ACT23 結婚のカタチ。
「うめぇ!!かごめの創るモンはみんなうめぇな〜」
かごめが作った出し巻き卵をほお張る歩。
「ほおら。歩ったら口元にごはんつぶ」
そのご飯粒をぱくっと食べるかごめ・・・
「・・・。おいし♪」
「おうvでも・・・」
ピンクのエプロン姿のかごめをひょこっと膝の上に乗せる歩。
そして・・・
「きゃっ」
耳にキス。
「一番美味しいのは・・・。かごめだ・・・。なーんてな♪」
「歩ったら・・・」
歩の顔に笑顔が戻っている・・・
母の事で深く傷ついていた歩・・・
かごめは少し安堵した・・・
「・・・かごめがいたから・・・。昨日の夜は眠れた・・・」
「歩・・・」
「もうオレは大丈夫だから・・・。心配かけてごめんな・・・」
「ううん・・・」
かごめは首を振って歩の胸に頬を埋める・・・
「かごめ」
「なあに?」
「オレ・・・。考えたんだ。お前とのこと・・・ちゃんとしたい」
歩はかごめを真直ぐ見据えた。
「え?」
「・・・。お前の親御さんに・・・会わせてくれねぇか」
(歩・・・)
歩は姿勢を正してかごめに話す・・・
「・・・お前とこれから先もずっと一緒にいたい・・・。そのためにも
お前の親御さんにもちゃんとわかってもらいたいんだ」
「歩・・・」
ロクでもない母親だったとしても、自分にも『親』という存在があった。
それはかごめも同じで・・・
「・・・きちんとしたいんだ」
「・・・歩・・・」
「オレさ。せっかちなんだ。早くかごめを嫁さんにしちまわねぇと
他の男にもってかれるからな。こんないい女」
エプロンの背中の結び目をぐいっと引っ張り、
かごめを引き寄せた。
「・・・かごめ。オレの嫁さんに・・・。なってくれるよな?」
かごめは少し頬を染めてコクン・・・と頷く・・・。
「・・・よし・・・。じゃあ、その誓い・・・」
「ン・・・」
かごめの顎を持ち上げ、唇を塞ぐ・・・
「ンゥ・・・ッ」
朝から激しい口付け・・・
二人の背後でグツグツ・・・
お味噌汁のお湯が噴きこぼれそうだった・・・
※
歩。
本当に滅多に着ない紺色のスーツにワイシャツを身にまとう・・・
「・・・背筋が緊張するな・・・」
鏡の前で緊張する歩。
「・・・別にそんなにめかし込まなくても・・・」
「いや!けじめをつけに行くときはそれなりの身なりで
いかねぇといけねぇ!」
歩、きゅっとネクタイをしめる。
「うごッ!!」
ちょいとキツク締めすぎた。
「もうー・・・。ほら。顔上げて。ネクタイはこうやって・・・」
かごめに閉めなおしてもらう。
(な、なんか・・・。この状況って・・・”新婚”っぽいような・・・)
歩、ちょっと新婚気分・・・
「?なにぽーっとしてるの?」
「・・・いや・・・(照)かごめはきっといい奥さんになるなって・・・」
「や、やだ・・・(照)」
かごめ、新妻な気分。
「かごめ。オレ・・・。ちゃんと挨拶するから・・・。お前と一緒になるために・・・」
いい加減なことはしたくない。
一人の女を幸せにするということ。
一人の女の人生に責任を持つということ。
(よし・・・!かごめの親御さんにちゃんと・・・言うぞ・・・!)
”娘さんをください・・・!”
そして。歩はかごめの実家にやってきた・・・
「・・・。古いマンションでしょ・・・?」
県営の古い集合住宅。
「かごめが育った場所はオレにも大切な場所。それはかわらねぇ」
緑があって、目の前には小さな公園・・・
「和む場所だ・・・。かごめが生まれた場所・・・。オレは好きだよ」
「歩・・・」
深呼吸して空気を体の中に取り入れる
体が澄んでいく。
(まるでかごめみてぇだな・・・)
「さて!いざ出陣!!」
決意新たに、歩はかごめの実家、団地の4号棟へ一歩一歩あがっていく・・・
(さわやかで、誠実な男・・・。今日は完璧に演じて見せるぞ!)
