裸足の女神
ACT25 夢も恋も

夢をかなえるため、皆、辛く厳しい現実を耐えている。 でもチャンスというのはふとした時に舞いこんでくるものだ。 「歩。ちょっと話があるんだが」 夜。BAR「ホワイト・ビーナス」には若い女性を中心に夜の一杯と称して 飲みにきていた。 バーテンの歩は店長の松本に裏口に呼び出されて・・・。 「何すか。話って・・・」 「実はな。お前に会いたいって人間がいるんだよ」 「誰っすか?」 松本はしばし沈黙した後口を開いた。 「大手レコード会社のスカウトだ」 「え・・・」 「実は前々からお前の歌を密かに聞きに店にのみに来ていらしんだ。 それで一度話ができねぇかって」 突然の負って沸いたような話に歩はただ、困惑する。 「話って・・・。松さん、オレは別に歌手になりてぇって訳じゃ ないんだ。前に話しただろ?」 「ああ・・・。でもな、こんなチャンス二度とねぇだろ・・・。お前、それを 無駄にできるほど、割り切ってんのかよ」 「・・・」 言い返せない。 確かに昔は自分の歌が世の中に知り渡ることが夢だった。 けど・・・。 歩の脳裏にかごめが浮ぶ。 「ま、とにかく話だけでも聞いてみろや。若いときはなんでも吸収しといて 損はねぇ」 「・・・」 「・・・歩。男ってのは本当に馬鹿な生き物で・・・今、本当に一番自分にとって 必要なモンってのが見えなくなるときがある」 (本当に大切なもの・・・) 「目の前に上手い話があれば食いついて・・・。”芸のためなら女を泣かす”なんて 台詞があったが、結局最後に無くはてめぇだってな・・・」 松本のことばには重みがある。 ・・・自分も若い頃・・・家庭を捨ててまで音楽の道を選んだ男。 歩は松本が自分に警告されているような気がした。 「・・・誰かを泣かせてもてめぇの夢をとるか・・・。ふっ。ま、若いんだから じっくり考えることだな・・・」 歩の背中をポンっと心強く叩く松本。 嬉しくもあり・・・ (夢と現実か・・・。オレにとって一番大切なのは・・・) 磨くグラスに浮ぶのは かごめの笑顔だけだった・・・。 「・・・で・・・。そういう話があるんだけどさ。どうしようかと思って・・・」 寝返りを打つ歩。 かごめの長い髪が流れ、 薄暗い部屋にベットが軋む音がする。 白いかごめの肌がランプに反射して・・・ 「歩はどうしたいの・・・?」 「・・・。わからない・・・」 「私は・・・。歩が決めたことならどんなことでも応援するよ・・・」 「・・・ふふ。お前ならそういうと思ったよ」 歩はかごめの前髪をサラッと指で流す。 「歩の夢が叶うならそれも素敵。私に気を使わないでね。私はだた、 歩のそばにいられたらそれでいいんだから・・・」 「・・・ああ・・・。ありがとう・・・」 かごめの華奢な肩を歩は腕の中へと包む・・・ 「・・・。オレの現実も夢にも・・・お前がいないとだめなんだ」 「歩・・・」 自分に必要な夢も現実も ここにある。 腕の中に 見下ろすと澄んだ瞳が・・・ 「かごめ・・・」 「歩・・・」 「・・・お前がオレの・・・夢だから・・・」 愛しい”今”に 口付ける・・・ ・・・歌を聞かせたいのはたったひとりだけ・・・ 歩の心は既に 決まっていた・・・。
