裸足の女神
ACT22 涙




「そうだわ。今日はお掃除当番私だったんだ」





日曜日。




歩はガソスタのシフトが入り一日いない。





かごめ一人、朝から掃除機をフル回転させて部屋の隅々まで
綺麗にお掃除v





本棚とタンスの間に掃除機のホースを突っ込んでほこりを吸い取る。






グシャ。



(ん?)



紙っぽいものがホースにつまった。





「なにこれ・・・?」




紙を広げると・・・





かなり古い色あせた写真。




若い女性が映っている。

(綺麗な人・・・。歩に似てる・・・。これもしかして・・・。歩のお母さん・・・?)






歩の母親。




前から気になっていたのだが、歩の母親は歩が小さい頃歩を置いて
出て行ったとだけ聴いているが・・・






(・・・。元の場所に戻しておこう・・・。これは歩の心の奥のこと・・・)






知りたいけど踏み込めない。





(歩が話してくれるまで待つ・・・)





かごめは写真を布団の下に戻し掃除機に再びスイッチを入れる。






セピア色の写真・・・




自分の知らない歩の過去・・・。

かごめはただ・・・時の流れにまかせる
虚しさを感じていた・・・








だが。



その”過去”は突然に歩とかごめの目の前にやってくる・・・



一本の電話で・・・。






「え・・・??」





歩にかかってきた電話。




それはとある地方の病院からだった。






『稲葉 歩子さん(あゆこ)は貴方のお母様ですよね・・・?お母様のご遺骨を
私共の寺でお預かりしております』








”ご遺骨”






突然。



何の前触れもなく・・・。



自分という命を産み落とした人間の骨になったと事実を知らされ。




歩は何の現実感も沸かない。




「あ、歩・・・」






「・・・。変な電話だな・・・。オレのオフクロの骨、取りに来いってさ・・・」





「歩・・・」





「・・・変な・・・。電話だ・・・。オレにお袋はいねぇのに・・・」



受話器をただ・・・呆然と落とす歩・・・





(歩・・・)






かごめは歩の心中を察しきれず、ただ・・・



寄り添っていた・・・












翌日の休み。



二人は電話があった病院へ行き・・・






歩は淡々とした顔で事務的な手続きをこなしていく




病院での未払いの治療費やら挙句にアパートの家賃まで
払わされ・・・






『同棲していた男性がいらした様ですがご遺骨はいらないと
おっしゃって病院に残していかれたんです。貴方の住所が書かれた
メモをと一緒に・・・』






そして看護婦からそう言われ・・・




変わり果てた母の姿と対面する歩・・・




(歩・・・)






白い箱・・・







歩の部屋でみつけたあの写真の美人が今、白い箱という無機質な形に変わっている・・・




歩もかごめも・・・



現実感が沸かなかった・・・






ガタン・・・。



薄暗い部屋に二人は還って来た・・・




歩は母の遺骨をソファの上に置いたきり
触れようともしない・・・



ベランダでぼんやり夕暮れの空を見ているだけで・・・

今日という一日を本当はふたりきりで過ごす予定だったのに・・・





「歩・・・」





「・・・。無駄な一日にしちまってごめんな。かごめ」



「う、ううん・・・。別にいいの・・・。それより私は・・・。貴方が心配・・・。
貴方の心が・・・」



歩の隣に寄り添うかごめ。





「・・・。”あれ”がオレのオフクロだってよ・・・。くだらねぇよな」



歩はソファに置かれた骨箱を見た・・・


「・・・」



感情が篭った歩の声に・・・。かごめはただ俯く。




「15年ぶりに再会してみりゃとんだ土産おいてあの世に行きやがって・・・。未払い入院費やら家賃。
挙句に一緒に暮らしてた男はとんずらだ・・・。ふっ。くだらねぇよ・・・。くだらねぇよ・・・!」






歩のこぶしが震えている・・・






怒りだか恨みだか・・・



一斉に湧き上がってくる感情・・・


「歩・・・」







「オレにそんなオンナの血が流れてると思うと・・・!!気持ち悪い!!
オレは、オレは・・・!!!ワァアア!!!」





ガタン!!




