”赤い傘の女” 今、歩の前にいる。 髪の長い・・・若い女性・・・。 「あ、あの・・・」 歩は緊張して言葉が出ない。 「ねぇ。貴方、知らない?」 「え?」 「私、ここで彼氏待ってたんだけど来ないのよ。 茶髪の男なんだけど見てない?」 女は真っ赤なマニュキュアの爪で煙草をふかせた。 「そんな男、見てねぇ・・・」 「そ。じゃあいいわ」 女はそれだけ歩にたずねるとすたすたと去っていった・・・。 (・・・別人・・・かよ・・・) 一気に力が抜ける歩。 もう既に花時計は四時半をさしていた・・・。 (もうそろそろいかねぇと・・・。BARが始まっちまう・・・) 歩が少し諦めかけたとき・・・。 「?」 ベンチの後ろから赤い傘が歩を雨から遮った。 「歩。どうしたのよ。そんなずぶぬれで・・・!」 「・・・かごめ?どうして・・・」 「公園の前通りかかったら歩の姿が見えて・・・。 傘もささないでベンチに座ってるから心配になったの」 「・・・そうか・・・。悪いな。わる・・・」 かごめの顔がぼやける・・・。 歩の体はぐらっとベンチから倒れこみそのまま・・・ 意識を失った・・・。 ”歩!しっかりして・・・!” かごめの声だけが微かに聞こえた・・・。 「ん・・・」 額に冷たい感覚が・・・。 タオルが置かれる。 歩が目を覚ました・・・。 (あ・・・この天井の模様・・・確かかごめの・・・) 「よかった。気がついた?」 心配そうに自分を見つめるかごめ。 柔らかいかごめのベットに歩は眠っていた・・・。 「オレ・・・公園で・・・」 「うん。すごい熱で倒れたの。もう大変だったんだからね。 大きな歩、タクシーに乗せるの」 タクシー運転手とかごめが図体のでかい歩を部屋まで運んだ。 「・・・そうか。すまねぇ・・・。また迷惑かけちまって・・・」 「そんなことは気にしないで・・・。でも無茶しないで。 あんな雨の中、傘も差さないでいたら誰だって風邪引くわよ」 「・・・ああ・・・」 「待ってて。今、おかゆつくってるから・・・」 確かにキッチンの方からいい香り・・・。 かごめは煮えてきた粥をとりにキッチンに移動。 (あ、そうだ・・・いけね。BARにいかねぇと) 歩は起き上がり、ベットから出ようとした。 だが、まだ熱があり足元がぐらついた。 「駄目よ!まだ寝てなくちゃ・・・!」 かごめは粥をテーブルの上に置いて、歩を再びベットに戻した。 「でも・・・BARにいかねぇと・・・」 「・・・そんな熱で行けるわけないでしょ!いいから寝てなさい。ね?」 「・・・はい・・・」 まるで母のような口調に・・・。歩君は。素直にお返事。 「よし。じゃあ、お粥食べよう。ふふ」 小さな土鍋のふたをあけると。 柚子のいいかおりが漂った。 かごめはサジで一口粥をすくい、フーフーと息をかけて覚ます。 その光景に・・・。 (・・・) 歩君、何かを期待しております。 ”はい、あーんして・・・” ってな妄想を・・・。 「はい、どうぞ」 「へ」 かごめは覚ましたサジ自体を歩に渡した。 「ほら、食べて。もう熱くないから」 「あ、ああ・・・」 何故か残念そうに粥を一口食べた。 「どう?」 「ああ、うまいよ」 「よかったぁ!柚子入りのお粥はね私の母特製なの」 (・・・だから。その笑顔にオレは弱いんだ・・・) 粥も旨いが・・・。 かごめの笑顔の方が歩には何よりも薬かもしれない・・・。 結局、歩は粥をぺろりと平らげた。 「あ。歩。ご飯粒ついてるよ」 かごめは歩の口元についたご飯粒をとってぺろっと食べた。 「・・・なッ(照)」 不意をつかれたようで、歩、さらに熱があがりそうだ・・・。 「・・・だけど・・・どうしてあんなにずぶぬれになっていたの・・・」 「・・・待ってたんだ。手紙の相手と・・・」 歩はmakikoと今日、公園の花時計の前で会う待ち合わせをしていたことを かごめに話した。 「・・・お前がメールで”信じてあげて”って言葉でオレ・・・ずっと待ってたんだけど・・・。 やっぱり嫌われたみたいだな・・・」 しゅんと俯く歩。 