裸足の女神
ACT16 キレイなお前だから
「はー。ショック」
「どうかしたの?」
保育所の職員室。
かごめの同僚達が子供達が帰った後のおしゃべりタイム。
子供達の前では優しい先生だが、この時間だけは
普通の若い女の子に戻る。
「三ヶ月前に知り合った男なんだけど・・・。とんでもない
男だったわ」
「どういう意味?」
「・・・。男が好きだったのよ。つまり・・・ホ・・・」
同僚の一人が口を塞いだ。
「ここでそのネタはまずいわ。早川先生」
「・・・あ、そ、そうか(汗)」
神聖な保育所。
隣の部屋は園長室だ。だが保母の会話はひそひそ声で続く。
「ショックっていうかびっくりよね。ホントにあるんだ。
そういうこと」
「最初からおっかしいと思ったのよ。三ヶ月たっても何も
してこないし・・・。手すら握ってこないのよ」
(・・・)
かごめの箸が止まった。
「・・・あれ?どうかした?かごめ先生」
「え・・・?あ、いやなんでも・・・」
「そういえば。かごめ先生にも彼氏できたんでしょー♪ね、
どう?」
「ど、どうって・・・。別に・・・」
「キスとか上手なほう?ねぇねぇ・・・」
同僚に詰め寄られ、かごめは困り果て・・・
うおっほん。
「え、園長先生!」
「みなさん。ここは女子高ではありませんよ!さ、
子供達がもうすぐ目を覚ましますよ!」
「は、はーい!」
園長の一声で、保母たちのトークタイム終了。
あわててお昼ね室に走る・・・。
だがかごめの心には一抹の不安が・・・。
(・・・三ヶ月たっても手も握らない・・・か・・・)
反対にこの男は。
「・・・(照)」
今日もバイト先で携帯の待ち受け画面のかごめの画像を
見て、頬を染める男、23歳。
「おー。稲葉の彼女、すっげぇいい女だなー」
「あ、こら!!」
こちらも同僚のバイト木下。
歩から携帯を取り上げ、じろじろ眺める。
「木下、てめぇ、返せ!!」
「へへー。いい女だな〜。おい、もう”味わった”のかー?」
バキッ!
木下、歩の照れの拳で一発ノックアウト。
「ひ・・・卑猥(ひわい)な野郎だッ!!ばか者が!」
「痛たた・・・。その反応・・・。稲葉、お前手だしてねぇのか・・・。ならー。
俺が”味見”してやっても・・・」
歩、仁王立ちでボキっと腕を鳴らしております。
「・・・ハイ。我が命のため、もうエッチなことはいいませぇん・・・」
「・・・ちっ・・・」
歩はむすっとしながらバイトの制服から自分の服に着替える。
「でもよー。歩ー」
「うるせぇなくだらねぇ事言うならもう一発いくぜ。木下」
「まじめな話・・・。純愛もいいけど、何もなしってのはさー。
女側からするとそれはそれで寂しいもんじゃねぇの?」
「・・・」
「あたしには魅力ないのかな・・・って思うだろ?普通。それなりの
”スキンシップ”があってこそ純愛っしょ?ねぇ」
今度の木下の意見は何だか少し説得力があるような気がする。
だけど・・・。
「・・・てめぇにはわからねぇよ」
「あん・・・?」
「んじゃ、お先、あがるぜ」
ちょっと顔を曇り空の歩・・・。
木下の言葉が残る・・・。
「ちょっと!あれ・・・やだわぁ。道端で・・・」
通りすがりの主婦達がじろじろ見ている。
ギターを担いで歩道橋をあがる歩。
歩道橋の真ん中で制服姿の男女が堂々とキスシーンを披露していた・・・。
周囲の目もきにせず・・・。
(・・・)
彼らには今、その瞬間が世界では自分達だけなのだろう。
周りなど見えないほど。
だけど、そういう二人だけのスキンシップはもっと
大切にしたい。
自分達の感情だけ走らせて、誰かに迷惑をかけるのとは
違うから・・・。
歩道橋を降りながら歩は思い出していた。
初めてかごめを見たとき。
あの橋の下で・・・。
朝日に光る川面で輝いていたかごめを・・・。
自宅へ戻る歩。
するとそこに・・・。
「かごめ・・・?」
ドアの前にかごめが座って待っていた。
「ごめん・・・。お店の方に行ったら今日、歩、休みだって聞いたから」
「そうか。で・・・何かようか?」
「・・・用って訳じゃないんだけど・・・」
”三ヶ月も付き合って何もないなんて・・・ねぇ”
同僚達の言葉が浮かぶ。
「あの・・・。用がなくちゃ来ちゃ駄目だったかな・・・?」
「いや・・・。いいよ。入ってくれ。ちらかってっけど」
「お邪魔します・・・」
歩の部屋に入るのは2回目だけど・・・。
やっぱり緊張する。
部屋はベットとテレビ。
必要最小限のものしかないけど・・・
歩がここで”生きている”ことを感じられる・・・。
「あんま、みんなよ・・・。恥ずかしいじゃねぇか・・・」
「ふふ。ごめん・・・。でも・・・この部屋全部から歩の匂いが感じられて
なんか・・・。気持ちいっぱいになっちゃって」
胸に手を当ててかごめは気持ちを込めて言う・・・。
(・・・)
かごめの仕草が可愛い・・・。
歩は強烈にかごめを抱きしめたい衝動にかられ・・・
両腕が包もうかという動作をしかけたが・・・