歩はソファに置いてあった骨箱を持ち出し、ベランダから落とそうと振り上げる・・・




「こんなモンは捨てりゃいいんだ、くだらねぇえ。ワァアアッ!!」



「歩!!!やめて・・・っ!」




かごめは歩の腕を掴み必死に止める・・・





「いいんだ、こんなオンナの骨なんか捨てちまえばいいんだ・・・っ!!
ぶっ壊しちまえばいいんだ・・・っ」






「駄目・・・!!粗末にしちゃ駄目・・・っ。歩には辛い人でも・・・。
私の大好きな人を産んでくれた人だから・・・」






「・・・」





「お願い・・・。自棄にだけはならないで・・・。歩に後悔してほしくないの・・・」





かごめの真直ぐな瞳に・・・




歩は・・・




静かに骨箱を降ろす・・・








「・・・。くそ・・・。くそ・・・。くそ、クソオオオ・・・ッ」








行き場のない




ドロドロとした感情が・・・歩の口から飛び出す・・・







「・・・こんな再会ってあるか・・・。こんな・・・こんな・・・」









肩を落とし・・・





歩は声を殺してなく・・・










「歩・・・。歩・・・っ」





かごめは痛々しい歩の肩をそっと包み・・・





一緒に泣いた・・・








「歩・・・。大丈夫・・・。大丈夫だから・・・」








かごめの胸の音だけが・・・




歩の荒れ果てた心を癒す・・・










どれだけ



二人で泣いただろう。






ソファで歩はかごめの膝に頭をもたれさせ、力の抜けた顔をしている・・・






「・・・。少し・・・。落ち着いた・・・」






「歩・・・」








「・・・さっき・・・。止めてくれてありがとな・・・」




かごめは黙って首を横に振った。






「・・・。お袋のこと・・・。かごめに話してなかった・・・。聞いてくれるか・・・?」





かごめは静かに頷く・・・






それから歩は・・・ゆっくりと母が出て行った経緯を語り始める・・・









歩の母・・・。稲葉 歩子は歩が8歳のとき・・・勤めていた居酒屋の店員と
駆け落ち同然で姿を消した。





歩は父方の親戚に引き取られそして高校を卒業と同時に
その家を出た。




”寂しい。私は寂しい・・・”




母の口癖だけが歩の記憶に残る。




何が寂しいのか。



自分の人生が寂しいのか・・・




今でも分からない・・・。ただ・・”刺激”をいつも欲していた。



恋愛という刺激。


子育てという刺激は必要なかった。




「・・・要するに男すきな男好きってことさ・・・。いつも自分に近寄ってくる
男に・・・。寂しげな顔して・・・。そんな生々しいお袋の顔がオレは・・・。
ゲロを吐くほど嫌いだった・・・」







「・・・」






初めてみる歩の心の闇。





かごめはどんな言葉をなげかけていいか必死に言葉を捜すが見つからない・・・





「・・・。世の中にはこんな母親もいやがる・・・。呆れただろ・・・?かごめ」




「・・・歩」






「オレはオフクロとは違う。愛されたいだけの人間にはなりたくねぇ・・・。
オレは・・・。誰かを愛す人間に・・・なりてぇんだ・・・」






歩は起き上がりかごめを抱きしめる・・・







「かごめ・・・。オレは・・・オレは・・・。お前がいればいい・・・。
お前を大切にできれば俺はいんだ・・・」







「歩・・・」







かごめは感じる・・・









(私は・・・。この人を愛したい。痛む心ごと私は愛して・・・)








「歩・・・。私・・・。今貴方に掛けて上げられる上手な言葉浮ばない・・・。ごめんね・・・」




「かごめ・・・」



「でも・・・。これだけはいえる。貴方は絶対に一人じゃないから・・・。一人じゃないからね・・・」




歩の髪を・・・




かごめは撫でる・・・





まるでこれが本当の母の温もりをよ・・・と


教えるように・・・




「かごめ・・・」






「貴方の辛いことも嬉しいこともはんぶんこしよう・・・。そうやって・・・。
私達は生きていこう・・・。ね・・・?」








「・・・かごめ・・・っ」







歩はただ




ただ・・・




かごめを抱きしめる・・・






愛しい。




ただ





愛しいこの温もりを歩はただ・・・




抱きしめる・・・










「・・・。愛してる・・・。心底オレは愛してるから・・・」






「うん・・・」






「だから・・・。こんな弱い俺だけど・・・。そばにいてくれ・・・。頼む・・・」






「うん・・・。絶対離れない・・・」










離れたら




初めて知ったこの幸せから離れたら







(オレは生きていかれない・・・)








悲しみも痛みも





一緒に抱きしめて二人は・・・







深い深い




夜を・・・




育む・・・。





”愛してる”




全ての想いをその言葉に託して・・・。