裸足の女神

ACT2 拾われた便箋
鉄橋の下・・・。

真下の川にいた女と目が合ってしまった歩・・・。

何秒間だろうか。

何故だか二人は互いを見つめあった・・・。


見えない何かに轢きつけられるように。

ハッとわれに返る歩。

女もそうなのか、落ちた楽譜を一枚一枚拾い始めた。

「・・・。何してるの?ここまで取りにきなさいよ。人に拾わせて・・・」

「あ・・・あぁ・・・」

土手を降りる歩。

川原には女のものと思われる可愛らしいピンクのスニーカーがちょこんと置いてあった。

「はい。これで全部かな。びしょ濡れだけど破れてないから乾かせば大丈夫だと思う・・・」

「・・・わ、悪い・・・。助かった・・・」

女はじろっと歩を見た。

可愛い顔が度アップで・・・。

「貴方ね、人にお礼を言うときは”ありがとう”でしょ?幼稚園で習わなかったの?」

「あ・・・そうか。サンキュー・・・」

「うん。それでよし!人にちゃんとありがとうって言える人、かっこいいよね!」

(う・・・っ)

にこっと屈託のない笑顔に歩の恋のアンテナが反応する・・・?

(初対面の女になんでイチイチドキドキするんだ。オレは)

見た目はクールで一匹狼的オーラを出している歩だが。

実のところ、こてこてのラブストーリー映画なんかはかなり好きなほうで。

松本には絶対内緒なのだが映画の『レオン』を見て一人部屋で涙したことがあるほど・・・。

「何一人で考え込んでるの?ねぇ・・・。貴方、音楽か何かしてる人?」

「・・・まぁな。そっちこそ、朝っぱらからここで何してたんだ・・・?」

「私?川があんまりきらきらしてたから・・・。気持ちよさそうで気がついたら靴脱いでたの。・・・変かな」

「・・・」

正直、歩も川に足を着けたら冷たそうだなと思ったことはあるが実際に入ったことはなく・・・。

「・・・痛」

女は右手の小指を押さえた。

少し切れて血がでている。

「やだ・・・。さっき楽譜拾った時、切ったのかな・・・」

「・・・ホレ。指出せ」

歩はジーンズのポケットから絆創膏を取り出した。

そして女の指に巻いた・・・。

細く綺麗な指に・・・。

「あ、ありがとう・・・」

「んじゃ・・・。オレはこれで・・・」

「ねぇ待ってよ」


振り向く歩。条件反射のように体が自然に振り向いた。

「名前・・・。聞いても・・・いい・・・?」

「・・・歩。稲葉 歩・・・」

「あたし・・・。かごめ。清澄かごめ・・・。」


かごめ・・・。

かごめ・・・。

どうしてだか心の中で連呼した。

「じゃ・・・」

不思議な感覚を感じながら歩とかごめはそこで別れた・・・。

そしてかごめはあるものを拾う。

一枚のブルーの便箋を・・・。



『喫茶・ホワイト』

一階が喫茶店の雑居ビル。

二階、三階はアパートだ。

その二階が歩の部屋だ。

スカイブルーのソファベットが一つ、テレビ、電話・・・。

家具はそれだけであとは他になにもない。

ガソリンスタンドのバイトは午後から。

まだ時間がある。

歩はシャワーを浴びる。

「ふぅ・・・」

引き締った体がシャワーに濡れる・・・。

緩やかなシャワー・・・。

歩は目を閉じてただ全身を濡らす・・・。



あがった歩は濡れた髪をタオルで拭きながら台所へ行き、冷蔵庫からビールを取り出す。

プシュッ。

ゴク・・・。

喉仏が上下に動く。

乾ききった喉を潤す。

こんな日常を送って5年・・・。

焦りはないかと聞かれれば嘘になるが・・・。


これはこれで結構気に入っている。

束縛するものはないし、自由がきく。

だた、”満たされている”と問われれば、応えに詰まるのも確かだ。

自然に瞼が重くなってベットに体を横にする・・・。

カーテンが風になびき・・・。

歩の下ろした前髪が隙間風にふわっと揺れた・・・。

ベランダの洗濯バサミには楽譜が乾かされていた・・・。



夜八時。

BAR「ホワイト・ビーナス」の看板に明かりが灯る。

会社帰りのOLを中心に若い奴らが飲みに、そして松本のステージに酔いにやってくる。

ギター一本持ち、巧みなトークで笑いをとったり、何より甘い声でバラードを奏でる・・・。