「そッ・・・そんなことないわよッ!!!!」 かごめが大声で言った。 「ど、どうしたんだよ。急に・・・」 「あ・・・。えっとその。と、ともかく、歩が嫌われたなんて事はないと思うわ・・・。 きっと急用ができたのよ」 「・・・なら・・・いいんだけどな・・・。」 本当に急用ならいいのだけれど・・・。 やっぱりもう手紙のやり取りが嫌になったのではと歩は思った。 「・・・。歩・・・その人のこと・・・好きなの・・・?」 「え?あ、いや・・・好きっていうかなんていうか・・・。なんか ”頼れる姉貴”みたいな感じでさ・・・。何でも相談してきたから・・・」 手紙だと自分でも驚くほど素直な気持ちになれた。 自分の音楽がわからないこと、 バイト先での出来事・・・。 それから最近では恋愛ごとまで話して・・・。 「・・・。なんかちょっと・・・妬けちゃうな」 (ドキッ・・・) ちょっとせつなそうなかごめの表情に歩は即座に反応。 「でもやっぱり信じて・・・。歩とその相手の人が 交わした言葉は絶対、嘘じゃないと思うから・・・」 「・・・ああ・・・」 かごめがいうと信じようと気持ちになる・・・。 してくれる・・・。 「とにかく今は体を休めて・・・。まだ熱さがってないんだから・・・」 かごめはあったまったタオルをそっと取り替えてくれた。 「・・・本当にすまねぇ・・・。かごめ・・・」 「風邪がなおったら、うんっと美味しいもの、おごってもらうんだから! 覚悟してね!」 「ああ・・・。わかった・・・わか・・・」 再び・・・。 歩の瞳が閉じる・・・。 陽の匂いのするベットで・・・。 歩の手を握りしめるかごめ・・・。 「・・・ごめんね・・・。歩・・・」 微かにかごめの声が聞こえて歩はそのまま 朝までぐっすり眠ったのだった・・・。 「・・・朝か・・・」 ベットの上の目覚まし時計が七時をさしている。 歩が目をさますとベットの横で歩の手を握ったまま 眠るかごめがいた・・・。 (かごめ・・・。ずっとオレの側で・・・?) そういえば・・・。 微かにかごめの声が聞こえた気がする・・・。 ”ごめんね。歩・・・” と・・・。 (かごめ・・・) かごめの寝顔・・・。 初めて見る・・・。 (かごめ・・・) 愛しさが沸いてくる・・・。 ずっとこの寝顔を見ていたい・・・。 歩はそっと指でかごめの頬に触れようとした・・・。 「ん・・・?あ、歩。おはよ・・・」 スッと手を布団に引っ込める歩。 「お、オス・・・(照)」 「どう・・・?熱はさがった・・・?」 「ああ、なんとかな・・・」 「よかった・・・。じゃあ、今、すぐ朝食作るね!」 安堵したかごめ。 嬉しそうにエプロンをかけ、キッチンへ行く・・・。 (・・・///) そんなかごめに歩は・・・さらに胸キュンしております。 (ま、まるでこれじゃあ新婚家庭の朝みてぇじゃねぇか) ”はい、あーん” かごめが自分に食べさせてくる妄想をしている歩君。 (はッ。いかんいかん!朝っぱらからオレはなにを。 そうだ・・・。松さんに連絡しねぇとな・・・) 歩は自分の携帯を探した。 ベットの横のかごめの机の雑誌の上に置いてあった。 (無断欠勤だなんて思われたくねぇからな。連絡だけはいれとかねぇと・・・) ベットから出て起き上がり、机の上の携帯を取ろうとした。 バサバサッ。 勢いで雑誌をじゅうたんの上に落とす。 「いけね・・・」 歩はしゃがんで絵本を拾う・・・。 (ふ。絵本か・・・かごめらしいな) 子供の読み聞かせてるんだろうと思ったその時。 一冊の絵本からブルーの紙切れの端が見えた。 歩は何気なくそれをひっぱってみる・・・。 (・・・!これは・・・) 見覚えるある便箋・・・。 ブルーで薄い雲が描かれている便箋・・・。 ”makiko”がいつも使っていた便箋と同じ柄だ・・・。 (・・・) 歩の脳裏にかごめが持っていた傘の色が浮かぶ。 そう・・・。 かごめの傘も赤だった・・・。 (まさか・・・) 便箋を拾い、振り向くと・・・。 「歩・・・」 複雑な表情を浮かべたかごめが自分を見つめていた・・・。