突然のかごめの申し出。
歩はただ、驚くばかり。
「な、なんだんだよ。一体・・・」
「だから、曲を作って欲しいの」
きょとんとした顔でいうかごめ。
「どうしてオレが・・・。理由を話せよ」
「ある女の子のために・・・」
「女の子・・・?」
かごめは少しずつ突然の申し出の理由を話し始めた。
かごめは保母さん。ある園児が重い病気でずっと入院しているという。
その少女は歌が大好き。いつも好きな歌を口ずさんでいる。
だが、近々手術を控え、不安になって元気がない・・・。
「・・・。事情はわかったが・・・。だからって何でオレなんだ?あんた、保母なんだろ?あんたが何か歌ってやるか何かしてやればいいんじゃないのか?」
「・・・。貴方だから頼んでるの」
「だから何でオレなんだ?」
「・・・。”貴方の楽譜を見て直感した・・・。きっと素敵な曲を作ってくれるって・・・”それじゃ駄目?」
(うッ・・・)
かごめすがるような上目遣いに歩の心臓はドッキンと反応・・・。
(・・・そんな目は反則だろ・・・///)
「駄目・・・?」
「駄目とかそういう問題じゃ・・・」
「じゃあ、いいのね!?よかったぁ!」
笑顔に弱い歩。
「じゃ、曲ができたらいつでも電話して!」
かごめはちょっと背伸びして、歩のジャケットのポケットに自分の携帯のメモを入れた。
「じゃあ、おねがいね!」
「おねがいってッ・・・」
有耶無耶のうちに生返事してしまった歩。
「お、おいッ・・・」
断ろうとかごめを呼び止めようとするが・・・。
「頼んだわよー!」
かごめの最後の笑顔にまたもや一瞬見惚れて、いつのまにかかごめは
夜の街に消えて行った・・・。
ふわっとしたかごめのなびく髪・・・。
ピンクのミュールの靴音が響せて・・・。
「・・・っておい・・・。どーすんだよ・・・!」
後の祭り。
(ナンなんだよ・・・。オレはしらねぇぞ・・・。曲なんて・・・)
しかし歩にはかごめの後姿が・・・。
スローモーションのようにゆっくりずっと映って心に焼きついた・・・。
朝方。
BARが終わり、やっと家路に着く・・・。
午後からはガソリンスタンドのバイトが待っているから昼間で爆睡。部屋には寝にかえるようなものだ・・・。
そのままバタンキュー・・・。
・・・とその前に。
「makikoに返事かかないとな」
起き上がり、テーブルの上の便箋にむかう。
少し寝癖のついた前髪をかきあげて、慣れないペンをとる。
『makikoへ。返事おくれてすまねぇ・・・』
文通なんてやっぱり流行らないし、人に知られるのはかなり恥ずかしいがこうして誰かに何かを伝えることは嫌いじゃないから・・・。
それにどうしてだか”makiko”はメールより手紙がいいと嫌に拘った。まぁ歩も手紙のよさに今でははまってしまっているが・・・。
『・・・。これで何通目になるのか・・・。でかい図体のオレが・・・。その・・・。柄じゃないことはわかってるけど、makikoへの手紙を書いていると不思議と音楽に煮詰まっているとき、音が浮かんだりするんだ』
気持ちが素直になれる。
手紙の不思議さはそれだ。
『あのよ・・・。オレ、最近妙な女に出会っちまったんだ』
ふっとかごめの笑顔が脳裏に浮かび、ボールペンの動きがとまる。
(・・・はッ・・・。何思い出してんだオレは・・・!女一人ごときに・・・)
『その女からいきなり”曲を作ってくれ”って頼まれちまったんだ。なんでも知り合いの病気のガキに聞かせてやりたいとかって・・・。会って間もないのに何でオレなんかに頼むのか・・・。makikoはどう思う・・・?』