ちっちゃく拳を握りそして・・・
ピンポーン・・・
インターホンを押した・・・
(・・・ドキドキ)
ガチャ。
ドアが空き、出てきたのは・・・
「まぁあ!かごめ!いらっしゃい!」
かごめとよく似たかなり美人のかごめの母・真知子だ。
「待っていたのよ。かごめ。お昼まだでしょ!?ささ」
「あ、あの・・・」
「あ、そっかv彼氏連れてくるっていってたっけ?で」
「こ、こんにちは!!」
歩は緊張した面持ちでお辞儀・・・
「まぁあ!いい男じゃなーいvかごめったらハンサムさん捕まえたわねーv」
まるで女子高生の乗りの真知子。
(若い・・・。けどいい母親って感じだな)
歩は好感触を持つが・・・
「さ!!どーぞどーぞ!」
真知子は歩達を和室に招いた。
そして真知子を正面にかごめと歩、並んで正座して座る・・・
「あ・・・えっと改めて紹介するね。こちら稲葉歩さん」
「い、稲葉です。は、初めまして・・・っ」
「かごめの母です。よろしく」
「よ、宜しく・・・っお願いしますッ」
歩、深々とお辞儀する
ゴッチン。テーブルに額をぶつける歩。
「す、すいません・・・(汗)」
「うふふ。面白い方ねぇ」
(くそ。だ、第一印象が大事だ。・・・よし・・・。あの”決めの台詞”をいわねば)
「お義母さん。かごめさんを僕に・・・」
「稲葉さん、月収はおいくら?」
「え・・・」
真知子の突然の質問に歩、固まる。
「かごめとの結婚を考えているんでしょう?それは別に反対するつもりは
ありませんが、ちゃんと経済事情を親としては把握しておきたいです」
当初の穏やかな表情はうってかわって
厳しい母に変貌。
「おかあさん!失礼でしょ!そんな質問・・・」
「失礼じゃないわよ。聞くところによると、夜と昼のアルバイトかけもち
なさってるって・・・」
「お母さん!!」
かごめが真知子を口止めしようと割ってはいるが・・・
歩が身を乗り出してまっすぐ真知子にむかって伝える・・・
「・・・月収は月20万とちょっとです。でも将来・・・ガスリンスタンドの
店長をやってみないかと言われています。だから
経済的なことはちゃんと考えてます」
(えっ)
かごめは初めて聞く話だ。
「そう・・・。でも貴方、ミュージシャンになりたい・・・だなんて
夢をお持ちだとか。よくある話だけれど、かごめと結婚したとして
貴方・・・。自分の夢を捨てる覚悟はおありなの・・・?」
「・・・」
真知子の鋭い問いに・・・
歩は少し間をおいて考えた。
「・・・。諦めません。音楽は僕の生き甲斐ですから」
「でもかごめと結婚する・・・ということは音楽を諦めるということでしょ?
夢を追う男なんて、自己陶酔してるだけじゃないかしら?」
「確かに・・・。でもオレは。メジャーになりたいわけじゃない。
どこでもいい。オレの音楽を聴いてくれる人がいるならその人の元に何処でも
飛んでいって歌を歌いたい・・・。それがおれの夢なんです」
(歩・・・)
「そう・・・。要するにあくまで音楽は”趣味の範囲”ということなのね?」
「趣味なんかじゃないわ!!歩の音楽は人に元気を与えるとても素敵な音楽よ!!」
「かごめ・・・」
かごめの力説に真知子は押し黙る。
「・・・お母さん・・・。歩はお父さんとは違うわ」
(お父さん?)
