裸足の女神

ACT1・裸足の女神に出会った

赤、青、白・・・。

鮮やかなネオン光るが若い奴らが集まるストリート。

今、流行の路上ライブやストリートダンサー。さまざまな若いパフォーマー達が歌い、踊る。

夜になると湯水のように溢れる若い奴ら。

皆、どこか空虚な目をして。

コンクリートの地べたに座って飲み食いをしている少年少女。

どこからみても10代なのにビール片手に酒盛り。

ゲラゲラ笑い、煙草を吸い・・・。

辛い現実から逃れるために?

麻薬じゃないけど、麻薬のように酒の勢いでハイテンションになり、夢見心地。

でも、そんな少年少女達の瞳の奥が乾いて見えるのは気のせい・・・?

酒とたばこを交互に飲んだりすったり。

当然、吸殻が散乱。

茶髪の少年がポイッとくわえていた煙草を捨てた。

それを一人の男が拾う・・・。

「どこに捨てやがる」

「あん・・・?」

ドスの聞いた声にしゃがんでいた少年がゆっくり上を見上げると・・・。

一瞬、ゴクリと唾を飲むほど美形な長身の男が自分を見下ろしていた。

「な・・・なんだよ。てめぇは」

「店の前を汚すな・・・」

「けっ。うっせーよ。てめぇこそ消えやがれ。けっけっ。女みてーな顔しやがって・・・」

もう一人の少年が吸っていた煙をすうっと顔に向かってはいた。

「・・・ぐあッ」


男は少年の腕を背中でねじり動けなくして、くわえていた煙草を取り上げた。

「・・・聞こえなかったか?煙草は捨てるなと・・・」


「ひっ・・・」

少年は青ざめる。

男は取り上げた火のついている煙草を少年の頬にゆっくりと近づける・・・。

「や、やめろ・・・っ」

「なら・・・。二度とここでタムロしねぇと言え。でねぇとてめぇの耳に穴あけるぞ」

ジュウ・・・。

煙草の火が少年の耳に伝わる・・・。

「わ・・・わかった・・・っ。もう二度としねぇからはなしてくれ・・・ッ」

男は静かに少年を解放した。

「ゴホッ・・・」

少年はハッとした。

男が胸にしているネックレス。

銀とパールのペンダント・・・。

「も・・・。もしかしてあんた・・・『稲葉 歩』・・・」

「だったらなんだ・・・」

鋭い眼差しは・・・。

「・・・。い、い、行こうぜ・・・ッ」

少年達は男の名が『稲葉 歩』と知り怖気づいて逃げていった・・・。

「チッ・・・。ガキ共が・・・」

ギターを背負ったこの男。稲葉 歩。

このストリートで、知らないものはいない。

喧嘩をしかければ、全員病院送りになったといううわさもあるいわく月の男なのだが・・・。

「最近のガキ共は行儀がなってねぇ」

その人を寄せ付けない迫力に似合わず、綺麗好きなのか、少年達の残していった酒やたばこのかすを広い、側のゴミ箱に捨てた。

ちょっと律儀な男の様でもある。

「いけねぇ。もう時間だ」

歩が入っていったのはBAR「ホワイト・ビーナス〜裸足の女神〜」という名の店。

中に入ると横に長いカウンター。

壁は白一色。

奥に小さなステージがあって。

ドラム、ベース、キーボード・・・。

ドラムを体格のいいこれまたイケメンの男がドラムの手入れをしている。

「お。わが店のアイドル・歩くんのご登場か。だが5分の遅刻だぞ」

「・・・。マツさん。頼むからその呼び方やめてくれ・・・(汗)」

松本はこのBARの店主。

実はその正体・一昔前に一斉を風靡したバンド「ビーナス」の一員だった。通称TAKE。女受けするそのビジュアルで、一番人気だったがその実力は本物。

アメリカに武者修行してきた本場仕込みだ。

松本は歩の憧れだった。

そしてギター一つで、バーテンのバイトをしながらギターの稽古に励んでいた。

「歩。お前のおかげで女性客も増えてなぁ。まぁ店としては有難い」

「マツさん。俺はそんなつもりでギターやってるわけじゃねぇ・・・」

「わかってるって。ったくまじめな奴だな。お前は見てくれじゃねぇ。実力がある・・・。だからもったいないと思ってんだよ。こんな小さな所で収まってるのが・・・」

「・・・。俺はマツさんのドラムが好きなんだ。メジャーなんてどうでもいい。自分がヒキテェ場所で弾く・・・。それだけだ。・・・酒の準備してくる・・・」

歩はバーテン様のスーツを着に従業員室に行った。

「ふっ・・・。くそ真面目な奴だ・・・。ま、そこが可愛らしいんだが」

バタンッ。

少々荒くロッカーを閉める歩。

バーテン用の黒のスーツに白いシャツに着替える。

くしで髪をセットして・・・。

”もったいないんだよ。お前の実力が・・・”