今までは自分のために自分が作りたい曲をずっと探してきた。 その自分が他の人間のためになんて・・・。 『ちょっと迷ってんだ・・・。よかったmakikoの意見、聞かせてもらった助かる・・・。 んじゃまた・・・』 手紙を書きおわり、ベランダに出る歩。 ポケットから煙草と銀のライターを取り出す。 それと一緒にあのかごめが無理やりに入れたメモが・・・。 携帯のアドレス・・・。 ”何か思いついたら連絡頂戴ね♪” 会って間もない男に、簡単に携帯のアドレスを教える女・・・。 ひょっとしたら単にその辺の遊んでそうな女かもしれない。 だけど・・・。 あの笑顔は・・・。 ふっと見上げた朝の青空。 あの青さぐらいにまぶしかった・・・。 カチッ。 銀のライターでくわえた煙草に火をつけ、深く吸う・・・。 ”病気の少女を元気付けるために・・・” その話がもし本当だとしても自分には・・・。 喧嘩で危ない橋を渡ってきた自分が少女のための 歌などつくれるか・・・。 (ともかくだ・・・。オレにはできそうにもねぇ・・・。断りのメール・・・送っとくか・・・) P・・・。 歩はメモに在るアドレスに 『すまねぇがあんたの申し出には受けられねぇ。悪い・・・』 と、メールを打ったのだった・・・。 (これでいいよな・・・) 歩はこれでかごめとも会うことはないだろうと思った。 だが・・・。 『BAR ホワイトビーナス』の看板のネオンが灯る。 OLやカップルがそれぞれ、夜のひと時を過ごす。 「ねぇ・・・。歩ぅ〜・・・。今夜こそ付き合ってくれるでしょー・・・」 赤いマニキュア手がカウンターの歩の手を握り締める。 歩びいきの女客。 「・・・。また男に振られたのか。慰め役ならもっといいの探すこったな。」 「あたしは歩がいいのぉ〜。ねぇー。今晩・・・いいでしょー・・・」 ボトル二本を丸々飲んだOL。相当酔いが回っている。 歩はタクシーを呼んで送り返したほうがいいと思った。 その時・・・。 「ちょっとごめんなさい!」 女性客を押し出すようになんとかごめがどすっと座った。 「な・・・ッ。お、お前・・・!?」 「”お前”じゃないでしょ!私、怒ってるんだから!」 周囲の客はかごめに注目。 エプロン姿で胸に丸い「かごめ先生」と記されたバッジをつけて・・・。 思い切り保母の格好だ・・・。 「あんな一言で断ってくるなんて!理由をちゃんと言ってよ!」 「あ・・・。あのな、お前ここ、どういう場所かわかってのんのか!?」 「え?お酒飲むところでしょ?それがどうかしたの?」 「その格好で・・・」 「格好なんてどうでもいいわよ」 「どうでも良くねぇっだろ!」 カウンター越しにエプロン姿の若い女とバーテンダーの喧嘩・・・? 店中が二人に注目・・・。 トントン。 松本が歩の肩をたたいた。 「おう。歩、かわいい彼女とお話なら奥の部屋、使ってもいいぜ。ただし、”激しいお話”は 歩の家でな」 「ま、松さん・・・ッ(汗)」 クックックと歩の反応をあごひげを触りながら楽しむ松本。 ともかく歩は、かごめをスタッフルームに連れてきた・・・。 歩はむすっとした顔でパイプ椅子に座る。 「あの・・・。ご、ごめんなさい。私、かなり強引な登場だったのかな・・・?」 「ああ。『かなり』な・・・」 「・・・。怒ってる・・・?」 「当たり前じゃねーか。あた・・・」 かごめの澄んだ瞳がじーっと歩を覗き込む。 「・・・(///)ま、まぁ・・・とにかくあんたも座れよ・・・」 「うん・・・」 かごめは少し申し訳なさそうに座った。 「ったく。・・・そんな格好で街中歩いてきたのかよ」 「うち、夜間保育もやってるの・・・。そのときに今朝貴方からきたメールみて・・・。 ごめんなさい。お店に迷惑かけちゃったかな・・・」 俯くかごめにコーヒーの香りが・・・。 「・・・ほれ飲めよ・・・。外、寒かったろ。Tシャツ一枚じゃ・・・」 歩はかごめにインスタントコーヒーを紙コップに淹れ差し出す・・・。 「・・・。ありがとう・・・」 両手で紙コップを受け取るかごめ・・・。 コーヒーの温かさが伝わる。 「ふふ・・・っ」 「・・・な、なんだよ」 「やっぱり貴方・・・。優しい人よね」 「・・・」 かごめの言葉にいちいち反応する自分がなんだかこそばゆい。 