「・・・。歩には話していなかったけど私の父も音楽を目指した人だったの・・・。
優しくてロマンチックな人だったんだけど・・・。
夢ばかり追ってしまって私達家族はそれについていけなかった・・・」
「・・・」
かごめは仏壇の中の父の写真に視線をやる。
「・・・確かにお父さんは父親としては・・・失格だったかもしれない。
でも私・・・。お父さんの声すきだった・・・」
「・・・。お茶入れ替えてくるわ」
真知子はテーブルに手をついて、立ち上がろうとした。
「・・・痛・・・っ」
「お、お母さん!??」
腰に手をあてて痛がる真知子・・・
「もしかしてぎっくり腰、再発した!??」
「イタタタ・・・」
(え・・・)
ひょいっと真知子を抱き上げる歩。
「かごめ、すぐ布団だ!布団敷いてくれ!」
「え、う、うん・・・」
かごめは押入れから布団を出し、床の間に敷いた。
「大丈夫ですか・・・?」
歩はそっと布団に真知子を寝かせた・・・
「かごめ。お母さん、病院に連れて行かなくて平気か?」
「うん。下手に動かせないし・・・。それに湿布薬張って休めば大丈夫」
「・・・そうか・・・。よかった・・・」
まるで既に夫婦のような手際のよさに真知子の心中に複雑な気持ちが湧く・・・
「・・・。稲葉さん」
「はい」
「・・・かごめと結婚する・・・。ということは私や妹とも貴方は家族なるということ・・・
分かっていらっしゃる?」
「・・・はい。結婚は・・・当事者だけの問題じゃない。オレの母は亡くなって・・・。
だから・・・。俺自身家族というもの知らない・・・」
(歩・・・)
「だから。だからこそ・・・。かご・・・いや娘さんと一緒に家族というものを作り上げたい・・・」
「・・・理屈だけは一人前なのね・・・。主人と同じ・・・」
「・・・。これだけ確かです。お・・・いや僕は娘さんを命がけで守る覚悟で結婚したいと
思っています」
真知子はぷいっと頭から布団をかぶる。
「お母さん・・・」
歩は立ち上がる。
「かごめ。今日はお母さんについていてあげたほうがいい。
オレ、帰るから」
「え、でも・・・」
「いいから・・・な」
歩は背御向ける真知子に深々とお辞儀して
帰っていった・・・
(歩・・・)
歩の背広姿は似合っているけれど・・・
今去っていく後姿が一番・・・
(カッコいいよ。歩・・・)
そう思うかごめ・・・
「・・・お母さん。ってわけで私、今晩泊まるから」
「ふん・・・。かごめに親孝行させて点数稼ごうって腹なんでしょう?」
「どうしてそう物事悪い風にしか考えられないの!」
布団の頭からすっぽりかぶる真知子。
「もう。しばらく安静に寝てなさい!私、買い物してくるから」
バックから財布を取り出すかごめ。
「かごめ」
「何?」
「・・・。60点」
真知子はちらっとふとんから顔を覗かせる。
「え?」
「あんたの男の点数。今のところ、60点。お姫様抱っこの心地がよかったから5点プラス。
だから65点!100点になったらあんたたちのこと、認めるわ。じゃ、おやすみ!」
「お母さん・・・」
再び真知子は不貞寝・・・。
真知子は真知子なりに歩のことを見ていてくれた・・・かごめはそう思った。
(お父さん・・・。お母さんホントは今でもお父さんのこと
愛してるのよ・・・。それだけは分かってあげてね・・・)
かごめは仏団の中の父の写真を見つめた。
仏壇の中の写真の父が微かに微笑んだようにかごめには見えたのだった・・・。
一方。歩・・・。
一人、歩道橋をわたる・・・
「ママー。今日のご飯何?」
「ハンバーグよ。」
「わーい・・・」
歩の横を一組の親子連れが通り過ぎていく・・・
(母親・・・か)
歩は歩道橋の真ん中で立ち止まり、下の道路を通り過ぎる車をぼんやり
見おろして・・・
(・・・かごめ・・・。いいお袋さん持ったよな・・・。あの人が
オレの母親になる人・・・)
”母親”という存在が自分の中にない。
家族ができるということも・・・
(家族・・・か。どんな感じになるんだろうな・・・)
期待感と少しの不安。
けど・・・
(オレはかごめと生きていくって決めたんだ。かごめの大切な家族は
オレの家族でもある・・・)
誰かを愛するということは
その誰かの全てを担うということ。
「・・・かごめ。オレ、頑張るからな・・・。お前と生きていくために・・・」
穏やかな夕暮れ。
かごめの笑顔が浮ぶ・・・
愛しいものへの想いを暮れていく夕陽に溶かす・・・
歩はかごめと共に生きていくことを改めて心に誓ったのだった・・・