松本の言葉。自分は松本と共に音楽をやりたいと思っている。

そしていつか松本を越えられる様なギタリストになりたいと・・・。

だが、松本はまだ自分のギターを認めていないのかもしれない。それに・・・。


『お前はお前の音を探せ。俺じゃなく自分自身の・・・』

(俺の音って・・・なんだ?俺の音って・・・。俺の音楽は・・・)

心にもやもやしたものを感じつつも

歩は今夜もバーに出る。

「歩。歩特製カクテルひとつ・・・」

手馴れた手つきで軽やかに様々な酒をミックスさせてグラスに注ぐ。

最近歩のオリジナル「ホワイトビーナス」は人気のカクテルだ。

カウンターには歩目当てのOLが毎日通う。

「ねぇ。歩。今日は店終わったら時間ある?」

赤いマニュキュアの指がグラスをそっと持つ。

「ねぇ・・・。あたし・・・。歩・・・」

いたずらな子猫の様に歩の手に触れる・・・。

しかしその手を突っぱねてこう女に言い放った。

「お前・・・。小じわできてるぞ」

「なっ・・・」

厚化粧のOLの誘惑もギター馬鹿な歩にとっちゃ、ただのうるさい客でしかない。

特にこういう誘惑系の女は嫌いなタイプ。

「歩。お前の歌、聴きたいんだとさ。頼むよ」

客から歩が作った曲がリクエストされたらしい。

いつもは松本のステージのベースとしてサポート的な役割だが、歩の透き通るようなそれでいて激しい歌声を聴きたいという客が最近増えてきた。

やはり女性客が多いのだが・・・。

「きゃー!!歩!!」

畳12畳分ほどの狭いステージに歩がたつ。

女性ファンがまるでアイドルをみつめるよう・・・。

「・・・んじゃ。歩、おっぱじめますか!」

松本の掛け声に歩は弦を響かせて応える。

そして、マイクをクルッと一回転させて歩は歌う。

激しく、そして実にセクシーに。


軽快に軽やかにギターを響かせ、美声を発する。

女性達、さらに客達は総立ちで踊る。

一気に店はライブハウスと化し熱気に包まれた・・・。


そしてライブも終わり、店が閉まるのは明け方近く・・・。

「ごくろうさん。いい夢、みろよ」

松本から煙草を一本、貰う歩。

松本と一緒にライブをやれる今が一番幸せだと思う。

ブラウン管で初めて、松本のギターと声を聞いたとき体に電気が走った。

喧嘩やら悪態ばかりの毎日をきっぱり捨て、学ラン姿であの店に飛び込んでから5年・・・。

松本は自分を受け入れてはくれたが、何も教えてくれない。

”自分で探せ”それが答えなのだと歩はわかっていたが・・・。


「探せ・・・か・・・」


メジャーになることが夢じゃない。

自分が納得する音が欲しい・・・。

短い鉄橋。

下は浅い川のあたり。

ギターケースから、楽譜を取り出す・・・。

タイトルはない。

ただ・・・作りかけの曲。

何度も描き直したが納得いく音が浮かばない・・・。

(なんか・・・もやもやすんだよな・・・)

「なぁ・・・。どう思う・・・?”マキコ”」

ジャケットのポケットからブルーの便箋とりだす。

歩のファンと名乗る”マキコ”。

姿は一度も見たこともないが、店に手紙が来てからというものいつのまにか文通する仲になっていた。

(このこと、松さんに言ったら店で話のネタにされるな・・・。ぜってー内緒だ)

いい若い男が今時・・・。

自分でもそう思うが純情路線に弱い歩は・・・はまってしまっているようだ。

(どんな女なんだろう・・・)

歩がそう思っていると橋の下で水音がする。

パシャンパシャン・・・。

(ん・・・?何だ・・・?)

髪のふわっとした若い女が素足で川の中に入っていく・・・。

(朝っぱらから何してんだ・・・。あの女・・・)

パシャン・・・。パシャン・・・。

女は透明な川の中を歩いて入れなんともきもちよさそう・・・。

登った朝日がキラキラしている川面・・・。


川の中を歩いて飛ぶ水のしぶきがキラキラ光って・・・。

笑っている・・・。


何がそんなに楽しいのか・・・?


ただ笑って・・・。


女の笑顔に見とれていると・・・。


バサバサッ

「あっ、いけねッ!」

鉄橋から、ひらひら・・・。


楽譜が落ちた・・・。


「・・・?」

楽譜の一枚が女の足元に落ちて拾う・・・。

そして上を見上げる・・・。


歩と視線が合った・・・。


これが・・・。


歩とかごめの初めて出会った瞬間だった・・・。