某日。 駅前の喫茶店に歩はレコード会社のスカウトマンと待ち合わせていた。 「いや。すいませんね〜」 来たのは中年の男。かなりラフな格好で白のポロシャツだ。 「アイス珈琲一つ」 営業のサラリーマン風で、”レコード会社のスカウトマン”にしては 何だか地味だなと歩は思った。 「えーと・・・。それでですね。早速本題に入りたいと思います・・・」 男はバックの中からなにやら書類らしいものを取り出す。 事務的で ・・・何だか面接のようで歩は少し不快に思った。 『DXミュージック』 そんな会社名の名詞をわたされる・・・。 「うちで今度、『SUNAP』っていうバンドがデビューすることに なったんですが・・・。急にボーカルがバンド中間達ともめましてね。 やめちゃったんですよ」 「・・・」 「前々から貴方の噂は聞いていましたからね。 イケメンでいい声の奴がいるって」 ”イケメン”というフレーズに軽薄さを感じる歩。 「SUNAPはこの写真の通りなかなかのいい男揃いで・・・。となればボーカルは 一番の花形。ああ、外見だけではなくある程度の実力も備わってなければいけません。」 実力が要求されます。で・・・。貴方に白羽の矢がたったというわけです。」 「・・・」 男の話を聞いていて 歩の中で何かがすーっと軽くなった。 ・・・最初から断るつもりではいたけれど・・・”自分が選ばれた”のではなく いい男で少しばかり歌が上手い奴なら誰でもいいのだ・・・ そういう真実が見えたから・・・。 男は通り過ぎるウェートレスに珈琲のお代わりを注文。 「悪い話ではないと思います。貴方なら女性受けするのは間違いないし、 行く行くは俳優への道も開けま・・・」 ガタン! 珈琲の水面が跳ねる。 歩はテーブルの上に千円札を一枚たたきつけた。 「・・・他、当たれよ。おっさん。オレよりいい男は腐るほどいるぜ。 じゃあな」 「あ・・・」 (・・・ショックなんてかけらもねぇ) 喫茶店をでて歩が向かうところはただ一つ。 (かごめに会いてぇ・・・) 何だかすっきりした気分だ。 本当に大切なものが何なのか はっきりしたから・・・ 歩は走る。 一番大切な人の下へ・・・。 「・・・ご苦労さまでしたー・・・」 保育所の門の前でひときわ背の高い男がたっている。 「あ・・・歩!?」 「おす。待ってた。一緒に帰ろうぜ」 「え、う、うん・・・」 歩は自分からかごめの腕を絡ませた。 (歩・・・) 歩の微妙な態度の異変にかごめは気づく。 「歩・・・。何かあった?」 「ああ・・・」 歩はレコード会社の社員と会ったことをかごめに話した。 「なんかさ・・・。すっきりした・・・」 「歩・・・」 「夢を諦めたとかそんなんじゃなくて・・・。新しいスタートラインが見えた 気がして」 歩の言葉は前向きだけど・・・ 心の奥にある複雑な葛藤を感じる。 誰より歌が好きで 誰より音楽が好きで・・・。 それを形だけで他人から評価されてしまったら どんな気持ちだろう。 腹が立たないか。ヤケッパチな気持ちではないか・・・ 「ん・・・?どした?」 かごめはぎゅっと歩の腕に頬を寄せた。 「・・・早く家に帰ろう・・・」 「え?いいけど・・・」 「早く・・・。二人の家に帰ろう・・。ね?」 「あ、ああ・・・。そうだな。二人の家に・・・」 あったかいラーメンも あったかい牛丼もも いらない。 飲食店街のネオンは明るく、店からは食欲を誘う匂いが鼻をくすぐるけど・・・。 二人の家が一番あったかい。 二人で食べられたら何でも美味しい。 「歩。夕飯の材料買ってないんだけど・・・。何が食べたい?」 「うーん。そりゃぁやっぱ・・・」 チュッ 歩はかごめの頬にキス。 「ちょ・・・っ。ここ、外だよ!」 「じゃあ早く帰ろう。・・・かごめが食べたい」 「んもう〜!」 抱き合って二人は帰る。 冷たい風が吹く。 でも大丈夫。 一人じゃない・・・ 二人で一人だから・・・。