ハードロックから落ち着いたバラードまでオールマイティにこなす松本に歩はやはり憧れの念を抱かずには入られない。

「ねぇー・・・。聞いてよ。歩ぅ。うちの上司ってさー。馬鹿ばっかで。あたしに残業ばっか言うのよ。ムカツクー!ねぇ、きいてんのー??」

愚痴るOL。他所でやってくれといいたくはるが客の小言を聞くのも商売のうち。

「ああ、聞いてるよ疲れた心を癒す一杯、今つくってやるから機嫌なおせよな」

歩は白ワインとライチを混ぜ合わせ、シェイク。

クリーム色の泡で透明なカクテルを速攻で作った。

「名づけて”ヒーリング・アイ”。癒しの瞳。これを飲んで今夜はいい夢を見たらいい・・・」

「フフ・・・。気障っぽいカクテル・・・。でもありがとー・・・。いい夢、見られるといいなぁ・・・」

”ありがとうって言われるとなんかうれしくなっちゃうよね”

ふっと朝の女・かごめの言葉が浮かぶ。

(な、なんで今、思い出すんだ・・・)

だけど確かに、”ありがとう”の言葉はどこか・・・。


心地いい・・・。

「歩。悪いが、煙草、買ってきてくれねぇか」

松本に頼まれ、近くのコンビにまで煙草を買いに、店の裏口から出てきた歩。

(ん・・・?)

何だか表の方が騒がしい。

行ってみると・・・。

「ちょっと!あんたたち、どこに煙草すててるの!」

「なんだぁ。この姉ちゃんは・・・?」

かごめといつか、店の前でタムロしていた少年達だった。

「道路に煙草の投げ捨てなんて何考えてんの!さっさと火を消して拾いなさい!」

「うっせぇ女だな。どっかけよ。じゃないと襲うぞ。コラァ」

一昔前の暴走族の様なそり込み金髪の少年。かごめに睨みにかかる。

「何よあんた。黄色いほうき頭。やれるもんならやってみなさい!」

少年がかごめの服をつかみにかかった。

しかし背後にぬっと妙な気配が・・・。

少年が恐る恐る振り向くと長身の歩が見下ろしていた。

「オイ。てめぇら何してやがる・・・」

「べ、別に・・・(滝汗)」

「あん?今度はケツに火ィつけるぞ・・・コラ」

少年は激しく首を横に振る。

「なら3秒以内に消えろ。1、2・・・」

少年達はこそこそっとなんとも素早く逃げた・・・。

「ったく・・・。懲りねぇガキ共だぜ・・・」

「ねぇ。あなた、いつもあんな脅して注意してるの?」

「は?」

「ちゃんと何がどうしていけないのかって事を注意しないと・・・。やくざな態度じゃ駄目よ」

歩は呆気にとられる。自分が今、襲われそうになったというのに。

「お、お前こそ、自分からあんなガキ共に喧嘩ふっかてんじゃねぇ」

「喧嘩なんかじゃないわよ。注意しただけじゃない!だって通り過ぎる大人、みんな誰も見て見ぬ振りだから・・・」

確かにそうだ。少年達の親世代の人間でも誰も注意しようとはしない。

「そ、それより何でお前がここにいる?」

「あ・・・。そうだった。これを貴方に返しに来たの」

ハンドバックからかごめが取り出したものは・・・。

「あッ、それは・・・!!」

ブルーの便箋。

『”歩へ””MAKIKO”より』

歩がペンフレンドに宛てた手紙・・・。

楽譜を川に落としたとき一緒に・・・。

「大切なものだと思って・・・」

「・・・。おい・・・。やっぱり・・・中・・・見た・・・?」

「・・・。ご、ごめんなさい・・・。でもそうしないと貴方に返せなかったし・・・」

「・・・」

”オレ・・・。青い空も好きだけど地上の緑も好きなんだ”

”なんか花みてると心落ち着く・・・”

その他、いかにも純粋な少年といったかなり恥ずかしい文面が多々あり・・・。

「なんかイメージと違う文章よね」

「なッ・・・なな・・・」

言い返せない歩。

”クールで人を引き寄せない一匹狼”なんてフレーズでよばれていたが、中身は・・・。

「と、とにかく・・・ッ。手紙を持ってきてくれたのはサンキュー。中身のことは忘れろ。んじゃ・・・」

「あ、待って」

かごめは歩の腕をつかんで止めた。

「何だよ」

「あの・・・お願いがあって今日は来たの」

「お願い・・・?」

かごめは頷く。

「”歌”を貴方に作って欲しいの・・・」

かごめの突然の申し出に、歩はただ驚くだけだった・・・。