを目指す!

「太陽ー!マスター!!あと少し、頑張れーーーー!!」

水里さらに大声で応援。

そしてあとゴールのテープまで1メートルを切ったとき・・・。

「!」

太陽は足元の”何か”に気づき、急に立ち止まる。

「太陽君?どうしたの?」

陽春は一体地面に”何”があるかしゃがんで見てみると・・・。

「・・・ああ。なんだ。ふふっ。そうか・・・」

くすっと笑う陽春だが、二位の親子や三位の親子が次々とゴールイン。

ダントツ太陽が一位だったのに四位になってしまった・・・。

ゴール間近で地面を眺め、しゃがむ太陽と陽春に周囲は不思議そうな視線。ざわめいている。

(太陽、マスターどうしたんだろう・・・?)

水里も心配そうに見つめる。

「あの、どうかしたのかな?太陽君」

保母が太陽と陽春に尋ねると、太陽は保母にシーっと口に人差し指を当てた。

「?」

太陽が指差す地面には・・・。

地面の一匹の緑色のバッタだった。

どうやら太陽はバッタを踏みそうになり立ち止まったらしい。

ピョーんと飛んで、太陽より先にゴールしてしまった。

「じゃあ、太陽君、僕らもゴールしようか」

太陽はにこにこスマイルで頷く。太陽と陽春はいちにのさん、で笑顔で四位でゴールイン・・・。

「桃組の太陽君、ゴール直前で足元にいたバッタと一緒にゴールインです。みなさん拍手でむかえてあげてください〜」

とさっきの保母がマイクでアナウンス。


グランドの太陽と陽春に温かな拍手が送られた・・・。

(太陽ってば・・・。ふふ・・・)

水里もめいっぱいに拍手。

しかし、当の太陽本人はビリだったのにどうして拍手をもらっているのかさっぱりわからない。

首をかしげながら、太陽も一生懸命拍手したのだった。


運動会が終わり、水里たちは陽春の店でお疲れ様会(?)を開いていた

カウンターの席でオレンジジュースをずずっとストローですする太陽。

「マスター、今日は本当にありがとうございました。ほら、太陽もお礼」

太陽は”ありがとう”の代わりにやっぱりVサイン。

「いやいや。僕もとても楽しかったです。太陽君と一緒で。それにしても、太陽君、よく足元のバッタに気がついたね」

「太陽、乗り物も大好きなんですが、昆虫とかも好きで。でもまさかバット一緒にゴールするなんて思わなかった。ふふ。太陽らしいゴールインだったね」

太陽は水里の言葉に首を横に振って何か否定した。

「え?四位じゃないって?」

太陽は必死に片手でバーを水里に出している。

「・・・そっか。バッタが四位で太陽が五位ってこと?」

太陽はうなずく。

バッタは太陽より先にゴールの近く居た。だからバッタが四位なのだと太陽は主張しているようである。

そして太陽は四位の『がんばったでしょう』のお花の丸いメダルを首からはずした。

『頑張ったでしょう』のメダルは誰にあげるの?バッタはもう飛んでいっちゃったし・・・」

太陽は陽春を指差した。

「え・・・?僕に?僕にくれるの?」

太陽は頷いてメダルを陽春に手渡した。

「いいのかな。もらっても・・・。一番頑張ったのは太陽君と思うけど・・・」

「マスター。もらってください。太陽、ホントに嬉しかったんだと思います。ビリでも何でもとにかくマスターが一緒に走ってくれたことが・・・。私も嬉しかったです。だから・・・」

「・・・わかりました。有難くいただきます。じゃお返しにこれは僕から太陽君と水里さんに・・・。『今日一日ご苦労様賞』送ります」

陽春は冷蔵庫の中から何かを取り出してきた。

とても甘いにおいがする・・・。

「はい、『ご苦労様賞』です」

「わ〜・・・」

桜色のシャーベット。

ピーチの香りがする。

「これ、もしかして夏限定のデザート?」

「ええ。ピーチの果汁で作ったシャーベットに桜を散らしてみました。さぁよかったどうぞ」

「いただきます!」

太陽と水里は同時に人さじすくって食べた。

「んー。きーんとするけど美味しい〜♪見た目も綺麗だし。マスター、これいけますよ!ね、太陽!」

太陽、堂々と大きく”おいしいしよ!”両手でVサイン。

本当に美味しくて嬉しい『お疲れ様賞』。


結果は四位、いや五位になってしまったけれど、こんなに美味しい『賞』が貰えてよかったな、と太陽は思った。

バッタさんに感謝・・・と。


「あ、こら!太陽、人の分まで食べるな〜!」

そして帰り道。自分の背中ですやすやと眠る太陽に水里はつぶやいた。

「今日の太陽は金メダルだよ・・・」