途中で止った。
「・・・歩?どうかした?」
「い、いや・・・なんでもない。コーヒーでも飲むか?」
「うん。ありがと」
歩はキッチンに行き、やかんに水をいれ、ガスをつけた。
正座してちょこんと座り、部屋をまじまじと見るかごめ。
(さっき・・・あのままいっていたら俺は・・・)
かごめを勢いで押し倒していたかもしれない。
(それじゃあ木下の同じじゃねぇか)
好きな女が目の前にいる。
男だった欲にまかせて強引にせまることも・・・。
(・・・そんなの・・・あの”女”と同じだ)
「ねー。歩。この部屋、いい風はいるねー。うふふ」
自分に笑いかけるかごめ・・・。
あの笑顔を裏切るようなことは絶対にしたくない。
「かごめ、インスタントだけど、どうぞ」
マグカップ二つ。
湯気がたっている。
「ありがとう。うふふ。初めてよね」
「何が?」
「歩にいれてもらったコーヒー・・・。なんかうれし」
「そんなことがうれしいのか?」
「そうよー。あのね、好きな人にしてもらうことって何でも
女のコにとったら全部特別なの」
「・・・」
(そ、そんな俺を刺激するようなことを・・・しかも笑顔で・・・(真っ赤))
何だかさっきから。
気のせいかかごめは歩のツボをつくようなことばかり
しているような気がする・・・。
「ねぇ・・・。歩さ・・・」
「何だ?」
「・・・。今日、泊まっていっちゃおうかなー」
「ぶはッ!!!」
思わずコーヒーをはく歩。
「な、ななな何言い出すんだよ。突然」
「や、やだな。冗談だよ」
「・・・じょ・・・冗談でもそういうこと・・・軽々しく言うな・・・!」
(え?)
歩はかごめに背を向けた。
(お・・・怒ったの?歩・・・。どうして?どうして・・・)
「気に障ったのならごめん。でも・・・あたし・・・。不安になったの・・・。
あたし・・・魅力ないのかなって・・・」
「かごめ・・・」
”でもよー何もないっていうのはそれはそれで
女はさみしいもんじゃねえのかな”
木下の言葉が思い浮かんだ。
「俺のほうこそごめん。怒鳴って・・・。俺・・・その・・・。怖いんだ」
「怖い?」
深くうなずく歩。
「・・・。俺の母親は・・・。行き連れの男とでも平気で付き合うそんな女だった」
「え?」
意外な歩のプライベート。
初めて聞いた。
「女と深く付き合うってのは苦手だった・・・。怖かった・・・。でも俺は・・・。その。
お前とは・・・適当な付き合いはその・・・したくねぇつうか・・・。
た、たたた、大切にしたいんだ」
(だーっ。今日の俺はなんかやたら恥ずかしいことを連発して(汗))
歩はひょいっとかごめに背中を向ける。
広くて大きな背中。
小さくまるまって・・・。
必死に照れくさそうに・・・。
そんな背中が可愛らしくて
いじらしく・・・。
ふわっ。
(え・・・)
歩の背中をそっとかごめは両手で包んだ。
かごめの甘い匂いが歩の鼻を和ませる。
「・・・なんか・・・嬉しい。すごく・・・。歩・・・」
「・・・かごめ・・・」
「歩・・・」
(・・・!)
ゾクリ・・・。
かごめの息が歩の首筋かかる・・・。
歩の腰の辺りが熱い・・・。
「あたしの彼が・・・。歩でよかった・・・」
何だか妙に色っぽいかごめの声・・・。
(あ、頭がどうにかなりそうだ・・・っ!!(慌))
クラクラ・・・。
「だ、だだだだからそういうことを
言うなっていっただろ・・・っ(真っ赤)」
「ごめん・・・」
まるで吐息を漏らすような”ごめん”。
歩の思考回路はぐるんぐるんまわってます。
「その・・・。お、お、男の欲望みてぇなモンで
汚したくねぇんだ・・・わ、わかるだろ・・・」
「歩・・・」
耳まで真っ赤・・・。
(ふふ・・・)
かごめ、ここでちょっと悪戯心が沸く。
歩の耳もとで・・・。
囁き・・・
「でも・・・歩なら汚されても・・・いいよ」
(・・・!??!!!!!)
汚されてもいいよ・・・いいよ・・・
いいよ・・・
いいよ・・・。
歩の中脳内でエコーする・・・。
「なーんてね。うふふ。ちょっと刺激的だったかな。・・・あれ?
歩?」
歩、とうとう思考回路が停止して、ついでに体の動きまで
停止したご様子であぐらかいたまま固まる・・・。
「歩!大丈夫?ねぇ歩!」
歩の体を揺らすかごめ。
「あー。歩ーしっかりしてー・・・!」
かごめの膝を枕に歩君、そのまま倒れる。
「歩・・・。大丈夫?」
大好きなかごめが真上から自分を覗き込む・・・。
それに・・・。
かごめの甘い香りだけで幸せな気持ち・・・。
「・・・。しばらく・・・。こうしていいか?」
「いいよ・・・」
優しいかごめ瞳・・・。
見ているだけで幸せだ・・・。
心底思う・・・
自分は・・・。
(とことん・・・この女に・・・惚れてんだな・・・)
街角の女子高生のような濃厚なラブシーンじゃないけれど
満たされる気持ちは
同じ・・・。
いやもっと素敵な・・・
恋人同士の気持ちの確かめ合い。
絡まった紐を解くようにゆっくりと
ゆっくりと・・・