かごめは静かにコーヒーを口にする・・・。 「・・・実は私ね・・・。ここへ来るの、初めてじゃないの」 「え・・・?」 「ラララ・・・」 かごめが口ずさんだメロディと歌詞。 それは、歩がBARで一度だけギター一本片手に 弾いた歌詞のないバラードだった。 「私・・・。同僚に誘われてこの お店にきたの・・・。それが貴方があのバラードを弾いた日で・・・。私・・・。 あんまり心地よくて寝ちゃった」 「ね、寝た・・・?」 一瞬、”感動した”とか言うのかと思ったら寝たって・・・。 「なんだかね、”子守唄”みたくて・・・。まるでお母さんのおなかに いるみたいに心の底から安心した気持ちになったの」 「・・・」 あのバラードは・・・。 幼い頃の記憶に残っている歌詞のない子守唄をベースに 思いついたメロディだった。 かごめがそれを見抜いたわけではないけれど・・・。 なんだか嬉しい・・・。 「あのメロディに歌詞をつけて・・・。星羅くんに聞かせてあげたいの・・・」 「・・・」 「ううん・・・。違う・・・。本当は私が聞きたいの・・・。貴方の唄を・・・ききたい。 死ぬほどききたい・・・!」 「・・・」 歩をまっすぐに見つめる澄んだ瞳。 自分の曲をそこまで求められる言葉なんて・・・。 (初めてだ) 心の奥が。 小さいけど熱いものが動いた気がした・・・ 「・・・って強引だったかな・・・。考えてみたら迷惑よね。やっぱりこんな・・・」 「・・・。いつだ?」 「え?」 「その星羅ってガキの手術日は・・・」 「・・・2週間後だけど・・・」 「・・・そんだけありゃ充分だ。作ってやるぜ、曲でも何でも」 歩の承諾にかごめはいっきに笑みを浮かべる。 「ありがとう!!嬉しい。私、ホントに嬉しい・・・。あ、コーヒーおかわりもらっていい?」 かごめはコップにお湯を注ぎ、まるで酒を飲むようにコーヒーをごくごく飲み干す。 「おいしい・・・!嬉しいことがあったとき飲むコーヒーってもっとおいしいね!」 百面相のように表情が変わるかごめ。 ただ、自分が曲をつくると承諾しただけなのに、ものすごい喜びよう・・・。 (変な・・・女・・・) しずかなで冷たげなスタッフルームに太陽が差し込んだみたいに 空気が明るくなる。 「本当にありがとう・・・!あの・・・えっと・・・稲葉・・・さん。だったよね」 「・・・。歩でいいぜ」 「え。いいの・・・?呼び捨てなんて・・・」 「”さん”づけは肩がこる」 「そう・・・じゃあ・・・」 かごめはロッカーに寄りかかって立つ歩の前にまわりこんだ。 「これからよろしくね!歩・・・」 スッと差し出された白くて細い腕。 ポキッと折れそうな枝のようだが。 「あれ?何よ。握手を求められたら返すのが礼儀でしょ? 無視なんて失礼よ」 「・・・」 ギターのピックの使いすぎで少し割れた爪の歩の手。 かごめは少し戸惑う歩の右手を自分から握った。 「よろしくね。歩!」 握られた手は。 見かけよりずっと力強く、柔らかだった・・・。 アパートの帰り、 ベットに横になる歩。 夜はBARのバーテンとライブ。 午後からはガソリンスタンドのバイト。 これが繰り返される毎日。 なんら変わりはない。 だが・・・。 ”これから、よろしくね。歩” 「・・・よろしくね・・・か・・・」 かごめと握手した右手をじっと見つめる歩。 まだ温もりが残っている・・・。 人間の手はこんなに温かだっただろうか・・・。 それともかごめの手だからか・・・? 手に残る温もりが、 『誰かのための唄をつくってみたい』 その意欲を心の奥から沸かせてくれる・・・。 「あ・・・。いけね”makiko”への返事、まだ途中だったな・・・」 ガラスのテーブルの上。 書きかけのブルーの便箋を再び開く。 ガソリンスタンドのボールペンで歩はこう書いた・・・。 『makiko、オレ、やっぱ、曲・・・作ってみることにしたから・・・』 と・・・。